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1章
1章-1
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時が進むのは速くて、あの日からもう一年近くがたった。
この大きな窓から見える景色は少しも変わらず、この心から時が一歩も進んでいないのでは無いのかと、そう思わせる。
なにも……変わらない。
あの日、あのときから、私はなにも変わらない。大切なものを失って、動くのを止めてしまった心は夢も希望も持たないのかもしれない。
ただ、一日が過ぎ去るのを黙って見てる……そんな日が多かった。
「先生、今は何をしているのですか……」
小さく呟く言葉は誰にも聞かれることなく消えていく。
必ず帰る。その置き書きを最後に先生からの便りは無い。今、どこにいるのか、何をしているのか……生きているかもどうかも分からない。一人でいることは辛くはなかったけれど、それが辛かった。
トントン
扉を叩く音が聞こえる。
不思議な事であった。街外れにあるこの屋敷に訪れる人間は──少なくともこの一年の間は──いなかった。遠いこともあるが、外れの屋敷に住まう『魔法使い』に関わりたい人間なんていないから。
もしかしたら、先生に会いに来たのかもしれない。同じ『魔法使い』でも、先生は多くの人に慕われていた。街に住む人間は先生がいないことを知っていても、ここを訪れる人間、その全てが知っているわけでは無いから。
「はい……今開けます」
大きめの開き戸をあけると、外からの風が入り込むのを感じた。
「君が、レイラさんだね!」
「え、ええ……そうですが」
私よりも頭1つ分は大きいその影は、私の名を呼んだ。まぶしすぎる光を遮る影に包まれて困惑する私をよそに、その影は続けた。
「先生にならないかい!」
※ ※ ※
「いや、すまない。わざわざ家に上げてもらうなんて」
とは言っているが、その口調は明るく、申し訳なさを感じることはできない。
「……少なくとも、あなたは客人ですから」
と、冷たくあしらう。「本当は入れたくも無かった」と、聞こえないような小さな声で呟いた。
「……それで、『先生』とはどう言うことですか」
白い湯気をたてる紅茶を置きながら、私は聞いた。
「簡単な話だよ。街の子供たちに物事を教えてくれれば良い」
「……あなたが言う『先生』との意味はわかりました。ですが、それは私の質問の答えになってはいないようです」
「と、言うと?」
「……そうですね。もう少し簡単に聞きましょう」
ふたつの並んだカップから出る湯気に口を隠しながら私は聞いた。
「なぜ私が?」
彼はクスリと笑って、差し出した紅茶を一口飲むと、そのままの姿勢で私を見つめていた。
「……私は、今まで一人で過ごしていました。……まあ、街へ行ったことはありましたけど、誰とも交わる事は無かったです」
だから分からないのだ。なぜ私にこの話を持ってきたのかを。誰にも関わる事が無かった私を、誰が求めるのか。
「私なんかよりも、もっと適切な方がいるのではないですか? こんな私なんかよりも……」
確かに、一人でいることは辛くはなかった。一度うまれた絆が消えてしまうのなら、最初から繋がりなんて無い方が良いと、そう思っていた。
その反面、期待していた。誰でも良い、誰かに必要な存在となれて、仲良くなれて……いま感じている、先生がいないこの寂しさを紛らせらるのなら。なんでもやろう、と。
そんな私の、薄い希望は……簡単に砕けた。
「確かに」
「……はい?」
「この話はもともと君へ行く予定は無かったよ」
なるほど、つまり。
「私は、その人の代わりなのですね」
落ち着いた声で、はっきりと聞いた。最初からなんとなく感じてはいたけれど、必要とされてたのは私なんかじゃ無いのだと。
静寂に包まれたこの間で、風に吹かれ空を舞う木の葉を横目で見ていた。生い茂る木々は、時を進める度にその衣を剥がされている。
考えれば、私もそうなのかもしれない。私というものを包んでいた存在は、一つひとつ剥がされて、薄い──私が勝手に抱いた──希望も消えていく。残されたのは、何も無い。
「……何とか、言ったらどうですか?」
ほんのわずかな時間、それが、とてつもなく長いものに感じた。
「私は、その人の代わりなのですよね? 私なんて必要じゃない。そうなのですよね」
何度も、何度も、問い詰めた。
「はい。その通りです……」
その声は少し荒れた私の声を押さえ込むような、はっきりとした音であった。
「……わかりました」
その言葉が出るまで、時間がかかった。息を調え、心を落ち着かせて、はっきりと答えた。
「このお話は、無かったことにしてください」
当然だ。そのようなことを言われて、快く受け入れられるはずがない。それに……。
守らないといけない。
あの日、先生から頼まれたもの。それを……
「どうしてですか?」
「なぜって? 当たり前でしょう! 代わりとして、その……誰だかわかりませんけど、私とは関係の無い別の人の穴埋めとして呼ばれたのだから!」
心が荒れて、もう彼の言葉は聞こえてこない。顔も見ることができずにうつむいた机を叩いてしまい、カップはカタカタ音をたて揺れる。そして、その場を立ち上がり入り口の扉を開く。
「残念ですけど、今日はお帰りください」
扉から吹き流れる冷たい風を浴びながら私は告げた。これ以上、彼と話しているのは嫌だったから。なんとなく、私と先生の思い出が汚されてしまうのかと、おもった。
カップからこぼれる弱々しい湯気は、流れる風に吹き飛ばされて消えていく。完全に冷めた紅茶を飲み続ける彼は、立ち上がるそぶりを見せずに、ただ……待っていた。
ここまで言われても諦めないのか、それともこれは建前で無理矢理にでも連れていかれるのだろうか。……私が、普通の人とは違うから、それが目的なのだろうか。
流れ込む風が暖まった部屋を冷たくして、時間ばかりが過ぎていく。「出ていって……」と、小さな声で呟いた私の言葉は彼には届かないようで、じっとこちらを見ている。
「おねがいですから……もう、帰って……」
本当に小さな声。でも、今度は聞こえるように告げた。
「なぜです?」
「なぜって? それを聞きますか?」
ゆっくりと、はっきり言った。
「私をバカにしているのですか? いえ、もし貴方にその気がなくても、私はもう貴方と話したくない。それで十分でしょう!」
「この話は君にとって悪くないはずだけど……」
まだ言うか。
「ふざけるな!!」
押さえ込めた怒りを放す。突風が流れ込んで、私の飲みかけた紅茶が床にこぼれてシミを作るのが見えた。
「いいから出ていけ!!」
あいつを強く掴み、おもいっきり引っ張り上げる。もう、なんと思われたってかまわない。とにかく、これの顔を見たくはない。それだけだった。
「……さん! お……い……」
何か言っていたようだが、聞こえやしない。奴を追い出した後は、扉を閉めて外から開けられないように、その音が聞こえなくなるまで押さえつけた。
「もう……行ったの?」
荒れた息を整えながら、外の音を聞いた。
今の私にとって、とても不快であった音は消え、かわりに聞こえるのは風の音だけ。冷たい風は扉の隙間からあふれだして、カタカタと音をならしている。
一体、あれはなんだったのだろう。私の心をかき乱すような物言いで、どこか──普通の人と同じように──蔑むような目をしていて……。
「私が……魔法使いだから……」
望まない血を持つから、災いをもたらすから、人と違うから……私を、私たちを虐げる。その力を恐れて……
太古の血を持つから、自然を支配し操るから、人と違う……力を持つから、私たちを求める。その力を利用するために。
先生もそうだ。求められたのは『先生』ではなくて先生が持つ『力』だったんだ。──もっとも、私はそれを知らないけれど──
彼が欲しかったのは、私じゃない。私の、先生の知識だけなのだろう。それも代替として。誰でも……誰でも良かったんだ
心を静め、ゆっくりと立ち上がる。外は光が消えて、闇が空を染めていた。
「先生……」
もし私の願いが叶うのであれば、明日は、いつもと違う特別な日になることを。
※ ※ ※
「……ぅん」
硬いソファに委ねた身体が、強い光を浴びて私をこの世界へと連れ戻す。
「……そうか、ここで寝たのだっけ」
まだ目覚めない頭は、整えられた部屋を見て「いつもと同じ」と感じ、そして、砂時計の砂が全て落ちきる程の時間の後に思い出してしまう。昨日の、嵐のような1日の後、こぼれた落ちた紅茶を片付けたりしながら、緊張の糸が切れてここで眠ってしまったんだ、と。
少しだけ痛む体を動かして窓へと向かう。柔らかな日差しが差し込むその大きな窓は、昨日のことがまるで嘘であったかのようで、何一つ変わらない。
そう、なにも変わらない。
昨日のことは忘れよう。そうすれば待っているのはただの日常だけだから。明日も明後日も変わらない、それが望み。……でも。
「先生……か」
昨日の、あの言葉だけが妙に残っていた。
私にとっての『先生』は『先生』だけ、例え望まれたとしても、私はまだ先生に追い付いてすらいない、だから私は先生になれないし、なるつもりもない。
窓を吹き付ける風は勢いを増して、カタカタと音をたてる。割れそうなほど響くガラスは、それでも壊れることは無く、しっかりとその場にとどまり、この家を守っている。
私は……先生に言われたように護ってきた。いつか必ず帰ると言った、先生の帰る場所を。一人で。そもそも、この家から離れる事ができないんだ。空けてしまえば……もし、争いが終わって、先生が帰ってきた時に、かつて先生が私を受け入れてくれた時のように、抱きついて、喜ぶことすらできない。
……そう、だから私は『先生』なんてできないんだ。いつ帰ってくるかわからない先生を待ち続けるために……。
「……さて」
今日は久しぶりに街へと行く。つらい、だなんて言っていられない。何があろうと先生の帰りを待つと決めたのだから。
部屋の、食器棚の辺りに置かれた手製の鞄を持ち、それに──先生から教わった──売るための薬とわずかばかりのお金を入れて、出掛けよう。
「行ってきます。先生」
外へと出た私はすぐにふりむいて、誰も見ることのないとびきりの笑顔を作り、街へと向かっていった。
小さい頃、先生に聞いたことがある。なぜ家がこうも遠い所にあるのか、と。
もう顔も思い出せない両親と共に暮らしていた家は、先生の家と比べると小さいけれど、近所にはお店もあり、友達もいて……「寂しさ」とは無縁であった。
だけども、先生は違った。一人二人で暮らすには大きいが、まわりには──森までは行かないけれど──大きい木々しかなく、先生と共に街に行くまで人とも出会わなかった。私には先生がいたから平気だったけど、考えれば私が来るまでは、一人で暮らしていたのだろうと。
でも、先生は答えてくれなかった。何度聞いてもはぐらかされて、私が「寂しくは無かったの?」と聞くと「でも、今は君がいるだろ?」と、それしか答えてくれなかった。
寂しいか寂しくないか、と問われれば、今の私は「寂しい」と答える。今まで共に暮らしていた先生がいないという辛い現実を耐えることはできたとしても、この気持ちは消せなかった。
けれど、先生はどうだったのだろうか。初めから一人で、私がいようがいまいが関係なかったのか、心のどこかに他人を求めていたのだろうか……今はまだその答えを知ることはできないけど、それを聞いても結局はぐらかされてしまうのだろう。
「お姉ちゃん! こんにちは!」
街に近づくにつれ、外で遊ぶ子供たちが増えてくる。世間はまだ争いが続いているといっても、田舎に近いここではあまりの実感は湧かない。
「えぇ、こんにちは」
明るい笑顔で返す。寂しいなんて言わず、誰にもさとられないように。
※ ※ ※
「いつも、ありがとうございます」
街の中央付近にある雑貨店の扉の前で改めて頭を下げた。
「お礼を言うのはこっちだよ。あんたのは質が良いから高く売れるんだ」
さすが、魔法使いだ。と付け加えながら、店主である彼女は言った。
「いえ、全て『先生』から教わっただけですから」
「先生、ね……」
「はい。全て先生のおかげです」
いつものように、純粋な笑顔を見せながら、そう、答えた。
私一人ならできなかった。なにも知らず、霧のなかにいるような状態であったのなら、今頃私はここに存在しなかった。
そのはずなのだから。
「いつ、帰ってくるのかね……」
と、店の奥に置かれた額縁を見ながら彼女は言った。
「……旦那さんですか?」
「それもだけど……」
額縁に当てられていた目線を私に戻し、「ハァ……」と一息ついた後、口を開いた。
「はやく、終わらないかね。戦争」
「……結局、理由は何だったんでしょうか?」
誰に聞いても答えは同じはずなのに、聞いてしまう。
「知るわけないよ、理由なんて」
「そう……ですよね」
「誰も望んでいないんだ、こんな事は。私だってあんただって……戦地へ行った連中だって」
「……えぇ」
それは、わかっていた。
あの日、戦争の始まりを告げたあの日。音のない風に運ばれた知らせを受けた先生は、怒り、哀しみ、ただ一人で抱え込んだ。
私は、その時に先生が何を考えていたのかを知らない。でも、あの日──私と先生が共にいた最後の日──の先生は、いつもの優しい顔をしながら、どこか寂しさを感じさせて、私をギュッと抱きしめて「もう、子供じゃありません」と私が答えても……止めなかった。
「きっと……」
長い間を開けて、再び口を開いた。
「旦那さんは帰ってきます。大切な人を悲しませることなんて、するはずが無いですから」
「それなら……嬉しいけどね」
「先生は約束してくれました。『必ず帰ってくる』って。だから……みんな帰ってきます。絶対」
強く、はっきりと答えた。本当は根拠なんて無いけれど、信じなければ……先生の想いを受け止めなければ、帰って来ないと、そう……感じたから。
「ありがとうね。少し、楽になったよ」
窓から入る光の波が大きく動いていて、もう、何時間も過ぎていたことに気付いた。
「それでは、私は失礼します。これからまだよる所がありますので」
改めて深々と頭を下げて、扉をあける。高い位置に取り付けられた小さめの鈴が音をならして、私、という存在が出ていくことを知らせる。
「もし、あんたが望むのなら、この街のみんなは受け入れてくれるはずだよ」
「ありがとうございます。……でも」
扉をくぐり抜けて、街の外灯のすぐ真下──わずかな灯りが、夕焼けの光にかき消されている──で振り向き、扉がゆっくりと閉まっていくのを眺めながら。
「約束がありますので。先生との、大切な……」
私の言葉は、パタン と閉まる扉に阻まれ途切れた。
人はひとりでは生きていけない。そんなことはわかっていた。
日が地のはてへ落ちていくのを見ながら、家路を急いでいた。このままでは家につく頃には完全に暗くなってしまうと、駆けた。
「……少し、しゃべりすぎたかな?」
先生がいなくなってから、ほとんどの日をひとりですごしていたから、誰かと話すことなんて──まぁ、昨日はなんか来たけど──無かったから。
すっかり軽くなった鞄を投げ飛ばさないようにしっかりと持ち、ただ急ぐ。早く帰りたかったのだ、あのお店の店主さんは私の事を受け入れてくれた。街の皆も受け入れてくれると言った。それは正しくもあり、間違っている。
人は、自分達と異なる存在を受け入れない。根本的に同じ種族であったとしても、肌の色、瞳の色、言葉……、何かしらの差異があれば、受け入れない。
私は「魔法使い」だから、なおさらだ。普通の人から見れば、火、水、雷……それらを操る者は恐ろしくて、いつ自分達が襲われるかわからないのは怖いはずだ。
彼女のように、受け入れてくれる人がいても、それ以上に拒否する人がいるのであれば無理に決まっている。私の帰る場所は、結局先生の所しか無いのだ。
寂しくは……ない。たとえ世界のすべての人たちから嫌われても、ただ一人、先生がいてくれれば生きていける。
「……? いま、なにか……?」
声が聞こえた。
先生の家と先ほどまでいた雑貨店のちょうど中間の地点。街からは離れていて、ここはやや荒れた道と深い雑草、そしてまばらに生える木があるぐらいで、こんな時間に来るような所ではないはず。
「誰か……いるの?」
月の薄明かりのなか、問いかけた。
わずかな光をたよりに見回しても、なにもうつることはなく、ただ静寂が広がるだけ。
「ねぇ! いないの?」
少しだけ強く、はっきりと叫んだ。あれは勘違いでは無いのだと、そう感じていた。
目を閉じて、意識を集中させる。どんなに小さな『音』も逃がさないように、じっと構えて……。
「たすけて……」
聞こえた。確かに聞こえた。
幻聴でも、なんでもない。はっきりと助けを呼ぶ声が、雑木林の奥深くから。
「そこね。待ってて、今すぐ行くから」
声の方向へと、叫んだ。きっと長い間一人でいたのだろうと、暗くて怖くて、不安な心を少しでも安らげるように。
「大丈夫。大丈夫だからね」
暗闇に目が慣れたといっても、深い雑草に足をとられかけて、横に広がる枝を避けるのはとても難しい。
「……見つけた」
暗い林のなかで小さくうずくまって泣いていた、まだ小さな男の子。暗いなかで、はっきりと顔は見えないけれど、泣き崩れた顔からは、恐怖と不安と、ほんの少しの安堵が見えた。
「よく、頑張ったね。偉いね」
かつて、私が先生からもらったのと同じように、泣いている彼の頭を撫でながら微笑みかけて、なぐさめた。
「さあ、帰りましょう。あなたのお家はどこ?」
優しく抱きかかえながら、聞いた。緊張の糸が切れて、まだなおらない顔を埋めながら「教会の……となり」と小さな声で教えてくれた。
「教会、ね。行きましょ」
そして、ゆっくりと立ち上がり、再び街の中へと歩いて行った。
街の教会は、中央よりもやや遠くにある。いま、この時間から向かえば間違いなく今日中には帰れなくなる。それならば見ず知らずの子なんてほっておけば良いなんて言うのもいるかもしれない。
だけど、私にはできない。一人は、怖い。不安で心が潰されてしまうのだから。そんなことを味わうのは、私一人で十分なのだから。
「帰ったら、お父さんとお母さんに謝らないとね」
私の、その声かけに返事は来なかった。
代わりに、背中に負ったこの子の小さな手が強く肩を握りしめる感触が来た。
「……いないよ」
「そう……ごめんね。嫌なことを言って」
「……お姉ちゃんは悪くないよ。ほんとのことだもん」
この子はそれだけ告げ、後は顔を埋めるようにしていて、ただ私が彼の家に付くのだけを待っていた。
長い時間沈黙が流れた。
実際の所、ほんの僅かな時間であったが、空に浮かぶ月が落とす影がその形を変えるほどの時間が経ったのではないかと、そう思うほどだった。
その沈黙を、私は破った。
「私もね、同じなの」
ただ、まっすぐ前を見て語った。
「小さい頃に、お父さんと……お母さんと別れてここに来たの」
この街に来たときの事、別れた原因を、その理由を隠して。
「それからは、先生と一緒に暮らしていたの。……でも、先生も行ってしまって、今は一人」
あなたと同じね。と、微笑みながら告げたが、深く眠る彼にその言葉は届くことなく、闇に沈んでいった。
「疲れたのね、お休みなさい」
静かにたつ寝息を聞きながら、歩き続けた。
真ん丸に浮かぶ月は、その輝きを増して私の行く道を照らしてくれた。
「あの、すいません」
教会の、その隣に建てられた小さな家の扉を叩いた。
「誰か、いませんか?」
既に夜は深く、全てのモノが眠りつく時間なのだからだろう、人の気配はしても出てくる気配は無かった。
今からだと、私の──先生の──家に着く頃には朝になってしまうだろう。それに、背負うこの子を置いていくわけにはいかない。「……朝まで待とうね」と、聞こえるはずのない声をかけて、段差になっている石畳の道に座る。
「どうしようかな……」
ため息に近い言葉を吐き出した。
私自身、既に限界であり、気を緩めてしまうとすぐに眠りについてしまうほどなのだ、だからこのまま、ずっとあの扉が開くのを待つことができるわけ無い。
そして、このままこの道で眠ることもできやしない。いくら昼間が温暖なこの街でも、夜の月明かりはその温かみを奪い、与えるのは冷たい空気だけ、このまま眠る事は出来ない。
せめて、雨風さえしのげれば……。
「……こういうときは大丈夫よね」
それが、悪い事であることはわかっている。それでも、行わずにはいられない。
見つかれば怒られるかもしれない。いや、自警団に突き出されてそのまま──先生に二度と会えないまま──この小さな物語が終わってしまうかもしれない。
それでも私は……。
「……お邪魔します」
先ほどの小さな扉の前で小さく言った。後ろめたい気持ちで弱々しくなる声は、草花の隙間から聞こえる虫の声にかき消されていく。
ガチャ
「ッツ……!」
扉を開けようとしたとき、その握り手が動き出してその手を引っ込めた。
思わず後退りをし、わずかな段差に足をとられて冷たくてでこぼこの地面に尻餅をついてしまう。「痛タタ……」と、小石の痕が残る手のひらを見ながら、夜中とは思えない光が私を包み込んだ。
「誰ですか? こんな時間に」
「ごめんなさい。……あの、私は」
衣服についた土埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。思った以上にランプの光が強くて、今出てきた人の顔がはっきりと見えない。
「街の……林の方でこの子を見つけましたので……」
「おや、貴女は」
私の言葉を遮って、その人物は言った。
「レイラさんじゃないですか」
急に私の名前を聞かされて驚いた。
光に目が慣れてきて、今目の前にいる人の顔が見えはじめる。その顔は、私の記憶のなかで最も新しい顔で、明るくて力強くて、……今一番みたくないあの顔。
昨日、先生の──私の──家に来たあの人間が、目の前にいた。
※ ※ ※
とても綺麗な寝顔。
不安も畏怖も感じさせない、楽しい夢を見ているような幸せな顔を眺めていた。
「お茶で良いですか」
「ええ……大丈夫です」
ベッドに寝る子を見ながら、背中越しから聞こえた声に応える。
きっと今、私の顔はこの子とは正反対な醜い顔をしているのだろうか。会いたくもなかった人を目の前にして、歪んだ心が表に出るような、とても醜い顔を。
それとも、それすらを圧し殺して、いつもの何食わぬ顔をしているのだろうか。それは今の私には分かりようがない。
「そんなところではなく、どうぞこちらに」
差し出された椅子は──家のそれよりも一回りほど小さい机と共にあって──質素で味気のない、ただ椅子としての最低限の機能をはたしているだけのものだった。
「できるだけ安いものを、と思ってまして」
と、その声は言った。
私は興味無さげに「別に、良いことだと思いますよ」と、平坦な声で返した。
「ありがとうございます」
夜も遅いと言うのに、まぶしい笑顔を見せた彼は、私に背を向け、窓際にある戸棚のところへと向かって行った。
同じく小さい──これも、必要最低限の機能だけの──焜炉にかけられた片手鍋から聞こえるフツフツとしたお湯の音が場を満たしている。
「それで……」
小さな椅子に座りながら、一人楽しそうにしている彼に聞いた。
「どうしてあなたがここにいるのですか?」
カチャカチャ音を鳴らして、カップに注がれた熱い──本来なら心休まる綺麗な香りをこぼす──紅茶を運びながら、彼は答えた。
「いけませんか?」
私は、その紅茶がちょうど目の前に置かれるまで何も答えなかった。いけない理由なんで無いし。今、私が先生の家に住むように、誰がどこで暮らそうが悪いわけでは無いのだから。
「街の中心部なら都合が良いのです」
私の返事を待たずに、熱い湯気をたてるその紅茶を涼しげに飲みながら彼は続けた。
「ここならば僕の計画を進めやすいので」
「計画……ですか?」
「まあ、計画といってもそんな大それた事ではないのですかね」
そうして、持っていたカップを静かに置き、まっすぐ私の方を見つめながら。「『学校』をつくろうかと、思ってまして」と何事でもないように簡単に言った。
「学校……ですか」
その質問に「ええ、そうです」と答える彼を見ながら、そういえば、この街には無かったな。と思いながらも、それでも小さくて辺境なこの街には無くてもおかしくないとも考えていた。
「だから『先生にならないか?』だったのですね?」
昨日の出来事を思い出して、少しだけ冷やかすような口調で聞いていた。……周りを見る限り、今の彼にそれを成し遂げるだけの力は無く、ただの理想話にしか聞こえなかったから。
「まあ、そうですね」
「それで、集まりましたか?」
「いえ、まだ、全然」
「そうですよね」
やはり、ただの幻想だと半ば呆れたようにそう告げた。
「あまりにも平和で、忘れそうになりますけど、この国はまだ戦争をしているのですよ。私も含めて誰もが心に余裕が無いのに、『先生』なんてできるとはおもえません」
「だから、です」
「はい?」
「今、そこで寝ている……レイラさん、貴女が連れてきてくれた彼ですが、両親がいないことはご存知ですか?」
ゆっくりと後ろを向いた。
少し前まで涙で濡れていた顔は、今では嘘のように綺麗であり、変わらず幸せそうな寝顔を見せていた。
「ええ……その子から聞きました」
「それは、ただの一角です。まだ世の中には同じような子供たちが大勢います」
「それは……そうでしょうね」
そう、うなずいた。雑貨店の旦那さんが連れていかれたように……私の先生が連れていかれたように、他の所でも同じことがあったはずなのだから。
「それで……」
私は、差し出されていた紅茶も、わずか前に襲われた眠気も忘れて、こう問いただした。
「その為に必要だと? そう言うのですか」
そのためなら別に学校で無くても良いと思ったから、子供たちの為なら別に、他のものでも良いし、それなら『私』は必要ないのだろうから。
そんな私の気を知らずか、飲み干した紅茶のカップを机の端に置いて、置かれた手を組ながら。「本当に必要なのは建物ではありません」と静かに言った。
「それでは、何のためにですか」
「未来のため、です」
「未来……?」
「あの子達は、いつかはこの街の未来をつくる存在です。そのためには学や知識が大切であると、そう考えています」
力強く語る彼の目はまっすぐ見据えられていて、その真剣な瞳には嘘偽りなど感じさせない、強い信念が込められている。そんな気がした。
「そのための、学校……ですか」
そんな彼の話を聞いて「フフッ」と笑った。この人はどれ程先の未来を見ているのかと、そう思ったから。
「本当にただの幻想ですね。でも……」
「でも?」
「あなたの言うその『理想』の先を見てみたくなりました」
そうして、普段は見せない笑顔を彼に見せた。先生がいなくなった日から久しぶりに心から笑った気がする。
そして、わかった。昨日も今日も、彼の顔はまぶしく見えたのは。それは、太陽の光でも、強い照明の光でもなくて、夢も希望も持てない私とは違い、強い目標を持っていたからなんだ、と。
「そういえば……」
霞のように薄水色におおわれた空が今日の、長い夜の終わりを告げる。
「あなたの名前……聞いていませんでした」
「マシュー、僕の名前はマシューです」
そう答える彼の顔は、昇る太陽の光よりも眩しかった。
この大きな窓から見える景色は少しも変わらず、この心から時が一歩も進んでいないのでは無いのかと、そう思わせる。
なにも……変わらない。
あの日、あのときから、私はなにも変わらない。大切なものを失って、動くのを止めてしまった心は夢も希望も持たないのかもしれない。
ただ、一日が過ぎ去るのを黙って見てる……そんな日が多かった。
「先生、今は何をしているのですか……」
小さく呟く言葉は誰にも聞かれることなく消えていく。
必ず帰る。その置き書きを最後に先生からの便りは無い。今、どこにいるのか、何をしているのか……生きているかもどうかも分からない。一人でいることは辛くはなかったけれど、それが辛かった。
トントン
扉を叩く音が聞こえる。
不思議な事であった。街外れにあるこの屋敷に訪れる人間は──少なくともこの一年の間は──いなかった。遠いこともあるが、外れの屋敷に住まう『魔法使い』に関わりたい人間なんていないから。
もしかしたら、先生に会いに来たのかもしれない。同じ『魔法使い』でも、先生は多くの人に慕われていた。街に住む人間は先生がいないことを知っていても、ここを訪れる人間、その全てが知っているわけでは無いから。
「はい……今開けます」
大きめの開き戸をあけると、外からの風が入り込むのを感じた。
「君が、レイラさんだね!」
「え、ええ……そうですが」
私よりも頭1つ分は大きいその影は、私の名を呼んだ。まぶしすぎる光を遮る影に包まれて困惑する私をよそに、その影は続けた。
「先生にならないかい!」
※ ※ ※
「いや、すまない。わざわざ家に上げてもらうなんて」
とは言っているが、その口調は明るく、申し訳なさを感じることはできない。
「……少なくとも、あなたは客人ですから」
と、冷たくあしらう。「本当は入れたくも無かった」と、聞こえないような小さな声で呟いた。
「……それで、『先生』とはどう言うことですか」
白い湯気をたてる紅茶を置きながら、私は聞いた。
「簡単な話だよ。街の子供たちに物事を教えてくれれば良い」
「……あなたが言う『先生』との意味はわかりました。ですが、それは私の質問の答えになってはいないようです」
「と、言うと?」
「……そうですね。もう少し簡単に聞きましょう」
ふたつの並んだカップから出る湯気に口を隠しながら私は聞いた。
「なぜ私が?」
彼はクスリと笑って、差し出した紅茶を一口飲むと、そのままの姿勢で私を見つめていた。
「……私は、今まで一人で過ごしていました。……まあ、街へ行ったことはありましたけど、誰とも交わる事は無かったです」
だから分からないのだ。なぜ私にこの話を持ってきたのかを。誰にも関わる事が無かった私を、誰が求めるのか。
「私なんかよりも、もっと適切な方がいるのではないですか? こんな私なんかよりも……」
確かに、一人でいることは辛くはなかった。一度うまれた絆が消えてしまうのなら、最初から繋がりなんて無い方が良いと、そう思っていた。
その反面、期待していた。誰でも良い、誰かに必要な存在となれて、仲良くなれて……いま感じている、先生がいないこの寂しさを紛らせらるのなら。なんでもやろう、と。
そんな私の、薄い希望は……簡単に砕けた。
「確かに」
「……はい?」
「この話はもともと君へ行く予定は無かったよ」
なるほど、つまり。
「私は、その人の代わりなのですね」
落ち着いた声で、はっきりと聞いた。最初からなんとなく感じてはいたけれど、必要とされてたのは私なんかじゃ無いのだと。
静寂に包まれたこの間で、風に吹かれ空を舞う木の葉を横目で見ていた。生い茂る木々は、時を進める度にその衣を剥がされている。
考えれば、私もそうなのかもしれない。私というものを包んでいた存在は、一つひとつ剥がされて、薄い──私が勝手に抱いた──希望も消えていく。残されたのは、何も無い。
「……何とか、言ったらどうですか?」
ほんのわずかな時間、それが、とてつもなく長いものに感じた。
「私は、その人の代わりなのですよね? 私なんて必要じゃない。そうなのですよね」
何度も、何度も、問い詰めた。
「はい。その通りです……」
その声は少し荒れた私の声を押さえ込むような、はっきりとした音であった。
「……わかりました」
その言葉が出るまで、時間がかかった。息を調え、心を落ち着かせて、はっきりと答えた。
「このお話は、無かったことにしてください」
当然だ。そのようなことを言われて、快く受け入れられるはずがない。それに……。
守らないといけない。
あの日、先生から頼まれたもの。それを……
「どうしてですか?」
「なぜって? 当たり前でしょう! 代わりとして、その……誰だかわかりませんけど、私とは関係の無い別の人の穴埋めとして呼ばれたのだから!」
心が荒れて、もう彼の言葉は聞こえてこない。顔も見ることができずにうつむいた机を叩いてしまい、カップはカタカタ音をたて揺れる。そして、その場を立ち上がり入り口の扉を開く。
「残念ですけど、今日はお帰りください」
扉から吹き流れる冷たい風を浴びながら私は告げた。これ以上、彼と話しているのは嫌だったから。なんとなく、私と先生の思い出が汚されてしまうのかと、おもった。
カップからこぼれる弱々しい湯気は、流れる風に吹き飛ばされて消えていく。完全に冷めた紅茶を飲み続ける彼は、立ち上がるそぶりを見せずに、ただ……待っていた。
ここまで言われても諦めないのか、それともこれは建前で無理矢理にでも連れていかれるのだろうか。……私が、普通の人とは違うから、それが目的なのだろうか。
流れ込む風が暖まった部屋を冷たくして、時間ばかりが過ぎていく。「出ていって……」と、小さな声で呟いた私の言葉は彼には届かないようで、じっとこちらを見ている。
「おねがいですから……もう、帰って……」
本当に小さな声。でも、今度は聞こえるように告げた。
「なぜです?」
「なぜって? それを聞きますか?」
ゆっくりと、はっきり言った。
「私をバカにしているのですか? いえ、もし貴方にその気がなくても、私はもう貴方と話したくない。それで十分でしょう!」
「この話は君にとって悪くないはずだけど……」
まだ言うか。
「ふざけるな!!」
押さえ込めた怒りを放す。突風が流れ込んで、私の飲みかけた紅茶が床にこぼれてシミを作るのが見えた。
「いいから出ていけ!!」
あいつを強く掴み、おもいっきり引っ張り上げる。もう、なんと思われたってかまわない。とにかく、これの顔を見たくはない。それだけだった。
「……さん! お……い……」
何か言っていたようだが、聞こえやしない。奴を追い出した後は、扉を閉めて外から開けられないように、その音が聞こえなくなるまで押さえつけた。
「もう……行ったの?」
荒れた息を整えながら、外の音を聞いた。
今の私にとって、とても不快であった音は消え、かわりに聞こえるのは風の音だけ。冷たい風は扉の隙間からあふれだして、カタカタと音をならしている。
一体、あれはなんだったのだろう。私の心をかき乱すような物言いで、どこか──普通の人と同じように──蔑むような目をしていて……。
「私が……魔法使いだから……」
望まない血を持つから、災いをもたらすから、人と違うから……私を、私たちを虐げる。その力を恐れて……
太古の血を持つから、自然を支配し操るから、人と違う……力を持つから、私たちを求める。その力を利用するために。
先生もそうだ。求められたのは『先生』ではなくて先生が持つ『力』だったんだ。──もっとも、私はそれを知らないけれど──
彼が欲しかったのは、私じゃない。私の、先生の知識だけなのだろう。それも代替として。誰でも……誰でも良かったんだ
心を静め、ゆっくりと立ち上がる。外は光が消えて、闇が空を染めていた。
「先生……」
もし私の願いが叶うのであれば、明日は、いつもと違う特別な日になることを。
※ ※ ※
「……ぅん」
硬いソファに委ねた身体が、強い光を浴びて私をこの世界へと連れ戻す。
「……そうか、ここで寝たのだっけ」
まだ目覚めない頭は、整えられた部屋を見て「いつもと同じ」と感じ、そして、砂時計の砂が全て落ちきる程の時間の後に思い出してしまう。昨日の、嵐のような1日の後、こぼれた落ちた紅茶を片付けたりしながら、緊張の糸が切れてここで眠ってしまったんだ、と。
少しだけ痛む体を動かして窓へと向かう。柔らかな日差しが差し込むその大きな窓は、昨日のことがまるで嘘であったかのようで、何一つ変わらない。
そう、なにも変わらない。
昨日のことは忘れよう。そうすれば待っているのはただの日常だけだから。明日も明後日も変わらない、それが望み。……でも。
「先生……か」
昨日の、あの言葉だけが妙に残っていた。
私にとっての『先生』は『先生』だけ、例え望まれたとしても、私はまだ先生に追い付いてすらいない、だから私は先生になれないし、なるつもりもない。
窓を吹き付ける風は勢いを増して、カタカタと音をたてる。割れそうなほど響くガラスは、それでも壊れることは無く、しっかりとその場にとどまり、この家を守っている。
私は……先生に言われたように護ってきた。いつか必ず帰ると言った、先生の帰る場所を。一人で。そもそも、この家から離れる事ができないんだ。空けてしまえば……もし、争いが終わって、先生が帰ってきた時に、かつて先生が私を受け入れてくれた時のように、抱きついて、喜ぶことすらできない。
……そう、だから私は『先生』なんてできないんだ。いつ帰ってくるかわからない先生を待ち続けるために……。
「……さて」
今日は久しぶりに街へと行く。つらい、だなんて言っていられない。何があろうと先生の帰りを待つと決めたのだから。
部屋の、食器棚の辺りに置かれた手製の鞄を持ち、それに──先生から教わった──売るための薬とわずかばかりのお金を入れて、出掛けよう。
「行ってきます。先生」
外へと出た私はすぐにふりむいて、誰も見ることのないとびきりの笑顔を作り、街へと向かっていった。
小さい頃、先生に聞いたことがある。なぜ家がこうも遠い所にあるのか、と。
もう顔も思い出せない両親と共に暮らしていた家は、先生の家と比べると小さいけれど、近所にはお店もあり、友達もいて……「寂しさ」とは無縁であった。
だけども、先生は違った。一人二人で暮らすには大きいが、まわりには──森までは行かないけれど──大きい木々しかなく、先生と共に街に行くまで人とも出会わなかった。私には先生がいたから平気だったけど、考えれば私が来るまでは、一人で暮らしていたのだろうと。
でも、先生は答えてくれなかった。何度聞いてもはぐらかされて、私が「寂しくは無かったの?」と聞くと「でも、今は君がいるだろ?」と、それしか答えてくれなかった。
寂しいか寂しくないか、と問われれば、今の私は「寂しい」と答える。今まで共に暮らしていた先生がいないという辛い現実を耐えることはできたとしても、この気持ちは消せなかった。
けれど、先生はどうだったのだろうか。初めから一人で、私がいようがいまいが関係なかったのか、心のどこかに他人を求めていたのだろうか……今はまだその答えを知ることはできないけど、それを聞いても結局はぐらかされてしまうのだろう。
「お姉ちゃん! こんにちは!」
街に近づくにつれ、外で遊ぶ子供たちが増えてくる。世間はまだ争いが続いているといっても、田舎に近いここではあまりの実感は湧かない。
「えぇ、こんにちは」
明るい笑顔で返す。寂しいなんて言わず、誰にもさとられないように。
※ ※ ※
「いつも、ありがとうございます」
街の中央付近にある雑貨店の扉の前で改めて頭を下げた。
「お礼を言うのはこっちだよ。あんたのは質が良いから高く売れるんだ」
さすが、魔法使いだ。と付け加えながら、店主である彼女は言った。
「いえ、全て『先生』から教わっただけですから」
「先生、ね……」
「はい。全て先生のおかげです」
いつものように、純粋な笑顔を見せながら、そう、答えた。
私一人ならできなかった。なにも知らず、霧のなかにいるような状態であったのなら、今頃私はここに存在しなかった。
そのはずなのだから。
「いつ、帰ってくるのかね……」
と、店の奥に置かれた額縁を見ながら彼女は言った。
「……旦那さんですか?」
「それもだけど……」
額縁に当てられていた目線を私に戻し、「ハァ……」と一息ついた後、口を開いた。
「はやく、終わらないかね。戦争」
「……結局、理由は何だったんでしょうか?」
誰に聞いても答えは同じはずなのに、聞いてしまう。
「知るわけないよ、理由なんて」
「そう……ですよね」
「誰も望んでいないんだ、こんな事は。私だってあんただって……戦地へ行った連中だって」
「……えぇ」
それは、わかっていた。
あの日、戦争の始まりを告げたあの日。音のない風に運ばれた知らせを受けた先生は、怒り、哀しみ、ただ一人で抱え込んだ。
私は、その時に先生が何を考えていたのかを知らない。でも、あの日──私と先生が共にいた最後の日──の先生は、いつもの優しい顔をしながら、どこか寂しさを感じさせて、私をギュッと抱きしめて「もう、子供じゃありません」と私が答えても……止めなかった。
「きっと……」
長い間を開けて、再び口を開いた。
「旦那さんは帰ってきます。大切な人を悲しませることなんて、するはずが無いですから」
「それなら……嬉しいけどね」
「先生は約束してくれました。『必ず帰ってくる』って。だから……みんな帰ってきます。絶対」
強く、はっきりと答えた。本当は根拠なんて無いけれど、信じなければ……先生の想いを受け止めなければ、帰って来ないと、そう……感じたから。
「ありがとうね。少し、楽になったよ」
窓から入る光の波が大きく動いていて、もう、何時間も過ぎていたことに気付いた。
「それでは、私は失礼します。これからまだよる所がありますので」
改めて深々と頭を下げて、扉をあける。高い位置に取り付けられた小さめの鈴が音をならして、私、という存在が出ていくことを知らせる。
「もし、あんたが望むのなら、この街のみんなは受け入れてくれるはずだよ」
「ありがとうございます。……でも」
扉をくぐり抜けて、街の外灯のすぐ真下──わずかな灯りが、夕焼けの光にかき消されている──で振り向き、扉がゆっくりと閉まっていくのを眺めながら。
「約束がありますので。先生との、大切な……」
私の言葉は、パタン と閉まる扉に阻まれ途切れた。
人はひとりでは生きていけない。そんなことはわかっていた。
日が地のはてへ落ちていくのを見ながら、家路を急いでいた。このままでは家につく頃には完全に暗くなってしまうと、駆けた。
「……少し、しゃべりすぎたかな?」
先生がいなくなってから、ほとんどの日をひとりですごしていたから、誰かと話すことなんて──まぁ、昨日はなんか来たけど──無かったから。
すっかり軽くなった鞄を投げ飛ばさないようにしっかりと持ち、ただ急ぐ。早く帰りたかったのだ、あのお店の店主さんは私の事を受け入れてくれた。街の皆も受け入れてくれると言った。それは正しくもあり、間違っている。
人は、自分達と異なる存在を受け入れない。根本的に同じ種族であったとしても、肌の色、瞳の色、言葉……、何かしらの差異があれば、受け入れない。
私は「魔法使い」だから、なおさらだ。普通の人から見れば、火、水、雷……それらを操る者は恐ろしくて、いつ自分達が襲われるかわからないのは怖いはずだ。
彼女のように、受け入れてくれる人がいても、それ以上に拒否する人がいるのであれば無理に決まっている。私の帰る場所は、結局先生の所しか無いのだ。
寂しくは……ない。たとえ世界のすべての人たちから嫌われても、ただ一人、先生がいてくれれば生きていける。
「……? いま、なにか……?」
声が聞こえた。
先生の家と先ほどまでいた雑貨店のちょうど中間の地点。街からは離れていて、ここはやや荒れた道と深い雑草、そしてまばらに生える木があるぐらいで、こんな時間に来るような所ではないはず。
「誰か……いるの?」
月の薄明かりのなか、問いかけた。
わずかな光をたよりに見回しても、なにもうつることはなく、ただ静寂が広がるだけ。
「ねぇ! いないの?」
少しだけ強く、はっきりと叫んだ。あれは勘違いでは無いのだと、そう感じていた。
目を閉じて、意識を集中させる。どんなに小さな『音』も逃がさないように、じっと構えて……。
「たすけて……」
聞こえた。確かに聞こえた。
幻聴でも、なんでもない。はっきりと助けを呼ぶ声が、雑木林の奥深くから。
「そこね。待ってて、今すぐ行くから」
声の方向へと、叫んだ。きっと長い間一人でいたのだろうと、暗くて怖くて、不安な心を少しでも安らげるように。
「大丈夫。大丈夫だからね」
暗闇に目が慣れたといっても、深い雑草に足をとられかけて、横に広がる枝を避けるのはとても難しい。
「……見つけた」
暗い林のなかで小さくうずくまって泣いていた、まだ小さな男の子。暗いなかで、はっきりと顔は見えないけれど、泣き崩れた顔からは、恐怖と不安と、ほんの少しの安堵が見えた。
「よく、頑張ったね。偉いね」
かつて、私が先生からもらったのと同じように、泣いている彼の頭を撫でながら微笑みかけて、なぐさめた。
「さあ、帰りましょう。あなたのお家はどこ?」
優しく抱きかかえながら、聞いた。緊張の糸が切れて、まだなおらない顔を埋めながら「教会の……となり」と小さな声で教えてくれた。
「教会、ね。行きましょ」
そして、ゆっくりと立ち上がり、再び街の中へと歩いて行った。
街の教会は、中央よりもやや遠くにある。いま、この時間から向かえば間違いなく今日中には帰れなくなる。それならば見ず知らずの子なんてほっておけば良いなんて言うのもいるかもしれない。
だけど、私にはできない。一人は、怖い。不安で心が潰されてしまうのだから。そんなことを味わうのは、私一人で十分なのだから。
「帰ったら、お父さんとお母さんに謝らないとね」
私の、その声かけに返事は来なかった。
代わりに、背中に負ったこの子の小さな手が強く肩を握りしめる感触が来た。
「……いないよ」
「そう……ごめんね。嫌なことを言って」
「……お姉ちゃんは悪くないよ。ほんとのことだもん」
この子はそれだけ告げ、後は顔を埋めるようにしていて、ただ私が彼の家に付くのだけを待っていた。
長い時間沈黙が流れた。
実際の所、ほんの僅かな時間であったが、空に浮かぶ月が落とす影がその形を変えるほどの時間が経ったのではないかと、そう思うほどだった。
その沈黙を、私は破った。
「私もね、同じなの」
ただ、まっすぐ前を見て語った。
「小さい頃に、お父さんと……お母さんと別れてここに来たの」
この街に来たときの事、別れた原因を、その理由を隠して。
「それからは、先生と一緒に暮らしていたの。……でも、先生も行ってしまって、今は一人」
あなたと同じね。と、微笑みながら告げたが、深く眠る彼にその言葉は届くことなく、闇に沈んでいった。
「疲れたのね、お休みなさい」
静かにたつ寝息を聞きながら、歩き続けた。
真ん丸に浮かぶ月は、その輝きを増して私の行く道を照らしてくれた。
「あの、すいません」
教会の、その隣に建てられた小さな家の扉を叩いた。
「誰か、いませんか?」
既に夜は深く、全てのモノが眠りつく時間なのだからだろう、人の気配はしても出てくる気配は無かった。
今からだと、私の──先生の──家に着く頃には朝になってしまうだろう。それに、背負うこの子を置いていくわけにはいかない。「……朝まで待とうね」と、聞こえるはずのない声をかけて、段差になっている石畳の道に座る。
「どうしようかな……」
ため息に近い言葉を吐き出した。
私自身、既に限界であり、気を緩めてしまうとすぐに眠りについてしまうほどなのだ、だからこのまま、ずっとあの扉が開くのを待つことができるわけ無い。
そして、このままこの道で眠ることもできやしない。いくら昼間が温暖なこの街でも、夜の月明かりはその温かみを奪い、与えるのは冷たい空気だけ、このまま眠る事は出来ない。
せめて、雨風さえしのげれば……。
「……こういうときは大丈夫よね」
それが、悪い事であることはわかっている。それでも、行わずにはいられない。
見つかれば怒られるかもしれない。いや、自警団に突き出されてそのまま──先生に二度と会えないまま──この小さな物語が終わってしまうかもしれない。
それでも私は……。
「……お邪魔します」
先ほどの小さな扉の前で小さく言った。後ろめたい気持ちで弱々しくなる声は、草花の隙間から聞こえる虫の声にかき消されていく。
ガチャ
「ッツ……!」
扉を開けようとしたとき、その握り手が動き出してその手を引っ込めた。
思わず後退りをし、わずかな段差に足をとられて冷たくてでこぼこの地面に尻餅をついてしまう。「痛タタ……」と、小石の痕が残る手のひらを見ながら、夜中とは思えない光が私を包み込んだ。
「誰ですか? こんな時間に」
「ごめんなさい。……あの、私は」
衣服についた土埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。思った以上にランプの光が強くて、今出てきた人の顔がはっきりと見えない。
「街の……林の方でこの子を見つけましたので……」
「おや、貴女は」
私の言葉を遮って、その人物は言った。
「レイラさんじゃないですか」
急に私の名前を聞かされて驚いた。
光に目が慣れてきて、今目の前にいる人の顔が見えはじめる。その顔は、私の記憶のなかで最も新しい顔で、明るくて力強くて、……今一番みたくないあの顔。
昨日、先生の──私の──家に来たあの人間が、目の前にいた。
※ ※ ※
とても綺麗な寝顔。
不安も畏怖も感じさせない、楽しい夢を見ているような幸せな顔を眺めていた。
「お茶で良いですか」
「ええ……大丈夫です」
ベッドに寝る子を見ながら、背中越しから聞こえた声に応える。
きっと今、私の顔はこの子とは正反対な醜い顔をしているのだろうか。会いたくもなかった人を目の前にして、歪んだ心が表に出るような、とても醜い顔を。
それとも、それすらを圧し殺して、いつもの何食わぬ顔をしているのだろうか。それは今の私には分かりようがない。
「そんなところではなく、どうぞこちらに」
差し出された椅子は──家のそれよりも一回りほど小さい机と共にあって──質素で味気のない、ただ椅子としての最低限の機能をはたしているだけのものだった。
「できるだけ安いものを、と思ってまして」
と、その声は言った。
私は興味無さげに「別に、良いことだと思いますよ」と、平坦な声で返した。
「ありがとうございます」
夜も遅いと言うのに、まぶしい笑顔を見せた彼は、私に背を向け、窓際にある戸棚のところへと向かって行った。
同じく小さい──これも、必要最低限の機能だけの──焜炉にかけられた片手鍋から聞こえるフツフツとしたお湯の音が場を満たしている。
「それで……」
小さな椅子に座りながら、一人楽しそうにしている彼に聞いた。
「どうしてあなたがここにいるのですか?」
カチャカチャ音を鳴らして、カップに注がれた熱い──本来なら心休まる綺麗な香りをこぼす──紅茶を運びながら、彼は答えた。
「いけませんか?」
私は、その紅茶がちょうど目の前に置かれるまで何も答えなかった。いけない理由なんで無いし。今、私が先生の家に住むように、誰がどこで暮らそうが悪いわけでは無いのだから。
「街の中心部なら都合が良いのです」
私の返事を待たずに、熱い湯気をたてるその紅茶を涼しげに飲みながら彼は続けた。
「ここならば僕の計画を進めやすいので」
「計画……ですか?」
「まあ、計画といってもそんな大それた事ではないのですかね」
そうして、持っていたカップを静かに置き、まっすぐ私の方を見つめながら。「『学校』をつくろうかと、思ってまして」と何事でもないように簡単に言った。
「学校……ですか」
その質問に「ええ、そうです」と答える彼を見ながら、そういえば、この街には無かったな。と思いながらも、それでも小さくて辺境なこの街には無くてもおかしくないとも考えていた。
「だから『先生にならないか?』だったのですね?」
昨日の出来事を思い出して、少しだけ冷やかすような口調で聞いていた。……周りを見る限り、今の彼にそれを成し遂げるだけの力は無く、ただの理想話にしか聞こえなかったから。
「まあ、そうですね」
「それで、集まりましたか?」
「いえ、まだ、全然」
「そうですよね」
やはり、ただの幻想だと半ば呆れたようにそう告げた。
「あまりにも平和で、忘れそうになりますけど、この国はまだ戦争をしているのですよ。私も含めて誰もが心に余裕が無いのに、『先生』なんてできるとはおもえません」
「だから、です」
「はい?」
「今、そこで寝ている……レイラさん、貴女が連れてきてくれた彼ですが、両親がいないことはご存知ですか?」
ゆっくりと後ろを向いた。
少し前まで涙で濡れていた顔は、今では嘘のように綺麗であり、変わらず幸せそうな寝顔を見せていた。
「ええ……その子から聞きました」
「それは、ただの一角です。まだ世の中には同じような子供たちが大勢います」
「それは……そうでしょうね」
そう、うなずいた。雑貨店の旦那さんが連れていかれたように……私の先生が連れていかれたように、他の所でも同じことがあったはずなのだから。
「それで……」
私は、差し出されていた紅茶も、わずか前に襲われた眠気も忘れて、こう問いただした。
「その為に必要だと? そう言うのですか」
そのためなら別に学校で無くても良いと思ったから、子供たちの為なら別に、他のものでも良いし、それなら『私』は必要ないのだろうから。
そんな私の気を知らずか、飲み干した紅茶のカップを机の端に置いて、置かれた手を組ながら。「本当に必要なのは建物ではありません」と静かに言った。
「それでは、何のためにですか」
「未来のため、です」
「未来……?」
「あの子達は、いつかはこの街の未来をつくる存在です。そのためには学や知識が大切であると、そう考えています」
力強く語る彼の目はまっすぐ見据えられていて、その真剣な瞳には嘘偽りなど感じさせない、強い信念が込められている。そんな気がした。
「そのための、学校……ですか」
そんな彼の話を聞いて「フフッ」と笑った。この人はどれ程先の未来を見ているのかと、そう思ったから。
「本当にただの幻想ですね。でも……」
「でも?」
「あなたの言うその『理想』の先を見てみたくなりました」
そうして、普段は見せない笑顔を彼に見せた。先生がいなくなった日から久しぶりに心から笑った気がする。
そして、わかった。昨日も今日も、彼の顔はまぶしく見えたのは。それは、太陽の光でも、強い照明の光でもなくて、夢も希望も持てない私とは違い、強い目標を持っていたからなんだ、と。
「そういえば……」
霞のように薄水色におおわれた空が今日の、長い夜の終わりを告げる。
「あなたの名前……聞いていませんでした」
「マシュー、僕の名前はマシューです」
そう答える彼の顔は、昇る太陽の光よりも眩しかった。
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