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第8話
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気づけば佐藤さんが席を立ったところだった。電話が終わって足早に次の客先に向かうところを追いかけて、その背になんとか「メールを送ったので確認お願いします!今日なので!」と声をかける。
佐藤さんは一瞬首を傾げてから、「わかった」とオフィスを出て行った。
それからしばらくして、出先の佐藤さんから吉野に電話がかかってきた。
「メール来てたんですよお、今日じゃなくて、来週って……え?」
珍しく低くなった吉野の声に、周囲の空気も重くなった。
まわりのアシスタントたちの視線が集まってくる。
「……え…!?」
隣で、吉野の顔が顔面蒼白になっていく。
電話を手に固まっている吉野を押し除け、メールを確認した。何度見ても、今日の日付が書いてあった。
「あ、あの。私、今日だと思って……お客さんにも今日って言ってしまって、それで……」
どうやら佐藤さんは来週のブッキングを頼んだらしい。それを、吉野が曜日だけ見て、一週間勘違いしたようだった。
『やばいな。どうしよう。俺、この後の商談どうしても抜けられないから……。時間をちょっと遅めてもらうか。一時間は待たせないはずだから……』
吉野が持つ電話口の向こうから、佐藤さんが逡巡している声が漏れ聞こえてくる。
交わしてしまった約束は今日の十九時。今、もう十六時を過ぎている。
今日の今日、しかも数時間後に迫った会食の時間をたとえ一時間でもずらすなんて、こちらの信用に関わる問題だ。
今日の、十九時。
ちょうどライブの始まる時間だった。
でも――。
咄嗟に、吉野から電話を奪い取っていた。
「あの、私が先に会食場所に行って、先方をお迎えします」
自然と口がそう動いた。
脳裏に、お気に入りのクリアファイルに入れたチケットが浮かんだ。
それを振り切るように、受話器を強く握りしめる。
「え……相川さん……?」
電話の向こうで、佐藤さんが言葉を失っている。
「覚えていらっしゃるかわかりませんが、私、一応面識ありますし。急遽のトラブルということにしましょう。佐藤さんには前の件が終わり次第、なるべく急いで来ていただくとして……」
「助かるけれど、相川さん大丈夫……?」
大丈夫か、と聞かれたら不安のほうが大きい。一時間もどうやって間を持たせれば良いのか。でも、ここで見過ごすわけにはいかない。私がさっききちんと吉野を急かしていれば、他の対応策も考えられたかもしれないのだ。この事態を招いた自分にも、責任がある。
喉の奥が渇いて、呼吸が浅くなった。
でもこんなとき、糸川だったら――?
ごくりと唾を飲み込む。冷たくなった指先が震え出さないように、拳を握った。
もちろん、私なんかで先方に納得してもらえるかわからない。けれど、ダブルブッキングした、と明かすよりはマシだろう。そう信じるしかなかった。
そこからは、怒濤だった。
佐藤さんには、ギリギリのタイミングで先方に「自分は少し遅れてしまうから代わりの人間が向かう」と連絡を入れてもらった。
吉野は当然のように手土産も用意していなかったので、同僚に百貨店に走ってもらう。
唯一の救いは、店の予約自体を間違った日付でお願いしていたことだった。これで店も抑えられていなかったら、打つ手なしだった。
最近の営業傾向や、メールでのやりとりを片っ端からチェックして頭に叩き込む。
なすすべなく佇んでいる吉野の面倒を見ているゆとりはなかった。そのまま、定時直前にオフィスを出て、タクシーに飛び乗ったのだった。
佐藤さんは一瞬首を傾げてから、「わかった」とオフィスを出て行った。
それからしばらくして、出先の佐藤さんから吉野に電話がかかってきた。
「メール来てたんですよお、今日じゃなくて、来週って……え?」
珍しく低くなった吉野の声に、周囲の空気も重くなった。
まわりのアシスタントたちの視線が集まってくる。
「……え…!?」
隣で、吉野の顔が顔面蒼白になっていく。
電話を手に固まっている吉野を押し除け、メールを確認した。何度見ても、今日の日付が書いてあった。
「あ、あの。私、今日だと思って……お客さんにも今日って言ってしまって、それで……」
どうやら佐藤さんは来週のブッキングを頼んだらしい。それを、吉野が曜日だけ見て、一週間勘違いしたようだった。
『やばいな。どうしよう。俺、この後の商談どうしても抜けられないから……。時間をちょっと遅めてもらうか。一時間は待たせないはずだから……』
吉野が持つ電話口の向こうから、佐藤さんが逡巡している声が漏れ聞こえてくる。
交わしてしまった約束は今日の十九時。今、もう十六時を過ぎている。
今日の今日、しかも数時間後に迫った会食の時間をたとえ一時間でもずらすなんて、こちらの信用に関わる問題だ。
今日の、十九時。
ちょうどライブの始まる時間だった。
でも――。
咄嗟に、吉野から電話を奪い取っていた。
「あの、私が先に会食場所に行って、先方をお迎えします」
自然と口がそう動いた。
脳裏に、お気に入りのクリアファイルに入れたチケットが浮かんだ。
それを振り切るように、受話器を強く握りしめる。
「え……相川さん……?」
電話の向こうで、佐藤さんが言葉を失っている。
「覚えていらっしゃるかわかりませんが、私、一応面識ありますし。急遽のトラブルということにしましょう。佐藤さんには前の件が終わり次第、なるべく急いで来ていただくとして……」
「助かるけれど、相川さん大丈夫……?」
大丈夫か、と聞かれたら不安のほうが大きい。一時間もどうやって間を持たせれば良いのか。でも、ここで見過ごすわけにはいかない。私がさっききちんと吉野を急かしていれば、他の対応策も考えられたかもしれないのだ。この事態を招いた自分にも、責任がある。
喉の奥が渇いて、呼吸が浅くなった。
でもこんなとき、糸川だったら――?
ごくりと唾を飲み込む。冷たくなった指先が震え出さないように、拳を握った。
もちろん、私なんかで先方に納得してもらえるかわからない。けれど、ダブルブッキングした、と明かすよりはマシだろう。そう信じるしかなかった。
そこからは、怒濤だった。
佐藤さんには、ギリギリのタイミングで先方に「自分は少し遅れてしまうから代わりの人間が向かう」と連絡を入れてもらった。
吉野は当然のように手土産も用意していなかったので、同僚に百貨店に走ってもらう。
唯一の救いは、店の予約自体を間違った日付でお願いしていたことだった。これで店も抑えられていなかったら、打つ手なしだった。
最近の営業傾向や、メールでのやりとりを片っ端からチェックして頭に叩き込む。
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