初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第6話

4


 ある日、出勤してから自販機に飲み物を買いに行った。
 朝のリフレッシュルームは人がいない。一息着くにはちょうど良かった。  
 はじまったばかりだが、営業部での仕事は楽しい。毎日覚えることが山積みで、集中しているとあっという間に一日が過ぎだ。 

 同じフロアで、姿勢よく座っている相川の姿が毎日見られるのも良かった。
 真剣な表情でパソコンに向かっている。
 けれどさすがに先輩には笑顔も見せるらしい。
 業務中、微かに微笑む相川は、元々の美しさも相まって見惚れるほどだった。

 自然とそう思ってしまい、自分も相川の外見に惹かれているんだから同じ穴の狢だな、と自嘲する。
 いや、彼女の内面だってもっと知りたいと思っているのだから、自分に近寄ってくる女たちとは違うはず。
 自分にそう言い聞かせて、アイスコーヒーを買ったときだった。

 「糸川くーん」 

 甘ったるい声が響いて、げ、と顔を顰めていた。
 振り返ると、茶髪を大きくカールさせた女性社員が立っていた。
 研修でこの場所について説明してくれた、総務部の社員だ。名前は、もう忘れてしまった。  

 研修中から、個人的に飲みに行こうと何度か誘われていた。 
 派手な髪に色鮮やかな長い爪。多分五つくらい年上だけど、そうと感じさせない若々しさはあった。

 「いつなら飲みに行ける~?」 

 さも決定事項のように尋ねられて、背中を不快感が競り上がってくる。

 「あー、どうっすかね」
 「営業部、もう慣れたでしょう?」 

 糸川くんなら大丈夫だよ、と根拠のない言葉を続ける女に、そんなわけねえだろ、と内心全力でツッコミを入れる。

 配属されてまだ1週間。どんだけ仕事舐めてんだ、と思うと、呆れてものも言えなかった。
 そしてこんな彼女を研修担当にしてしまう総務部にも、大丈夫かと不安がよぎった。

 なるべく角を立てないように立ち去るべく、壁際から距離を取る。
 女豹のようにじっとりと投げかけられる目線から逃れようとしたとき、誰かが室内に入ってくる、かすかな物音が聞こえた。

 ちょうどいい。誰か来たなら話しかけて、ここを立ち去る口実にならないか、そう思って入り口に視線をやり――固まって動けなくなった。 
 顔が引き攣る。得意なはずの中身のない笑みを作れないまま、顔の筋肉がコントロールを失っていた。

 現れたのは相川だった。

 なんで。
 頭の中をクエスチョンが駆け巡る。

 この時間、相川がリフレッシュルームに来たことはない。遭遇するなら、今日じゃない日にして欲しかった。

 相川の手に財布が握られているのが見えた。飲み物を買いに来たのだろうか。ということはこちらへやってくる。

 ごくりと生唾を飲んだ。生ぬるい唾液が喉を通り過ぎていく音が、骨まで響いた。

 なんで。
 とっさに同じような答えの出ない疑問が浮かぶ。

 だって相川はいつも水筒を持参していて、買った飲み物は飲んでいない
 水筒の色も、なんなら弁当箱の柄さえ思い浮かべることができる。

 言い訳を必死に考えながら、我ながら気持ち悪いな、と自分に呆れた。

 近づいてきた相川が、俺を認識した。
 目を見開いている。
 驚いた顔も可愛い。思わずそんなことを考えてしまう。  

 だから、油断した。

 自販機の陰から伸びてきた腕に両頬を挟まれて、引っ張られる。自然と眉間に皺が寄った。こんな表情を他人に向けたのは久しぶりだった。

 強く押し退けようとした瞬間、そのまま唇が重なった。
 エキゾチックな強い香りに、呑まれそうになる。不快感が全身を突き抜けて、毛が全部逆立った気がした。
 慌てて身を捩り、ピンクの爪から逃げる。

 ころん、と間の抜けた音が響いた。 
 我に返る。とっさに視線を巡らせる。
 相川が、小銭を取り落とした音だった。
 銀色の硬貨がころころと転がって、自販機の下に消えていく。その一連の動きがすべてスローモーションのように見えた。

 拾おうと、屈んだ瞬間だった。

 バタバタと音を立てて、相川が一目散にリフレッシュルームを出ていく。

 その足音は、完全に拒絶の音だった。

 最悪だ。マジで。

 「見られちゃったね」 

 勝ち誇ったように笑う女を一瞥し、自販機の下に手を突っ込んで転がった百円玉を拾う。
 機械の尖った部分が甲にあたり、顔を顰めた。痛い。自分の手に、引っ掻き傷のように残った痕を見下ろしながら、頭の奥がしんと冷えていく。

 角が立とうが立つまいが、もうどうでもいい。
 背後で何かを言い募る女を無視して、自販機に小銭をいれる。

 相川が飲むならなんだろう、と考えて。
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