28 / 77
第5話
5
テーブルに戻って残った紅茶を飲んでいると「ライブ、楽しかった?」と聞かれた。
あっという間に脳内に今日見たライブの各シーンが思い浮かんで、口元がにやけてしまう。
「すっごく楽しかった! キラキラしてた! セトリがまた最高で!」
誰にもどこにも打ち明けていなかった分、思い出しただけで脳内のミトの煌めきが蘇ってきて、つい早口になってしまう。
糸川の顔に途端に苦笑いが浮かぶ。
「めちゃくちゃテンション高いじゃん。すげーギャップ……」
「だって……今更糸川の前で取り繕ったって仕方ないし」
「お前な……まあ、いいけど……」
でも、と糸川が続ける。
「彼氏が欲しいわけでもないのに、会社ではなんで大人しくしてんの? 普段のお前のままでもいいじゃん」
「別に、そうしたくてしてるわけじゃないからいいの。会社では目立たないようにいたいだけ」
「目立たないって……無理だろ」
「なんで」
「なんでって……」
言いかけたまま、糸川は結局黙ってしまった。
奇妙な沈黙が満ちる。さっきまで散々なんてことない会話を交わしていたはずなのに、糸川が黙ると途端に話が続かなくなるのだ、と気づいた。
「ライブはね、キラキラしているメンバーを見てるのが幸せなの」
気まずい空気を打ち破るように、ライブの光景を思い出す。
もちろん最推しはミトだけど、他の子たちもみんな思いっきり歌って踊っている姿は、何年追いかけていても清々しい。
自信を持ってパフォーマンスをしている姿を見るのが、なにより励まされる。
「キラキラって……相川も十分だよ」
「なにそれ。全然違うよ。ミトからは、見てる人も輝かせる力みたいなのが出てるの。それを浴びると、私も頑張ろうて思ってるし」
「相川も十分輝いてるけどなー」
「変なお世辞言わないで」
冗談はやめて、と思って言ったのに、糸川は真剣な表情で考え込んでしまった。
調子が狂う。
やがて顎を手に当てた糸川は、心底わからないというように首を傾げた。
「相川って、なんでそんなに臆病なの?」
予想外の問いに、目を瞬かせる。
他人と連まず、人に迎合せず、自分のペースを貫いてきたつもりだった。それは一人でもやっていけるという強さの証明のつもりだったのに、他人からは臆病に見えるのか。そんなこと、思ってもみなかった。
「別に、臆病なんかじゃない」
自然と、固い声になってしまった。
せめて震えないように、と気を遣って発したのに、糸川は「どこがだよ」と笑みさえ浮かべた余裕な表情を見せてきた。
もう、これ以上こちらの内面に踏み込まないで欲しい。
「相川さんって、存在感ないよね」
「見た目は威圧感あるじゃん」
「そうじゃなくて、わかるでしょ?」
「わかるわかる。なんか地味っていうか芋っぽいっていうか」
私がいないと思って、そんな会話が教室で繰り広げられているのを、廊下で聞いてしまったとき。
逃げる以外の選択肢を、あの頃の私は知らなかった。
思い出すだけで、頭の芯がじりっと痺れるような感覚に陥る。
心のなかを引っ掻き回されたような痛みと――悲しみ。
忘れたかった記憶を蘇えらせてしまったからだろうか、口が歪む。
余裕のある表情を作りたいのに、もう無理だった。
あっという間に脳内に今日見たライブの各シーンが思い浮かんで、口元がにやけてしまう。
「すっごく楽しかった! キラキラしてた! セトリがまた最高で!」
誰にもどこにも打ち明けていなかった分、思い出しただけで脳内のミトの煌めきが蘇ってきて、つい早口になってしまう。
糸川の顔に途端に苦笑いが浮かぶ。
「めちゃくちゃテンション高いじゃん。すげーギャップ……」
「だって……今更糸川の前で取り繕ったって仕方ないし」
「お前な……まあ、いいけど……」
でも、と糸川が続ける。
「彼氏が欲しいわけでもないのに、会社ではなんで大人しくしてんの? 普段のお前のままでもいいじゃん」
「別に、そうしたくてしてるわけじゃないからいいの。会社では目立たないようにいたいだけ」
「目立たないって……無理だろ」
「なんで」
「なんでって……」
言いかけたまま、糸川は結局黙ってしまった。
奇妙な沈黙が満ちる。さっきまで散々なんてことない会話を交わしていたはずなのに、糸川が黙ると途端に話が続かなくなるのだ、と気づいた。
「ライブはね、キラキラしているメンバーを見てるのが幸せなの」
気まずい空気を打ち破るように、ライブの光景を思い出す。
もちろん最推しはミトだけど、他の子たちもみんな思いっきり歌って踊っている姿は、何年追いかけていても清々しい。
自信を持ってパフォーマンスをしている姿を見るのが、なにより励まされる。
「キラキラって……相川も十分だよ」
「なにそれ。全然違うよ。ミトからは、見てる人も輝かせる力みたいなのが出てるの。それを浴びると、私も頑張ろうて思ってるし」
「相川も十分輝いてるけどなー」
「変なお世辞言わないで」
冗談はやめて、と思って言ったのに、糸川は真剣な表情で考え込んでしまった。
調子が狂う。
やがて顎を手に当てた糸川は、心底わからないというように首を傾げた。
「相川って、なんでそんなに臆病なの?」
予想外の問いに、目を瞬かせる。
他人と連まず、人に迎合せず、自分のペースを貫いてきたつもりだった。それは一人でもやっていけるという強さの証明のつもりだったのに、他人からは臆病に見えるのか。そんなこと、思ってもみなかった。
「別に、臆病なんかじゃない」
自然と、固い声になってしまった。
せめて震えないように、と気を遣って発したのに、糸川は「どこがだよ」と笑みさえ浮かべた余裕な表情を見せてきた。
もう、これ以上こちらの内面に踏み込まないで欲しい。
「相川さんって、存在感ないよね」
「見た目は威圧感あるじゃん」
「そうじゃなくて、わかるでしょ?」
「わかるわかる。なんか地味っていうか芋っぽいっていうか」
私がいないと思って、そんな会話が教室で繰り広げられているのを、廊下で聞いてしまったとき。
逃げる以外の選択肢を、あの頃の私は知らなかった。
思い出すだけで、頭の芯がじりっと痺れるような感覚に陥る。
心のなかを引っ掻き回されたような痛みと――悲しみ。
忘れたかった記憶を蘇えらせてしまったからだろうか、口が歪む。
余裕のある表情を作りたいのに、もう無理だった。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。