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昼の聖女は、夜に夢見る。~私を捨てたくせに、今更なぜ嘆くのかしら。
2.夜の聖女
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「テレジア? 泣いていたの、テレジア。大丈夫?」
優しい声が、私を起こす。
(夢を見ながら、私、泣いてた?)
「オズヴァルト殿下……。ああ、いえ、陛下、失礼しました」
ナハトの幼い王子様は今はすっかり成人されて、若い国王となられていた。
なのに寝起きだと時々、敬称を間違ってしまう。
有り得ない失態だけど、陛下はいつも許してくださる。
"名前で呼んでくれればいいのに"と笑いながら。
(名前……、オズヴァルト様……)
想像するだけで頬が赤く、熱くなる。大好きなその名を口にして、許されるかしらと胸が高鳴る。
そんな私のそばに腰かけ、オズヴァルト陛下は私の涙を拭う。
「嫌な夢を見ていたのかい? 近頃は昼もきみと会える。僕は嬉しいけど、もしそれが負担になっているのなら……」
「いいえ、大丈夫ですわ、陛下。少し悲しい夢を、見ていただけなのです」
「きみがアタナスの、"昼の聖女"だという夢?」
アタナスの聖女は、昼しか起きない。
"夜の聖女"と呼ばれるナハトの私とは、真逆で。
けれども不思議なことに私はこの頃、昼にも目を覚ましていることが多くなった。
おかげで陛下と過ごせる時間が増えている。
「はい……。あちらの私はいつも虐げられていて……。とうとう絶望に心を閉ざしてしまいました。ナハトの皆様は私に優しくしてくださいますが、アタナスにはあたたかな方がいなくて、寂しくて、悔しくて……」
思わず涙が、ポロポロと零れる。
私の様子に陛下は少し思案されてから、こう言葉を紡がれた。
「そのアタナス国から、使者が来ているんだ。とんでもない話を持ち掛けてきたから、きみも同席をと思ったけど、辛いようならやめておく?」
「?」
とんでもない話とは? そんな疑問が顔に出たのか、陛下が答えをくれる。
「アタナスは聖女を失った。ぜひナハトの聖女であるテレジアに助けて貰いたい、そんな内容だ」
「──!!」
◇
謁見の間でオズヴァルト陛下の隣に控え、アタナスの使者を迎え入れる。
使者の姿を見た途端、私は息を呑んだ。
「!」
(ダウム大臣? どうして? 私が見ているのは夢だったはずなのに、夢の記憶が現実と一致している?)
使者の紹介を聞く前に、私は彼を知っていた。アタナスの宮廷で見かけた、かの国の大臣。
"顔を上げよ"という陛下の言葉に、ダウム大臣の目がすばやく私に走る。
(何? どういう視線?)
何か含んだようなその目の意味を、だけどすぐに知ることになった。
ダウム大臣の要請から。
彼の話によると、アタナスの聖女サンドラはこのほど、身罷ったらしい。
食事もとらず部屋に籠り、一切を放棄。
「神殿の仕事が滞るだろう!!」
堪忍袋の緒が切れた神官や兵士たちによって引きずり出され、折檻された怪我が原因で、彼女はこの世を去った。
神殿は慌てたらしい。まさか、自身の怪我くらいは癒すと思っていたから、致死寸前まで痛めつけていたのだ。
事が発覚し、王家は神殿に責任を問うた。
神官と兵士はこれまでのことが露見して厳罰に処されたが、それだけでは終わらない。
アタナスの暗黒時代が始まった。
聖女の命が終え、国を覆う聖なる結界が消えたことで、魔獣や災害に見舞われる。
困り果てた王家が神に祈ったところ、神の言葉が天から響いた。
神の声は、怒りに満ちたものだった。
──よくも私が与えた聖女を苦しめ殺した。
アタナスとナハト、ふたつの国を守護するため、私は尊き魂を兼任させた。
アタナスの聖女は昼、ナハトの聖女は夜に。
それぞれよく国を護っていたはずなのに、お前たちは感謝もなく、彼女を死に至らせた。
アタナスの聖女は、肉体を失ったのだ。
以後の彼女は、ナハトにのみ滞在する。
ナハトだけが、加護を得られるだろう。──
「つまり貴方様は……。テレジア様は、我らアタナスの聖女、サンドラ様でもあったのです。ふたつの身体に、ひとつの魂が宿って、昼夜の交代を繰り返していた──。どうかお助け下さい、テレジア様!! 奇跡のお力を以前同様、アタナスにも振るってください!!」
優しい声が、私を起こす。
(夢を見ながら、私、泣いてた?)
「オズヴァルト殿下……。ああ、いえ、陛下、失礼しました」
ナハトの幼い王子様は今はすっかり成人されて、若い国王となられていた。
なのに寝起きだと時々、敬称を間違ってしまう。
有り得ない失態だけど、陛下はいつも許してくださる。
"名前で呼んでくれればいいのに"と笑いながら。
(名前……、オズヴァルト様……)
想像するだけで頬が赤く、熱くなる。大好きなその名を口にして、許されるかしらと胸が高鳴る。
そんな私のそばに腰かけ、オズヴァルト陛下は私の涙を拭う。
「嫌な夢を見ていたのかい? 近頃は昼もきみと会える。僕は嬉しいけど、もしそれが負担になっているのなら……」
「いいえ、大丈夫ですわ、陛下。少し悲しい夢を、見ていただけなのです」
「きみがアタナスの、"昼の聖女"だという夢?」
アタナスの聖女は、昼しか起きない。
"夜の聖女"と呼ばれるナハトの私とは、真逆で。
けれども不思議なことに私はこの頃、昼にも目を覚ましていることが多くなった。
おかげで陛下と過ごせる時間が増えている。
「はい……。あちらの私はいつも虐げられていて……。とうとう絶望に心を閉ざしてしまいました。ナハトの皆様は私に優しくしてくださいますが、アタナスにはあたたかな方がいなくて、寂しくて、悔しくて……」
思わず涙が、ポロポロと零れる。
私の様子に陛下は少し思案されてから、こう言葉を紡がれた。
「そのアタナス国から、使者が来ているんだ。とんでもない話を持ち掛けてきたから、きみも同席をと思ったけど、辛いようならやめておく?」
「?」
とんでもない話とは? そんな疑問が顔に出たのか、陛下が答えをくれる。
「アタナスは聖女を失った。ぜひナハトの聖女であるテレジアに助けて貰いたい、そんな内容だ」
「──!!」
◇
謁見の間でオズヴァルト陛下の隣に控え、アタナスの使者を迎え入れる。
使者の姿を見た途端、私は息を呑んだ。
「!」
(ダウム大臣? どうして? 私が見ているのは夢だったはずなのに、夢の記憶が現実と一致している?)
使者の紹介を聞く前に、私は彼を知っていた。アタナスの宮廷で見かけた、かの国の大臣。
"顔を上げよ"という陛下の言葉に、ダウム大臣の目がすばやく私に走る。
(何? どういう視線?)
何か含んだようなその目の意味を、だけどすぐに知ることになった。
ダウム大臣の要請から。
彼の話によると、アタナスの聖女サンドラはこのほど、身罷ったらしい。
食事もとらず部屋に籠り、一切を放棄。
「神殿の仕事が滞るだろう!!」
堪忍袋の緒が切れた神官や兵士たちによって引きずり出され、折檻された怪我が原因で、彼女はこの世を去った。
神殿は慌てたらしい。まさか、自身の怪我くらいは癒すと思っていたから、致死寸前まで痛めつけていたのだ。
事が発覚し、王家は神殿に責任を問うた。
神官と兵士はこれまでのことが露見して厳罰に処されたが、それだけでは終わらない。
アタナスの暗黒時代が始まった。
聖女の命が終え、国を覆う聖なる結界が消えたことで、魔獣や災害に見舞われる。
困り果てた王家が神に祈ったところ、神の言葉が天から響いた。
神の声は、怒りに満ちたものだった。
──よくも私が与えた聖女を苦しめ殺した。
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アタナスの聖女は昼、ナハトの聖女は夜に。
それぞれよく国を護っていたはずなのに、お前たちは感謝もなく、彼女を死に至らせた。
アタナスの聖女は、肉体を失ったのだ。
以後の彼女は、ナハトにのみ滞在する。
ナハトだけが、加護を得られるだろう。──
「つまり貴方様は……。テレジア様は、我らアタナスの聖女、サンドラ様でもあったのです。ふたつの身体に、ひとつの魂が宿って、昼夜の交代を繰り返していた──。どうかお助け下さい、テレジア様!! 奇跡のお力を以前同様、アタナスにも振るってください!!」
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