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第4話
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「週末考えたんだけどさ、相川、俺と付き合わない?」
「……は?」
「その指輪、恋人からもらったってことになってるんだから、彼氏がいたって問題ないわけだろ? それに、まだお前と最後までしてないし」
「ちょ、っと!」
気の迷いだったと忘れようとしているのに、今更蒸し返してくるなんて。
慌てて口を挟むけれど、糸川は平然と続けた。
「相手が彼氏だと思えば、最後までできるかもしれないじゃん」
「……もうしたいなんて思ってないから!」
「へえ? そうなの? でも俺は恋人が欲しいんだよね。なかなか諦めてくれない子がいてさ。彼女がいる、それもクールビューティだってわかれば、さすがに諦めるだろうし」
「私にはなんのメリットもないんだけど!」
なんて勝手な言い分なんだ。
己のメリットだけを挙げて名案とばかりに説明してくる糸川に言い返せば、その瞳を細めた。
「へーえ。メリット、ね……。確かに、相川がもう一生未経験でいいっていうならメリットはないかもな。でもデメリットはあるかもしれないけど。俺、言っちゃうかもしれないし」
「は?」
「酔った相川に誘われたけど、結局泣かれてなーんもしなかったって」
何もしてない、は嘘だろう。そもそも誘ったのは私ではない。
そう突っ込んでやりたいのに、糸川が意地悪く笑うから、何も言えなかった。
泣いた私の頭を撫でてくれたとき、少しだけいいやつなのかもしれない、と思ったけれどどうやら勘違いだったようだ。
「脅すつもり?」
「まさか。考えたときは名案だと思ったんだよ。相川も、一度で諦めると思わなかったし」
どう? と顔を近づけられ、腰をふわっと柔らかく撫でられた。
布越しにかすかに掠めただけなのに、糸川の手が直接私に触れた感触を思い出してしまった。
「……付き合ったら、誰にも言わないのよね?」
「当たり前だろ。同じ部署で働く人間に対して、そこまで無神経じゃねーし」
金曜日よりまともに自分の思考回路が動いていると信じて、考える。
「わかった」
ひと言告げると、糸川の顔がぱっと輝いた。その反応に、こちらが戸惑ってしまい、「でも」と慌てて付け加える。
「糸川は、そのしつこい女の子への言い訳になればいいんでしょ? だったら本当に付き合う必要ないよね?」
「は?」
「だから、糸川と私が付き合ってるふりをすればいいんでしょ。わざわざ本当の恋人になる必要ないじゃない。脅してくるような糸川の言うことを聞くなんて本当は嫌だけど! でもふりをするだけなら、乗る」
一気にそう告げると、糸川はぎゅっと目を閉じて、息を吐いた。
「……わかった。それでいい。でも嘘でもみんなに公表するから、ちゃんと恋人らしく振る舞えよ」
「わかってるわよ」
恋人らしい振る舞い、がどんなものなのか、まずそれがピンと来なかったけれど、とりあえず頷く。
すると糸川は、ぐいっと私の肩を引き寄せた。素早く唇が重なる。
目を閉じる間もない、触れるだけのキス。
「ちょっと……!」
嘘の意味をわかっているのだろうか。
「付き合ってないのにシようとしたんだから、これくらいいいだろ」
悪びれずそう言い放つ糸川に、「良くない……」と答えながらも、全然嫌悪感がないことに内心驚いていた。
金曜日に近づきすぎて、感覚がバカになってしまったのかもしれない。
「んだよ、別にいいだろ。嘘でも恋人なんだから」
そう言って糸川は会議室のドアに手をかける。
『嘘』の定義の受け止め方が、お互いずいぶん異なっているように感じたが、確認する間もなく糸川は廊下へと出ていってしまった。
突然の申し出に頭が混乱している。嘘とはいえ、イエスと答えてしまったことへの不安もあった。
だが、彼氏がいるということになれば、煩わしい告白も、面倒な飲み会の誘いも断りやすいはずだ。
メリットを探して、きっと正しい選択に違いない、と自分に言い聞かせたのだった。
「……は?」
「その指輪、恋人からもらったってことになってるんだから、彼氏がいたって問題ないわけだろ? それに、まだお前と最後までしてないし」
「ちょ、っと!」
気の迷いだったと忘れようとしているのに、今更蒸し返してくるなんて。
慌てて口を挟むけれど、糸川は平然と続けた。
「相手が彼氏だと思えば、最後までできるかもしれないじゃん」
「……もうしたいなんて思ってないから!」
「へえ? そうなの? でも俺は恋人が欲しいんだよね。なかなか諦めてくれない子がいてさ。彼女がいる、それもクールビューティだってわかれば、さすがに諦めるだろうし」
「私にはなんのメリットもないんだけど!」
なんて勝手な言い分なんだ。
己のメリットだけを挙げて名案とばかりに説明してくる糸川に言い返せば、その瞳を細めた。
「へーえ。メリット、ね……。確かに、相川がもう一生未経験でいいっていうならメリットはないかもな。でもデメリットはあるかもしれないけど。俺、言っちゃうかもしれないし」
「は?」
「酔った相川に誘われたけど、結局泣かれてなーんもしなかったって」
何もしてない、は嘘だろう。そもそも誘ったのは私ではない。
そう突っ込んでやりたいのに、糸川が意地悪く笑うから、何も言えなかった。
泣いた私の頭を撫でてくれたとき、少しだけいいやつなのかもしれない、と思ったけれどどうやら勘違いだったようだ。
「脅すつもり?」
「まさか。考えたときは名案だと思ったんだよ。相川も、一度で諦めると思わなかったし」
どう? と顔を近づけられ、腰をふわっと柔らかく撫でられた。
布越しにかすかに掠めただけなのに、糸川の手が直接私に触れた感触を思い出してしまった。
「……付き合ったら、誰にも言わないのよね?」
「当たり前だろ。同じ部署で働く人間に対して、そこまで無神経じゃねーし」
金曜日よりまともに自分の思考回路が動いていると信じて、考える。
「わかった」
ひと言告げると、糸川の顔がぱっと輝いた。その反応に、こちらが戸惑ってしまい、「でも」と慌てて付け加える。
「糸川は、そのしつこい女の子への言い訳になればいいんでしょ? だったら本当に付き合う必要ないよね?」
「は?」
「だから、糸川と私が付き合ってるふりをすればいいんでしょ。わざわざ本当の恋人になる必要ないじゃない。脅してくるような糸川の言うことを聞くなんて本当は嫌だけど! でもふりをするだけなら、乗る」
一気にそう告げると、糸川はぎゅっと目を閉じて、息を吐いた。
「……わかった。それでいい。でも嘘でもみんなに公表するから、ちゃんと恋人らしく振る舞えよ」
「わかってるわよ」
恋人らしい振る舞い、がどんなものなのか、まずそれがピンと来なかったけれど、とりあえず頷く。
すると糸川は、ぐいっと私の肩を引き寄せた。素早く唇が重なる。
目を閉じる間もない、触れるだけのキス。
「ちょっと……!」
嘘の意味をわかっているのだろうか。
「付き合ってないのにシようとしたんだから、これくらいいいだろ」
悪びれずそう言い放つ糸川に、「良くない……」と答えながらも、全然嫌悪感がないことに内心驚いていた。
金曜日に近づきすぎて、感覚がバカになってしまったのかもしれない。
「んだよ、別にいいだろ。嘘でも恋人なんだから」
そう言って糸川は会議室のドアに手をかける。
『嘘』の定義の受け止め方が、お互いずいぶん異なっているように感じたが、確認する間もなく糸川は廊下へと出ていってしまった。
突然の申し出に頭が混乱している。嘘とはいえ、イエスと答えてしまったことへの不安もあった。
だが、彼氏がいるということになれば、煩わしい告白も、面倒な飲み会の誘いも断りやすいはずだ。
メリットを探して、きっと正しい選択に違いない、と自分に言い聞かせたのだった。
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