貴族の四男に生まれて居場所がないのでゴブリンの村に移住して村長をします

佐藤スバル

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第一章

新生活①

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 ゲッターたちは宴の後、洞窟で休むことにした。
 彼らは満腹感と疲労感が交錯する中で、心地よい疲れに包まれていた。

 ゲッターは『加工』スキルを使って家を作りたかったが、宴の興奮がまだ冷めやらぬ中では、働く気にはなれなかった。そこで、彼はゴブリンたちと一緒に洞窟の柔らかな土の上に横たわって、心地よい疲れを感じながら休むことにした。

 休んでる間は男のゴブリンたちが交代で見張りをするとのことだったのでゲッターとアイナも参加することを申し出た。
 女のゴブリンたちは身籠っているしゴブリンの社会では見張りなどは男の役目ということで参加しなかった。

 カプルに聞くとゲッターたちを襲ったあの夜は空腹で眠れず、何でもいいから食料はないかと探して夜中なのに森に出たとのことだった。
 森の中は真っ暗でゲッターたちの野営の焚き火はとても目立ったいたらしい。
 明かりを見つけたカプルは戻ってアッグと見張りのゴブリンを誘ってゲッターたちを襲い返り討ちにあったということだった。

 宴の後はとても静かな夜になった。

 ゴブリンたちは宴の後の満腹感と疲労感から、結局誰も起きてこなかった。なのでゲッターとアイナが交代で見張りを行った。

 静かな夜の中で、ゲッターは昨日からの出来事を思い返していた。
 カプルたちゴブリンたちに襲われることは想定していた。森の中なので今まで戦闘になるようなことがなかったのが幸運だったのだ。
 しかし彼らの惨状を目の当たりにし、ゲッターの心には疑問が湧き上がった。
 彼は、ゴブリンたちがこんな貧しい状況にいるとは思ってもいなかったのだ。
 温暖な魔の森は、冬でも雪が降らないため、動物も植物も豊富に存在しているはずだった。食料が不足しているという事実は、彼にとって大きな驚きだった。
 まあ魔の森に隣接しているコンタージュ領の領民にも食うのにも困っているものたちはいた。
 ゴブリンたちが例外ではないのだろう。

 次にゲッターの頭に浮かんだのは宴の様子だった。
 コンタージュ領で暮らしていた時にも宴はあった。父たちに連れられて王都のパーティに参加したこともある。
 だがそのどれよりも楽しかったのは間違いない。
 今まで一番好きな祭りは領都の祭りだったがそれよりも楽しめた。
 食事は焼き芋とスープで飲み物は川の水を沸かしたものだ。それでも、心に沁みるものがあったのはなぜだろうか。ゲッターは見張りの間ずっと考え続けていた。

 夜が明け、柔らかな光が洞窟の入り口を照らす中、ゲッターとアイナはゴブリンたちを起こして顔を洗わせた。
「おはよう」と声をかけるとちらほらと返事が返ってきた。
 顔を洗い終えたゴブリンたちを一列に並ばせるとゲッターは元気な声で再度挨拶した。
「おはようみんな。今日から新しい生活を始めようと思う。でも朝食の前に体操だ。元気よくいくぞ」
 ゲッターは一息に言い終えると「イッチ、ニー。イッチ、ニー」と体操を始める。
 しかしアイナは一緒にしているがゴブリンたちはポカンとした表情で見ているだけだ。 

「みんな私のマネをして身体を動かすんだ。掛け声も忘れずにな」

 そう呼びかけるとようやくゴブリンたちも「イッチ、ニー。イッチ、ニー」と体操をし始めた。
 体操を終えると男のゴブリンたちは軽く息が弾んでいるくらいだったが、女のゴブリンたちは少し辛そうにしていた。
 ゲッターは昨日ガプロが女のゴブリンの役目は出産と子育てで他のことは男の役目で家を出ることもないと言っていたのを思い出した。
 女のゴブリンたちは運動不足で体力がないのだろう。妊婦といえども運動は必要だ。
 これからの生活を改める必要があるなとゲッターは心に留めた。

「次は発声練習だ。私と同じことを大声で言ってくれ。あ、え、い、う、え、お、あ、お」

 ゲッターが大声でいうとアイナが不思議そうに尋ねた。
「ゲッター様その掛け声は何ですか?」
 ゲッターは微笑みながら説明した。
「昔領都に来た劇団が練習でやっていたのをまねしているのだ。上手くセリフを言う練習になるらしい」
 ゲッターの説明にアイナは納得したのかそれ以上は何も言わなかった。
「では続けるぞ。一緒に言ってくれ。あ、え、い、う、え、お、あ、お。か、け、き、く、け、こ、か、こ」
 ゲッターが発声練習を始めると今度はゴブリンたちも「あ、え、い、う」と一緒に始めた。

 ゲッターはガプロが話すのが上手いのはクレスターとたくさん話をしたからだと考えた。
 だから発声練習をして他にも話をする機会を増やせば他のゴブリンたちも上手く話せるようになると考えた。
 ゴブリンたちからも何か質問があれば答える準備はあったのだがゴブリンたちは素直に発声練習をしたのだった。

 朝の体操と発声練習を終え、彼らは残っていた森芋を焼いて朝食にした。
 その時にこれからの活動方針についてガプロと打ち合わせをした。

 「食料集めと住居の作成を手分けして行なっていきたい」と説明すると、ガプロは疑問を口にした。
「私たちもアイナ殿の食料集めを手伝った方がいいのではないか?住居は洞窟ではダメなのか?」
 ゲッターはアイナの能力を強調した。
「アイナは超一流の猟師なんだ。正直私が一緒にいっても足手纏いになるくらいで1人で行った方が効率がいい。手伝うのは獲物を運ぶのだけで充分だ」
 ガプロはその言葉に目を丸くし、アイナを驚きの眼差しで見つめた。アイナはその反応に微笑み返し、彼女の存在感の大きさを感じさせた。
「それにやっぱり住居は重要だ。これからたくさん働くからしっかり休めるようにしないとね。このあたりを整備して家を建てようと思う」
「家を建てるとなるとかなり時間がかかるな」とガプロは難しそうに唸る。
「私の『加工』のスキルを使えばそこまで大変ではないよ。それでせっかく作るのだからどんな家を作るか意見が欲しいんだ」
「女たちの家は大きい方がいい。子どもが産まれたら女のゴブリンみんなで子育てすることになる」とガプロは真剣な表情で言った。
「あとできるならそれぞれ部屋を分けて作ってほしい。」
「それはそうするつもりだけど。何か理由があるのかい?」
 ゲッターは気になって聞いた。
「ゴブリンは子作りの時に男が女のところに通って行う。前の村ではその都度呼び出して外で行なっていた。でも最初から部屋が別々なら外に出なくて済む」
 ガプロは大真面目に答えたがそれを聞いたゲッターとアイナは赤くなった。
 それを見てガプロは説明し始めた。
「ゴブリンにとって子作りはとても重要だ。ゴブリンは森の中でとても弱い。だから群れを大きくして大勢で固まっていないとモンスターや大きた動物にやられてしまう」
 その説明を聞き、ゴブリンたちの文化や価値観が少しずつ理解できるようになってきた。

 ガプロは真剣な顔で続ける。
「ゴブリンは基本的に一度に2匹子どもを産む。まれに1匹や3匹産むこともあるが基本2匹だ。産まれたら村のメス、ではなく女たちが集まってみんなで育てる」
 ガプロはアイナに睨まれると女と訂正してから続けた。
「女たちも子どもも村の宝だ。だから家の中で大事にする。でも外にも出た方がいいのだな。今日はみんないい顔をしている」
 ガプロはうれしそうに笑った。
 それを見ていたアイナはまた訂正した。

「それなら匹ではなく人って数えて。1人、2人よ」

 この言葉でアイナが本気でゴブリンたちと対等に付き合っていくつもりなのだとゲッターは感じた。

 ガプロは頷くと続けた。
「このあたりには私たちが住んでいた村と、離れたところにオークの村がある。私たちがここに住んでいることがわかれば元の村のものたちが食料を奪いに来るかもしれない。そのことも覚えておいてくれ」
 ガプロがそう言ったところで朝食は終わりとなった。

 朝食の片付けが終わるとアイナは早速1人で猟に出かけた。
 それを見送ったゲッターはまず女のゴブリンたちに矢の作り方を教えた。
『加工』のスキルで鏃と棒、そしてそれを結び付ける紐を用意して、やり方を丁寧に教えた。
 矢尻に付ける鳥の羽はすぐにアイナが用意してくれるだろうと言ってお願いした。

 女のゴブリンたちへの矢作りの指導を終えるとゲッターは、ガプロ、カプル、アッグとまだ名前のないゴブリンを連れて家造りに取り掛かった。

 最初に女ゴブリンたちの家を建てることに決めた。それは彼女たちが妊婦であり、また「女と子どもは村の宝」というガプロの考えに賛同したからだった。

 まずは家を建てる場所を作るために大きな木を処分することにした。
 『加工』で木を持ち運びやすい大きさの角材に加工するとゴブリンたちに邪魔にならない場所に運んでもらう。
 女ゴブリンたちの家ということで大きめの家を建てるためかなりのスペースを開けることになった。

 2本の木を加工した時にアイナが戻ってきた。
「ゲッター様。獲物を運ぶので手伝ってください」
 アイナは肩に掛けていた中身が入った袋を空の袋と交換した。きっと中身は採取した食料だろう。

 アイナに連れられて男ゴブリンたちと森の奥に入っていく。
 森歩きが得意なゲッターとアイナのスピードにゴブリンたちはついて来れず少し時間がかかってしまった。

 森を進んでいくとアイナは静かに立ち止まり、周囲に注意を払うようジェスチャーをした。
 ゲッターが静かにアイナの視線の先を探るとそこには矢に射られたイノシシらしきものの死体とそれに嚙りつく3匹のオオカミの姿があった。
「ゲッター様は手前のを」
 アイナは小さな声でそう言うと矢筒から2本矢を手にとり、音もたてずに移動していった。
 ゲッターも矢を手に取って弓を構えるとアイナの姿を探した。
 アイナは少し離れた場所にいて、目が合うと頷いたのでゲッターは手前のオオカミ目がけて矢を放った。
 矢は見事にオオカミの背に命中して「ギャン!」とオオカミは鳴いたが絶命させられなかったようだ。
 逃げ出そうとしたのを見てゲッターは素早く2射目を放ちとどめを刺した。
 アイナはさすがというか2匹とも1発で仕留めていた。
 ゲッターより狙いにくい位置からだというのに両方とも見事に頭部を射抜いていた。
 その様子を見たゴブリンたちは大騒ぎになった。
「スゴイ、スゴイ!」と声を上げて、ゲッターとアイナの狩りの腕前に感嘆の声を寄せた。
 オオカミたちに食べられていたイノシシはその場で解体して食べられる部分だけ袋に入れて持って帰ることにした。
 オオカミはゲッターが1匹。ガプロとまだ名前のないゴブリンで1匹。カプルとアッグで1匹持って帰ることにした。
 アイナは他のモンスターや動物に襲われないよう、周囲の警戒を担当することになった。

 獲物を担いでいる分、帰りはもっと時間がかかると思ったが、ゴブリンたちのテンションは猟の成功のおかげで最高潮で、思ったよりも早く洞窟に帰ることができた。
 それでも洞窟に帰りついた時は日が傾き始める頃になっていた。

 洞窟に帰りついて獲物を下ろすとゲッターにまだ名前のないゴブリンが話かけてきた。
「オレニモ…ナマエツケテ」
 彼はカプルよりも少し背が低く、体格も小柄だったが、手先が器用で女ゴブリンたちに矢の作り方を教えている姿が印象的だった。
 ゲッターは「わかった」と言って少し考える。
「ではジュアはどうだ。工芸の神様の名前をもらったのだが」とゲッターは笑顔で言った。
 その瞬間ジュアは満面の笑顔を浮かべるとカプルやアッグのように「ジュア、ジュア」と繰り返し言いながらその名前を覚え始めた。
 それを見ていたガプロが、「今夜も宴ですな」と言い、ゲッターは笑顔で「そうだな」と返した。

 ゲッターは、これからの生活がどのように展開していくのか、様々な可能性を考えながら、仲間たちと共に過ごす時間を心から楽しみにしていた。大切な仲間たちとの絆を深めながら、彼は新しい冒険が待っていることを感じていた。次の朝が来るまで、彼らは楽しい思い出を作り続けるのだった。


             ⭐️⭐️⭐️

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