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【叫喚】
しおりを挟む「レナ!ちゃ~ん!9番テーブルにコレ持っていって!」
「はーい」
厨房からの声に我に返り、頼まれた注文の品である料理を置きに行くと、私が現在住まわせて貰っている寮の女将さんがにこやかに微笑んで座って居た。
私の住んでいる寮は現在、ここの食堂の親戚の人が経営している町のパン屋の同じ敷地内の離れにあり、借りている部屋は更に離れの二階。
雰囲気は某掃除の箒に乗って配達を仕事としている、黒い衣装に赤いリボン、そして黒猫を連れた小さな魔女さんの住まいと似ていると思って頂ければイメージしやすいかな?
一階は今、パン屋の物置小屋となっている。
数年前は私が働いている食堂の主が借りて営業していたらしいけど、敷地内が狭いこととパン屋の旦那が結婚したこと、更には食堂が軌道に乗って来たので思い切って現在の場所に移動して来た。
そのため二階のように貸間にするのは敷地が広く、更には貸店舗とするには結婚したばかりの女将さんの妊娠が発覚し、悪阻が酷く一時期物音に機敏になっていた時期がありと中々機会が無かった。
それが物置小屋となっていた一階を借りたいという話が上がっており、近々工事が始まるらしい。ついでに私が住んでいる二階にも少しばかり修理をしてくれると言う。
そう言えば二階には私が住んでいる部屋以外にも2つ程部屋があるのだが、現在は空き部屋となっている。
元々は食堂の店員用の寮なのだが、勿論他の人も借りて住んでは居た。
居たのだけど、まぁ…その。所謂この寮っていうのは前世で言う所の『独身寮』のようなモノ。既婚者は家庭を持つから、自然と狭い寮より広い所へと引っ越してしまう。
そんなワケで、現在独身街道を突っ走っている独り身の私が住んでいると言うワケである。
…くっ。
さ、寂しくなんか無いのだからね!
嘘です。
寂しいです。
滅茶苦茶寂しいですよ!
一寸前まで隣に住んでいたお姉さんに会いたいよぅ~。別の領地に結婚して引っ越して行ってしまったからもうほぼ会えないよねぇ。せめて手紙でも送るかな。
…問題はお姉さん、文字読めなかったような…
だ、旦那さん頑張れ!もしくは近隣の人に読んで貰って!
さて。
ウェイトレスのお仕事である注文の品を届けにいった私の目の前に、パン屋の女将さんが自分の小さな子供を抱えて珍しく座っていた。
「あれ?女将さんいらっしゃい」
女将さんなんて言っているけど、彼女は前世の記憶でもまだ若いと言える年齢。
確か25歳だった筈。
そしてパン屋のこれまた何故か上腕筋肉が発達しており、無駄に筋肉モリモリな旦那さんは女将さんより少し年上の30台。夫婦仲が宜しいと言うより、女将さんが確り者で旦那さんを尻に敷いているって感じなのだけど、それがまた微笑ましく感じられて羨ましい限りだったりする。
「ふふ、頑張って働いているレナちゃんの様子見に来ちゃった。もう少ししたら旦那も来るわ」
時刻は夕刻時。
この時間帯ならまだ客は酔っぱらいになる手前ぐらいで理性が保っている状態だから、変に女性客には絡まない。
勿論絡む人も居るけど、その場合女将さんの旦那さんを知らない人ぐらい。
何せ『昨年』町で開催されたレスリングのチャンピオンは、この女将さんの旦那であるパン屋の店主なのだから。
「おう、来たぞ~!ほら、今日焼いたパンの残り物だ」
「助かるよ!何時も済まないねぇ」
「なーに、良いってことよ。これでまた美味いツマミでも作ってくれ」
「はいよ。じゃ、アンタ達のお題はこれでチャラってことでいいね」
「おう、頼む」
何時もなら毎年この食堂の常連客の元チャンピオン、ライさんが優勝をもぎ取って行くのだけど、今年は奥さんの初産と重なり、皆に惜しまれながらも不参加となった。
そして、そのライさんはと言うと。
パンを渡し終わった途端、何時ものちょっと迷惑な状態になった。
「はぁぁぁぁ~…」
「なーに溜息付いてんだよ、ライ。お前らしくねえ」
「そりゃあらしくも無くなるぜ!何せ嫁さんが、あの小さくて愛らしくて、可愛い俺の娘を産んでくれたからな」
「おお、良かったな」
「良くねえ!」
「は?」
「馬鹿野郎!娘なんてよぅ、娘なんてよぅ…う、ううう」
「お、おい。何故泣き出す!?」
「馬鹿野郎!女の子だぞ!嫁にいっちまうんだぜええええええ~~~」
「…アホか」
生まれて数ヶ月だと言うのに、早くも親馬鹿大爆発中である。
とは言え幼いながらも実の父親に妾に強制的に出された身としては、羨ましく感じる。
普通の父親ってこんな状態になるのかな………。
この場合は大袈裟だろうけども。
実の父親は兎も角、他のケースとして前世の事を思い出そうとしても、両親の事を思い出すことも出来ないどころか、顔さえ思い出すことが出来ない。
いいなぁ。
羨ましい。
そんな、ほんの少し気が緩んで居た時、久しぶりの感触がぁぁあああああーーー!
お尻にィィィーーーーーーーーー!!
誰!?触ったの!!!
と、叫ぼうとした時、
「ぎゃ」
バシッと何かを叩く音と共に、男性の悲鳴が。
言っとくけど私まだ何もしていませんよ?
食堂の常連さん方、何故一斉に此方を、私を見たっ!?
普段の行いが悪いってこと!?
そりゃあ痴漢行為されたら速攻で蹴り飛ばしたり、踏ん付けたり、投げつけたり、顔面に殴打ぐらいは普通にしちゃうけど。しかもこの世界って…んーいや、もしかしたらこの町ならではかも知れないけど、世間で言う『正当防衛』としてそれぐらいは多目に見られてしまう。
まぁ、その。
その度に常連客が対処をあっという間に終了とか、町の自警団とか騎士団の人が対処してくれるって言うのもあるのだけど、って、あれ?え?
もしかしなくても私、結構凶暴?
それって本気でやばくない?
女子力云々の前に色々と…
アレだよ。
女の敵、痴漢だよ!
開き直りするしかないよ!
痴漢撃退って意味だから、ね、ね、ね?
騎士団の人に引き渡す際、何時も苦笑いしているのは…あは、アハハハ。
騎士団の人には嫁入りと言うのは絶望的に無いよね、きっと。
少なくとも顔見知りには。
…大抵顔見知りは既婚者だけどね!
泣いていい?
今度から加減しよう、うん。
たぶん、ね。
覚えていたらで…。
傷心からあっという間に復帰し、悲鳴が上がった方に振り返る。
と、え、ええ。
なんで。
凛々しく成長していて一寸見わかり難いけど、乙女ゲームの攻略対象者の一人が何故そこに居るの―!?
* * *
私の目の錯覚でなければ、最オシ、目の前に乙女ゲームの最オシがいるのですけどー!?
ヤバイ、滅茶苦茶格好良い!
乙女ゲームの中だとまだ幼さが残っていた容姿をしていたけど、考えてみれば学園を卒業してから…ええと、私より一つ年上だから、この人は今19歳のハズ。
前世だと19と言う年齢は成人前だけど、この世界だと成人してから数年経過し、益々男性としての魅力が上がる時期だ。
やや切れ長な瞳は炎のような緋色で、それに対して彼の髪は夜の闇のような漆黒の黒髪。肌の色はこの国の人種、特にこの辺りでは前世で言う所の白人に近いのか、色白だけど所々日に焼けているようだ。
その彼が食堂の椅子に腰掛けたままで、私に触れたと思われる痴漢の手を捻り上げてって、うわ、とても痛そうっ!
「いででで!オイ離せ!」
「誰が離すか痴漢」
「何だとぉ!」
「兄ちゃん、そのままそいつ捕まえておいとくれ!アンタ達!騎士団を呼んどくれ!」
「おっしゃー任せろ!呼んで来る!」
「兄ちゃん!縄だ。こいつを縛り付けといてくれ」
「…何だか手際がいいな」
「あたぼうよ!何せレナちゃんは俺達のアイドルだからな!美味い飯をくれる女神様だからな!縄ぐらい常備してらあ!」
「ちょっと姉ちゃんの尻触っただけじゃねーか!それなのにこの仕打ちは酷いだろうが!」
「馬鹿野郎!それが俺達の憩い!アイドル!のレナちゃんに対して言う言葉か!?ン?謝るが先じゃねーかバカ者!!」
ライがゴキンと音を鳴らせて痴漢の頭を引っ叩いていると、三人の騎士様達が…って。
「「「こ、これはニキ・モイスト様!」」」
うん、だよね。
敬礼しちゃうよね。
縄で括り付けている攻略対象者、いや、ニキ・モイスト様。
乙女ゲームでは…
ううん、違う。
この国の現実世界で、ニキ様は騎士団長の一人息子。
そして、この土地の領主であるモイスト伯爵家の跡取りでもある。
「ご苦労。この痴漢を連行して行ってくれ」
「「「はっ!」」」
「それと、この男指名手配されているから」
「「「え!」」」
「手配書ナンバー14126、だったか確か。2ヶ月程前に脱獄した常連の窃盗犯だ。そいつの懐探ってくれ」
「は、はい!」
今まで大人しくしていた痴漢が、ニキ様が「懐」と言った途端暴れだした。
「俺は何もしてない!」
「大人しくしろっ」
「やってないってば!」
「脱獄しただろうがっ」
「人違いだ!」
騎士達が抑え付けていると、痴漢の上着からポロッと……って、それってー!
「私のお財布ぅー!」
「やっぱり」
座席に座っているニキ様から呆れた声が発せられた途端、更にポトポトと多数の財布が床に滑り落ち…
「げげ!俺の財布!」
「俺の生活費!」
「ぎゃあ!俺様の全財産!」
「かーちゃんの財布っ」
「お前また嫁さんの財布無断で失敬したのかよ?怒られるぞ!」
最後問題発言があったけど、落ちた袋やら財布やらを目にした途端、店内は阿鼻叫喚の大合唱が響き渡った。
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