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EP01 夜と出会った日
しおりを挟む来たる近未来、人類に脅威が迫っていた。その名は『鋼魔人』。
異世界である妖精界で生まれたこの無機の怪物は、生きとし生けるものを同化し、ひとつの群体へと変えようとする。
この脅威に抗しうるのは二つの存在だけ。
一つは、秘石に適合した少女だけがなれる戦士であり、愛の感情で魔力を生み出す『魔法少女』。
もう一つは、魔法少女を支えるために造られたゴーレム『勇者』。無機と有機の狭間に立つその存在が、彼女たちの力を補強する。
両者が契約し心を重ね合わせた時、彼らは鋼魔人に対抗できる切り札となる。
妖精界からこの脅威を伝えられた人類は、もたらされた魔法技術をもとに人類世界でも魔法少女を育成し、勇者の技術に科学を組み合わせて作られる戦闘用アンドロイド、通称『勇者ロイド』を生み出してこの脅威に対抗した。
そして今日、新たな魔法少女と勇者の間で契約が結ばれて、新たなヒーローが生まれるはずだったが……。
※
「契約破棄ってどういうことですか!?」
私、碧乃一実は、魔法少女養成学校の講堂の真ん中で声を上げてしまう。私たち魔法少女候補生にとって契約の儀式は卒業試験のようなモノだ。勇者ロイドに契約を頼んでそれが成れば、晴れて正式な魔法少女になれる、はずだったのに……いざ本番になってあらかじめ契約を頼んでいた勇者ロイドのレオ君に土壇場で契約はやっぱなしで!と言われてしまった。
私は足元が崩れるような気持ちだった。落ちこぼれである私は何人もの勇者ロイドに断られてしまってやっと見つけた相手だった。それなのに今こうなっている。
「ごめん!頼まれた後に考えてやっぱり断ろうと思ってたんだけどあんまり必死に頼み込んできてたから言い出せなくて……」
勇者ロイドはいかにもロボットっぽい戦闘形態の姿のほかに、社会になじむための人間の姿が存在する。魔法少女との心の距離をなるべく短くするためだ。金髪碧眼のレオ君、養成学校の地味な灰色の制服姿でも絵本に出てくる王子様のように輝いている。そんな人と契約して、魔法少女として世界のために活動するそんな物語みたいな日々が待っている、そんな夢を見ていたのに……。
「そ、そんな……」
目の前が真っ暗になる。何もこんなところまで引っ張ることないじゃないか。みんなの前で……ぶちまけることないじゃないか。
「だいたい……あなたのような落ちこぼれが、最新鋭の勇者ロイドの中でも特に有望なレオと契約出来るわけがないのですわ!察しなさい!」
そんな声が、儀式を見守っていた他の候補生の中から聞こえる。声の主は同期の中でも特に成績のよいエリート令嬢、蕨野花さんだった。彼女は私とは違う飛び切りの美人だ。チビの私と違って背が高いし、癖っ毛でぼさぼさに見えがちな私と違って黒いロングの髪はしなやかだ。顔なんか地味な私と並べたらすっきり整っている彼女は別の生き物に見えるだろう。
そんな彼女の言葉に合わせてまわりから嘲笑が聞こえだす。惨めだ、だが考えればそうだ。どれだけ適性があっても魔法少女それぞれが独自に持つ必殺技、『固有魔法』が使えない私が、そんなに都合よく魔法少女になれるわけがないのだ。
「レオは私と契約してくれることになりましたの。大人しく身を引いてくださいまし」
花さんの話を聞いて、私は一瞬レオ君の顔を見る。
「ごめん……やっぱりちゃんと僕の性能を活かせる人と契約したいかなって」
表面上申し訳なさそうだったが、その細かな動きからさっさと納得してくれという感情が透けてみた。
「分かったでしょう?レオを私の勇者なのですわ。あなたは彼に触れることすら許されない存在なのです。前からあなたに申し上げようと思っていたのですが、魔法少女は人類を守る重要な役目、あなたのような足手まといを戦列に加える余裕などありませんわ。この学校にあなたのいるべき場所はないのです!とっとと出ていきなさい!」
もう限界だった。
「~~~っ!」
「ちょっと!碧乃候補生!」
ついに耐えられなくなった。私は人目をはばからず、先生の制止も聞かず、講堂どころか学校からも抜け出した。いや、逃げ出したのだ。
※
私は当てもなく街を彷徨っていた。東京のど真ん中というわけではないが、関東の片隅ではある学校の周辺は夜でもにぎわっている。私はそんな街で人から逃げるように静かな場所を探す。寮の門限はとっくに過ぎているがもう気にしない。どうせ落ちこぼれ一人が消えたところで気にする人はあそこにはいない。きっと戦力の面で見ても悲しいことに問題ない。
「もう暗いな……」
実家に帰ることも考えたが反対を押し切って、家出のように養成校に入った。だから気が引ける。私はここに至った経緯を、思い返してみる。魔法少女と勇者ロイド、そしての敵である鋼魔人について、社会に生きる人はその実態を良くは知らない。ただ私は秘密裏に行われたテストに引っかかり、魔法少女養成学校に入った。
私はそれまで、得意なこともなく失敗することも多かった。親や、友達に助けてもらってばかり、私の人生には劣等感が付きまとっていた。そんな中、魔法少女の話を聞いた。テストの結果を見ると私の適性は群を抜いて高いらしく、スカウトの人から是非にと言われた。私は迷わずなると決めた。命がけの仕事なので親からは反対されたけれど譲らなかった。
「やっと……誰かの役に立てる私になれるって……思ったのに……うぅ……」
街中によくある遊具がいくつかある公園。誰もいないそこのベンチで、私は一人泣いていた。風が涙に濡れる頬にあたってとても冷たい。
結局私は、劣等生のままだ。魔法少女の適性が数値的に高くても、結局その本質は戦う人だ。運動神経も頭の回転も必要になる。どんくさい私は同期からすぐに置いて行かれた。それでもこれだけはと思って、普通の子が中学校に通う期間、必死に訓練して食らいつき落第ラインすれすれでここまで来た。しかし、固有魔法が発現せず、そのことでも私はみんなからバカにされるようになった。
高校に通う年になり最後の希望として勇者の子と契約すれば、何か変わるのかもと思ったが、私にはそのチャンスすら与えてもらえないらしい。
「寒いなぁ……」
身の置き所がない、世界から拒絶されているような孤独感が私を包む。こんなことならいっそ消え去ってしまいたいとすら思う。
“ザッ、ザッ”
「……!」
誰かの足音が近づいてくる。反射的に私が顔を上げるとそこには背の高い男の人がいた。男の人と言っても、直感でそう思っただけでその人はぼろ布ようなコートを着ていて髪もぼさぼさで、顔も判然としない。ほんの少しだが魔力を感じる、もしかして私が魔法少女候補生なのを知ってて近づく魔法の関係者なのか。
「な、なんですか……!?」
「……っ、……っ!」
その人はぼそぼそ何か言っているようだが、よく聞き取れない。
彼は虚ろな目でのそのそと近づいてくる。
「ま、待ってください!ち、近づかないで」
有無を言わせないその様子に恐怖した私は立ち上がって後ずさる。
“バタッ!”
私が走って逃げようとしたところでその男は前のめりに倒れた。
「え、ええっ!?ちょ、ちょっと大丈夫ですか?」
急な展開に困惑しながらも、反射的に駆け寄ってしまう。
「……っ、……っ……」
意識はあるようでまた何かを言っているみたい。しかし聞こえない、危ないとは思ったが好奇心に負けた私は恐る恐る彼の顔に耳を寄せる。
「え?めし?お腹すいた?」
私が素っ頓狂な声を出した時、公園中に響くレベルで”グゥーーー”という音が鳴った。
※
「んむっ!ふがっ!んくっ!」
ベンチで隣に座る件の謎の男は私が近くのコンビニで買ってきた食料をすごい速さでかきこんでいく。最初は何事かと思ったが本当にお腹が空いていたらしい。倒れた所を見るに相当追いつめられていたのか。私はそんなことを考えながら、食べ物に夢中になる彼の横顔を盗み見るように観察する。街灯の明かりの下でまじまじ見てみると結構、いやかなりカッコいい顔立ちをしているように見える。学校の勇者たちと並べても遜色ないレベルだ。年は……私よりいくらか年上って感じだろうか?そこまで離れていないように見える。
「んくっ……ごくごくごくっ……ふはーっ!」
男は買ってきたお茶を一気に飲み干したところで、やっと人心地付いたのかこちらに向き直った。
「ごちそうさん!……お前、本当に助かった。もう何日も食べてなくて死にそうだったんだ。マジ、ありがとうな!」
「…………」
彼はこちらにグイッと顔をよせ、本当にうれしそうにお礼を言ってくる。なぜだろうか、その言葉と表情が、すごく胸に響いて鼓動が早くなる。
「……?何か……変なこと言ったか?」
黙り込んでしまった私を不思議に思ったのか、彼は慌ててしまう。
「ああいえ、なんでもないです……その、どういたしまして?」
「ならいいが……ホント、命の恩人って感じだ。マジで感謝しかねえ……」
よっぽどお腹が空いていたのだろう、彼は何度も何度もお礼を言ってくれる。最初は怪しげな風貌と行動に警戒したが助けた甲斐があった。相変わらず得体は知れないがそのあどけない表情を見ていると悪い人ではないのと思えた。
「それで、どうしてあんなところで死にかけていたのか聞いてもいいですか?」
単純に考えれば、食べ物が得られていないホームレス……と言ったところなのだろうが、これからの彼の扱いを決めるために聞いてみる。
「それ、俺も聞きたかったんだ」
「は?」
私は思いがけない答えについ素の反応が出てしまう。質問をしたのは私の方なのだが……。
「実はな、何も覚えちゃいねーんだ」
「それって記憶喪失ってことですか!?」
突拍子もない答えだったが、いろいろとつじつまの合うものではある。
「何日か前、気が付いたらこの辺にいた。自分の名前も、その時より前のことも何も思い出せなかった。持ち金とかもなくて……だから、すぐにお礼とかはできそうにない」
「……気にしないでください、大したことはしてませんから。それより、本当に覚えてないんですか?」
私へのお返しを気にする彼を見て、そんなことを気にしている場合ではないと内心ツッコむ。彼のいる立場を自分に置き換えると、凄く不安になると思う。すべての前提になるはずの自分というものすらよくわからない、という状況はとても心細いものだろう。
「ああ、何も……ほんとに何も……でも、何か大切なモノがなくしちまったような……そんな感じはある」
「そうですか……」
記憶をなくしているんだからそりゃあそうだろう。今知りたいのは彼の身の上につながる手がかりなのだが、どうやらこうして話すだけではそれは得られないらしい。これから彼をどうするべきだろう、連れていくべきは役所か、警察か?警察は不審者扱いされて面倒なことになりそうだからここは役所の方がよいだろうか。それともさっき感じた魔力が気のせいでなかったのなら、学校に連絡したほうが良かったりするだろうか?
「んなことより……お前、泣いていたのか?」
「……!?」
そんなことより!?自分の不安定な状況をそんなこと扱いするのか、と反射的に思うのと、急に話のボールが飛んできた二つの驚きで、私は心臓が止まりそうになる。そういえば彼が来るまでずっと大泣きしていたので、今も私の目元ははれ上がっているだろう。急に現れた彼に混乱して、悲しんでいたことをすっかり忘れていた。でも、それがどうしたというのだ。彼にとって自分の状況に比べれば優先すべきことじゃないことだろうに……。
「いや、奢ってもらった礼、なんにもできないからな……何か悩みがあるなら愚痴ぐらい聞いてやれるかと思ったんだ。もちろん言いにくいことなら、なにも言わなくていい……」
自分のことを棚に上げてこの人はないを言っているのだろう。自分の状況の方が深刻だというのに。
「ふ、ふふふ……」
「ん、どうした?」
「いや、今気にする?とか思っちゃって……心配してもらってるのにすいません」
彼のおかしな物言いと、そこから見えるお人よしさに、私は笑いをこぼしてしまう。この人はきっと優しい良い人だ。
「でも、そうですね……あなたも食べたばっかりですぐには動けなさそうですし、暇つぶしに私の話を聞いてもらえますか?」
記憶のないらしい、縁もゆかりもない人だからこそ、話せることもあるかもと思った。
「おう、つっても記憶がないからろくに何も言ってやれないだろうが、聞くだけならいくらでも」
彼は喜ぶ犬のようなあどけない表情で笑った。
それから私は話した。魔法少女や勇者のことは機密なので言えないが、私が誰かの役に立つ自分になりたかったこと、そのために自分なりに努力してきたこと、だが裏切られて傷ついたこと、夢がかなえられなそうなこと、それをぶちまけるように話した。
「ひでーな、その男も女も、俺がその場にいたらぶっ飛ばしてるぜ……」
「ふふふ、彼女たちはとっても強いのでやめた方がいいかもしれません。でも気持ちはとっても嬉しいです」
「そ、そうなのか……」
心中にあった鉛を言葉に変えて吐き出したみたいで、胸がだいぶ軽くなった。聞いてくれる人がいて、本当によかった。
「その、なんだ……」
彼は遠慮がちに口をひらく。
「なんですか?」
「記憶のない俺に言われてもいまいち説得力無いだろうがし、お前のなりたいものもよくわかんないけど、俺にとってはお前は命の恩人でいてよかったと思える存在だぜ。それに、そんなに気を張って誰かの役に立とうとしなくてもいいと思う。お前が一生懸命、頑張ったことがあるなら、それがそのまま実を結ばばくても意味があることだとも思う……悪い……うまいこと言おうとしたが、言葉がまとまんねえ……っておいどうした?何か気に障ること言っちまったか!?」
気づけば引っ込んでいた涙がまたぶり返していた。ただそれはさっきまでの冷たい涙とは違って暖かかった。
「い、いえ……ひぐっ……これは嬉しくて、安心しちゃって……」
ずっと欲しかったものが手に入ったようなそんな不思議な気持ちだった。
無償の愛を振りまくのが魔法少女、だが私はそんな聖女にはなれない。見返りを、報いを求めるちっぽけな人間だ。彼の言葉はそんな私を含めて肯定してくれる気がした。
きっとこれまで積み上げたものをすべて否定された気になっていたところに、そんなことはないと言ってもらえて私はとても安心している。彼は、詳しい事情は分かっていない、だが彼の言葉には粗暴な見た目や口調とは真逆の誠実さを感じる。だから信じられた。それがどうしようもなくうれしい。
「お前のためになる言葉がかけられたなら嬉しいぜ……」
彼は肩をしゃくりあげる私の背を、遠慮がちに優しく撫でてくれた。私が落ち着くまで……。
「そうだ。恩人相手にお前は申し訳ねえし、名前を教えてく……」
「一実です。碧乃一実……」
落ち着いた後、名前を聞いてくる彼に私は食い気味に答えた。どこの誰かも分からない人に名乗るのは不用心かもしれないが、この人なら絶対に大丈夫だ。
「ヒトミか……いい響きだな。一生覚えて……いや、記憶喪失の俺が言っても信用できねえか……でも、覚えときたいな」
「ありがとうございます。あなたの名前も知りたいですけど……」
私もこの人のことを一生覚えておきたいと思った。でも今は、名前を知ることすらかなわない。
「悪い……やっぱ思い出せねえ……」
「あ、いえあなたが悪いわけではないんですから気にしないでください」
「そうだ、ヒトミがつけてくれよ。とりあえずの名前でいいからさ」
彼が思いがけないことを言ってくる。名付けるなんて大仰なこと私には荷が重いと思った。
「自分がないってのは気味が悪いんだ。だから仮でいいからつけて欲しい。ヒトミの考えてくれたやつならきっと気に入るから……」
またこの人は私を必要としてくれる。その実感が嬉しくて、私はもっと応えたくなった。私は分かりましたと頼みを聞いて、彼を今一度観察してみる。汚れもあるが、その肌は浅黒く、黒い服と合わせて、闇の印象がある。ただそれは人を恐怖させるそれではなく、包み込んでくれるような優しいもの。私の悲しみを受け入れて癒してくれたこの夜みたいな……。
「ノクス……ある言語で夜って意味です。夜に出会ったあなたの優しい印象にあうと思います」
それは魔法の勉強の中で知った言葉だった。若干中二病みたいだと思うが、深く考えすぎると逆に変なものになると思ったので直感で思いついたものを伝えた。
「ノクス……ノクスか……ああ、なんかしっくりくるまるで最初から、そうだったみたいだ。ヒトミ、俺は今からノクスだ。よろしくな!」
「はい!ノクスさん!気に入ってもらえたみたいで嬉しいです」
気に入ったぜ、と満面の笑みを浮かべる彼の顔を見て私も自然と笑みがこぼれる。
私の心を苛んでいた悲しみは、完全に夜の闇に溶け出していた。
後から振り返って思う、これがきっと運命の夜。
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