貴族の四男に生まれて居場所がないのでゴブリンの村に移住して村長をします

佐藤スバル

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第三章

騎士ダリオス

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 カプルとアッグは矢を射ながら奇襲の成功を感じていた。
 近くでは狼煙のように火を焚きながらペセタ領軍に煙を送っている者たちがいる。
 カプルたちは煙、罠そして矢の攻撃と攻めたてていたがペセタ領軍はギリギリのところで瓦解せずに踏み止まっていた。 
 それは隊列の中央に位置する正規兵の影響が大きかった。
 正規兵である騎士たちは周りを鼓舞し、的確な指示を与えて煙と罠がないところへペセタ領軍を避難させていた。
 カプルは自分たちの狙い通りにペセタ領軍が移動していくのに満足の笑みを浮かべながら、獲物を追いかけていった。

 ゲッターが立てた作戦はゲリラ戦を仕掛けてペセタ領軍を罠に嵌めることであった。
 人間たちのスキルも見えないところから攻撃すれば怖くない。
 自分たちの森の中という地の利を活かしてここまでは上手くいっていた。
 ただゲッターの計算ではこれでペセタ領軍は総崩れとなり、逃げ出しているはずだった。
 やはりアトラ村側の人数が少ないため、思っていたほど矢でダメージを与えられていないのが原因と思われた。
 敵を総崩れにするには後一押し必要だと考えたゲッターはカプルたち近接戦闘が得意な者たちに突撃を命じた。

 カプルとミロスはそれぞれ20人ずつの剣や斧などの近接戦闘が得意な者たちを率いて突撃をした。
 カプルたちは敵を倒すのを目的とはせず、大声をだして相手の隊列を乱して罠のある方へ追い立て行く。
 木の陰から急に現れたゴブリンたちにペセタ領軍は押されて移動するが、移動した先で味方が罠にかかることで罠を減らしていき、これ以上罠がないとわかるとペセタの正規兵たちは息を吹き返した。
 
 ペセタ領軍の総大将はダリオスという騎士だった。すでに騎士の叙勲を受けてから20年以上が経ち、数多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の勇者だった。
 彼としてはゴブリンたちの思う通りにしてやられた味方に歯噛みをしたいほどであったが、こうなっては味方の被害を最小限に抑えて撤退するしか他になかった。
 ダリオスは煙を避けて、罠のないここまで通ってきた道を引き返すように指示を出していると、ゴブリンたちが突撃してきたので腹いせに切って捨てた。
 そして切って捨てたゴブリンの首を掲げて「ゴブリンなどこんなものだ。落ち着いて対処すれば問題ない。通ってきた道には罠がないから敵の攻撃に対処しながらゆっくり撤退せよ」と叫んだ。
 しかし味方の軍も混乱しており、指示が上手く通らない。
 撤退を始めれば戦力で劣るゴブリンたちはおそらく追って来ないと思われた。しかしこのままここで混乱していては無駄に戦力を消耗してしまうことになる。 
 どうすれば味方を落ち着かせられるかダリオスは思案した。
 すると突撃してきたゴブリンたちの中に飛び抜けて強く、一際目立っている者がいることに気づいた。
 ダリオスはそのゴブリンに声をかけた。
「我こそはこの度のペセタ軍の総大将、騎士ダリオスだ。お主の腕前ゴブリンとは言え見事なり。我を恐れぬなら勝負せよ」 
 ダリオスはゴブリンの首を掲げながら大声で叫んだ。

 カプルは正規兵の集団に突撃をかけてしまったことを後悔していた。事前の会議で正規兵である騎士たちは他の兵よりも格段に強く、彼らを戦闘に参加させないようにして敵を総崩れにする作戦だったからだ。
 敵を見誤ってわざわざ強いところに突撃してしまい、味方に大きな損害を与えてしまったことをカプルは悔やんだ。
 そこに敵の総大将から勝負を持ちかけられたのでカプルは名誉挽回のため乗ることにした。 
 カプルは「あいつと勝負する。邪魔が入らないように周囲を見ていてくれ」とアッグに指示を出すとダリオスに向かっていった。
 アッグは止める間もなく敵に向かって行くカプルに不安を覚え、切り札を呼ぶことにした。

 ダリオスは「もしゴブリンであるお前に名前があるなら聞いてやろう」とカプルに声をかけた。
 カプルはロングソードを構えて「アトラ村のカプルだ。俺が相手になってやる」と答えた。
「我はグリプニス王国の騎士ダリオス!いざ勝負!」とダリオスが叫ぶと勝負が始まった。
 ダリオスは森での行軍のため甲冑ではなく、鎖かたびらに胸当てをつけていた。盾は持たずカプルのより少し長いロングソードを装備していた。背中にはおそらく家紋と思われる絵柄のあるマントを羽織っていた。背丈はカプルより頭一つ高く、がっしりとした体格の持ち主であった。
 カプルはペセタで買った鋼鉄製のロングソードに、ゲッターがスキルで作った革製の鎧、マントは羽織らず背中には先ほど使ったショートボウを背負っていた。
 2、3合撃ち合ったところでダリオスは驚愕に震えていた。カプルの剣の腕前は僅かだがダリオスを上回っていたからだ。ゴブリンに剣の腕前で負けたショックは大きかったがダリオスは自分を落ち着かせた。剣の腕前で負けても勝負はに負けない自信があった。

 カプルもダリオスの剣の腕前を正確に把握していた。ダリオスはかなりの強さであったが自分の方が少し上だとカプルも感じていた。戦闘の最中なのであまり時間をかけたくなかったが隙を伺って慎重に剣を振るった。
 撃ち合っているとダリオスがフェイントをかけた。
 カプルは剣筋を読んで引っかかることなくダリオスの剣を受けたはずだが、なぜか受ける筋に剣は来ず、フェイントかと思った筋から攻撃が来た。
 カプルは避けるために身を捩ったが左腕に傷を負った。
 
 カプルは動揺して表情に出さないように自分にいい聞かせた。 
 しかしまたフェイントかと思った攻撃で傷を負うと動揺を隠せなくなってしまった。
「どうした、どうした?このままでは負けてしまうぞ」とダリオスはいやらしく笑いながら話かけてきた。
 カプルはダリオスがなんらかのスキルを使っていると思ったが、どんなスキルかわからなかった。
 その後もダリオスと撃ち合うがどんどんダリオスに追い詰められていった。
 カプルには剣筋がフェイントかそうではないのか全く区別が付かず、傷だけが増えていった。
  
 このままでは負けるとカプルが思った時「カプル代わるわ」とアイナから声をかけられた。
 アッグがアイナを呼んだのだ。
 アイナはカプルを背中にかばい、一緒に来たゲッターの方へ押しやった。
「これはこれは。次は素敵なお嬢さんが相手ですか?」とダリオスは言いながら周囲の状況を確認した。
 ダリオスとカプルが一騎打ちをしている間にだいぶ味方は落ち着いたらしく、ダリオスの勝負を見守る余裕がある者もいた。
 ダリオスは事前に聞いていた情報から相手がコンタージュ伯爵の子息とその従者と見当をつけていた。
「私はアトラ村の村長ゲッター様のメイドでアイナと申します。ダリオス様、ここからは私が相手となります」とアイナは言うと攻撃を開始した。
 ダリオスはアイナと撃ち合うとまた悔しい思いをした。アイナもまたカプルと同じく剣の達人だったからだ。
 しかもアイナはショートソードを使っていて、ダリオスよりリーチがかなり短いが優勢に勝負を進めていた。
 ダリオスは悔しくて仕方がなかった。
 それでもダリオスは冷静になるよう自分に言い聞かせると反撃を開始した。
 ダリオスのスキルは『幻惑』であった。
 相手にまぼろしを見せるスキルだ。
 ダリオスはフェイントをかけたように見せてそのまま攻撃したり、まぼろしの攻撃を仕掛けたり、逆に見えない攻撃をしたりしてカプルを翻弄していたのだ。
 ダリオスはこのスキルを駆使して他の騎士たちよりも優位にたち、今回の総大将も務めていた。
 
 相手はダリオスのスキルに気づいているようだった。離れて見ていればダリオスの剣筋がおかしいのにはすぐに気づけるからだ。
 だが実際に撃ち合ってみると対処は難しい。どれが本物の剣筋でどれが偽物か、あるいはスキルで剣筋を消されているかを撃ち合いの中で見極めるのは困難だ。
 ダリオスはそれを知っているので冷静になるとスキルを駆使して攻撃を仕掛けた。
  
 しかしスキルを使ってもアイナは全く動揺しなかった。
 まぼろしのフェイントにも引っかかることなく受け止められた。
 全てに対応されてしまい今度はダリオスが動揺した。
『幻惑』のスキルで見えないようにしているのにも関わらずフェイントを入れたりもした。
 ダリオスは自分の持てる限りの剣技を駆使して攻撃したが全てアイナに受け止められて、隙を見せたところを反撃された。
 アイナが攻勢に出るとダリオスは受けきれず傷を負っていった。
 なんとか反撃に出るためにスキルでまぼろしの攻撃を見せたりもしたが、アイナは全く引っかかることなく攻撃を仕掛けた。
 ダリオスは最後まで抵抗したが結局アイナに打ち取られた。
 
「総大将の騎士ダリオスは打ち取られた。無駄な抵抗はやめて投降しなさい」とアイナがダリオスの首を掲げるとペセタ領軍は大人しく攻撃を止めた。
 こうしてペセタ領軍との争いはアトラ村の勝利で終わった。
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