初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第9話

3

 外からの光で丸く切り取られたような空間は無言のままだった。タクシーは静かに進み、やがてアパートの前に着いた。
 財布を出そうとしたけれど、その前に糸川が素早く支払ってしまう。

「家に入るまでは見てるから」

 そう言って一緒にタクシーを降りる。待たせておくのかと思ったけれど、タクシーはそのまま走り去ってしまった。

「ほら、さっさと帰って休め」

 そう言って糸川は私の住むアパートを見上げた。なんの変哲もない五階建てのアパートだ。

「帰り道わかるの?」
「駅からそう遠くないだろ。地図見りゃわかるし」

 糸川はそう言って、私の背を押した。
 ブラウス越しに、また糸川の熱を感じる。
 促されるままエントランス前の段差に足をかけ、止まった。

「……少し上がっていく?」

 振り返ってそう聞くと、糸川が目を見開いた。
 口も、開いた状態で固まっている。

「お前な……そういうこと、気軽に言うな」
「え?」
「誰でもほいほい家にあげようとすんなって言ってんの」
「誰でもあげるわけないでしょ」

 売り言葉に買い言葉。言い返すと、糸川が息を呑んだ。

「意味わかってんの?」

 糸川の眉間に深い皺が刻まれる。
 その表情に、脳内の線がひとつ掛け違えたかのように、弾けた。
 自分だって、何度もデートに誘ってくるくせに。

「わかってます!!」

 むっとして顔を近づけると、糸川がまた固まる。じっと目線が絡まる。
 糸川の瞳に、口をぎゅっと曲げた私の姿が映っている。
 やがて目を逸らしたのは、糸川のほうだった。


 糸川の家に比べたら、私の家は狭い。
 廊下の壁についている小さなキッチンしかないし、生活スペースのほとんどはベッドで占められている。
 そんなベッドとローテーブルの間にクッションを置いて、糸川には座ってもらうしかなかった。ひとりの時と比べて部屋がさらに狭く感じた。
 私の部屋にいると、糸川ってこんなに背が高かったんだな、と気づいた。
 きょろきょろと室内を見回す糸川に、
「あんまり見ないでよ」
 と言いながら、紅茶を淹れたマグカップを二つ、ローテーブルに置く。

「いや見るだろ。初めて入ったんだし」
 
 糸川は相変わらず忙しなく視線を家中に巡らせている。
 残念ながら糸川の家のように茶葉から淹れるような習慣も、おしゃれなカップもないのだ。
 見て、面白いものもないだろう。

「もっとアイドルグッズとかで溢れてるのかと思った」
「あんまり持ってないの。キリがないから」

 どうしても欲しくて買ったグッズや雑誌は、クローゼットの中に保管してある。

「ポスターとか貼ってないんだな」
「昔は貼ってたこともあるけどね」

 ダイエットを始めたころは、ミトを目標にしようと壁のあちこちにポスターを貼っていた。一応目標体重を達成したときに、色褪せてしまうのが嫌で全部剥がしたのだ。

 糸川はふーんと言って、マグカップを手に取った。
 血色の良い唇が、ふうふうと息を吹きかけている。あわい湯気が糸川と私の間を塞いだ。
 
「嫌なことあったら吐き出しとけよ」

 そう言われて、思わず見つめていた。
 糸川は、じっとカップの中身に目線を注いでいる。

「……なんで?」
「なんでって……。文句も言いたくなるだろ。楽しみにしてたのに」

 そう言われて、部屋の隅に放り投げたバッグを見つめた。毎日眺めてはテンションを上げていたチケットは、まだ入れっぱなしだ。
 ごくり、とひとくち紅茶を飲んだ糸川の喉仏が動いた。
 カップがことりと小さな音を立てて、テーブルに置かれる。

「確かに、なんで上は何もしてくれないんだろうって、思うよ。そもそも何で採ったのって思うし」
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