貴族の四男に生まれて居場所がないのでゴブリンの村に移住して村長をします

佐藤スバル

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第一章

出会い

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 魔の森の奥深くに向けて、ゲッターとアイナはしばしの静寂を楽しみながら進んでいた。ここまでの道のりは順調そのものであり、特にモンスターに出会うこともなく、彼らは心安らぐ森の景色を楽しむことができた。

 森は鬱蒼とした木々に覆われ、その間から差し込む陽光が地面に美しい模様を描いていた。時折、風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地よい音楽のように響いた。その静寂の中で、鳥たちのさえずりが優しく耳に届き、彼らの心を和ませた。
 森の中には、鮮やかな色彩の花々や、様々な形をした木の実をつけた植物が点在しており、時折小動物たちが顔を覗かせては、彼らを興味深げに見つめていた。ゲッターとアイナは、そんな自然の美しさを堪能しながら、まるで散策を楽しむかのように静かに歩みを進めていた。

 その晩、森に入って五日目の夜を迎えた。
 彼らは巨大な大木の根元に野営地を設け、夜の帳が降りる中を過ごしていた。ゲッターは慎重に見張りをし、アイナは休息を取っていたが、突然彼女は不安そうに目を覚ました。

「ゲッター様…何か気配を感じます」と、彼女は声を潜めて周囲を警戒した。
 彼女の声には、緊張感と共に確かな直感が込められていた。


 アイナは素早く左手でショートボウを手に取り、右手でショートソードを腰に差した。彼女の動きは無駄がなく、長年の経験からくる確かなものだった。
 その言葉を聞いたゲッターもまた、心を引き締め、装備を再確認した。彼は剣の柄をしっかりと握り締め、いつでも対応できるように構えた。

 すると、茂みの中から小さな影が飛び出してきた。
 ゲッターの鋭い目がその正体を捉えた。
「ゴブリンだ!二匹いる!」彼は即座に叫び、剣を抜いて構えた。アイナもすぐに弓を構え、矢を放つ準備を整えた。

 ゴブリンたちは獰猛な目つきで、彼らに向かって突進してきた。
 その姿は飢えた獣のようであり、彼らの必死さが伝わってきた。
「気をつけて、ゲッター様!」アイナが注意を促すと同時に、矢を放つ。その矢は見事にゴブリンの一匹に命中し、そいつは悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。

 その隙に、もう一匹のゴブリンがゲッターに襲いかかる。しかし、ゲッターは冷静に構え、ゴブリンの攻撃を巧みにかわしつつ、ショートソードを振るった。その一撃はゴブリンの持っていた石の斧を弾き飛ばし、その頭部にヒットした。手ごたえは浅かったが、ゲッターの攻撃でゴブリンは地面に倒れ込み、動かなくなった。

「やった、二匹とも倒したわ!」とアイナは満面の笑みを浮かべた。
 しかし、ゲッターはその場に立ち尽くしていた。倒れたゴブリンたちの姿を見て、彼の心に疑問が浮かんだ。

「アイナ、まだだ。もう一匹いる。」
 ゲッターは注意深く周囲を見回しながら言った。
 アイナはすぐに反応して弓を構え、その矢を引き絞った。彼女の視線の先には、倒れているものより少し背の高いゴブリンが立っていた。それは石の斧を構えて、震えながら呟く。

「アニキ、コロサナイデ」

 怯えた様子と思われるゴブリンが、たどたどしい言葉で訴えてきた。彼の恐怖がよくわかった。
 その呟きを聞いたゲッターはアイナに「うつな!」と指示を出す。

 ゲッターは倒れたゴブリンたちを見つめ直した。アイナに射られたゴブリンは眉間を貫かれ即死していたが、ゲッターが倒したゴブリンはまだ息をしているようだった。
 よく見るとゴブリンたちの簡素な衣服の下には、貧しさを感じさせる痩せた体があった。
 ゲッターたちより頭一つ分背が低いくらいの他のゴブリンより少し背の高い痩せたゴブリンが、怯えながら仲間を救おうとする姿にゲッターは感じるものがあった。

「何か理由があったのかもしれない…」
 ゲッターが心の中で考えたことがつい口に出てしまった。アイナは少し混乱した様子で聞き返した。

「え?どういうこと?」とアイナが不思議そうに聞き返す。

「見て、彼らはただのゴブリンじゃない。すごく痩せている。おそらく、何か事情があって、仕方なく私たちを襲ってきたのかもしれない。そもそも彼らにはそこまでの余裕がなかったように見える」

 ゲッターの言葉に、アイナは黙って考えた。この場での彼の判断を理解しようとしたに違いない。
 思い返してみるとたしかに彼らの目には恐怖や困惑、そして必死さが宿っていた。「武器を捨てて手を上げろ。それからゆっくりとこちらに来るんだ。そうすれば息のあるこいつは悪いようにはしない」ゲッターは慎重に声をかけた。

 少し背の高いゴブリンは言われた通りにして近づいてきた。両手を縛るがその時も抵抗はしなかった。
 少し背の高いゴブリンを座らせると2人はまだ息をしているゴブリンに近づいて両手を縛った後に声をかけた。
「おい。大丈夫か?」
 ゴブリンの肩を軽く叩きながら何度か声をかけると、倒れていたゴブリンは薄く目を開いた。このゴブリンはゲッターたちよりも頭1個半くらい背が低い。身体はやはりだいぶ痩せていた。

 ゴブリンはゲッターたちに気づくと急いで身体を起こそうとしたが両手が縛られていたためまた倒れてしまった。倒れたままこちらを見上げているがその目には強い警戒心と怒り、怯えが混ざった感情が読み取れた。
「縛らせてもらったが、抵抗しないのであれば危害を加えるつもりはない。」
 ゲッターがそう言うと明らかに戸惑った様子を見せたが抵抗はしなかった。
 少し様子を見て暴れたりしないのを確認するとアイナが倒れていたゴブリンを起こして座らせた。

「このゴブリンがお前を庇って命乞いをしたんだ。それでとりあえずお前を生かしておいている。」
 ゲッターがそう言うと倒れていたゴブリンはびっくりした顔をして少し背の高いゴブリンを見た。
「アニキ、イキテテヨカッタ」
 少し背の高いゴブリンはたどたどしくそう言った。ほっとしたのか目に涙が浮かんでいた。

 実はゲッターとアイナはゴブリンと接触するのは初めてであった。
 ゲッターはゴブリンも泣くんだなと思いながら話始めた。
「お前たちはこの辺に住んでいるのか?」
「モウスコシムコウニイクトカワガアル。ソコノドウクツニスンデイル。」
 倒れていたゴブリンがたどたどしい話し方で答えた。
「仲間はどれくらいいる?」
「イッパイダ」
「いっぱいって具体的には何匹だ?」
 ゲッターは苦笑しながら聞いた。
 ゲッターとゴブリンが話している間にアイナがゴブリンの頭部の怪我の治療をしていた。
「イッパイハイッパイダ」
「ではその中で戦えるのは何匹だ?」
 ゲッターは多分ゴブリンの群れだと予想をつけて聞き方を変えてみた。
「オス、ココニキタ3ビキト、オサト、モウ1ピキダ」
「それじゃあ5匹だけじゃないか。ならメスは何匹いるんだ。」
 ゲッターはびっくりした。いっぱいと言われたが5匹ではかなり少ない。
 アイナも驚いた顔をしている。
「1、2、3、イッパイ」
「4匹ってことか?」
 ゲッターが聞くとこのゴブリンは少し首を傾げた後嬉しそうに頷いて「ソレダ」と笑って答えた。

 すると「クゥー」と2匹のゴブリンのお腹が同時に鳴った。
 恥ずかしそうにしている2匹のゴブリンが可愛くゲッターとアイナは一緒に微笑んだ。
 ゲッターはバックパックから木の実を取り出すと2匹に渡した。怪我の治療を終えたアイナもバックパックから芋を取り出すと木の枝を串にして焚き火で焼き始めた。
 2匹のゴブリンは一心不乱に木の実と焼けた芋を食べ続けた。

 その光景を見守りながら「これから私たちはどうするの?彼らをこのまま放置していいの?」とアイナが心配そうに尋ねた。

「いや、彼らの村を訪れてみるべきだと思う。話を聞いて、彼らの状況を理解してみたい。」

 ゲッターは決意を固め、アイナに目を向けた。
「私たちは、彼らを助けるかもしれない。もしかしたら、彼らはモンスターではなく共存できる存在かもしれないんだ。」

 アイナもその考えに共感し、頷いた。
「分かったわ、ゲッター様。私も一緒に行く。何ができるか考えてみたい。」

 食事の後、倒れていたゴブリンの一匹がゆっくりとこちらを見た。食事で腹がふくれただろうに彼は恐る恐るゲッターを見上げ、弱々しく言った。
「ショクリョウ…ナイ…オレタチ…ウエテル」
 彼の震える声が続く。
「ゴメン…オレタチハラガヘッテテ…タベルモノ…ホシカッタ。コロスツモリ…ナカッタ」

 その瞬間、ゲッターの心に何かが響いた。ゴブリンたちもまた、生きるために必死なのだと理解した。
 彼はその思いを受け入れ、声をかけた。
「なんでそんなに飢えているんだ?この辺は食料になるものも多いと思うが」
 ゲッターは疑問に思って聞いてみた。
「オレタチ、ココニキタバカリ。ココノコト、シラナイ」
 ゴブリンは下を向きながら答えた。悔しそうな様子だった。
「オサガオサトタタカッテマケタ。ダカラオサハムラヲデタ。オレタチオサニ、ツイテキタ」
 群れの長を決める戦いがあってこのゴブリンたちは負けた群れの長についてこの辺に逃げてきたようだった。
 おそらく食料もほとんど持ち出せなかったのだろう。新しい土地に来ても食料になるものの場所も分からず飢えていたところにゲッターたちが現れたようだった。

「分かった。やむに止まれず私たちを襲ったようだな。それなら私たちは無闇に命を奪うつもりはない」

 ゲッターがそう言うとゴブリンは驚き、再びその目に希望の光が宿る。
「ホントニ…オレタチヲタスケテ、クレルノカ?」
 少し背の高いゴブリンも驚いた様子で声をかけた。
「アンタタチ、ナニモコロサナイ…?」
 その声は弱く、それが彼の懇願のように響いた。

「もちろん。そして村まで一緒に行こう。とりあえず、お前たちをしばらく見守らせてくれ。君たちの村はどこにある?」
 とゲッターは言った。

 手に触れるように希望と言うか、新しい始まりがまさに近づいていた。 
 少し背の高いゴブリンは、傍らに置いてあった死んだゴブリンの遺体にしがみつき静かに涙を流した。
 もう1匹のゴブリンは少し立ち上がり、周囲を見渡してから、ゲッターに道を示した。ゲッターとアイナは、彼らと共にゴブリンの村へ向かうことに決めた。
 夜であったため出発は夜明けを待つことにした。
 ゴブリンたちと協力して殺してしまったゴブリンを埋めて墓を作った。ゴブリンたちはそれをとても喜んでくれた。
「タベルモノガナイト…ナカマヲタベル。アナタタチ…ショクリョウクレタ。ナカマタベナイデ…スンダ。デキレバナカマ…タベタクナイ」
 ゴブリンたちの状況がそんなに悪いと知りゲッターの気持ちは沈んでいくのだった。

 道中、ゴブリンたちは不安そうにゲッターたちを見つめていたが、ゲッターは優しく微笑みながら話しかけた。 
 ゲッターは村の要望を聞くつもりだと、一度決めたことを伝えた。
「彼らのために何らかの手伝いができるか、しっかり考えるつもりだ」とアイナにも告げた。
 彼の言葉は、アイナにも強い影響を与えた。
「もちろん私も一緒に行きます。彼らを理解する手助けになりたいんです」
 そう言ってゲッターとアイナはたくさんゴブリンたちと話をした。

 そうすると少しづつゴブリンたちのことがわかってきた。
 まず少し背の高いゴブリンともう1匹のゴブリンは兄弟ではなかった。
 またゴブリンには名前を付ける習性と言うか文化がなかった。
 少し背の高いゴブリンがもう1匹のゴブリンを慕って『アニキ』と呼んでいるだけで年齢もどちらが上かわからないとのことだった。
 数についても夜中の話でわかっていたことだが2匹とも3までしか数えられなかった。それでもなんとかなってきたらしい。
 ただ数については群れの長はもっとたくさん数えられるらしい。
 2匹のゴブリンがついてきた群れの長はかなり長く群れの長を務めていて群れの仲間たちからもとても信頼されていたようだ。
 長を決める戦いで負けてしまったのも年齢からくる衰えのせいだとこのゴブリンは言っている。
 性格もとても良く、このゴブリンは新しく長になったゴブリンとは仲が良くなかったため群れから追い出された時についてきたらしい。
 ついてきたメスたちはみんなこの群れの長の子どもを身籠っていたからついてきたようで、死んでしまったゴブリンと群れに残っているオスのゴブリンはなんでついてきたのか理由を知らないとのことだった。
 少し背の高いゴブリンはこのゴブリンを『アニキ』と慕うからそれだけでついてきたらしい。

 川のほとりに辿り着くと、彼らはある洞窟の前に立 っていた。
「ココガ…オレタチノスミカ」と、ゴブリンの一匹が小さな声で告げた。

 洞窟の入口は自然のカーテンのようにツタが垂れ下がり、薄暗い内部へと続いていた。
 ゲッターとアイナは慎重にその中を覗き込み、彼らの住処の様子をうかがった。洞窟の奥からはかすかに小さな光が漏れ、誰かが住んでいる気配がした。

 その時、洞窟の奥から群れの長と思われるゴブリンが近づいてきた。
 彼は他のゴブリンたちと比べてやや大柄で、筋肉質な体つきをしていた。表情には厳しさと知性が宿り、その目には長年の経験が刻まれているようだった。

「あなたたちは…彼らを助けてくれたのか?」
 長は、静かにゲッターたちを見つめながら尋ねた。
 話し方は流暢でその声には深い感謝と驚きが滲んでいた。

 ゲッターは一通り昨夜の顛末を長に語って聞かせた。
 アイナもまた、自分たちの出会いの状況や、ゴブリンたちへの理解を深めたことを伝えた。
 長は彼らの話を静かに聞き終えるとゲッターたちの話を疑うことなく謝罪した。

「とてもすまないことをした。食料が不足していて、私たちはどうしても生き延びるために他の者を襲うしかなかった。私たちの行動が誤解を招くことになり、申し訳ないと思っている。」
 長の声には深い反省と自責の念が込められていた。

 ゲッターはその言葉に心を痛めた。
 彼はゴブリンたちに手を差し伸べることで、共に新しい未来を築きたいと願った。「私たちはあなたたちのためにできることがある。食料を探すことや、他の村との交渉を手伝うことだ。少しの間になるかもしれないが共に助け合い、平和に暮らせる道を見つけよう」

 ゲッターの言葉に3匹のゴブリンたちは驚き、そして感謝の気持ちを伝えた。
 彼らの目には希望と信頼の光が宿り、少し緊張を解いていた。
 洞窟の中からは、他のゴブリンたちも興味深げにこちらを覗いていた。

 ゲッターとアイナは、彼らと共に新たな希望を見出し、協力し合うことで、信頼を築くことを決意した。

 こうして、ゲッターの冒険は新たな風を受けて進んでいくことになった。
 ただ自分のスキルを磨くだけではなく、仲間や異なる種族との絆を深め、共に生きる道を模索していくことになるのだった。

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