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一章 出立
第3話 唯一の手がかり
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事件の概要はこうである。
今から一年前、二〇二四年の冬。空木燦良とその妻・日和は、六歳の息子・三葉と一緒に都内の動物園へ出かけた。その帰路、三葉君が尿意を催してきたので、トイレの設置された公園に立ち寄る。日和は三葉君をトイレまで連れていくと付近で待った。その間、空木は車内で仕事のメールをチェックしていたらしい。
しばらく待っても、三葉君が戻ってこない。不審に思った日和は、トイレ中を探しまわった。どこにもいない。三葉君は煙のように忽然と姿を消してしまったのだ。すぐさま空木を呼び、二人は日が暮れるまで公園の周辺を探し続けた。
いくら三葉君の名を叫んでも、返事はなかった。
翌日、最寄りの警察署へ行方不明者届を提出する。警察は当初、事件性に欠けるとして捜索活動への協力を拒んだ。不誠実な対応に嫌気がさした二人は、近隣住民に聞き込みを行うなど、自力で懸命な捜索活動を続ける。一般市民二人の力など微々たるもので、残念ながら手掛かりの一つも得ることができなかった。
三葉君を見つけられぬまま、気づけば季節は厳しい寒さの冬を迎えていた。
この頃から警察は、やっとのことで重い腰を持ち上げ、近隣住民への再度聞き込みやビラ配りなど、アナログな方法で捜索に協力し始めた。
しかし……。
「一年後の現在まで、三葉君の行方は分からぬままであると」
「ええ、そうです。今でも時々、夢に現れるんです。みぞれの降る、あの日が」
一通り喋り終えると、空木は疲れ切った様子でうなだれた。隣に座る日和は、居心地の悪そうに貧乏ゆすりをしながら、神妙な面持ちで空木の語りを聴いていた。
「警察の見解は?」
「失踪時、公園の周囲で不審な人物を見かけた者はいなかった。身代金要求の連絡がないことや、近隣住民の証言が得られないことから、家出の可能性が高いのではないかと」
空木の口元が皮肉っぽく歪む。つまり警察側は、悪質な養育環境が原因で子供が失踪した、と考えた訳だ。
「付近の防犯カメラは?」
「私たちが見る頃には、ほとんどの映像が消去されていました。残されていた映像も一応ありましたが、どれも駄目でした」
「なるほど。お二人は事件について、どのようにお考えですか」
「あの子が家出をするはずはない、絶対に」
空木の瞳には、メラメラ燃える炎が宿っていた。
「当時あの子はまだ六歳でした。そんな未熟な子供が、本人の意志だけで生まれ育った家を飛び出すなんて、ありえますか。仮に家出だとしても、なぜ公園で姿を消す必要があったのか、僕には理解できません。それに、あの子はすこし変わっていたんですよ」
「はあ」
「生まれつき人と交わるのが苦手で。なんというか、人よりも動物の方が好きな、優しくて思いやりのある女々しい性格だったんです。そんな性格の子供が、たった一人きりで、見ず知らずの街へ繰り出すなんて、到底考えられません」
「奥さんは、どのようにお考えですか」
「まったく同じ意見です」
日和は、ぼそっと呟くと、ふたたび口を固く結び足元を見つめた。どうやら、目の前の胡散臭い私立探偵と会話することを、ひどく嫌っているらかった。
二人の態度に噓の香りはない。おそらく息子に対する二人の愛情は本物なのだろう。
さて、本題はここからである。
「なるほど。よくわかりました。それで、どうして一年後の今、こうして私のもとへ?」
「やっと手掛かりが見つかったんです」
「ほう、手掛かりですか」
空木はスマホを取り出すと一枚の画像を見せた。
細い棒の先に、白い四枚の羽が取り付けられている。風車だ。白い背景に、白い風車。画質が悪くて、材質までは分からなかった。なぜこうも見にくい背景色をチョイスしたのか。撮影者のセンスの悪さに、井ノ道は思わず失笑した。
「風車、ですね」
「よく見てください。ここです」
画像の一部がニュッと拡大される。
「風車の羽に、クローバーが貼ってあるでしょう」
「え、ああ」
言われてみるとたしかに、羽の上に小さな三枚の葉が、ちょこんと並んで座っているように見える。
「これと、見比べてみてください」
今度は鞄から一枚の写真を取り出した。
幼稚園内で撮影された写真だ。カラフルな遊具を背に、浮かない顔をして立つ三葉君。髪に艶があり、とても可愛らしい顔をしている。三葉君の片手に大切そうに握られた、色鮮やかな羽の風車。羽の一枚にクローバーの絵が印刷されていた。
「どうです。似ていると思いませんか? この風車は,三葉が大切にしていたお守りなんです」
「手掛かりというのは」
「ええ、これのことです。画像の風車は、三葉が私たちに残したメッセージなんです」
ひどく自信に満ちた態度で空木は言い切った。
共通項は、風車、それとクローバーマークだけ。残念ながら偶然の域を出ないように思える。手掛かりの根拠としては非常に薄い。
ああ、そうか。風車の画像を二枚見せて『これを手掛かりに、消えた息子を探してくれ』と言われれば、大手探偵事務所は、二人の依頼をきっぱりと断るに決まっている。彼等だって暇ではない。皮肉の一つや二つを言われていても、おかしくはないだろう。
ゆえに二人は、不人気な探偵事務所をたずねてきたのだ。
「それで、一体どのような経緯でこの画像を見つけたんですか?」
「祈禱師が授けて下さった御告げに従ったんです」
今から一年前、二〇二四年の冬。空木燦良とその妻・日和は、六歳の息子・三葉と一緒に都内の動物園へ出かけた。その帰路、三葉君が尿意を催してきたので、トイレの設置された公園に立ち寄る。日和は三葉君をトイレまで連れていくと付近で待った。その間、空木は車内で仕事のメールをチェックしていたらしい。
しばらく待っても、三葉君が戻ってこない。不審に思った日和は、トイレ中を探しまわった。どこにもいない。三葉君は煙のように忽然と姿を消してしまったのだ。すぐさま空木を呼び、二人は日が暮れるまで公園の周辺を探し続けた。
いくら三葉君の名を叫んでも、返事はなかった。
翌日、最寄りの警察署へ行方不明者届を提出する。警察は当初、事件性に欠けるとして捜索活動への協力を拒んだ。不誠実な対応に嫌気がさした二人は、近隣住民に聞き込みを行うなど、自力で懸命な捜索活動を続ける。一般市民二人の力など微々たるもので、残念ながら手掛かりの一つも得ることができなかった。
三葉君を見つけられぬまま、気づけば季節は厳しい寒さの冬を迎えていた。
この頃から警察は、やっとのことで重い腰を持ち上げ、近隣住民への再度聞き込みやビラ配りなど、アナログな方法で捜索に協力し始めた。
しかし……。
「一年後の現在まで、三葉君の行方は分からぬままであると」
「ええ、そうです。今でも時々、夢に現れるんです。みぞれの降る、あの日が」
一通り喋り終えると、空木は疲れ切った様子でうなだれた。隣に座る日和は、居心地の悪そうに貧乏ゆすりをしながら、神妙な面持ちで空木の語りを聴いていた。
「警察の見解は?」
「失踪時、公園の周囲で不審な人物を見かけた者はいなかった。身代金要求の連絡がないことや、近隣住民の証言が得られないことから、家出の可能性が高いのではないかと」
空木の口元が皮肉っぽく歪む。つまり警察側は、悪質な養育環境が原因で子供が失踪した、と考えた訳だ。
「付近の防犯カメラは?」
「私たちが見る頃には、ほとんどの映像が消去されていました。残されていた映像も一応ありましたが、どれも駄目でした」
「なるほど。お二人は事件について、どのようにお考えですか」
「あの子が家出をするはずはない、絶対に」
空木の瞳には、メラメラ燃える炎が宿っていた。
「当時あの子はまだ六歳でした。そんな未熟な子供が、本人の意志だけで生まれ育った家を飛び出すなんて、ありえますか。仮に家出だとしても、なぜ公園で姿を消す必要があったのか、僕には理解できません。それに、あの子はすこし変わっていたんですよ」
「はあ」
「生まれつき人と交わるのが苦手で。なんというか、人よりも動物の方が好きな、優しくて思いやりのある女々しい性格だったんです。そんな性格の子供が、たった一人きりで、見ず知らずの街へ繰り出すなんて、到底考えられません」
「奥さんは、どのようにお考えですか」
「まったく同じ意見です」
日和は、ぼそっと呟くと、ふたたび口を固く結び足元を見つめた。どうやら、目の前の胡散臭い私立探偵と会話することを、ひどく嫌っているらかった。
二人の態度に噓の香りはない。おそらく息子に対する二人の愛情は本物なのだろう。
さて、本題はここからである。
「なるほど。よくわかりました。それで、どうして一年後の今、こうして私のもとへ?」
「やっと手掛かりが見つかったんです」
「ほう、手掛かりですか」
空木はスマホを取り出すと一枚の画像を見せた。
細い棒の先に、白い四枚の羽が取り付けられている。風車だ。白い背景に、白い風車。画質が悪くて、材質までは分からなかった。なぜこうも見にくい背景色をチョイスしたのか。撮影者のセンスの悪さに、井ノ道は思わず失笑した。
「風車、ですね」
「よく見てください。ここです」
画像の一部がニュッと拡大される。
「風車の羽に、クローバーが貼ってあるでしょう」
「え、ああ」
言われてみるとたしかに、羽の上に小さな三枚の葉が、ちょこんと並んで座っているように見える。
「これと、見比べてみてください」
今度は鞄から一枚の写真を取り出した。
幼稚園内で撮影された写真だ。カラフルな遊具を背に、浮かない顔をして立つ三葉君。髪に艶があり、とても可愛らしい顔をしている。三葉君の片手に大切そうに握られた、色鮮やかな羽の風車。羽の一枚にクローバーの絵が印刷されていた。
「どうです。似ていると思いませんか? この風車は,三葉が大切にしていたお守りなんです」
「手掛かりというのは」
「ええ、これのことです。画像の風車は、三葉が私たちに残したメッセージなんです」
ひどく自信に満ちた態度で空木は言い切った。
共通項は、風車、それとクローバーマークだけ。残念ながら偶然の域を出ないように思える。手掛かりの根拠としては非常に薄い。
ああ、そうか。風車の画像を二枚見せて『これを手掛かりに、消えた息子を探してくれ』と言われれば、大手探偵事務所は、二人の依頼をきっぱりと断るに決まっている。彼等だって暇ではない。皮肉の一つや二つを言われていても、おかしくはないだろう。
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