9 / 12
商人マリエッタのコーヒータイム
最終話「コーヒーいかが、と彼女は笑う」
しおりを挟むチリンッ。
今日もまた、涼やかな音がマリエッタの店に響く。
「いらっしゃ……あら、これまた珍しい」
マリエッタは店に入ってきた青い髪の男を見て、素直に驚いた。髪の間から覗く金の角、首や腕を覆う鱗と背中の翼。
竜人族。
人の世にめったに関わらない種族だ。数も少なく、一部では神格化されるほど。世界中からすれば見たことすらなく、伝説ではないかと思っている人もいるくらいの希少種族。
にも関わらず、このリンドベルにて古書店を開いている変わり者の竜人族が、今目の前にいる男、グラーゴである。
もう正確な年齢すら覚えていない彼は、面倒くさそうにマリエッタを見た。
「珍しいのはどちらだ」
それは不思議な言い分だった。
マリエッタはどう見ても普通の人間であるのに。
グラーゴは店内に漂うコーヒーの強い匂いに、なるほど、と呟き顔をしかめた。
「エンサの豆の臭いで誤魔化していたか……竜がこの臭いを纏うなど、聞いたことがない」
グラーゴは心から嫌そうな顔をした。彼はコーヒー――彼が言うところのエンサの豆――の臭いが嫌らしい。
マリエッタはふふ、と笑う。
「エンサの豆? 何の話でしょう?これはコーヒーですよ、グラーゴ様?」
どこかからかうような響きだった。もしもこの光景を他の人が見たら腰を抜かしたかも知れない。グラーゴが竜人族の中ではまだ穏やかとは言え、普通の人間なら、竜人族にこんな真似はできない。
グラーゴは不機嫌そうに鼻を鳴らし「やめろ」と言った。
「何をしに来た。ここにはなにもないぞ」
「それは不思議なことを言うのね。坊やはここにいるのに?」
くつくつと笑うマリエッタは、やはりどこからどう見ても人間であるにも関わらず、グラーゴを坊やと言ってのけた。この街で誰よりも長命なグラーゴを。……だが、グラーゴも否定はしなかった。
マリエッタはこの街で生まれて育った、という記録も記憶もこの街に刻まれているのに、だ。
「最近やって来て我に隠れてコソコソと……何を企んでいる」
「最近って……バカね。二十年くらい前からいるのに、今気づくだなんて」
マリエッタは呆れるが、グラーゴは首を傾げた。二十年など、彼らの寿命からしたら最近である。人間で言う昨日にも満たない感覚だ。
しかし、そんなグラーゴの様子にマリエッタは呆れたように息を吐く。
「人間の街に数百年住んでいるのに、相変わらず、まるで我関せずなのね。
皆はあなたを変わり者って言うけど、興味あること以外に関心がないのは、誰よりも竜人族らしいわ」
彼が言うところの『最近やって来た』マリエッタからすると、ここには面白いものが溢れている。なのに古書店にこもりきりのグラーゴの行動は「もったいない」としか思えない。
肩を竦める。
「企んでなんかないわよ。そんな面倒なことする必要ないもの。里にいたって変化なくて面白くないでしょ。楽しいもの見たいじゃない」
くつくつと笑うマリエッタの左腕に一瞬白銀の鱗が浮かんだ。その鱗は割れていた。グラーゴがハッとしてマリエッタを見た。マリエッタはどこまでも楽しげだが、その姿はどこか死を待つ患者のようだった。
「……ついでに、孫の顔も見に来たのよ」
優しく笑うマリエッタに、グラーゴは「……そうか」とだけ答えた。
淡々としているグラーゴに、しかしマリエッタは楽しそうに言う。
「ふふ、コーヒーはいかが? 意外といけるわよ」
返事を聞かずにコーヒーを淹れ始めたマリエッタに、グラーゴは何も言わずに眉間のシワを深め、背中の羽を揺らした。とても嫌そうだ。よほどコーヒーの匂いが嫌いらしい。
(とてもいい匂いだと思うのに……やっぱり変わり者は私の方ね)
だが断ることも、帰ることもせずにそこで静かに待っている孫の姿に、マリエッタは笑った。
※同じ世界観の新シリーズ『リンドベルの裏方たち』を始めました。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界ショコラティエの甘い革命~チョコレートが存在しない世界でカカオを育ててバレンタインを流行らせます~
黒崎隼人
ファンタジー
【2月14日はバレンタイデー!】
現代日本でパティシエを目指していた記憶を持つ少年ルカは、貧しい農村の三男坊として異世界に転生した。しかし、そこは「チョコレート」が存在しない世界だった!
砂糖はある、ミルクもある。けれど、あの芳醇で甘美な黒い宝石だけがない。
「ないのなら、作るしかない」
ルカは森の奥で嫌われ者の「オニノミ」がカカオの原種であることを見抜き、独自に栽培を開始する。発酵、乾燥、焙煎――前世の知識と魔法を駆使して、ついに完成した「ショコラ」。その味は、粗悪な菓子しか知らなかった異世界の人々に衝撃を与え、やがて頑固な父、商魂たくましい商人、そして厳格な領主や宗教家までも巻き込んでいく。
これは、甘いお菓子で世界を変える、少年のサクセスストーリー。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~
向原 行人
ファンタジー
異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。
というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。
料理というより、食材を並べているだけって感じがする。
元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。
わかった……だったら、私は貴族を辞める!
家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。
宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。
育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!
医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
事故をきっかけに異世界へ転移した料理人タクミ。流れ着いた小さな村で彼が目にしたのは、味も栄養も足りない貧しい食事だった。
「腹が満ちれば、人は少しだけ前を向ける。」
その思いから、タクミは炊事場を手伝い、わずかな工夫で村の食卓を変えていく。やがて彼は、失われた発酵技術――味噌づくりをこの世界で再現することに成功する。
だが、保存が利き人々を救うその技術は、国家・商人・教会までも動かす“戦略食料”でもあった。
これは、一杯の料理から始まる、食と継承の長編異世界物語。
【更新予定】
現在ストックがありますので、しばらくの間は毎日21時更新予定です。
応援いただけると更新ペースが上がるかも?笑
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


