初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第6話

1

「相川」  

 ベッドの上に座る彼女を呼ぶ声が、柄にもなく震えてしまった。
 格好つけたいのに、相川の前だとどうも上手くいかない。

 でも幸か不幸か、相川には俺が死ぬほど緊張しているのは伝わっていなそうだった。
 怖がらせないように細心の注意を払いながら、ベッドの上にぺたんと座り込んだ相川を覗き込む。
 けれど、相川はびくりと身体を震わせたかと思うと、大きく後ろに移動した。
 彼女の肩に触れようとしていた俺の手は目的を失って、なんとかベッドに手をつくことで自分の身体を支えた。慣れないマットレスの弾力に戸惑う。

 こちらから露骨に目を逸らした相川は、窓の外を見つめていた。

 シティホテルの中層階。
 こんなことなら、とびきりいいホテルを予約しておいたのに。

 でも相川が夜景に目を輝かせる姿は想像できなかった。
 彼女はいつも血に足がついている。ロマンチックな夜景で、気持ちをこちらに向けることができるとは、到底思えなかった。
 でも――。
 それでも、何とか良い記憶として刻み込みたい。初めてなら、尚更。

 そう思うのに、せっかく手に転がり込んできたチャンスを無下にすることができず、何とかここまで連れ込んだのは、俺の自己満足だ。
 だって、どれだけ願っても、尻尾さえ掴めなかったチャンスが目の前に突然現れたのだ。手離すことなんて、できるわけがなかった。

 ホテルのまわりに建つビルや、雑然と立ち並ぶ看板からは、世間の日常が感じられる。
 相川が、現実に戻ってしまったらどうしようと不安に捕われて、とっさに手を伸ばしていた。相川の頬に触れる。
 滑らかな感触が指先に伝わって、今にも崩れてしまいそうな儚い洋菓子に触れたような気がした。

 どうかこのまま現実に戻らず、こっちを見てほしい。あわよくば、ずっと。
 自分の手が緊張で震える。
 そのわりに相川が目の前にいるという高揚感で、身体が熱い。

 じっと相川の瞳を見つめていると、開きかけた形の良い唇が再び閉ざされた。

「いいんだよな?」

 嫌だという相川を無理やり抱くつもりはなかった。
 そんなことをしたら、絶対に愛してもらえなくなる。

 今だって、同僚としての好意すら感じられないのに、未来の可能性だけは失いたくなかった。 
 だからどうか、頷いて欲しい。
 そう願いを込めて問いかける。

 相川は、かすかに頷いた。 
 カッと全身に衝動が駆け巡る。
 その瞬間、俺の脳内で5年間丁寧に溶かし固めてきた理性が、一気に崩れて混ざり合った。まるで、溶けきらなかったココアの粉が、白い水面にどす黒い毛細血管を描いて広がっていくように。怖がらせないように。そう思うのに、抑えきれない欲求が、ドロドロと俺の視界を侵食していく。

 薄い肩を押すと、相川は呆気なくベッドに倒れ込んだ。
 抵抗感のなさに戸惑って、顔を覗き込む。
 潤んだ瞳が自分を見上げている。どくどくと心臓の鼓動が速まる。

 甘い香りが身体を突き抜けていく錯覚に囚われた。

 落ち着け。とにかく、いったん落ち着け――自分にそう言い聞かせて、相川の頭のてっぺんから順番に視線を這わせる。

「これ、今はいらないだろ」

 相川の右手が視界に入った瞬間、そう呟いていた。

 細い薬指に嵌められているシルバーリング。
 目に留めただけで、口の中に苦味が広がるような忌々しいそれを抜き取ると、相川の口から「あ……」と声が漏れた。

 今から俺に抱かれるっていうのに、他の男を思って身につけた指輪なんて纏わないでほしい。

 それでも相川の大事にしているものを無碍に扱うことなどできず、抜き取った冷たい指輪をベッドサイドのテーブルに置いた。
 俺の手の行先を真剣な表情で見ていた相川が、ほっと安堵したのがわかって、複雑な思いがよぎる。

「こっち」

 いつまでも光り輝くリングを見ていてほしくなくて、再び頬に手を添えた。
 真正面を向かせたところで、唇に噛みつきたい衝動が込み上げる。

 相川が、目を閉じた。
 そう認識した瞬間、柔らかな唇に口付けを落としていた。
 錯覚だと思っていた甘い香りが、現実のものとなって鼻の奥を過ぎていく。

 嫌がられないように怖がらせないように。
 とにかく触れるだけのキスを何度も繰り返す。

 考えられないほど幼稚なキスなのに、それだけで心が満たされていくような気がした。
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