Game is Life

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あんたがいればそれでいい

魔術と紅茶の香り 1

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 ゲームに負けて俺が自宅の警備に力を入れ始める頃、ロドナーク・アルディはようやくまともに帰宅した。
「……流石に他所に行ったと思ってたんだが」
 約束は果たされていないと思うのだが、流石本物のクソ野郎だ。いうことが違う。
 俺は毛布に包まりソファで携帯端末を操作しながら、おざなりに手を振る。
「どっちがよりクソ野郎か確かめてねぇだろう」
 面倒な匂いしかしない仕事を終わらせ、俺は再びロドナークの家で引きこもりをしていた。あの依頼主に再び依頼されないように他人の家で隠れていたのだ。
「クソ野郎具合を確かめようって話じゃなかったのか?」
 不思議そうな声がして、そんな不思議なことをいったのかと思い俺は顔を上げる。ロドナークはゆっくり部屋を見渡しているところだった。
 部屋の四隅、ソファーとローテーブルの間、キッチンカウンターの小さな壁……部屋の中におかしなものを見つけたのだろう。ロドナークは時々動きを止めては困った顔をした。よくよく見れると短く薄い眉は下がっている。もともと困ったように見える顔なのだが気のせいではないだろう。何せ俺が巣を作った場所を見ていたのだから。
「どうしてこう……隅に布の塊を作るんだ?」
「ちょっと巣をつくるとあんた片づけるだろ?」
 俺が寝ている間、風呂に入っている間、外に出ている間……ほんの少しの間に帰ってきていたのだろう。長く滞在しているが、気が付くと俺の巣がなくなっていた。部屋の四隅に作っても、ダイニングの机の下に作っても、ソファーやベッドと壁の間に作っても、ベッドの上に作っても、すべてちょっとずつ片づけられていた。
「巣? あの布の塊が?」
「そう。布に包まってるのがすげぇいいんだよ」
 布に包まっていると温かくなるうえに狭くなるし、見えるものも見えなくなる。そこが好きだ。だから布に包まれない場所でもできるだけ狭い場所にいることが多い。壁と向かい合う形のカウンターなんかもいい感じだ。
「それで転々と作った巣を片づけられてんのすげぇ好き」
 巣は好きだが散らかっているのはあまり好きではない。転々と他人の気配を追って巣を作る場所を移動させるが、移動した巣が多量に残っているのは好きではなかった。
「……片づけられているのが好きなら巣は一つにすればいいのでは?」
 困った顔をさらに困らせ、首に手を当てたロドナークには先日のいやらしさが一切見当たらない。クソ野郎なのに、なんだかまともに見える。いっていることも真っ当で気がつくと笑っていた。
「他人が片づけてんのがいいんだよ」
 クソ野郎ではあるが、その点だけでいうとロドナーク・アルディという男は最高だ。
 部屋は綺麗だし整理整頓されている。綺麗に片付けられた嗜好品に癖も見られて面白い。これほど滞在しているのに、ロドナーク・アルディという存在が色濃いところも気に入っている。
 かなり放置されたにも関わらず、俺がこの部屋に滞在した理由はそこにあった。
「自分では片付けないってことか?」
「いや? それなりにやっけど。単に他人がやってんのがいいだけ。俺が散らかしたのを片付けて欲しいわけじゃねぇよ」
 二、三度首を傾げて顎に手を当て考え出したロドナークが妙に可愛らしく見えるのは、ギャップというやつだろうか。今度は普通に笑って、俺はソファーからおりた。
「なぁ、そんな事より泊めてくれねぇ?」
「……今更か?」
 確かに今更許可をとる必要はない。今も家主に断りなく寛いでいる。
「改めてお願いしてぇんだよ。あんたに負けたから金が無いし、面倒ごとに巻き込まれそうだから引き籠りたくてなぁ……ついでに責任とって暇つぶしの相手してくれ」
 依頼人は一切ロドナークの話をしていない。俺に再び面倒そうな依頼がきたわけでもない。こちらが勝手に面倒な匂いを嗅ぎとり、引き籠って暇になっているだけだ。しかも依頼を受けたことで報酬は貰っている。ロドナークが責任をとる必要はない。
「構わないが……暇つぶしは俺が用意しても?」
 図太い宿泊者に家主はいやだといわなかった。それどころか暇つぶしまで用意してくれるようだ。
 待遇の良さに裏に何かあるのかと思いながら、俺は口を開く。
「俺の暇がつぶれるのなら」
 余程やばいと感じない限り仕事以外も一度目は断らない主義だ。
 俺が頷くとロドナークはウキウキとどこかから大きな紙を持ってきた。そしてローテーブルいっぱいに広がる紙に赤と青のペンで文字を書く。その横に黒ペンで小さな円を描き、小さな円が中心になるよう大きな円を描いた。
「絵心はねぇんだけど」
「最近はプログラムだから自分で描く必要はないんだが」
「プログラム……?」
 今度は俺がこいつは何をいってるんだという顔をする番だった。俺の巣についての説明も不親切だが、ロドナークのいうこともかなり不親切だ。
 けれどすぐロドナークのやりたいことはわかった。
「ゲーム中に術使えないっていっていただろう?」
 俺に術を教えようというのだ。
 魔術呪術符術秘術医術学術……ありとあらゆる術は金で買える。買えるものは方法であったり、神秘や魔法であったり、施されるものであったりと様々であるが、買えない『術』はない。
 ゲームでは攻撃や身体能力の強化、防御、治療などに術を使う。近頃は術をプログラム化し特殊な機械を使えば、術が発動する。どのプレイヤーも威力はさておき特殊な機械と術のプログラムを購入していた。術を購入していないプレイヤーは頑固ものか貧乏だとからかわれるくらいだ。
 術が使えない俺はどちらかというと貧乏に入る。ゲームで使う術だけでなく、薬術や医術や学術の一端すら買ったことがない。
「暇つぶしに魔術プログラムの話をしようと思ってな」
「……それ、理解できねぇから。俺、字とかまともに読めねぇんだぜ」
 興味はある。憧れもあった。だが、俺が知っていることは少ない。読める字もほとんどなければ、数字もよくわからないのだ。魔術プログラムなんて名前からして難しそうである。
 それでも何度も魔術プログラムについて調べた。これも俺が字を読めず何から調べていいかわからないばっかりに時間がかかり得られるものが少ない。
「なるほど……なら、難しい話はしない。な、聞いてみないか?」
「まぁ、一応一回は聞くけどよ」
 自分で調べられないならば他人に聞けばいいだろう。そう思って聞いてみたものの、分からないことが多いから教えてくれる奴をイライラさせる。何度かそんなことがあり、俺は他人から聞くことをあきらめた。
 それでもずっと興味は持ったままだし憧れたままだ。もしロドナークが丁寧にイライラせず教えてくれるなら一回は聞いてみたい。それが俺の本音だ。
「ありがとう」
 教えてくれるのはロドナークなのに、礼をいわれて頬をかく。照れ臭いような気まずいような。目を合わせ辛い、むず痒い心地だ。
「まず魔術プログラムを機械で発動させるのに必要なものの話をしようか」
 ロドナークは床に膝をつき、ズボンのポケットから細長く四角い石みたいなものを取り出した。俺の居るところからはロドナークの手が遠い。俺が眉間に皺を寄せ目を凝らしていると、ロドナークはそれをローテーブルの上に置いた。
「術式結晶……?」
「それは知ってるのか。ならこれで奇跡起こしてるのも知ってるな?」
 俺は頷く。
 術式結晶とは術を使う際に使う魔力だとか神力だとか呪力だとか……そういった神秘だの奇跡だのを使うための力を結晶化させたものだ。これを電池代わりに術を発動させたり、メモリがわりに術を記録させたりできる優れものである。
 俺がしつこく調べた結果わかったことがそれだ。店先や宿泊先の電波を借りて音声ソフトやアシスタントソフトで調べては、欲しい情報に辿り着くまで粘ったものだ。だから物の名前や何に使うかの説明まではわかる。けれどプログラムの話になるとよく解らない。そこでいつも疲れて調べるのをやめてしまう。
「これは容量が大きいほうだから、プログラムを入れた上で電池代わりにもできる。あとは術を発動させる機械を取り付ければ、術が使える」
 さぞお高いんだろうな。ポケットに入るほどコンパクトで容量が大きいものは、高いと相場が決まっている。金で解決するならプログラムの話など必要ない。ボタンを押せば術が発動するのだから。
 俺はロドナークを睨みつけた。
「睨むな睨むな。これは術を発動させるのに必要なものの説明だ。これがあればプログラムの話なんて必要ないって話じゃない」
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