貴族の四男に生まれて居場所がないのでゴブリンの村に移住して村長をします

佐藤スバル

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第一章

旅立ち

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 執務室から出ると洗礼式の話を聞いた従者たちが青い顔をして待ち侘びていた。
「皆の期待に応えられなくて申し訳ないが、私は旅に出ます。」
 自室に戻り事の成り行きを伝えると皆が声を合わせて旅立ちについて反対してきた。

「ゲッター様、なぜそんなことを!」

「国を出れば、私のスキルを磨く機会が増えるかもしれないからな。」

 ゲッターは2時間かけて噛んで含めるように説明して皆を説得した。
 特にこのまま王国内にとどまると命が危ないことを強調すると皆渋々納得してくれたのだった。
 このまま王国内にいることができないことを理解すると多くの者が一緒に行くと言い出した。
 これも予想通りだったので父であるコンタージュ伯爵の不興を買いたくないためにも皆を置いていくと説明する。
「ついて行きたいという気持ちはありがたいが、皆にはこの家を守ってほしい。」

 特に熱心だったのは筆頭メイドのメリダだった。

「どうしても、旅立たなくてはならないのですね?せめて、誰かお供を…」と言って聞かなかった。
 途中夕食の時間がきたために中断したが話し合いは夜まで続き、これも予想通りだが1人を除いて他の皆は残ることで納得してくれた。
 いやこの1人が代表してついていくことで皆が安心したと言った方が正しいかもしれない。

「わかったよ。ならアイナが代表して一緒に行くってことで皆いいね?」
 ゲッターがそう言うと皆一様にほっと安心した表情をみせた。中には拍手をするものまでいたぐらいだ。
「ゲッター様は私に任せてください。だからメリダ様もお母さんも安心してくださいね」 
 そう言ってメリダの両手を握るのがゲッターの乳姉弟であるメイドのアイナだ。
 アイナが一緒に行くことになってよっぽど安心したのかメリダは涙ぐんでいる。
 なんで皆がこんなに喜んでいるかと言うと一言で言ってアイナが強いからだ。

 アイナはゲッターの乳姉弟だ。

 エマラは他の貴族夫人と一緒で子どもを産みはするが育てるのは乳母に任せていた。
 乳がはれば子どもたちに母乳を与えたりはしたがそれよりも産後は体調と体型を整えるので忙しかった。
 妊娠中はゲギンタスが他の女性の所に通うのを止める術がない。なのでゲギンタスは好き放題してしまう。だからエマラは出産後は急いで体調と体型を整えてゲギンタスを寝室に呼べるようにならないといけないのだ。それが貴族の妻の勤めでもある。

 なのでゲッターはアイナと共にアイナの母イルマと従者たちに育てられた。

 アイナの父でイルマの夫はノリスと言ってコンタージュ伯爵家お抱えの猟師だった。

 ゲッターが生まれた時にコンタージュ伯爵家の家人に母乳が出る者はイルマしかいなかったため、イルマはメイド見習いとしてコンタージュ家の中に部屋を与えられてゲッターの乳母となった。
 そのためアイナはほとんどゲッターと一緒に育てられた。
 言葉遣いやマナーについてもゲッターと同じく躾けられたし、ゲッターに勉強のための教師がつけば一緒に授業も受けた。

 他の兄たちの乳兄弟たちはそこまでしなかったのだがアイナがそれだけゲッターと一緒にいたのには理由があった。
 それは他の乳母がメイドか家令の妻で屋敷内、または屋敷敷地内に部屋があったのに対してイルマたちの本当の家は屋敷の外にあったからだ。

 イルマは平民のしかも貧しい生まれだった。
 領主であるコンタージュ伯爵家のお抱え猟師のノリスに見初められたのも彼女からしたらとても幸運だった。
 何故ならお抱え猟師とは獲物を捕らえれば捕らえるほどボーナスが貰えるし捕らえられなくてもお抱えのため給金が貰えるので食うには困らない仕事だったからだ。
 貧しかった彼女からしたらそれだけでも夢のようだったが子どもができたら乳母にしてやるという話まできた。
 最初は訳が分からず怖かったが屋敷に住まわせてもらい綺麗な服まで用意してもらえた。
 毎日賄いが用意されておやつまでくれるのだ。
 仕事を覚えるのは大変だったがそんなことは関係なくイルマからしたらここは天国だった。
 屋敷に部屋が与えられたためノリスとは一緒に暮らせなくなってしまったがノリスも猟で家を空けることが多かったし、ノリスが猟から帰ってきたらイルマたちが休みを貰って家に帰ることもできた。

 この暮らしに慣れてしまうとイルマは元の暮らしをすることが考えられなくなり屋敷から追い出されないように必死で振る舞った。
 幸いイルマは学はなかったが器量も要領も良く他のメイドたちや従者との関係が良好だった。
 ゲッター付きの従者皆でイルマたちが屋敷から出ないで済むようにする方法を考えた結果思いついたのが、屋敷から出るタイミングを作らないようにすることだった。
 そのためアイナとゲッターを本当の姉弟のように育てた。
 ゲッターの教育が始まる頃には従者みんなでエマラに対し、ゲッターに学友がいた方が切磋琢磨出来て良いと吹き込み、アイナが一緒に授業を受けられるようにした。アイナの教育が進んだら今度はメイド見習いに推薦してメイド見習いにした。
 エマラも特別こまかいことを気にする性格ではない。
 皆がゲッターのためになると言うのであればそれでいいと考えた。
 こうしてイルマとアイナはコンタージュ伯爵家に住み続けることができたのであった。

 アイナがゲッターと一緒に授業を受けられたのと同じようにゲッターもアイナと一緒にノリスから猟の仕方を教わった。

 ノリスは猟師一筋の人生でノリス本人はよくイルマと結婚できたものだ、とても幸せだと思っていた。
 アイナという子どもを授かったが自分がしてあげられることは獲物を捕らえてくることと大きくなっても困らないように猟の仕方を教えるくらいだと考えていた。
 実際にはアイナもイルマもそんなことは思っておらず、自分たちにはもったいないくらい良き夫で父親だと感謝していたがノリスは自分にできることはこれくらいだという思いからアイナに猟を教えた。
 アイナに猟を教える時はいつもゲッターがついてきた。
 ノリスも最初は驚いたがアイナが「ゲッターが何か教わる時にアイナも一緒に教えてもらっているから、アイナが何か教わるならゲッターも一緒に教えてもらう」と当然のように言うのでノリスも納得するしかなかった。
 ゲッターは利発でしっかりした子どもだったし、従者もついてきたから猟を教える以外でノリスが何か面倒を見なくてはならないということはなかった。
 そしてアイナとゲッターが競って猟の技術を学んでいくので教えるのが楽しくて仕方なかった。

 しかもアイナは猟に対して天性の才能を示した。
 この子はいずれ自分を超えて超一流の猟師になるとノリスは思っていた。
 ただノリスがアイナを猟師として育てようと決意した時にはアイナはメイド見習いとしてコンタージュ伯爵家に入ってしまっていた。
 ノリスは少し残念に思ったが命懸けの猟師をするよりはいいだろうと納得した。
 しかしアイナは引き続き休みの日にはゲッターと一緒に猟を習いにきた。
 そして天性の素質を発揮して技術を習得し、洗礼式前にはノリスが教えることがなくなってしまうほどの超一流の猟師になってしまったのだった。

 ちなみにゲッターも洗礼式前には猟師として一人前にやっていけるだけの技術を身につけていた。

 アイナが強いと周囲に知らしめた出来事は半年ほど前に遡る。

 いつものようにノリスとアイナとゲッター、ゲッターの従者2人を加えた5人で森の中で猟をしていた時のことである。
 アイナが食事中のイビルベアーを見つけたのだ。
 イビルベアーは体長が2メートルを超える角の生えた熊で動物ではなくモンスターだ。
 魔法を使うことはないが普通の熊とは比べものにならないくらい怪力で知恵もある。
 ノリスは自分が1人見張りに残り、ゲッターの従者たちに子ども2人と一緒に兵士隊を連れてきてもらうように指示を出そうとした。
「大物だね。私が見つけたから私が貰うね」
 アイナは嬉しそうにそう言うと1人で気配を完全に消して行ってしまった。
 ノリスは急いで追いかけようとしたが下手に動いてはアイナまでイビルベアーに見つかってしまう。
 そのためノリスは焦る気持ちを押し殺して慎重にイビルベアーに近づいていった。
 すると信じられない光景を目にした。
 いつのまにかイビルベアーの背後に立ったアイナが、座って獲物を食べるイビルベアーの喉元をショートソードで切り裂いたのだ。
 アイナは血が吹き出るのを避けるようにしてイビルベアーから距離を取ると素早くショートソードを背中に背負っていた弓と持ち替えた。
 いつ狙いをつけたのかわからないほどの速射を2射すると矢は見事にイビルベアーの両目に刺さっていた。
 こうなるとさすがのイビルベアーも何もできない。
 痛みと苦しさから暴れて周囲の木を殴り倒していたがアイナの弓で針の山のようにされて事切れた。
「時間かかり過ぎだなぁ。早くしないと横から別の動物に獲物を攫われちゃうよね」
 そうアイナは反省していたがそれは獲物をより上位の動物に見つけられた場合だ。
 イビルベアーが殺されそうなところに乱入してくる動物もモンスターもいない。
 アイナが魔の森の中で上から数えた方が早い強者であることを証明した瞬間だった。
 親であるノリスが引いてしまう様な光景だったが、いつも一緒にいるゲッターだけはアイナの強さをすでに知っていたため当たり前のように見ていたのだった。

 洗礼式前でもアイナはこれだけ強かったのだが、1か月前に洗礼式を終えてスキルを授かってからはさらにパワーアップしていた。

 アイナが授かったスキルは『気配制御』というものだ。
 これは魔力を使って他人や自分の気配をコントロールすることができた。自分の気配だけでなく一緒にいる者の気配を消すこともできたし、魔力を使えば使うほど遠くの者の気配を正確に把握できた。
 猟師をするには最適と言えるスキルで、今ではかなり奥地まで猟に出かけられるようになっていた。
 こうしてアイナはノリスが思っていたよりもかなり早くノリスを超える超一流の猟師になったのだった。

 と言う訳でアイナがついていくなら魔の森であってもゲッターの安全は保証されたようなものだった。
 まあそこまで楽天的になれない者もいたが、他の従者たちでは無理してついて行ってもアイナの足手纏いにしかならないのは確かだったので納得するしかなかった。
 ゲッターとしても長い付き合いでアイナの説得は無理だとわかっていた。
 アイナは滅多にわがままを言わないが言い出したら決して聞かない性格なのだ。
 それにこれ以上話を続けて他にもついていくと言い出す者が増えるのは避けたかったイルマも納得していたのでゲッターはアイナの同行を許すことにした。
 
 その後の一週間は目まぐるしい忙しさだった。
 旅の準備に魔の森の地図の書き写しや資料収集、物品の調達を行なった。それだけでなくゲッターが授かったばかりのスキルの能力の把握も同時にしていった。
 授かるスキルは基本的には有用なものだが、使い方や何をどこまでできるのか把握しておかないといざという時の失敗に繋がる。
 ゲッターは『加工』という名前から暇さえあれば身の回りの物を加工してまわった。
 それでわかったことは材料さえあればどんな物でも思った通りに形を変えられるということであった。
 割れた陶器を直したり、陶器のカケラを集めてその量に見合った新しい陶器を作ることもできた。
 大きいものでは納屋を修理してみたら作ったばかりのように新しくなった。ただ石積みの壁の石が欠けてしまった部分は直せなかった。これは欠けて石がなくなってしまったためのようで代わりに土で代用したらその部分だけ土の壁になった。
 また剣を作り替えて極上のものに仕上げようとしたがこれも上手くいかなかった。魔力をいくら込めても少しマシになったかなと感じるくらいだった。
 それでも大木から家や家具といった大きいものを作ったり、把握できれば精密な加工もできたので充分有用なスキルと言えた。
 今後の修行次第でより多くのことができるようになる可能性があったのでゲッターはとても満足していた。

 それよりゲッターの気を重くさせたのは母であるエマラが会ってくれないことであった。
 何度か時間を見つけてエマラに面会を求めたがいつも何かと理由をつけて断られ続けていた。

 結局ゲッターは旅立ち前の準備に追われる日々の中、エマラとの面会を果たすことができなかった。彼女は自分の感情を表に出すことが少ないものの、ゲッターが授かったスキルが「加工」であることにショックを受けていることは明らかだった。彼女の期待は、ゲッターが強力な攻撃系スキルを授かることだと思われたからだ。

 出発の前夜ゲッターは決心を固め、エマラに話しかけることにした。エマラ夫人は夕食には出てくるため、夕食中に彼女と対面することにした。
 食堂には煌々としたロウソクが灯り、長いテーブルには豪華な皿が並べられていた。
 ゲッターの心臓は高鳴り、今までの数々の出来事が頭の中をよぎった。

「母上、少しお話がしたいのですが…」

 ゲッターが声をかけると、エマラは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその顔を取り繕った。

「何か用かしら、ゲッター?」

「私は、魔の森を抜けてグリプニス王国へ行こうと思っています。」

 エマラの表情が一瞬固まる。彼女はゆっくりと、ゲッターの目を見つめた。彼女の目には不安と心配が浮かんでいた。

「なぜそんな危険なことをするの? あなたはまだ若いのに…」

「このスキルをどう活かせるかを見極めるためです。国内に留まることはできないと思っています。私の『加工』のスキルをどう使えるか、他の土地で学んでくる必要があります。」

 エマラはため息をつき、彼女の手が震えているのがわかった。心の中で葛藤しているのだろう。ゲッターはそれを感じ、少しでも彼女の不安を和らげようと続けた。

「私が行く理由は、家を守るためでもあります。攻撃系スキルを持つ兄たちの影に隠れて、私は私なりの道を見つけたいと思っています。」

「それでも、あなたがそんな危険な場所に行くのは…」

「母上、私にはアイナがついて来てくれます。彼女は強いし、魔の森のこともよく知っています。私は彼女がいるからこそ、安心して旅に出られるのです。」

 エマラは一瞬、言葉を失った。
 彼女は自分の息子を心配する気持ちと、彼の成長をそばで見守りたい気持ちとの間で揺れていた。
 しばらくの間、静寂が続いた後、彼女が口を開いた。

「それでも、心配なのは変わらないわ。でもあなたがこの屋敷を出ていくことは変わらないのでしょう?あなたが無事に帰ってくることを願っている母の気持ちを忘れないでください。」

「もちろん、母上。決して忘れません。私は自分の道を見つけたいと思います。どうかこの地から応援していてください。」

 エマラは涙をこらえながら頷き、ゲッターの手を優しく握った。

「分かったわ。あなたの選んだ道を応援します。でも、気をつけてね。無理をしないこと。」

「はい、母上。必ず帰ります。」

 数日後、ゲッターは旅立ちの準備を整えた。屋敷の前に集まった従者たちや家族に見送られ、アイナと共に魔の森へ向かうことになった。

「行ってらっしゃい、ゲッター様! アイナも気をつけてね!」と、従者たちが声をかける。その中には涙を流す者もいた。ゲッターは皆に手を振りながら、心の中で新たな冒険への期待感が高まるのを感じていた。
 
 ゲッターとアイナは旅人らしく革製の装備とバックパック。その上にマントを羽織っている。
 ゲッターもアイナもショートボウを肩にかけ腰にショートソード、予備にダガーという装備だった。
 ただゲッターだけバックパックにロングソードを突っ込んでいた。より強力な武器が必要になるかもと思ったからだ。
 アイナは背中まであった髪を肩に届かないくらいまで短く切った。今後いつきれいに切れるかわからないからで、髪を切ったのはイルマだった。
 装備にはできるだけお金をかけていい物を揃えたがアイナのショートボウはノリスの手製だった。
 実は猟師の修行でアイナも弓を自分で作ることができた。しかし今回の旅立ちに際しノリスが自分用のショートボウをアイナに合わせて作り直したのだ。
 万全かはわからないができるだけの準備はしたとゲッターは思っていた。

 魔の森の入り口に差し掛かると、ゲッターは深呼吸をした。彼は自分がこれから何を学び、どのように成長していくのか、ワクワクとした気持ちでいっぱいだった。

「さあ、行こう、アイナ。」

「はい、ゲッター様! 一緒に新しい冒険を始めましょう!」

 ゲッターはアイナと共に魔の森へ足を踏み入れた。森の中は静かで、木々の間から差し込む光が神秘的な雰囲気を醸し出していた。ゲッターの心は、不安よりも期待が勝っていた。

 未知の世界で待ち受ける数々の試練や出会いを、ゲッターは心から楽しむことに決めた。何が待っているのか分からないが、自分のスキルを磨き、成長するチャンスだと信じて。

 様々なモンスターや新しい仲間との出会い、さらには「加工」というスキルを駆使して新たな可能性を模索する日々が待っている。ゲッターは心に誓った。自分の道を見つけ、リスモンズ王国の未来に貢献するための成長を遂げることを。

 こうして、ゲッターの新たな旅路が始まるのであった。



             ⭐️⭐️⭐️

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