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第6話
6
俺を含めた社員に激震が走ったのは、一年目の冬休み明けだった。
短い正月休みを終え、迎えた出勤日。
相川の薬指には、一粒のダイヤモンドが輝くシルバーリングが嵌っていた。
気づいた瞬間、足元の地面がぐにゃりと歪んだ。視界が真っ黒く塗りつぶされる。
何度瞬きをしてみても、相川の指には氷のように冷たい輝きを放つリングが存在している。
朝から主に男性社員がちらちらと相川の右手を気にしている。
俺だって――ひそひそと噂し合う同僚たちには興味ないそぶりをとりながら、内心は同じだった。
彼氏が、できたのだろうか。冬休み中に。
もしそうだったとして、そんなにすぐ指輪を贈られるだろうか。
もしかして、実はずっと前から恋人がいて、休み中に指輪を貰ったのか。
いろいろな可能性が浮かんでは消えていく。
どれも胸を埋め尽くすような不快感の塊だ。胃の中身が迫り上がってきて、喉元まで圧迫されている。息が苦しい。
どの思いつきも、ただの推論でしかない。
だって俺は、相川から、恋人について教えてもらえるような間柄じゃないから。
初めて相川に会って、9ヶ月以上経っているというのに、距離を縮めるどころか離れていくばかりだ。
それにしても、同じ女性のことばかり考えてしまう期間として、9ヶ月はあまりに長かった。
こんなこと、初めてだ。
だからこそ、相川に恋人がいるという事実が衝撃で。
胸をぎりぎりと締め付けられるように苦しかった。
相川は入社以来、誰から告白されてもすげなく断っていた。
謎多き相川に、「我こそは」と挑んでいた男性社員たちは、誰一人芳しい返事をもらえていなかったのだ。
そして今、社内のほぼ全員が、その原因に納得していた。
彼氏がいるなら、当然だ、と。
自分もまた、叶う見込みのない想いを捨てるために足掻くしかなくなった。
元々、相川から好かれていない自覚はあった。
物静かで一人の時間を大事にする相川に対し、自分は人と過ごすのが好きで、いつでもどこでもつい騒いでしまう。
どう考えても相入れないタイプだ。
でも研修中はきちんとコミュニケーションを取れていたと思う。
だから、相川は他人と距離を詰めない人間なだけだと思っていたのに。
時折見せる相川の穏やかな表情を、当たり前のように見ている男がいるなんて。
考えただけで、胸を掻きむしって叫びたくなる。
その痛みを忘れようと、俺はまた学生時代の頃のように、女からの誘いに乗るようになっていった。
そして願わくば、遊びではなく本気で好きになれるひとに出会いたいと思い始めた。
そうでもしないと、相川のことが忘れられそうになかった。
なのに。
どんな女性と過ごしても、ふとした時に頭の中にちらつくのは、相川の顔だった。
じっとこちらを見つめる、感情の見えない瞳。
何度振り払おうとしても、瞼の裏に焼き付いて、決して消えてくれない。
そのたびに、胸の奥に甘い痺れが走る。
他の女とキスしようとして、相川が俺の知らぬ彼氏と同じことをする姿が過ぎるなんて。なんど経験しても最悪だった。
それでも年上、年下、同い年。
どんな女性からでも告白されれば「今は好きじゃないけど、それでも良ければ」と言って付き合った。
もしかしたら次こそ相川の面影がちらつかない恋人ができるかもしれない。
本当に、この目の前にいる彼女を好きになれるかもしれない、と思って。
だけど、そんな風に期待して付き合い始めた彼女といるときでさえ、相川と遭遇する頻度は高かった。
とある社内の女性と付き合い始めた頃だった。その子はいくつか後輩で、背の低い、可愛らしい雰囲気の社員だった。
けれど腕や背中に常に触れたがり、やけにスキンシップが多いと、付き合い初めてから気づいた。ああやっぱりOKしたのは間違えたかも、と思う。さすがに職場でやめてほしい。
一体どうしたら素直に止めてくれるんだろうととりあえずキスしてみたら、相川に見られたこともある。
あの時はさすがに死にたくなった。
なにやってんだ、俺。
それでも、ふと気づいてしまった。
社内で相川に遭遇する頻度が高いのは当たりのだ。
俺が、いつも相川を目で追って、彼女の行動範囲内に少しでも留まるようにしているのだから。
そう気づいたら、もう駄目だった。
他のひとで満足できるわけがない。
だって、俺は相川が好きなんだ。
すとんと腑に落ちた。認めたら、頭がすっきりして視界が晴れた。
仕事で結果を出して、相川と組めるようになろう。
自分の希望が通るほど頑張れば、相川にも少しは認めてもらえるかもしれない。
それから、好きなひとを探すのも、遊ぶのもやめた。
いつか来る――いや、引き寄せるチャンスのために。今は最大限爪を研ぐ。
まさかそこから、五年もかかるなんて思わなかったけれど。
でもその五年のおかげなのか、神様はようやく俺にも目を向けたらしい。
俺の目の前に、千載一遇のチャンスがやってきたのだ
五年。
この指輪の主を殺したいほど憎みながら、俺はただこの瞬間だけを待っていた。
短い正月休みを終え、迎えた出勤日。
相川の薬指には、一粒のダイヤモンドが輝くシルバーリングが嵌っていた。
気づいた瞬間、足元の地面がぐにゃりと歪んだ。視界が真っ黒く塗りつぶされる。
何度瞬きをしてみても、相川の指には氷のように冷たい輝きを放つリングが存在している。
朝から主に男性社員がちらちらと相川の右手を気にしている。
俺だって――ひそひそと噂し合う同僚たちには興味ないそぶりをとりながら、内心は同じだった。
彼氏が、できたのだろうか。冬休み中に。
もしそうだったとして、そんなにすぐ指輪を贈られるだろうか。
もしかして、実はずっと前から恋人がいて、休み中に指輪を貰ったのか。
いろいろな可能性が浮かんでは消えていく。
どれも胸を埋め尽くすような不快感の塊だ。胃の中身が迫り上がってきて、喉元まで圧迫されている。息が苦しい。
どの思いつきも、ただの推論でしかない。
だって俺は、相川から、恋人について教えてもらえるような間柄じゃないから。
初めて相川に会って、9ヶ月以上経っているというのに、距離を縮めるどころか離れていくばかりだ。
それにしても、同じ女性のことばかり考えてしまう期間として、9ヶ月はあまりに長かった。
こんなこと、初めてだ。
だからこそ、相川に恋人がいるという事実が衝撃で。
胸をぎりぎりと締め付けられるように苦しかった。
相川は入社以来、誰から告白されてもすげなく断っていた。
謎多き相川に、「我こそは」と挑んでいた男性社員たちは、誰一人芳しい返事をもらえていなかったのだ。
そして今、社内のほぼ全員が、その原因に納得していた。
彼氏がいるなら、当然だ、と。
自分もまた、叶う見込みのない想いを捨てるために足掻くしかなくなった。
元々、相川から好かれていない自覚はあった。
物静かで一人の時間を大事にする相川に対し、自分は人と過ごすのが好きで、いつでもどこでもつい騒いでしまう。
どう考えても相入れないタイプだ。
でも研修中はきちんとコミュニケーションを取れていたと思う。
だから、相川は他人と距離を詰めない人間なだけだと思っていたのに。
時折見せる相川の穏やかな表情を、当たり前のように見ている男がいるなんて。
考えただけで、胸を掻きむしって叫びたくなる。
その痛みを忘れようと、俺はまた学生時代の頃のように、女からの誘いに乗るようになっていった。
そして願わくば、遊びではなく本気で好きになれるひとに出会いたいと思い始めた。
そうでもしないと、相川のことが忘れられそうになかった。
なのに。
どんな女性と過ごしても、ふとした時に頭の中にちらつくのは、相川の顔だった。
じっとこちらを見つめる、感情の見えない瞳。
何度振り払おうとしても、瞼の裏に焼き付いて、決して消えてくれない。
そのたびに、胸の奥に甘い痺れが走る。
他の女とキスしようとして、相川が俺の知らぬ彼氏と同じことをする姿が過ぎるなんて。なんど経験しても最悪だった。
それでも年上、年下、同い年。
どんな女性からでも告白されれば「今は好きじゃないけど、それでも良ければ」と言って付き合った。
もしかしたら次こそ相川の面影がちらつかない恋人ができるかもしれない。
本当に、この目の前にいる彼女を好きになれるかもしれない、と思って。
だけど、そんな風に期待して付き合い始めた彼女といるときでさえ、相川と遭遇する頻度は高かった。
とある社内の女性と付き合い始めた頃だった。その子はいくつか後輩で、背の低い、可愛らしい雰囲気の社員だった。
けれど腕や背中に常に触れたがり、やけにスキンシップが多いと、付き合い初めてから気づいた。ああやっぱりOKしたのは間違えたかも、と思う。さすがに職場でやめてほしい。
一体どうしたら素直に止めてくれるんだろうととりあえずキスしてみたら、相川に見られたこともある。
あの時はさすがに死にたくなった。
なにやってんだ、俺。
それでも、ふと気づいてしまった。
社内で相川に遭遇する頻度が高いのは当たりのだ。
俺が、いつも相川を目で追って、彼女の行動範囲内に少しでも留まるようにしているのだから。
そう気づいたら、もう駄目だった。
他のひとで満足できるわけがない。
だって、俺は相川が好きなんだ。
すとんと腑に落ちた。認めたら、頭がすっきりして視界が晴れた。
仕事で結果を出して、相川と組めるようになろう。
自分の希望が通るほど頑張れば、相川にも少しは認めてもらえるかもしれない。
それから、好きなひとを探すのも、遊ぶのもやめた。
いつか来る――いや、引き寄せるチャンスのために。今は最大限爪を研ぐ。
まさかそこから、五年もかかるなんて思わなかったけれど。
でもその五年のおかげなのか、神様はようやく俺にも目を向けたらしい。
俺の目の前に、千載一遇のチャンスがやってきたのだ
五年。
この指輪の主を殺したいほど憎みながら、俺はただこの瞬間だけを待っていた。
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