初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第8話

1

 半ば強制的に糸川の家に連れて行かれたあの日。
 糸川は、本当に夕飯を食べるだけで私を開放した。

「ご飯を食べるだけ」と言ってはいたものの、自宅に上がり込んだのだ。そのまま何事もなく済むなんて、さすがに思っていなかった。
 ただもしこの前みたいな雰囲気になっても、きちんと最後までできるのだろうか、という不安は抱いていた。
 だって私ばかりが乱れた姿を晒したのだ。
 今思い返しても、顔から火が出るほど恥ずかしい。

 しかし食事を終え、お茶を飲み終わると、糸川は上着を羽織った。

「明日も仕事だし、あんまり遅くなるとつらいよな。送ってくから」

 そう言われて、私は馬鹿みたいに戸惑った声で「あ、うん……」と返事をしていた。

 結局糸川は、駅まで送ってくれた。正確に言えば、私の家まで送ろうとしてくれたけれど、それは丁重にお断りした。今からここと私の家を往復するなんて、さすがに時間がかかりすぎる。

「心配だから。じゃあ着いたら連絡して」

 そう言われて、正式に連絡先を交換した。

 糸川は心配性らしく、電車内では酔っ払いに近づくなとか、明るい道を通って行けとか、一人で歩く時はいつでも電話できるようにスマホから手を離すなとか、一人で帰るための条件が瞬く間に増えていく。観念して「わかった」と頷けば、糸川はほっとしたように肩の力を抜いた。

 糸川の家から最寄駅まで並んで歩いた。
 正直、手くらい握られるかと思ったけれど、それすらなかった。ぷらぷらと宙を浮かぶ糸川の側の手が、どこか手持ち無沙汰に感じてしまう。
 もしかしたらされるかもしれない、と思っていたキスも、なかった。
 駅の改札を通るとき、思わずその顔を見上げたけれど、糸川の体はあっさりと離れていき、「気をつけろよ」と繰り返されただけだった。

 改札を抜けて、ホームへと続くエスカレーターに足を掛け、振り返る。
 糸川は、まだそこで私を見ていた。
 ばちんと目が合ってしまう。とっさに視線を逸らす前に、糸川の挙げた手が振られる。
 思わず振り返そうと手を掲げかけたところで、私はくるりと背を向けた。
 心臓の鼓動がうるさい。
 
 物足りない。
 ホームにたどり着き、一人になってそう思った。一拍遅れてから自分の思考を理解して、地下鉄の、封じ込められた空気のなかに、小さな息の音が漏れた。
 だって、大っ嫌いな糸川なのに。
 まさか情が移ったのだろうか。
 電車が到着するアナウンスが聞こえる。糸川が、時間を見計らって改札を通してくれたのだと、ようやく気づいた。
 そのせいか、何度か交わしたキスのことを思い出してしまった。電車の振動に身を任せながら、そっと自分の唇に触れる。柔らかく重なった感触が、いつまでも消えずに残っているのだと、気づいた。
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