初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第9話

2

「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーし……。会食行ったって聞いて驚いた」

 どうやら帰社して、今日の騒ぎを聞いたらしい。

「大丈夫。ちゃんと会食も終えられたし。契約もまとまりそう」
「そうか。相川……大丈夫か?」

 糸川が私の顔を覗き込む。貼り付けた表情を見透かされそうで、思わず顔を伏せた。

「呼んでくれれば、俺が行ったのに」
「糸川、やりとりしたことない会社でしょ。私は面識もあったし」

 そうだけど、と糸川が一瞬言い淀む。袖をまくったシャツから覗く腕に、血管が浮き上がっている。
「でも、何も相川がフォローする必要なかったんじゃねえの?」
「だって……、そのままにしておいたら、商談失敗してたし。見過ごせないよ」
「それにしてもミスしたのは吉野なんだから、吉野に責任取らせるべきだろ」
「そんな簡単な話じゃないの。私にだって指導責任あるし……」
「そんなの、おかしいだろ。どう考えたって今の配置が――」
「とにかく上手くいったんだから結果オッケー、ということにしておいて」

 これ以上話を続ける気はない、と打ち切ったつもりだった。
 ひゅっと空気が震える。糸川の腕が私の両肩を掴んだ。
 目線を強制的に合わせられる。

「だってお前、今日ライブ……」

 糸川が浮かない顔をしていたのは、そのせいだったらしい。
 とっくに諦めたはずだったのに、ため息がこぼれた。
 使われることのなかったライブのチケットは、私の鞄の中に眠ったままだ。恐らく、皺ひとつない状態で、手元にやってきたときと同じ姿のまま。
 忘れようとしていたその存在を、糸川の言葉によってはっきり思い出してしまった。
 黙った私を見て、糸川の手が頭に添えられた。
 そのままあたたかい手が髪をすくように頭を撫でる。
 瞼の裏が熱くなって、慌てて目を閉じた。

「今日は送っていく」と言って聞かない糸川が、タクシーを捕まえた。
 問答無用で乗せられたかと思うと、「さっさと住所伝えろ。じゃないと家に連れて帰るぞ」と言われ、慌てて運転手に自宅の住所を告げる。
 車がゆっくりと走り出す。シートに体を埋めると、やっと緊張から解放されたのか、瞼が急に重くなった。
「寝てていいよ」
「ううん……大丈夫……」
 そう言いながらも、うつらうつらとしてしまう。
 窓の外に見える車のライトが、ぼんやりと霞がかって見えるのは、目が開き切ってないからかもしれない。
 ちらりと隣に座る糸川を見ると、同じように反対側の窓の外をみつめていた。
 窓ガラスに映った表情は、どこか沈んでいるように見えて、声をかけるのが憚られる。
 それ以前に、私たちの会話の始まりはいつも糸川からで、私から話しかけることは業務中しかないことに気づかされた。
 通り過ぎる対向車の白い光が、糸川の顔を断続的に照らす。決してこちらを見ようとはしない糸川の腕が、シートの上に投げ出されている。
 鉛のように重い自分の腕をなんとか動かして、前腕に触れた。ぴくりと糸川の肩が揺れる。
 指先で、名前を記すように最初の一文字をなぞろうとして、すぐに意味のない曲線で塗りつぶした。触れている部分はほんの少しなのに、冷えた指先は確かにじりじりとした熱を感じた。
感想 2

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