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第6話
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一通りの座学を終え、グループワークが行われた。
そのグループで、俺は相川と一緒になった。なんのことはない、五十音順で六人ずつに区切られただけだ。
グループ分けが伝えられたときはテンションが下がったが、いざワークが始まると相川は初日とは別人だった。
採用試験のグループ面談でもそうだったが、こういう場ではたいてい自分が進行役になる。
限られた時間で意見をまとめ、ブラッシュアップするためには、ある程度慣れている人間が舵を取った方が効率が良い。
だから俺はその日も積極的に議題を進めていた。
さすがに全く無気力なメンバーはいないものの、議題が進むごとに、意見を積極的に言う面子が固定されてしまう。
発表はグループの総意として行うから、これでも体裁は整う。どうすっかな、と考えていると、一人、ほとんど口を挟まなくなった男を気遣うように、相川が手を挙げた。
「自分の意見じゃなくて良いと思うんですけど、今出ているものに対峙する意見も、挙げておいた方が良いと思いません? 私がちょっと考えたのは――」
そう言って、今固まり始めている案の、対抗馬ともいえる意見をいくつか相川が述べた。書記を務めている女の子が慌ててパソコンに打ち込んでいる。
「あー、じゃあこういう視点もありかも……」
相川の発言をきっかけに、ぽつりぽつりと他の意見が出てくるようになった。
活発になった議論を聞く合間に、相川と目が合う。
次の瞬間、微かに目配せされたのは錯覚ではないと思う。
濡れたような黒い瞳が二度三度揺れた。ふっと相川と自分との間にだけ、見えない糸が渡されたような気がする。
――まとめるのはそっちで進めて。
そう言いたげな視線だった。
それからしばらくグループワークが続いたが、俺と相川のコンビネーションはなかなか良かったと思う。
俺が全体の議論を進め、停滞したタイミングで相川が呼水になるような意見を出す。
本質を理解していなければできないポジションだ。おかげで、かなりやり易かった。
実際、研修最終日にグループが名指しで褒められるくらい、成果はあった。
最初はどうなることかと思った相川とも、普通にコミュニケーションが取れるようになってきた。
もっとも、世間話や雑談にはほとんど乗ってこないから、元々そういうタイプなのかもしれない。
こんなに美人だから、愛想よくして嫌な思いでもしたのかもな……なんて、安易に考えていた。
新人研修が終わり、俺は営業部に配属された。
相川も同じ営業部だった。彼女はアシスタントだったけれど、同じポジションでないのはちょうど良い。
同じ営業部員だったら成績で争わねばならないから。
いつか一人前になったとき、彼女と組んだら仕事が捗りそうだなと考えていた。
それだけ研修中に彼女を信頼していたとも言える。
必要以上に喋らないところも、もはや美点と感じるようになっていた。
なぜなら、あまりにも誘いが多いからだ。女性社員からの。
同期には研修中から声を掛けられていたものの、「さすがに帰って明日の準備しないとやばそうだから」と適当に言い訳を作って断っていたが、先輩社員となると無碍に断るのも難しい。
社内の人間関係もわからないまま地雷を踏みたくなかったし、そもそも声をかけてきた人がどこの部署の誰かもわからない。
そんな状態でよく声をかけられるなと思うけれど、どこにでも押しの強い女子はいるようだ。
それにしても、社会人になってもそういうところは学生時代と変わらないんだな、とどこか冷めた目で見ている自分がいた。
学生時代は、飲みに誘われれば即答で応じていたし、少しいいなと思った子に告白されれば、迷わずOKしていた。きちんと付き合った人もいれば、その夜限りの関係で終わった子もいる。
その差は、相手がどちらを求めているかだけで、自分はどちらでも良かった。
社内で声をかけられるたび、向けられる視線の温度で気づく。それは学生の頃に覚えた感覚と同じだ。ただ、母親から受け継いだ日本人離れしたこの骨格だけを愛でたがっている。
中学に入ったころからするすると俺の背は伸び、手足のバランスもよく成長していった。
その頃から、異性に告白される頻度が増えていった。
クラスメイトの場合もあれば、名前も知らない先輩や下級生から突然呼び出されることもあった。
あまりに毎日呼び出されるから、友人たちが「糸川への告白は何日連続で続くか」なんて賭けていたこともあった。
今思えば最低だけど、嗜める気にもならなかったのは、あまりにも『俺を知らない女子』からの告白が多かったからだ。
もう少し歳を重ねれば、好意を伝えてくれるだけでも多少感謝できるようになったけれど、当時は「俺のことなんて何も知らないくせに」という気持ちが強かった。
そしてその思いは、今も自分の根底に燻っている。
『自分好みの外見の彼氏が欲しい』
そういう理由で告白してきた女の子たちは、たとえOKしても、去っていくのも早かった。
「イメージと違った」とか「もっと優しいと思った」とか、勝手に期待されることばかりだ。
その反動もあって、大学時代は思いっきり遊んだ。
いっそ彼女は作らないと決めて、遊びでいい、と言う子だけを選んだ。
でもそれも、卒業と同時に終わりにしたつもりだった。
社会人になれば。大人になれば、きっとまともな恋ができる。
そんな根拠のない希望を抱いて、社会人になったはずだった。
そんな根拠のない希望は、配属が決まってすぐ、デスクの上に置かれた中身のない誘いの付箋の中に紛れていった。
期待していた分、失望は大きかった。
そのグループで、俺は相川と一緒になった。なんのことはない、五十音順で六人ずつに区切られただけだ。
グループ分けが伝えられたときはテンションが下がったが、いざワークが始まると相川は初日とは別人だった。
採用試験のグループ面談でもそうだったが、こういう場ではたいてい自分が進行役になる。
限られた時間で意見をまとめ、ブラッシュアップするためには、ある程度慣れている人間が舵を取った方が効率が良い。
だから俺はその日も積極的に議題を進めていた。
さすがに全く無気力なメンバーはいないものの、議題が進むごとに、意見を積極的に言う面子が固定されてしまう。
発表はグループの総意として行うから、これでも体裁は整う。どうすっかな、と考えていると、一人、ほとんど口を挟まなくなった男を気遣うように、相川が手を挙げた。
「自分の意見じゃなくて良いと思うんですけど、今出ているものに対峙する意見も、挙げておいた方が良いと思いません? 私がちょっと考えたのは――」
そう言って、今固まり始めている案の、対抗馬ともいえる意見をいくつか相川が述べた。書記を務めている女の子が慌ててパソコンに打ち込んでいる。
「あー、じゃあこういう視点もありかも……」
相川の発言をきっかけに、ぽつりぽつりと他の意見が出てくるようになった。
活発になった議論を聞く合間に、相川と目が合う。
次の瞬間、微かに目配せされたのは錯覚ではないと思う。
濡れたような黒い瞳が二度三度揺れた。ふっと相川と自分との間にだけ、見えない糸が渡されたような気がする。
――まとめるのはそっちで進めて。
そう言いたげな視線だった。
それからしばらくグループワークが続いたが、俺と相川のコンビネーションはなかなか良かったと思う。
俺が全体の議論を進め、停滞したタイミングで相川が呼水になるような意見を出す。
本質を理解していなければできないポジションだ。おかげで、かなりやり易かった。
実際、研修最終日にグループが名指しで褒められるくらい、成果はあった。
最初はどうなることかと思った相川とも、普通にコミュニケーションが取れるようになってきた。
もっとも、世間話や雑談にはほとんど乗ってこないから、元々そういうタイプなのかもしれない。
こんなに美人だから、愛想よくして嫌な思いでもしたのかもな……なんて、安易に考えていた。
新人研修が終わり、俺は営業部に配属された。
相川も同じ営業部だった。彼女はアシスタントだったけれど、同じポジションでないのはちょうど良い。
同じ営業部員だったら成績で争わねばならないから。
いつか一人前になったとき、彼女と組んだら仕事が捗りそうだなと考えていた。
それだけ研修中に彼女を信頼していたとも言える。
必要以上に喋らないところも、もはや美点と感じるようになっていた。
なぜなら、あまりにも誘いが多いからだ。女性社員からの。
同期には研修中から声を掛けられていたものの、「さすがに帰って明日の準備しないとやばそうだから」と適当に言い訳を作って断っていたが、先輩社員となると無碍に断るのも難しい。
社内の人間関係もわからないまま地雷を踏みたくなかったし、そもそも声をかけてきた人がどこの部署の誰かもわからない。
そんな状態でよく声をかけられるなと思うけれど、どこにでも押しの強い女子はいるようだ。
それにしても、社会人になってもそういうところは学生時代と変わらないんだな、とどこか冷めた目で見ている自分がいた。
学生時代は、飲みに誘われれば即答で応じていたし、少しいいなと思った子に告白されれば、迷わずOKしていた。きちんと付き合った人もいれば、その夜限りの関係で終わった子もいる。
その差は、相手がどちらを求めているかだけで、自分はどちらでも良かった。
社内で声をかけられるたび、向けられる視線の温度で気づく。それは学生の頃に覚えた感覚と同じだ。ただ、母親から受け継いだ日本人離れしたこの骨格だけを愛でたがっている。
中学に入ったころからするすると俺の背は伸び、手足のバランスもよく成長していった。
その頃から、異性に告白される頻度が増えていった。
クラスメイトの場合もあれば、名前も知らない先輩や下級生から突然呼び出されることもあった。
あまりに毎日呼び出されるから、友人たちが「糸川への告白は何日連続で続くか」なんて賭けていたこともあった。
今思えば最低だけど、嗜める気にもならなかったのは、あまりにも『俺を知らない女子』からの告白が多かったからだ。
もう少し歳を重ねれば、好意を伝えてくれるだけでも多少感謝できるようになったけれど、当時は「俺のことなんて何も知らないくせに」という気持ちが強かった。
そしてその思いは、今も自分の根底に燻っている。
『自分好みの外見の彼氏が欲しい』
そういう理由で告白してきた女の子たちは、たとえOKしても、去っていくのも早かった。
「イメージと違った」とか「もっと優しいと思った」とか、勝手に期待されることばかりだ。
その反動もあって、大学時代は思いっきり遊んだ。
いっそ彼女は作らないと決めて、遊びでいい、と言う子だけを選んだ。
でもそれも、卒業と同時に終わりにしたつもりだった。
社会人になれば。大人になれば、きっとまともな恋ができる。
そんな根拠のない希望を抱いて、社会人になったはずだった。
そんな根拠のない希望は、配属が決まってすぐ、デスクの上に置かれた中身のない誘いの付箋の中に紛れていった。
期待していた分、失望は大きかった。
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