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第6話
5
それから先は、最悪だった。
唇にべったりついた口紅はすぐさま拭ったけれど、唇の不快感は残り続けた。触れられた頬への違和感も。
色は落ちたはずの唇を何度も擦る。皮を全部剥いてしまいたくて、何度も唇を引っ張った。
相川が飲みそうな緑茶を見繕って買って届けたけれど、彼女はこちらを見ようともしなかった。
「……これで黙ってろってこと?」
ようやく発せられた声は固い。
問われた意味を考えながら目を瞬かせる。
厳しい表情は凄みを感じさせるほど綺麗で、こんな時にも見惚れてしまう自分に呆れた。
「別に。隠すようなことでもないから、黙ってなくてもいいけど」
全く興味のない相手だ。変な噂でも立って、むしろどこか地方へ飛ばされればいい。
「はあ?」
しかし相川は不機嫌そうに問い返すと、勢いよく顔を背けた。
「いらない。別に後で自分で買いにいくし」
「なんでだよ。お前の落としたお金で買ったんだけど」
「あ、そ」
まわりの先輩たちが、険悪な空気で話し続ける俺たちを何事かと見ている。
そのせいか、相川はひったくるようにペットボトルを奪い取った。
突然空になった手で相川に縋りたい。けれど許されるわけもなく、手は虚しく宙を切る。
「100円じゃないでしょ。足りなかった分払うからちょっと待って」
「別にいいって、そのくらい」
たかが何十円かで恩売らないっての、と笑ってみせても、相川は頑なだった。
「私が嫌なの」
まるで、例え1円でも借りを作りたくない。そんな明確な意志を感じる。
相川が新たに100円玉を取り出した。まるで買った事実すら消したいように感じられて、ぴしりと胸に亀裂が入る。
それでも表面上はやれやれと肩をすくめながら、素直に手を差し出した。
相川の指が、俺の手のひらに100円玉を置く。
手が離れていくときに、微かに指先が触れた。それだけで、火を灯されたように身体が熱る。
その感覚を逃すため小さく息を吐く。
こちらはたったこれだけで胸が疼くのに、相川はむしろ嫌悪感さえ滲ませている。
ぷいっと目線を逸らすとパソコンに向き直った。
完全に誤解されている。けれど、その誤解を解くのは、簡単ではなさそうだった。
今は、とりつく島もない。
ため息を飲み込んで、自席へと向かったのだった。
話さえ聞いてもらえれば誤解はすぐに解けると思ったのに、むしろ事態は悪化していく一方だった。
なぜか、相川には見られたくないところばかり見られてしまう。
告白されているところに相川が通りかかるとか、女性社員に抱きつかれたときにかぎってなぜか相川がいる、とか。
このタイミングの悪さはなんなのだろう。
まともに話す機会はないくせに、そんなことばかりする神様を恨みたくなる。
しかし、そんなすれ違いすら些細に感じてしまうことが、起きた。
唇にべったりついた口紅はすぐさま拭ったけれど、唇の不快感は残り続けた。触れられた頬への違和感も。
色は落ちたはずの唇を何度も擦る。皮を全部剥いてしまいたくて、何度も唇を引っ張った。
相川が飲みそうな緑茶を見繕って買って届けたけれど、彼女はこちらを見ようともしなかった。
「……これで黙ってろってこと?」
ようやく発せられた声は固い。
問われた意味を考えながら目を瞬かせる。
厳しい表情は凄みを感じさせるほど綺麗で、こんな時にも見惚れてしまう自分に呆れた。
「別に。隠すようなことでもないから、黙ってなくてもいいけど」
全く興味のない相手だ。変な噂でも立って、むしろどこか地方へ飛ばされればいい。
「はあ?」
しかし相川は不機嫌そうに問い返すと、勢いよく顔を背けた。
「いらない。別に後で自分で買いにいくし」
「なんでだよ。お前の落としたお金で買ったんだけど」
「あ、そ」
まわりの先輩たちが、険悪な空気で話し続ける俺たちを何事かと見ている。
そのせいか、相川はひったくるようにペットボトルを奪い取った。
突然空になった手で相川に縋りたい。けれど許されるわけもなく、手は虚しく宙を切る。
「100円じゃないでしょ。足りなかった分払うからちょっと待って」
「別にいいって、そのくらい」
たかが何十円かで恩売らないっての、と笑ってみせても、相川は頑なだった。
「私が嫌なの」
まるで、例え1円でも借りを作りたくない。そんな明確な意志を感じる。
相川が新たに100円玉を取り出した。まるで買った事実すら消したいように感じられて、ぴしりと胸に亀裂が入る。
それでも表面上はやれやれと肩をすくめながら、素直に手を差し出した。
相川の指が、俺の手のひらに100円玉を置く。
手が離れていくときに、微かに指先が触れた。それだけで、火を灯されたように身体が熱る。
その感覚を逃すため小さく息を吐く。
こちらはたったこれだけで胸が疼くのに、相川はむしろ嫌悪感さえ滲ませている。
ぷいっと目線を逸らすとパソコンに向き直った。
完全に誤解されている。けれど、その誤解を解くのは、簡単ではなさそうだった。
今は、とりつく島もない。
ため息を飲み込んで、自席へと向かったのだった。
話さえ聞いてもらえれば誤解はすぐに解けると思ったのに、むしろ事態は悪化していく一方だった。
なぜか、相川には見られたくないところばかり見られてしまう。
告白されているところに相川が通りかかるとか、女性社員に抱きつかれたときにかぎってなぜか相川がいる、とか。
このタイミングの悪さはなんなのだろう。
まともに話す機会はないくせに、そんなことばかりする神様を恨みたくなる。
しかし、そんなすれ違いすら些細に感じてしまうことが、起きた。
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