初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

文字の大きさ
24 / 77
第5話

1

「なあ、そろそろデートしねえ?」
「……え?」
「やっと地獄の休日出勤も終わるし」

 デート、なんて嘘の恋人には必要ないと思う。
 確かに頭ではそう考えているのに、否定の言葉が出てこなかった。
 無言を了解と捉えたのか、糸川は言葉を続ける。

「じゃあ今週の日曜――」
「あ、日曜は無理」

 頭の中でスケジュールを思い浮かべて我に返る。
 糸川は不満そうだけれど、この日だけは譲れない。だって――。

「なんで?」
「ミトのライブだから」
「……は?」

 糸川の眉が跳ね上がる。でもこっちは随分前からチケットを取って楽しみにしていたのだ。
 無理なものは無理。譲れない。

「じゃあ土曜は」
「土曜はだめ。美容院に行くから」
「それってライブのため?」
「そうだけど」
「はあーーーー…………」

 糸川がこめかみを抑えて、深いため息を吐く。

「ライブに負けんのかよ」
「だって。前から決まってたし……」
「彼氏なのに」
「嘘の、でしょ」

 そう言うと糸川はじろりとこちらを睨んだ。

「日曜、何時に終わんの?」
「え、わかんない、けど……七時くらいかな」
「じゃあ迎えに行くから飯食おうぜ」
「え……?」
「いいだろ、それくらい」

 会場近くで待ってるから、と言われ、口篭った。
 時間を合わせて迎えに来てくれるというのに、むげに断るのも悪い気がしてくる。

「……まあ、ご飯だけなら」
「よっしゃ。決まりな?」

 先ほどの不機嫌そうな様子はどこへやら、満面の笑みを浮かべる糸川に、この程度で喜ばれるならまあいいかと思ってしまう。
 おかしい、嫌いなはずなのに。
 でも、せっかく商談が上手くいったのだし、これくらい良いかと自分に言い聞かせたのだった。

 ホシゾラドロップスはメジャーデビューしているものの、残念ながらそこまで有名ではないのでライブ会場のキャパは数千人だ。
 ドームツアーのように周辺が混雑することはないけれど、それでも人が多いので糸川には駅の反対側で待っていてもらうようにした。

 ――終わったから今から出ます。
 ――焦んなくていいから。転けんなよ

 糸川から届いた返信を確認して、速度を上げる。

 近くの地下鉄の入り口に吸い込まれていく人たちを横目に歩道を進むと、徐々に人通りが少なくなっていく。

 遠くに現れた別の地下鉄への階段の前に、長身の人影が見えた。

 そういえば、私服の糸川を見るのは初めてかもしれない。
 シンプルなノーカラージャケットに細身のパンツ。
 こうやって改めて見るとスタイルの良さに驚く。

 糸川もこちらに気づいたのか、さらりと手をあげている。

 小走りで近寄ると、

「急がなくていいっつーの」
「だって……待った?」
「全然。こっちにはあんまり人もいなかったし」

 そう言った糸川がちらりと私の全身に目線を這わせたのがわかった。

「な、なに?」
「いや、ライブだとそういう恰好するんだなあと思って」

 今日はマーメイドのロングスカートに、オフショルダーのトップスを合わせていた。
 胸元が開いている分、ふんわり膨らんだ袖にボリュームがあってお気に入りだった。

 職場ではなるべくきちっとしたシャツやブラウスを着ていくようにしているから、確かに普段と印象は違うかもしれない。

「つーか、髪切ったの?」

 糸川がさりげなく背中の髪に触れる。
 たったそれだけで、少しだけ胸を直接撫でられたように、皮膚がざわついた。

「切ったよ。毛先」
「わっかんねー」

 さりげなく距離を取ろうとしたけれど、糸川の手は触れた髪から離れてくれない。
 掴む、というほど強い力でもないのに。

「傷んでるところを切って、トリートメントしたの」
「あんまり変わんねえのな」
「うるさいな。綺麗な髪を維持するのは大変なの」
「相川の髪、いつもキレーだけど」

 ストレートな言葉に、どきんと胸が鳴る。

「だ、だからそのために気を遣って美容院に……」
「へえ。大変なんだな」

 労わるように髪を撫でたかと思うと、ようやく糸川の手が離れていく。
 解放されて、小さく息が漏れた。気づけば無意識のうちに息を詰めていたらしい。

「で、どこに行くの?」
「んー、お楽しみ」

 そう言って地下鉄の階段を降りていく糸川の後を慌てて追う。そうでもしないと、糸川のひと言ひと言を脳内で繰り返してしまいそうだった。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。