社畜勇者は異世界で旅館を開きました

yui

文字の大きさ
2 / 8

1 旅館の準備

しおりを挟む
「こちらが一番安くて広い空き家だそうです」

クラウドが案内したのは2階建ての別荘のような空き家だった。周囲に他には建物はなく、完全に森に近い場所にある不便そうなそれは、貴族の屋敷よりは小さいが、一般的な家より大きめの造りのそれを見て暁斗は頷いた。

「結構いいね。じゃあ、早速始めようか!」
「あの暁斗・・・本気ですか?」

心なしかクラウドの表情はひきつっていたがーーーそんなクラウドに暁斗はここ最近で一番の笑みを浮かべて言った。

「もちろん!やるからには徹底的にやるのが俺の信念だからね!」
「ですが、流石に二人で改築というのは無理がある気が・・・」

予算の都合上、雇うほどの人手はないので、必然的に最初の土台作りから二人での作業になるのだが・・・暁斗はどこか吹っ切れたような表情で言った。

「大丈夫大丈夫!なんとなるよ!」
「その自信はどこから来るのですか・・・」

ため息をつきつつもしっかりと暁斗に付き合うクラウドもかなりの変わり者だろう。
そんな二人でまずは空き家の片付けを始めた。

いらないものを外に運びだして、間取りの確認をしてから傷んだ箇所はないかの確認ーーー二人でやるにはかなり大変な作業だが、暁斗はこれまでの生活から解放されることへの喜びからか終始笑顔で作業を行っていた。

そうして、日が暮れる頃にはなんとか家のチェックが終わったが・・・

「やはり、二人では限度がありますよ・・・」

家の掃除までは行えず、本日は外で野宿になったのだが・・・鍋をかき混ぜながらクラウドはため息をついて言った。

「それに宿屋となると、寝床や部屋数もこの家では少な過ぎますし・・・」
「ふふふ・・・俺が何も考えもなしに、やってると思ってるのか?」
「はい。もちろん」
「・・・信用なくて少し泣けてくるよ」

しくしくとわざとらしく泣き真似をする暁斗たが、そんな暁斗にクラウドはため息をついて言った。

「あなたが何も考えずに行動することはよく知ってるので・・・前だって、考えなしに奴隷の娘を買って、一悶着あったの忘れたのですか?」
「う・・・あれは、悪かったよ。でも、仕方ないだろ?あの娘が、あまりにも可哀想だったからつい・・・」

暁斗は時々、仲間候補を探して奴隷市場を冷やかすことがあるのだが・・・その時に、あまりにも扱いの酷い奴隷娘を可哀想に思ってしまい、かなりの高値で買い取ってから、色々あったことを思い出して、少しシュンとする暁斗・・・そんな暁斗にため息混じりにクラウドは言った。

「まあ、反省されてるのならとやかくは言いませんが・・・それで?どんなお考えがあるのですか?」
「ああ・・・それはこれから見せるよ」

そう言ってから暁斗は建物へと近づくと壁に手をあてて何やら呟く。
すると、途端に建物全体が光を放ちしばらく眩しくて瞑っていた目を開けるとーーーそこには一回り大きくなった建物が建っていた。

「暁斗、これは・・・」
「ふふふ・・・俺の力だよ!」 

暁斗がこの世界に来てから授かった力ーーーいわゆるチートの一つであるもので、暁斗は物質を自分の好きなように変換する力を持っていたのだ。
暁斗はこの力のことを、変換チェインと呼んでいるが、この力は特定の条件を満たさないと使えないのだ。

その条件は、暁斗本人が、物質のことを詳しく知っており、尚且つ変換する物質の詳しい情報を知っていることが条件でーーーまあ、ようするに暁斗が知らないものに変換することは出来ないのだ。

どやぁという表情でそう説明すると、クラウドは少しイラッとして暁斗の頬をつねって言った。

「では、今日の作業はほとんど必要なかったのではないですか?」
「イタイ、イタイ・・・そんなことないよ!間取りを知らないと出来ないから・・・」
「でしたら、それだけ確認してさっさと使えばよかったではないですか!私の今日の頑張りはほとんど無駄ですか!」

あまりの徒労に思わずいつもより強めにお仕置きをするクラウドだが・・・そんなクラウドに暁斗はつねらてた頬を擦りながら言った。

「うぅ・・・少しでも楽しく仕事が出来るように気を使った結果なのに・・・」
「まったく・・・では、夕食前に中の確認だけしましょうか」

そう言ってからクラウドは家の中に入った。
入り口からしてすでにクラウドのこの世界での外観とは別のもので驚いてしまうがーーー先ほどまでの小さな玄関先は2倍くらいの広さになっており、小さな腰掛けられるくらいの段差を挟んで奥の廊下へと続いていた。

「あ、クラウド。靴は脱いでね」
「靴を脱ぐのですか?」

驚きの声をあげるクラウド。この世界では、基本的に家でも靴を履いており、寝るときやお風呂などの特別な場合以外は脱がないので少し驚きつつも素直に靴を脱ぐクラウド。
そんなクラウドに頷いてから暁斗は右側の壁の靴箱を指差して言った。

「そこの靴箱に靴をいれてね。本当ならスリッパが欲しいけど、それはまた今度」
「スリッパとはなんですか?」
「えっと・・・靴の変わりに履くものだよ。またこんど教えるからとりあえず中をみてみてよ」
「はぁ・・・」

とりあえず目についたのは靴箱の隣に設置されている小さい窓がついた受付らしき場所だった。

「こちらで受付ですか?」
「そうそう。ここでお客の情報の管理をする予定だよ」

扉をあけてみると、その部屋はあまり広くはないがーーー人が1人入るくらいには問題なさそうな場所だった。

そうしてその部屋を後にしてから次に向かったのは先程までとは比べものにならないくらいに伸びた廊下。左右にそれぞれ部屋があるようで、そこが客間となるのだろうが・・・

「あの・・・暁斗?ここは本当に宿なのですか?」
「そうだよ」
「ですがその・・・普通の宿とは思えない不思議な造りなのですが・・・」

クラウドが知るよしもないことだが、暁斗が想像したのは和風の部屋だ。風呂場は別にあるのでそれぞれの部屋にはないがーーーそれ以外のものは大抵部屋に設置する予定だ。
今のところあるのは、畳の床に、木の柱の純和風な雰囲気の部屋で、あとは、少し置物がある程度のものだが・・・それでも、日本の旅館くらいの間取りは取れているので十分だろう。

2階も同じような部屋が合計で20近くあり、宿屋としては小さいがーーー質という面においてならこの世界の常識はずれにいいことは言うまでもないだろう。

「そして・・・メインがここだ!」

最後に暁斗が案内したのは部屋の一番奥にある浴室ーーーだが、そこは男女に分かれており、扉をあけてからーーークラウドは思わず目を丸くした。

「ここは・・・お風呂ですか?」
「そう!旅館と言えば温泉だからね!」

大きめの脱衣所を潜ると、大きな湯船と洗い場の設置されたお風呂でーーー貴族の家の風呂場よりも豪華なそれに思わず目を丸くするクラウドにまだまだと、次に行くように暁斗はもう一つ扉を潜って外に続く露天風呂まで案内した。

周囲は完全に高い柵に囲われているので、覗くことはできないがーーー吹き抜けのそれは、外からの気持ちのいい風が入ってきて、夜には満点の星空で神秘的な演出ができ、昼は晴れていれば心地のよい時間が過ごせることは間違いなかった。

「これは・・・凄いですね」
「でしょ!あ、一応カップル用に混浴も作ったけど・・・」
「混浴とは?」
「男女で一緒に入れる風呂のこと!」
「却下に決まってるでしょう」

あっさりと否定されてガックリと俯く暁斗だがーーーしかし、そんな暁斗に少なからずクラウドは感心していた。
混浴はともかくーーーどれもこの世界にはないような作りなので、間違いなくいい場所になることは間違いなかった。

問題があるとすれば、人手だが・・・

「とりあえず・・・私はここで何をすればいいのですか?」
「お?やる気になってくれた?」
「ここまで凄いものを見せられて何も思わないほど心が狭くはありませんよ」

どのみち、暁斗に恩義を感じているクラウドは最初から何があろうと暁斗のやることに付き合う予定だったが・・・予想よりもしっかりとした作りに多少やる気になったクラウドに暁斗は言った。

「クラウドは料理担当だよ!後でレシピは渡すけど・・・」
「なるほど・・・ですが、一人では辛いですね」

部屋数を考えても一人で調理を担当するにはかなり大変な量だと言うクラウドに暁斗はしばらく考えてから閃いたように言った。

「んー・・・だったら、クラウドの嫁さんにも手伝って貰えるように頼めるかな?」
「家の嫁ですか?」
「もちろん、給金はそれなりに出すつもりだけど・・・嫁さんと少しでも一緒の時間が増えるのはいいことだろ?」
「・・・嫁の確認をとってからになりますが・・・多分大丈夫でしょう」

クラウドの嫁が住んでいるのは隣の村で、距離としてはそんなに遠くはない。それに・・・クラウドの嫁も暁斗には恩義を感じているので、おそらく二つ返事でOKするだろうことは予想できた。

そんな感じで旅館の準備は進んでいった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。

山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。 異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。 その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。 攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。 そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。 前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。 そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。 偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。 チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...