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序章 魔法使いの師
序章-1
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私の記憶は、幼き日の──雲一つ無い空からの光が、木々の若葉を通り抜け、一筋の線となってそそがれる──晴れた日の春から始まる。
「それでは先生、レイラを……娘をお願いします」
私の小さな左手を隠すようにつながれたその手を離し、父──であった人──は頭を下げ去っていった。
「レイラちゃん。今日からよろしくね」
私の目を見るために、体を折り畳んだ彼の言葉を聞く。遠くはなれ、小さくなっていく影を見ながら、その返事を返すことはなかった。
「さあ、家に入ろう」
と、妙に大きい扉を開き──宙にあった右手を引かれて──部屋の中へと連れていかれた。
その家の中は……荒れていて、長い間なにもされていないのか、厚く積もったホコリがわずかな刺激で舞い上がり、日に照らされ存在感を増したそれらは、再び元の場所へと戻る。
彼は、それがいつもの、何一つ変わらない日常の一部であるかのように気にも止めず、部屋の奥へと進んで行く。
彼が歩み、その時を刻んでいくのに対して、私の時は刻むことはなかった。
「ねぇ、どうしたの」
と、彼は聞いた。初めて会ったときから、一言もしゃべらずにうつむいている私に対して。
「……アタシは……」
風に揺らされる、木々の若葉のこすれる音に、春の訪れを祝うはずの音に消されてしまいそうな儚げな声。深い悲しみを乗り越える事のできない、小さな音が響く。
「アタシは……いらない子なんです」
この小さな体は、前を見ることをできずに、震えていた。
「どうしてだい?」
「まえ、聞こえたんです。お母さんが『あの子がいなければ』って言っていたのが」
月すらも隠れていたあの暗い夜の日に聞いてしまった言葉、それが深く心に刺さり残っていた。
「アタシは……きっと、わるい子……だったんです。だから、お母さんも……お父さんも……アタシのこと、いらないって……」
「そんなことないよ」
止まることを知らない涙を払い、その大きな手のひらが顔をつつむ。
「君の左手にある印なんだけど、それは『魔法使い』に現れる印なんだ。君が住んでいた国ではまだ理解者が少ないからね。君のお母さんとお父さんは君が苦しまないように僕の所につれて来たんだよ」
じっと、左手を見つめた。涙でにじむ手の甲に、その印は刻まれている。
「君がここに来たのは、君自身のためなんだ」
「アタシのため?」
「うん、そうだよ。だからいつか、きっと迎えが来るからね。それまで我慢できる?」
「わかった。我慢する」
「それじゃ、僕の事なんだけど……」
「先生」
「ん?」
「お父さんが言ってた。先生って」
「はは、先生か。それじゃ君は僕の生徒。いや魔法使いの弟子ってとこかな」
先生は笑っていた。嘘偽りのない、緩んだ笑顔は、これからも始まる二人の生活が幸せなものになる。と、感じさせる明るい顔だった。
私も、先生につられて笑った。その音は大きく、風の声など聞こえない楽しい音であった。
「ヘクシュッ!」
静かなホコリが再び舞い上がり、大きく開かれたこの口から入り込み、大きなくしゃみで吐き出される。
「でもまずは……」
先生は部屋の中をのぞきながら。
「この部屋の掃除からかな」
「それでは先生、レイラを……娘をお願いします」
私の小さな左手を隠すようにつながれたその手を離し、父──であった人──は頭を下げ去っていった。
「レイラちゃん。今日からよろしくね」
私の目を見るために、体を折り畳んだ彼の言葉を聞く。遠くはなれ、小さくなっていく影を見ながら、その返事を返すことはなかった。
「さあ、家に入ろう」
と、妙に大きい扉を開き──宙にあった右手を引かれて──部屋の中へと連れていかれた。
その家の中は……荒れていて、長い間なにもされていないのか、厚く積もったホコリがわずかな刺激で舞い上がり、日に照らされ存在感を増したそれらは、再び元の場所へと戻る。
彼は、それがいつもの、何一つ変わらない日常の一部であるかのように気にも止めず、部屋の奥へと進んで行く。
彼が歩み、その時を刻んでいくのに対して、私の時は刻むことはなかった。
「ねぇ、どうしたの」
と、彼は聞いた。初めて会ったときから、一言もしゃべらずにうつむいている私に対して。
「……アタシは……」
風に揺らされる、木々の若葉のこすれる音に、春の訪れを祝うはずの音に消されてしまいそうな儚げな声。深い悲しみを乗り越える事のできない、小さな音が響く。
「アタシは……いらない子なんです」
この小さな体は、前を見ることをできずに、震えていた。
「どうしてだい?」
「まえ、聞こえたんです。お母さんが『あの子がいなければ』って言っていたのが」
月すらも隠れていたあの暗い夜の日に聞いてしまった言葉、それが深く心に刺さり残っていた。
「アタシは……きっと、わるい子……だったんです。だから、お母さんも……お父さんも……アタシのこと、いらないって……」
「そんなことないよ」
止まることを知らない涙を払い、その大きな手のひらが顔をつつむ。
「君の左手にある印なんだけど、それは『魔法使い』に現れる印なんだ。君が住んでいた国ではまだ理解者が少ないからね。君のお母さんとお父さんは君が苦しまないように僕の所につれて来たんだよ」
じっと、左手を見つめた。涙でにじむ手の甲に、その印は刻まれている。
「君がここに来たのは、君自身のためなんだ」
「アタシのため?」
「うん、そうだよ。だからいつか、きっと迎えが来るからね。それまで我慢できる?」
「わかった。我慢する」
「それじゃ、僕の事なんだけど……」
「先生」
「ん?」
「お父さんが言ってた。先生って」
「はは、先生か。それじゃ君は僕の生徒。いや魔法使いの弟子ってとこかな」
先生は笑っていた。嘘偽りのない、緩んだ笑顔は、これからも始まる二人の生活が幸せなものになる。と、感じさせる明るい顔だった。
私も、先生につられて笑った。その音は大きく、風の声など聞こえない楽しい音であった。
「ヘクシュッ!」
静かなホコリが再び舞い上がり、大きく開かれたこの口から入り込み、大きなくしゃみで吐き出される。
「でもまずは……」
先生は部屋の中をのぞきながら。
「この部屋の掃除からかな」
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