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第2話
3
スマホだけポケットに入れて座敷を出る。
お手洗いに向かう途中で通知を確認し、思わず足が止まった。
『突然だけど20時からインスタライブやりまーす』というミトの投稿が上がっていた。
慌てて時間を確認すれば、始まってもう十分も過ぎている。
嘘でしょ。こんな日に限って。
やっぱり飲み会なんて行くんじゃなかった。
まっすぐに帰っていれば、今頃喋るミトを堪能できたのに。後悔が募る。
アーカイブを残してくれればいいけど……。少しだけでも聞きたい、と思うけれど、あいにくイヤホンを持ってきていない。
「最悪……」
それでもお手洗いの個室で音声を切ってSNSを立ち上げた。ゆるっとした私服姿のミトがにこにこと笑顔で話している。
ああ、指が隠れるくらいの萌え袖が可愛い。
いつ、何度見ても飽きないのだ。自分も彼女みたいに誰からも愛されるような可愛らしい女性になりたかった。
自分に自信があれば、彼女のように何でも曝け出して生きていけるのだろうか。
どんなに努力しても、ミトのような心の持ち主にはなれない。
何を喋っているのかわからないけれど、怒涛のようにコメントが送られているのはわかった。いいな。私も参加したかった。
しかしずっとトイレにこもっているわけにもいかない。諦めて座敷に戻ろうとすると、糸川がこちらに向かって歩いてきた。
相変わらず鋭い眼光でこちらを見ている。
何でそんなに不機嫌なの。吉野に気をつけろという助言を守らなかったからだろうか。
でも気をつけようがないじゃない、と思いながら、負けじと糸川を睨み返す。
すると、ちょうど目の前で糸川が足を止めた。
「気をつけろって言っただろ」
「別に……あの子はいつもと変わらないけど」
そう答えると、糸川はこれみよがしに大きく息を吐いた。
「ちげーよ。吉野に適当な男当てがわれてんの。気づけよ」
「適当って……鈴木さんのこと? たまたま隣の席になったから話してるだけでしょ。しかも鈴木さん気を遣ってくれるいい人だし」
「は? あの人、彼女いるぞ。総務に」
えっと声が漏れた。全然知らなかった。
「別に彼女がいたっていいじゃん。別に口説かれてるわけでもないんだし、あくまで常識の範囲で喋ってるだけでしょう」
「たまにしか飲み会こないお前が、中良さそうに喋ってたら鈴木の彼女の耳に話がいくだろ。そしたら怪しまれるのお前だぞ」
「そんなことで怪しまないでしょ。子どもじゃあるまいし」
「お前……何もわかってねーな……」
呆れたと言わんばかりに糸川がこちらを見下ろす。
「ああでもいいのか。彼氏がいるんだもんな。せめて彼氏には誤解されないように気をつけろよ。お前と付き合うなんて相当変わり者だろうけどな。そんなだせーリング贈ってくるなんて」
吐き捨てるように言われ、一瞬で頭に血が上った。
身体中の血液が沸騰して、全身をどくどくと流れ落ちる。
「彼氏なんていませんけど!」
「……は?」
思わず叫んだ私に、糸川が目を丸くしている。
しまった、と思ったけれどもう遅い。
「だって、お前……指輪……」
「これは自分で買ったの!」
「は、自分で?」
「なによ、悪い?」
糸川と言い争っていると、頭の奥がますます熱くなってくる。久しぶりに摂取したアルコールのせいもあるのかもしれない。
どんどん攻撃的になると同時に、思ったことが考える間もなく口から転がり出てしまう。
「いいでしょ、別に自分で買ったって」
「んだよ、そんなことまでして見栄貼らなくても……」
「見栄じゃないし! これは私にとってお守りなの! 自分で欲しいから買ったの!」
彼氏がいると思わせたいわけじゃない。そんなことのために買ったわけじゃない。悔しくて、目の裏が熱くなってくる。
「……っ!」
悔しさで涙が溢れそうになって俯くと、糸川が息を呑んだのがわかった。
「悪かった。言いすぎた」
「……もういい。どっか行って」
「どっか行ってって……さすがに無理だろ」
そう言ったかと思うと、糸川はスーツのジャケットを脱いで、私の頭にかけた。
そのまま腕を引かれ、店の外に連れていかれる。待合用の椅子に座らされた。
「ちょっと待ってろ」
そう言うやいなや、糸川は座敷のほうへ小走りで戻っていった。いったい何なのだろう。瞬きをすると、ぽろりと涙が溢れた。我慢の糸が切れたのか、泣きたいわけでもないのに次々涙があふれてくる。
糸川が戻ってくるまでに泣き止まなくては。
そう思うのに、かぶったスーツからは微かにウッディな香りが漂ってきて、余計に胸が苦しくなった。
お手洗いに向かう途中で通知を確認し、思わず足が止まった。
『突然だけど20時からインスタライブやりまーす』というミトの投稿が上がっていた。
慌てて時間を確認すれば、始まってもう十分も過ぎている。
嘘でしょ。こんな日に限って。
やっぱり飲み会なんて行くんじゃなかった。
まっすぐに帰っていれば、今頃喋るミトを堪能できたのに。後悔が募る。
アーカイブを残してくれればいいけど……。少しだけでも聞きたい、と思うけれど、あいにくイヤホンを持ってきていない。
「最悪……」
それでもお手洗いの個室で音声を切ってSNSを立ち上げた。ゆるっとした私服姿のミトがにこにこと笑顔で話している。
ああ、指が隠れるくらいの萌え袖が可愛い。
いつ、何度見ても飽きないのだ。自分も彼女みたいに誰からも愛されるような可愛らしい女性になりたかった。
自分に自信があれば、彼女のように何でも曝け出して生きていけるのだろうか。
どんなに努力しても、ミトのような心の持ち主にはなれない。
何を喋っているのかわからないけれど、怒涛のようにコメントが送られているのはわかった。いいな。私も参加したかった。
しかしずっとトイレにこもっているわけにもいかない。諦めて座敷に戻ろうとすると、糸川がこちらに向かって歩いてきた。
相変わらず鋭い眼光でこちらを見ている。
何でそんなに不機嫌なの。吉野に気をつけろという助言を守らなかったからだろうか。
でも気をつけようがないじゃない、と思いながら、負けじと糸川を睨み返す。
すると、ちょうど目の前で糸川が足を止めた。
「気をつけろって言っただろ」
「別に……あの子はいつもと変わらないけど」
そう答えると、糸川はこれみよがしに大きく息を吐いた。
「ちげーよ。吉野に適当な男当てがわれてんの。気づけよ」
「適当って……鈴木さんのこと? たまたま隣の席になったから話してるだけでしょ。しかも鈴木さん気を遣ってくれるいい人だし」
「は? あの人、彼女いるぞ。総務に」
えっと声が漏れた。全然知らなかった。
「別に彼女がいたっていいじゃん。別に口説かれてるわけでもないんだし、あくまで常識の範囲で喋ってるだけでしょう」
「たまにしか飲み会こないお前が、中良さそうに喋ってたら鈴木の彼女の耳に話がいくだろ。そしたら怪しまれるのお前だぞ」
「そんなことで怪しまないでしょ。子どもじゃあるまいし」
「お前……何もわかってねーな……」
呆れたと言わんばかりに糸川がこちらを見下ろす。
「ああでもいいのか。彼氏がいるんだもんな。せめて彼氏には誤解されないように気をつけろよ。お前と付き合うなんて相当変わり者だろうけどな。そんなだせーリング贈ってくるなんて」
吐き捨てるように言われ、一瞬で頭に血が上った。
身体中の血液が沸騰して、全身をどくどくと流れ落ちる。
「彼氏なんていませんけど!」
「……は?」
思わず叫んだ私に、糸川が目を丸くしている。
しまった、と思ったけれどもう遅い。
「だって、お前……指輪……」
「これは自分で買ったの!」
「は、自分で?」
「なによ、悪い?」
糸川と言い争っていると、頭の奥がますます熱くなってくる。久しぶりに摂取したアルコールのせいもあるのかもしれない。
どんどん攻撃的になると同時に、思ったことが考える間もなく口から転がり出てしまう。
「いいでしょ、別に自分で買ったって」
「んだよ、そんなことまでして見栄貼らなくても……」
「見栄じゃないし! これは私にとってお守りなの! 自分で欲しいから買ったの!」
彼氏がいると思わせたいわけじゃない。そんなことのために買ったわけじゃない。悔しくて、目の裏が熱くなってくる。
「……っ!」
悔しさで涙が溢れそうになって俯くと、糸川が息を呑んだのがわかった。
「悪かった。言いすぎた」
「……もういい。どっか行って」
「どっか行ってって……さすがに無理だろ」
そう言ったかと思うと、糸川はスーツのジャケットを脱いで、私の頭にかけた。
そのまま腕を引かれ、店の外に連れていかれる。待合用の椅子に座らされた。
「ちょっと待ってろ」
そう言うやいなや、糸川は座敷のほうへ小走りで戻っていった。いったい何なのだろう。瞬きをすると、ぽろりと涙が溢れた。我慢の糸が切れたのか、泣きたいわけでもないのに次々涙があふれてくる。
糸川が戻ってくるまでに泣き止まなくては。
そう思うのに、かぶったスーツからは微かにウッディな香りが漂ってきて、余計に胸が苦しくなった。
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