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あんたがいればそれでいい
帰宅願望とソーダフロート 2
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◆◇◆
ロドナークがトイレに行くというから、その間浮かれた気分のままカラフルな炭酸飲料にアイスを乗せてもらってすぐに思い出す。
「仕事したくねぇから引きこもったってのに……」
浮かれた気分で三色グラデーションの炭酸飲料をテーブルに置き椅子に座って眺めている場合ではない。俺はすぐさま身を潜め依頼者に見つからぬよう、ロドナークに構われる必要がある。
「もう帰ろうっていったら帰ってくれるんだろうけど……俺のもん買ってくれてんだよなぁ」
ロドナークが俺を買い物に誘ったのは、俺の日用品と教材その他嗜好品を買うためだった。特に何をいうわけでもなく俺のものを買うものだから気づくのに少し遅れたが、気づいたら気づいたで浮かれすぎてフワフワしている。
特にマグカップが俺の気分を浮上させすぎた。今まで自分のための何かをあまり持ったことがなかったから、どうしていいかわからない。そんなものは憧れと妄想の一部で自分が手にするものではなかった。だがロドナークがいうには好きなものを選んでいいそうだ。俺が選んでもいいなんて、そんなキラキラしたものがあっていいのだろうか。
専門店でもないスーパーマーケットの片隅にあるコーナーでマグカップを選ぶ。悩むほど種類もこだわりもなかったのに、俺は悩んで悩んで見慣れたものに手を伸ばした。ロドナークが使っているマグカップの色違い……明るく派手で見つけやすい赤っぽいピンク色を選んだ。
俺の初めてはそれだけではなかった。本に食べ物に服にと……俺のものとロドナークのものが買い物袋に詰め込まれている。
これを他人は幸せというのかもしれない。
「帰りたくねぇなぁ……」
だから、この時間が終わるのが嫌だ。
らしくないことを思っている。夢でもそんなことは起こらない。こんなのはたまたまだ。珍しいことだからこそ帰りたくない。けれどロドナークに関する仕事なんて依頼されたくないから帰りたかった。
予定からするとあとは帰りに寄るパン屋とコーヒーショップくらいで、もうすぐ帰宅できる。俺が帰ろうといわなくても、帰宅時間は迫っていた。
「コーヒーショップ行きてぇし……」
コーヒーショップで豆を買うことになったのは俺がコーヒーを淹れてくれといったからだ。ロドナークは俺がコーヒーショップで紅茶を飲んでいたから、俺は紅茶が好きだと思っていたようだ。だから今まで俺には紅茶を淹れてくれたらしい。実のところコーヒーショップのメニューで一番安いのが紅茶だったから飲んでいた。コーヒーも街中で配っていたら飲む程度にはいける。けれど自分で買って飲むことは難しいと思っていた。
綺麗な色の嗜好品は憧れで出来ている。
灰やよくわからない虹色が混ざったり、カビの塊が浮いていたりしない。憧れで出来たものはすべからく他人のものだったから、なんとなく手が出せないままだった。
少しわけてもらう、借りることには抵抗がなくなったが、自分で買うことができず見慣れた娯楽に溺れる。
ここにきて俺は新しいものを与えられて選択肢まで貰った。
自分の中でわけがわからないまま時間と現実が迫っている。
「コーヒー、たぶん選んでいいんだろうなぁ」
金は出すといったが、ロドナークが選んだものを買うつもりだった。この調子でいくとロドナークは試飲して俺と一緒にじっくりコーヒー豆を選んでくれそうだ。
「わけわかんねぇよ」
ついに現状を口に出し、カラフルな炭酸飲料から目を離さぬようにテーブルに頭を乗せる。カラフルな炭酸飲料は初めて自分で買った憧れだ。飲むのがもったいなくて、じっと見つめてロドナークが戻って来るのを待っている。ロドナークがトイレから戻ってくるまでは眺めていようと思っていた。
「少しいいか?」
前の席に他人に座られるまで、そう思っていた。
「まったく良くねぇから帰れ」
カラフルでご機嫌な炭酸飲料が急に色褪せる。ぬるくなって炭酸の抜けきった甘いだけの砂糖水が目の前に置いてあるような気がして、アイスクリームに刺さるスプーンを手に取った。
アイスはまだ解けていない。炭酸だってまだ抜けておらず、一瞬沈んだアイスクリームが炭酸に反応してカップから溢れそうだ。
「仕事を請けて貰いたいんだが」
俺の状態も話もどうだっていい。自分の用件だけを伝えようとする声には聞き覚えがある。以前仕事としてプロキシゲームに参加しろといった依頼主だ。
あのときの依頼はロドナークとゲームをしろというものではなかった。偶然、ロドナークとゲームをすることになったと思うこともできる。
だが、嫌な予感しかしない。
「断る」
依頼を聞く前に断るなんて俺にはなかったことだ。依頼を聞いて断ることもなかった。依頼を請けて成功するか失敗するか。それが俺の仕事だった。依頼内容に興味がないとかではなく、仕事を選べる立場になかったからだ。断れば次はない。俺には走って避けて奪って武器を振り回すことしかできないから。
「……仕事は断らないと聞いていたが」
「他人からきいた話なら、そういうこともあるんじゃねぇの」
今も大してできることはかわらない。仕事を断れば次の仕事はないだろう。
わかっているが、俺はロドナークに関係するかもしれない仕事を請けたくない。こんな仕事ばかりで金を得ているわけではないし、生活は苦しくなるがゲーム一本にしぼってもなんとかなるはずだ。
俺はずっと同じ体制で話を聞き、答えた。さぞやカチンと来たことだろう。短気を起こして他の奴に依頼してくれればこちらは嬉しくて飛び起きてやれる。
けれど、そいつは舌打ちをしてこういった。
「気が変ったら連絡をくれ。セディウス・グランアーにしかできない仕事だ」
そんなわけがない。俺程度のチンピラゲームプレイヤーなんていくらでもいる。
テーブルの上に置かれたカードを睨むと、そいつは立ち上がり俺を鼻で笑って去っていった。
俺の態度もクソであったが依頼者の態度も酷いものである。立ち去るのを見送ってからカードを握り潰したのは優しいくらいの対応だ。
「カードに連絡先とか……しっかり準備してやんの」
再び炭酸を見つめるとカップの下に水たまりができていた。水にまとわりつかれて鬱陶しそうだが、相変わらず着色料いっぱいの炭酸飲料は綺麗な色である。
「……さっさと帰りてぇなぁ」
早く帰らなければならない原因が去ると同時に、浮かれた時間は終わってしまった。
ロドナークがトイレに行くというから、その間浮かれた気分のままカラフルな炭酸飲料にアイスを乗せてもらってすぐに思い出す。
「仕事したくねぇから引きこもったってのに……」
浮かれた気分で三色グラデーションの炭酸飲料をテーブルに置き椅子に座って眺めている場合ではない。俺はすぐさま身を潜め依頼者に見つからぬよう、ロドナークに構われる必要がある。
「もう帰ろうっていったら帰ってくれるんだろうけど……俺のもん買ってくれてんだよなぁ」
ロドナークが俺を買い物に誘ったのは、俺の日用品と教材その他嗜好品を買うためだった。特に何をいうわけでもなく俺のものを買うものだから気づくのに少し遅れたが、気づいたら気づいたで浮かれすぎてフワフワしている。
特にマグカップが俺の気分を浮上させすぎた。今まで自分のための何かをあまり持ったことがなかったから、どうしていいかわからない。そんなものは憧れと妄想の一部で自分が手にするものではなかった。だがロドナークがいうには好きなものを選んでいいそうだ。俺が選んでもいいなんて、そんなキラキラしたものがあっていいのだろうか。
専門店でもないスーパーマーケットの片隅にあるコーナーでマグカップを選ぶ。悩むほど種類もこだわりもなかったのに、俺は悩んで悩んで見慣れたものに手を伸ばした。ロドナークが使っているマグカップの色違い……明るく派手で見つけやすい赤っぽいピンク色を選んだ。
俺の初めてはそれだけではなかった。本に食べ物に服にと……俺のものとロドナークのものが買い物袋に詰め込まれている。
これを他人は幸せというのかもしれない。
「帰りたくねぇなぁ……」
だから、この時間が終わるのが嫌だ。
らしくないことを思っている。夢でもそんなことは起こらない。こんなのはたまたまだ。珍しいことだからこそ帰りたくない。けれどロドナークに関する仕事なんて依頼されたくないから帰りたかった。
予定からするとあとは帰りに寄るパン屋とコーヒーショップくらいで、もうすぐ帰宅できる。俺が帰ろうといわなくても、帰宅時間は迫っていた。
「コーヒーショップ行きてぇし……」
コーヒーショップで豆を買うことになったのは俺がコーヒーを淹れてくれといったからだ。ロドナークは俺がコーヒーショップで紅茶を飲んでいたから、俺は紅茶が好きだと思っていたようだ。だから今まで俺には紅茶を淹れてくれたらしい。実のところコーヒーショップのメニューで一番安いのが紅茶だったから飲んでいた。コーヒーも街中で配っていたら飲む程度にはいける。けれど自分で買って飲むことは難しいと思っていた。
綺麗な色の嗜好品は憧れで出来ている。
灰やよくわからない虹色が混ざったり、カビの塊が浮いていたりしない。憧れで出来たものはすべからく他人のものだったから、なんとなく手が出せないままだった。
少しわけてもらう、借りることには抵抗がなくなったが、自分で買うことができず見慣れた娯楽に溺れる。
ここにきて俺は新しいものを与えられて選択肢まで貰った。
自分の中でわけがわからないまま時間と現実が迫っている。
「コーヒー、たぶん選んでいいんだろうなぁ」
金は出すといったが、ロドナークが選んだものを買うつもりだった。この調子でいくとロドナークは試飲して俺と一緒にじっくりコーヒー豆を選んでくれそうだ。
「わけわかんねぇよ」
ついに現状を口に出し、カラフルな炭酸飲料から目を離さぬようにテーブルに頭を乗せる。カラフルな炭酸飲料は初めて自分で買った憧れだ。飲むのがもったいなくて、じっと見つめてロドナークが戻って来るのを待っている。ロドナークがトイレから戻ってくるまでは眺めていようと思っていた。
「少しいいか?」
前の席に他人に座られるまで、そう思っていた。
「まったく良くねぇから帰れ」
カラフルでご機嫌な炭酸飲料が急に色褪せる。ぬるくなって炭酸の抜けきった甘いだけの砂糖水が目の前に置いてあるような気がして、アイスクリームに刺さるスプーンを手に取った。
アイスはまだ解けていない。炭酸だってまだ抜けておらず、一瞬沈んだアイスクリームが炭酸に反応してカップから溢れそうだ。
「仕事を請けて貰いたいんだが」
俺の状態も話もどうだっていい。自分の用件だけを伝えようとする声には聞き覚えがある。以前仕事としてプロキシゲームに参加しろといった依頼主だ。
あのときの依頼はロドナークとゲームをしろというものではなかった。偶然、ロドナークとゲームをすることになったと思うこともできる。
だが、嫌な予感しかしない。
「断る」
依頼を聞く前に断るなんて俺にはなかったことだ。依頼を聞いて断ることもなかった。依頼を請けて成功するか失敗するか。それが俺の仕事だった。依頼内容に興味がないとかではなく、仕事を選べる立場になかったからだ。断れば次はない。俺には走って避けて奪って武器を振り回すことしかできないから。
「……仕事は断らないと聞いていたが」
「他人からきいた話なら、そういうこともあるんじゃねぇの」
今も大してできることはかわらない。仕事を断れば次の仕事はないだろう。
わかっているが、俺はロドナークに関係するかもしれない仕事を請けたくない。こんな仕事ばかりで金を得ているわけではないし、生活は苦しくなるがゲーム一本にしぼってもなんとかなるはずだ。
俺はずっと同じ体制で話を聞き、答えた。さぞやカチンと来たことだろう。短気を起こして他の奴に依頼してくれればこちらは嬉しくて飛び起きてやれる。
けれど、そいつは舌打ちをしてこういった。
「気が変ったら連絡をくれ。セディウス・グランアーにしかできない仕事だ」
そんなわけがない。俺程度のチンピラゲームプレイヤーなんていくらでもいる。
テーブルの上に置かれたカードを睨むと、そいつは立ち上がり俺を鼻で笑って去っていった。
俺の態度もクソであったが依頼者の態度も酷いものである。立ち去るのを見送ってからカードを握り潰したのは優しいくらいの対応だ。
「カードに連絡先とか……しっかり準備してやんの」
再び炭酸を見つめるとカップの下に水たまりができていた。水にまとわりつかれて鬱陶しそうだが、相変わらず着色料いっぱいの炭酸飲料は綺麗な色である。
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