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しおりを挟む話は少し前に戻る。
あの後、何故か落合先輩と京夏さんが猛ダッシュで保健室に駆け込んで来て、直後スパーン!と言うノートか教科書で軽く叩いたような音が鳴り、「廊下は走るな!」と、先生に二人揃って廊下で叱られていた。
数十分後、やけに静かになっているので気になって廊下を覗くと、二人共緊張した面持ちで冷たい板張りの廊下に正座と言う罰を受けていた。
2人の目の前には担任の田中先生が睨みを聞かせており、此方を見て、
「後30分程罰受けさせるから。」
と、2人が買って来てくれていた紙パックとポテチが入った荷物を此方に渡してくれた。
先生わかってらっしゃる。
「全くお前ら仲が良いのはいいが、廊下は走るなよ。」
「「はーい。」」
「はーい。じゃない、はいだろ。」
「へい!」
「ほい!」
「へい!じゃないだろう一戸。ほい!じゃない、落合。」
バーンと言う音が聞こえた。
え、これもしかして先生叩いちゃった?今の御時世不味くない?とか思っていたら、正座で座っていた筈の落合先輩が後ろにひっくり返っていた。
「足、痺れた…。」
「お前な、いきなりぶっ倒れたから驚いたじゃないか!」
何処のお笑いコンビだ!というのが最後に聞こえ、僕はそっと保健室の扉を閉めた。
…何だか落合先輩の見てはいけない姿を見た気がする…。
どっと疲れた気がして席に座り、頭を切り替えて大量に出された宿題の続きをしようと教科書と向き合うと…いや、何しているの、一戸さん。
「ひょぉー。」とか「うひ」って、女の子として声に出していい台詞?そして無言のスマホ連射撮影。何十回も連射しまくっているけど、大丈夫なのかな。
スマホの容量あっという間にパンクしそうだなぁ。
「ここ、習って無いだろ?」
「は。」
不意に聞こえた声。
って、近い、近いちかーい!
皇さんが僕の直ぐ真横にいて、トントンと僕が開いた教科書を指先でつつく。
「え、まぁ。授業昨日の午前が初めてだったから。」
当然習っていません。少し前までは蒼志さんがいたから質問したり聞いたりしていたけど、何度聞いても頭上にはてなマークが乱立。意味がわからないパズルのようで、僕の頭では解読不能状態です。
中学の数学も苦手だったけど、高校の数学等比較にならない位難易度高くない?
まだ高校一年だよ?中学より確かに年齢は上がったけど、難易度が1から10迄一気に上がっている気がする。レベルが高いのかなぁこの学校…。
「そうか、なら数式教えようか?」
「お願いします。」
でもその前にもうちょっと離れて欲しい。
だって、さっきからレモンのような爽やかな香りがふんわりと漂って来て、僕は変にドキドキしてしまう。
まぁ、そのドキドキも目の前の一戸さんに一気に粉砕されるのだけど。
「ぎゃースマホのメモリパンクしたぁあああ!」
「そりゃそうだよね。」
「連射しまくっていれば嫌でもそうなる。」
一戸さんの雄叫び?に、思わず目が点になっていると僕のスマホから連絡が入る。
ちょっとゴメンとスマホの画面を出すと、陽平父さんから連絡が。
『今、不破の店。遅くなるから俺と蒼志の紙パックは適当に飲んでいてくれ。』
という連絡が入っていた。
「誰から連絡~?」
仕方ないからマイクロSDカード入れるか~と呑気に作業しつつ、スマホを弄っていた一戸さんが僕に話をふる。って、勉強しなくて良いのかな?ノートと教科書を広げたままってことはまだ終わっていないよね?一戸さんだけ撮影大会になっていない?
「陽平父さんから。不破さんのお店に蒼志さんと徹君を引き連れて行ったみたいで、父さんと蒼志さんの紙パック飲んで良いって。」
不破さんの店で珈琲を一杯飲んで来るってことだろうなぁ、僕あのお店の雰囲気は好きだけど珈琲はミルクと砂糖を入れないと飲めないや。
でも次に行ったらまたアンミツ食べたいな。
アイスもいいけど、レモンクリームソーダも美味しそうだったな~。オレンジジュースも生搾りって書いてあったし、桃のパイもメニューに書いてあった。ケーキ類は近くのケーキ屋さんから仕入れていますって書いてあったけど、焼き菓子は自作って書いてあった。
焼き菓子何があるんだろう?食べてみたいなぁ~。
「ほうほう、でも珈琲は私飲めないなぁ。」
「わかる。カフェオレなら飲めるけど、お腹ガボガボになりそう。僕はいちご牛乳だけでいいや。そうだ皇さん、飲む?父さん達のだけど飲んで良いって。珈琲とカフェオレだけど、いる?」
「なら珈琲をいただこう。」
はい、と皇さんに渡していると、「カフェオレ余っちゃったね。どうしようか?」と一戸さんが話し掛けてくる。が、その一戸さんの背後にスッと影が指し、
「じゃ、俺が貰うな。で、報酬は勉強の監修とかかね。一戸先生に終わったら此処の戸締まりを頼まれていたから良いよな?」
ニヤッと笑う担任の田中先生がカフェオレを指差して笑っていた。
※ ※ ※
「では先生は一戸さんを。私は、えー…と。」
「あ、僕、倉敷。倉敷優樹倉敷優樹です。」
「そう言えば自己紹介まだだったな。私は皇恭介。今日付けでこの学園の寮に入ったばかりだ。一応モデルとかの仕事もしている。時折学校の許可付きで授業も休んでいることもあるが、同じクラスだ。宜しく頼む。」
ふっと微笑む姿に思わず見惚れる。
うわーやっぱり芸能人だったのか。
そして、自分どれだけ芸能系に弱いのか痛感する。普段滅多にニュースや天気予報以外ではテレビとか見ていないから有名人とか良くわかって居ない。前の中学でも友達の女の子達に言われてやっと覚える位で、それまでチンプンカンプンだったし。
中学生の時Ωだと判明した元祖母の家での騒動依頼、テレビとか見なくなっていたから色々加速したと言うか、何と言うか。その代わり今の家族仲は大変良くなったと自慢出来る位良いと思う。更には引越し先のお庭のお手入れ、当初よりは上達出来たと思う!
今年の夏は庭に季節の花を沢山咲かせるよ!
向日葵とか、朝顔とか!
他、他は…うん。この学校残念なことに園芸部が無かった…。何でも元々人数が少なくて、在籍していた人も昨年卒業してしまったらしくて…。
存続不能状態になったって。
ううう…泣きたい。
仕方がないから一人で頑張るしかないよね。
それでも学園の草木とか、花畑とかあるのだけど一体誰が管理しているのだろう?やはり外部の人を雇っているのかな?この学園セキュリティーが高いだけあって、警備員とかも普通に居るし。それでも毎日玄関前の花畑とか、中庭とかの管理って大変そう。
はぁ、にしてもこれでもう僕は部活に入る気力は無くなったなぁ。
まぁそれならソレで、自宅の庭を開拓しちゃうか!畑とかも作って見たいけど、これは父さん達に聞かないと駄目だろうなぁ。
僕、プチトマトとか甘いものを作ってみたい。
後は夢の庭木にレモンを植えた…あ。
レモンの匂い、か。
今の新しい家族の家になった庭にレモンの木がずっと欲しいと思っていたんだ。
でも僕はまだまだ未熟で、時折庭に植えた花でさえ枯らしてしまう。特にオメガとなってからはヒートがある一週間はほぼ外に出られないし、その間全く世話をすることが出来ないから父さん達に頼むのだけど、忙しいと父さん達でさえ忘れてしまうこともある。
だから飼っても良いと言われていたペットを飼うことは戸惑っていて。
そんな状態なのに庭に木を植えるのは大丈夫なのかと不安で買えなかった。
そりゃぁね?野菜よりも木のほうが丈夫だと聞いたことがあるけど僕は学生で。お小遣いから色々苗とか種とか購入し、もし失敗したらと不安だった。
だから今までずっと手を出していなかったのだけど、それでもどうしてもレモンの木は欲しい。
それは…一体何時からだろう。
もしかして、僕がレモンの木を欲しかったのは彼、皇さんの匂いを覚えていたからだろうか。
「でもって~皇グループの御曹司で、上位α。更には俳優のお仕事もしている有名人、と。優樹君、ライバル多いよ!」
「え、ライバル?」
レモンの匂いとか木のこととかに意識を反らしていたら、何故か行き成りライバル。
ライバルってあの、えーと…。
ストーカーも居たけど、彼女?の場合は既に犯罪者として捕まっているし、そもそもストーカーはライバルと言うより論外と言うことでしょう?え、違うの?
「ん、っふっふー。実はこの町のΩ達がこぞって隣町の学園へ入学して行ったのは、彼が隣町の学園へ入学するって言う噂があったからだって。ま、デマでしたーってワケだけど。」
「え、それって一戸さんが玄関で言っていたアノ?」
「そそそ。」
驚いて皇さんを見ると、困惑顔。
「私としては丁度いいかと噂を否定しなかっただけなのだが、むしろ良かったと思っている。そうで無ければ、倉敷と会えなかったからな。」
え、僕?
キョトンとして皇さんの顔を見ると、
「この学園は過ごしやすくて良い。前の中学は普段から身動きがとれず、私生活でさえ窮屈だった。だがここの環境はどうやら私に合っていたようだ。」
ふむ、と一つ頷き此方を瞬きもせず見つめ返される。
何だ環境かぁ、吃驚した。だってその言葉はまるで僕に…いやでも先に僕と会いたかったような台詞があったような。
「それだと皇君の気持ちが伝わりませんよ。」
「優樹君結構ストレートに行かないと伝わりにくいんじゃね?」
何時の間にか落合先輩と京夏さんのつい先程まで廊下で罰を受けていた筈の二名が部屋に入って来ており、堂々と自分達の椅子に座っている。
「お前ら何時の間に。」
田中先生がチラリと時計を見ると、
「キッチリ30分過ぎましたので終わらせて来ました。」
「同じく。」
何故か二名ともビシッと椅子に座ったままの上体で片手を上げて敬礼のポーズをし、真面目な顔付きで田中先生の方を見上げる。
「はぁ、チャッカリしているなぁ…お前らもう廊下走るなよ?」
「はい、緊急時以外走りません。」
「はい、緊急時はご了承下さい。」
再度ビシッと敬礼をする落合先輩と京夏さんに胡散臭いものでも見たような顔付きを浮かべ、田中先生が肩を落とす。
「お前らな、それ絶対やらかすって意味に捉えられるぞ。」
「えー。」
「いえいえ。」
落合先輩と京夏さんが互いに見合わせ、肩を竦めている。
何だか珍妙なコンビだなぁ…。
「もうお前らコンビ組んじまえ。」
ガクーと先程よりも項垂れ、先生は呆れ果てた顔をしてそのまま机に突っ伏した。
「で、杏花音は何百枚写真撮影したんだ?」
一戸京夏さんとその妹の杏花音さん、そして落合先輩の三名が話し始める。
ワイワイと枚数とかスマホに表示されてあるだろ、とか何とか一戸さんと京夏さん兄妹の声が聞こえますが僕は今、それどころではありません。
そう、ソレドコロでは無いのです。
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