初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第8話

2

 糸川は、意外なことに職場ではほとんど話しかけてこなかった。
 これなら別に、私がわざわざ恋人のふりをする必要ないんじゃないかと思うくらいだった。業務で二人きりになったときにそれとなく提案してみたけれど「噂が広まってるから十分意味がある」と、聞く耳を持ってもらえなかった。
 A社との取引が具体的に進むことになり、私は引き続き糸川を専属で担当するよう指示を受けていた。必然的に、これまで空いていたアシスタントが担っていた糸川の他社のフォローも、私が担当することが増えた。

 糸川の仕事を近くで見るようになって、その仕事量に圧倒された。A社はもちろん、それ以外の継続案件も抱えているし、貪欲に新規開拓も進めていた。
 女性とうつつを抜かしているような時間なんてない、ということは痛感してしまった。確かに、女性と世間話に勤しむ時間も、ランチに出かける暇もなさそうだ。休日をどう過ごしているかまでは知らないけれど。
 むしろ、一分一秒を惜しんで働いていた。

 けれど、仕事終わりの誘いは度々届いた。

『今日夕飯食って帰ろう』と初めてメッセージが送られてきたときは、思わずオフィスにいる糸川を見つめてしまった。手元のスマホと鋭い表情で資料を読んでいる顔を何度も見比べていると、その目線に気づいたのか、糸川がこちらを見て、かすかに口端を上げた。咄嗟に目を逸らしてしまう。

 会社内で、いちゃついているカップルとは思われたくない。
 真面目に仕事しているのに色眼鏡で見られたくないし、そもそも本当に付き合っているわけじゃないし。

 でも糸川と目が合った瞬間、なぜか胸が高鳴って、『いいよ』と返事をしてしまった。

 再び糸川を盗み見る。するとスマホを確認した糸川が破顔した。
 一瞬、糸川のデスクのまわりだけ温度が上がったような気がして、慌ててパソコンに向き直る。けれど震えた指先は些細なタイピングミスを繰り返してしまい、何度もバックスペースを叩いた。

 仕事の話があるから、誘われたのかもしれないし。
 何度もそう言い聞かせ、ブラウスの上からぎゅっと胸を押さえる。
 そうでもしないと、とてもこの後の仕事に集中できそうもなかった。


 その日糸川が連れていってくれたのは、創作料理で有名らしい居酒屋だった。二人でカウンター席に並んで座る。和洋折衷みたいな不思議な料理が並んでいて、カマンベールチーズの天ぷらが美味しかった。
「相川って、クールぶってるけど美味そうに食うよな」
 そう言われて、ぎくりと肩が跳ねた。
 決してリバウンドしないよう気をつけているつもりだけど、基本的に食べることが好きなのは変わらない。油断すればすぐ食べ過ぎてしまう。元々一般的な女子よりずっと多く食べられるのだ。
 最近体重計に乗っていないな、と思い至って背筋を冷たいものが流れた。
 帰ったら測ろう。気をつけなければ。
 ぎゅっと内臓が縮んだような気がしたけれど、糸川は「ギャップあって良いよな」なんて笑っている。

「すみませんね、大食いで」
「なんでだよ。可愛いじゃん」

 糸川は、可愛いとか綺麗だとか、そんな褒め言葉を簡単に口にする。
 言い慣れてるなあと、少しだけお腹の奥が重くなる。

「あと、箸使いが綺麗だよな」

 そう言われて、まじまじと自分の手を見つめた。確かに、いっぱい食べさせる親だったからこそ、食事マナーは叩き込まれた。
 残さない、というルールだけではなく、箸の使い方、食器の持ち方、音を立てないように食べなさい……など、子どもの頃からよく注意されていた。

「別に、普通じゃない?」
「いやいや、俺就職してからめちゃくちゃ注意されたし。会食行くのにその箸の持ち方は恥ずかしいから覚えろって」
「そうなんだ」
「結構大変だった。子どもの頃、言われた通りにやっときゃ良かったって思った」

 糸川は他人の良いところを見つける天才なのかもしれない。
 きっと誰に対してもそうして懐に入り込んでいくのだろう。
感想 2

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