ある日突然Ωになってしまったけど、僕の人生はハッピーエンドになれるでしょうか

柚ノ木 碧/柚木 彗

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不破晃洋と赤銅末明の事情 2

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 side.クラウディオ・レオーニ

 ふむ、と目の前で停止したままの日本人の割には若干目元の堀が深く、キメ細やかな肌質の男を凝視する。見た目三十代中盤に差し掛かっている筈だが、どうみても私には二十代中盤位にしか見えないこの男は、近年見たことも無い程に類まれなカリスマや経営手腕を持つ。

 初めて見た時、いやその時はまだ実際には姿は見ていないから違うか。

 不破晃洋。
 この名を初めて聞いた時、だな。

 確かSNS越しだったか、それともテレビか新聞で、だったか。
 世界中に一斉に彼の名が伝わった。
 理由は株やら不動産の経営手段だったか。
 何せそれまで一切名前を聞いたことの無い日本人が、豪快に各国の不動産や株やらを【優良物件】を見極めて次々と買い漁った。かと思えば一気に売り払い、あっと言う間に賑わせた界隈や世間から姿を消した。

 病気か?死んだのか?それとも不味いモノに手をだし、日本人がよく言う東京湾にでも沈めさせられたのか?
 等と最初の頃ニュースになったが月日が立ち、徐々に世間から姿を消した彼の話は聞かなくなり、私の脳裏からも彼の名前は消えていった。

 この世の中はそんなもんだ。
 特に当時の私の世界からすれば、明日は我が身というような擦れた日常。
 一昔前なら菓子に毒を持って暗殺される等と言った事が日常に潜む世界だ。
 呆れる程に命が軽い、そんな世界(マフィアの世界)。

 だが何故かそんな擦れた世界の端に彼は居た。
『不破晃洋』その姿を初めて垣間見た時……αという自分が恥ずかしくなる程、高位な位に居るはずのこの男は身振り手振り全てが一切の隙きが無い、今までどんなαにも無かった程、圧倒的なカリスマと覇気がある、人族と言うレッテルを逸脱した存在。
 その様に私の目には映った。

 目は異様な程に黒一色に染まり、目の下には常に疲れた様に隈があるが目が肉食獣のようにギラギラしている男。一昔前はでは派手な出で立ちで世間には姿を晒していた男。
 それが今は我が国…イタリアのとある町の一角でシワが付いた灰色のコートを着込み、手には爪楊枝のようなモノを持ち、短くなった煙草を吹かして佇んでいる。

 経歴も何もかもが異様な男だった。



 アレは初めて不破に出逢った時だったか。
 当時は裏世界にどっぷりと浸かりきっており、周囲の者共は皆擦れた目付きをしており、何時消されるかとビクビクしている者も多かったものだ。
 私はその中でαだけの居城を作り上げ、何時蹴落とされる身となろうがどうでも良く、煙草の紫煙と硝煙の匂いが我が世界と決め込んでいた。
 唯一、麻薬だけは手を出さないと決めて。

 そう、馬鹿だったから己のコトを決め込んでいたのだ。

 我に返ったのは敵対組織が麻薬を使い我が組織の下っ端達を買い込み、此方の情報を筒抜けにし、縄張りを侵略して来た時だった。ふと街角で振り返った時、敵対組織の幹部に土手っ腹に穴を開けられた。
 不意を付かれた。
 と、同時に、


「馬鹿じゃねーの、お前。」


 そう言って、私を見て嗤って居た不破。
 不破の足元には今私に穴を開けた幹部が転がっていて、ソイツの頭に不破は履き潰した革靴で泥を拭っていた。
 更には今回私を罠に掛けた元下っ端達までもが周囲に転がって居た。
 何時の間に。

 元々不破は情報屋の一端を担う程度の認識でしか当時の私には無かった。実際不破は何が楽しくてイタリアに来たのか、媚も笑いもせずに彼方此方に顔を出して耳を澄ませ、足跡を残さず消えていく。そうして手に入れた情報を売り買いして生計を立てていた。
 まるで一端の情報屋の様に。

 だが、実際は全く違っていた。
 普段会う時は何処か擦れた感じだが、柔らかい物腰のαと言う程度だった。だが目だけは鋭利なナイフのような鋭い目付き。
 今まで見たことが無かった姿に私はゾッとしたと共に、背筋がゾクゾクした。
 なんだ、この男は。今までどのαにも感じたことが無い程のギラギラした、欲望や渇望が混ざったような激しい感情を目に込めた瞳。だがとても美しく私の心を鷲掴みにする。
 更には初めて見た日本刀の様にしなやかで、凛とした立ち姿。

 その時初めてこの男が気になった。
 今にして思えば人生初の一目惚れと言う奴だ。


「今度ウチの店で出す商品を、妙な手で脅迫して畑ごと無茶な値段で買い取ろうとしている組織が居るって聞いてな。ムカついたんでわざわざ日本から足運んで潰しに来た。」


 ナントまぁ単純な理由で豪胆なことを。
 たった一人でこの国に乗り込んで情報戦線を繰り広げ、僅か半年で全ての事柄を脳裏に焼き付けて粗事が起こりそうだと嗅ぎ付け。ならば丁度良いと粗事の最中に潰せれば良いなぁと思い、今回の事柄に首を突っ込んでしまったらしい。


「知り合いを助けられそうだし?」


 と言って笑ったアイツの顔はとても飄々として勇ましく美しかった。


 その後諸々あって敵対組織を壊滅させ、更には自身の組織も解体させた。

 因みに土手っ腹に穴は空いたが、綺麗な円を描いて空いたのは服だけだ。偶々内ポケットに入れていたライターが私の身代わりとなり、一命を守ってくれた。
 …実はこのライター、不破が何時だったかくれたライターだが、今では私の身代わりとなった大事な宝物だ。今も何時でも内ポケットに入れている。日本で言うお守りみたいなものだ。

 それから不破を追い掛けて自身の気持ちを伝え、何度も繰り返して告白している。
 不破曰く「マフィア?しかも面倒くせえーことにボス?あ~無理。」という言葉を聞き、組織の解体をしたのは元幹部や部下達には秘密にしている。
 一部知っている部下も居るが、苦笑しているのみだ。
 最も、最上位αに歯向かうことなど出来ないだけかも知れぬがな。






 ※






「赤銅、不破が面白いことになったから替わった。硬直し、約5分間目開いたまま気絶している。」


 微動だにしない不破に、何度か赤銅が声を掛けて居るが一向に再起動しない不破。
 コレはコレでレアな場面だなと思っているが、いい加減赤銅が煩いので不破の代わりに返事をする。


『はぁ!?ちょ、どんだけあっきーってば驚いているんだよ!?つか、アレだけやったんだから少し考えればわかることだろうが!』


 おい赤銅、下品にも程があるだろうが。
 全く見目はΩと言うだけあって愛らしく美しいのに喋ればコレだ。ったく、こんな下品な少年の何処が良いのか、不破よ、お前趣味が悪いぞ。


「不破だからな。」


 敵対組織に単体で乗り込んでいった豪胆な男は今、【運命の番】と言うたった一人の相手によって心底惚れ抜き、骨抜きになっている。
 昔のお前を知っている身としては呆れるばかりだ。
 だが、コレでいいのだろう。
 擦れた目付きで目の下に隈を作って異国の地を走り回っていた昔のお前は鳴りを潜め、安息の地を求め幸せそうにしている。

 その幸福の一旦を見られただけで、御の字なのかも知れない。


『ああもう…仕方ねぇなぁ。陽平先生の所の息子さん眠っちゃって、一人で抱えて行くが大変そうだから先に帰したのに。ったく、困ったな。タクシー拾うか~。』

「仕方ない、殴って起こす。」

『あー…頼む。つか、結構変な所天然だよなぁ不破。』

「だな、だから可愛い。」


 ああ、手放したくねぇな。
 まだまだ不破の姿を見ていたい。


『…不破は俺のだから。』

「今は、な。」

『テメェ。』

「ふ、仕方ない。今回は何時にない可愛い不破が見れたからな、不破に免じて負けてやろう。」

『ムカつくー!』

「はは、そう怒るな、母体に良くないぞ。」

『うっせ、ハゲ。』

「剥げとらん。フッサフサだ。」

『ほぉ~お?』

「お前な、そんな調子なら不破にキスして起こすぞ。」

『不破寝てねーし、するなよボケ!俺のだっつーの!大体白雪姫でもねーからそれ位じゃ不破は起きねーよ!』

「ハハハ、この場に居ない奴が文句を言ってもな。」

『こんのぉ~!不破!ボケ!貞操の危機だ起きろぉ!それでもお前俺の彼氏だろうが!』


「は、はぃぃ!起きました、起きましたぁ!未明ちゃんの彼氏起きましたっ!!」


『…起きたな。』

「だな。起きた拍子にコップ一個落として割ったが。」

『【彼氏】に反応したな。』

「だな。…ッチ。」

『まぁ良い。所でコレ、スピーカーにしているだろお前。』

「…バレたか。」

『店の他の客の悲鳴?やら何やら丸聞こえだっつーの。』

「わかりやすくて良いだろう。」

『コップ割れた音が凄かったわー…ま、いっか。不破~銘花病院まで迎え頼めるか?ちと、身体辛くて動くのきっつい。』

「え、未明ちゃん大丈夫?妊娠中毒とかじゃないよね?病院で見て貰った?」

『ん~大丈夫。ちと、寝不足なだけ。先生にも見て貰ったけど、もう少し寝た方が良いってぐらいだから。』

「うわ、わかった。すぐに迎えに行くから待合室か何処かで少し横にならせて貰って!」

『了解、待っている。』


 それじゃぁと言って会話が切れた途端、不破は俺に向かって、


「迎えに行って来る!悪いが店頼む!扉には準備中の札下げとくから。あ、すいませんお客さん!俺ちょっと彼氏を迎えに行ってきます!」


 良いわよ―気にしないで~やら、ソコは彼氏じゃなくって嫁でしょ~やら、ご機嫌で手を降って挨拶をしてくれる御婦人方にお辞儀をし、急いで車の鍵を引き出しから…


「おい、コレ使え。」


 渡したのはおれの愛車のキー。


「は?いや、」

「お前の車は店使用のワゴン車だろーが。俺の車の方が振動がなくてアイツの身体にも負担がない。」


 不破が驚いた顔付きで此方を見る。
 言っとくが、俺は妊婦には優しいからな?何せ子供を産んでくれる大事な身体だからな。我が国では女性と子供と妊婦とΩには優しんだぜ?只の男には氷点下の笑みしかやらないが。


「悪い、助かる。」

「例には及ばん。さっさと行け。この仮はこの店の名物のマグロ丼一つ、珈琲付きだな。」


「了解!」と言ってあっと言う間に走り去る不破の後ろ姿を眺め、一つ溜息が落ちる。
 そうして癖でつい懐に手を入れると、店内の客のご婦人達から「禁煙ですわよ。」と注意が入る。そう言えばそうだったと謝り、鞄からこの店の珈琲チケットを人数分お詫びと手渡しすると、


「失恋話付き合うわよ?」


 と、軽く笑われてしまった。
 全くこの国の女性、いいやΩには敵わない。
 そう言えばあの少女もΩだったな…と思い出し、同席をせがまれて苦笑しつつ話に付き合うのだった。

 とは言え不破との出逢い話はこの国の初対面の女性たちには宜しくないだろうから、俺の名誉と不破の名誉のため、多少濁したがな。
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