「愛さない」と告げるあなたへ。ほか【異世界恋愛短編集】

みこと。

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義母には従うべきかしら?

後編

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 記憶を探って、バルバラがこぼした呟きを、ヴォルフラムは即座に拾う。自身が王弟本人であると肯定した。

「ええ、そうです。カルシュ伯爵夫人は、フィーネ嬢ののお母上、でしたか」

 現婚約者だの、元婚約者だの、耳慣れない言葉にバルバラは面食らった。
 その戸惑いの矛先を、フィーネに向ける。

「どういうことなの、フィーネさん! あなた、うちのパウルと婚約していながら、浮気をしているの? 二重婚約なんて、許されざる大罪よ」

 ようやくフィーネが口を開いた。疲れたように、溜め息をつく。
 二重婚約などするはずもない。発想が貧困すぎる。

「はぁ……、カルシュ夫人。何もご存じないのですか? 私とパウル様の婚約は、すでに取り消されていますわ」

「は?! どういうこと?」

「過日、パウル様から婚約破棄されまして、婚約はなかったことになりました」

 バルバラにとっては初耳だったのだろう。驚きに目を見開いたまま止まっていたが、すぐに唾をのみ下し、口のを吊り上げて、言葉を続けた。

「そ、そうね、あなたのように劣ったお嬢さんでは、息子だって愛想を尽かして当然ね。王女様こそがあの子に相応しい──」

「パウル様の新しいお相手は、アガーテという町娘らしいです。パン屋の次女だとか」
「な、っ?! パン、屋?」

「街歩きで偶然出会い、以来交際を重ね、めでたく恋人同士になったそうです。詳しくは存じませんが」

 パウルは男友達と市井へ繰り出すのが好きだった。彼が遊ぶ居酒屋に、パンを納品しに来たアガーテと出会ったのは"偶然"という名の"運命"。
 ──を演出した、フィーネの"計略"。

 あえてフラれる形を取ったのは、そのほうが"父が報復に燃えるだろう"と判断したから。
 フィーネからパウルを切ると、「貴族娘の勝手は許さん」と叱られかねない。自分が多少恥をかいても、パウルを動かした方が話が進む。

 パウルは、小柄でミルクティーブラウンの髪色の少女が好きだ。
 自身が母親譲りの茶髪なので、豪奢な金髪を持つフィーネには気後れするらしい。引け目を虚勢で誤魔化す点は、母親とよく似ていた。

「まさか平民の娘と恋仲に? そんな馬鹿な。到底身分が釣り合わないわ」

 バルバラが戦慄わななく。かつて自分が言われ続けたことを、彼女は平然と口にした。
 フィーネが淡々と補足する。

「パウル様は、"父のように自分も真実の愛の相手と結ばれるんだ"と主張されてましたよ。彼は婚約破棄を叫びましたが、わたくしの瑕疵になるので、我が家の力で表向きを"婚約解消"としました。ですが、父はこの裏切りに大層激怒しておりまして、莫大な違約金と慰謝料を伯爵家に請求しております。……カルシュ家の女主人であられるのに、知らされていなかったのですか?」

「な……、な……」

 知らない、そんなことは一言も聞いていない。
 屋敷に戻る前、休憩に立ち寄った店で、まさかそんな重要な話を聞くことになるなんて。

 震えるバルバラに、ヴォルフラムが駄目押した。

「理解されたならお引きなさい、カルシュ伯爵夫人。あなたが話しているフィーネ嬢は、侯爵家のご令嬢。分をわきまえるべき相手ですよ」


 店内のひそひそ声に見送られ、従者に支えられるようにして、バルバラは蹌踉よろけながら店を出た。帰宅した後には、嵐の渦中にある伯爵家で、また叫び倒すことになるだろう。

 正直、かの家は存続の危機ともいうべき状況にあるのだ。今回のことで、財産の大半を失う。
 平民との婚姻を望むパウルは除籍確定。しかし後継ぎは他にいない。
 他家から養子をとるにしても、二代続けて評判ガタ落ちの伯爵家に、我が子を提供する貴族がいるかどうか。カルシュ家と関わるだけで、社交界から弾かれるのは目に見えているのに。

 すえはおそらく、爵位と領地を国に返納する結果になることだろう。


 フィーネとヴォルフラムが目を合わせる。

「ふぅ──っ。こう申し上げては何ですけど、カルシュ夫人とは良好な関係を築けそうになかったので、ご縁がなくなりホッとしました」

「聞きしに勝る態度でしたね。フィーネ嬢、さぞかし苦労されたことでしょう」

「過去のこととして、忘れますわ。これからはヴォルフラム様に相応しい女性となれるよう、一層励んでまいります。わたくしにとって、実りのある努力ですもの」

「では私もさらに頑張らなくては。こんなにも完璧で、魅力的なフィーネ嬢が妻となってくださるのですから」

 ヴォルフラムが微笑むと、フィーネがポッと頬を染めた。

「でも驚きました。あなたから"業務提携して欲しい"と、ご提案を持ち込まれた時には」
「あっ、あれは……。厚かましく、はしたない振る舞いをしてしまったと反省しています」

 パウルと破談すれば、年齢的に次の縁談が来ないことも覚悟した。「ひとりでも生きれるように」と事業を立ち上げたフィーネは、幼い頃に慕った"お兄さま"に話を持ち掛けた。

 心ひそかにずっと憧れていた、初恋の男性ひと

 母方の親戚にあたる相手だが、身分は王弟だったため、突然の面会に快く応じて貰えただけでも奇跡なのに。
 まさか提案を受け入れて貰えるなんて。

 そこからトントンと話が進み、フィーネがフリーになった途端、婚約を申し込まれるとは、予想もしてない展開だった。

 夢のような申し出に、フィーネは感激した。
 父、バルクホルン侯爵も良縁を歓迎し、新しい婚約はすぐに成立した。


「はしたないだなんて、とんでもない。あなたの勇気に、とても感謝しています。おかげで私は、"愛する人が隣にいる幸せ"を知ることが出来ました。それにご提案は、実に素晴らしかった。我が領の売り筋商品であるリヴァの実のオイル。その採油後の実を、家畜の飼料に回せば肉の臭みが消えるなど、思いもしませんでした。これまで廃棄していた絞りかすを、バルクホルン侯爵家で買い取って貰えるとは」

 リヴァの実を絞って油になるのは、ほんの一割。九割は"かす"として廃棄するしかなかった。
 そのかすを、フィーネは家畜の餌に転用したのである。出荷前の少しの期間、給与するだけで劇的に肉の旨みが変わる。

「こちらこそ安くお譲りいただけて、助かっております。バルクホルン領は今期の災害で、家畜の飼料も不足しましたから……。かおり高いリヴァを飼料に転用出来ればと思いついたのです。リヴァを食べた家畜の肉や加工品は高値で取引きされ、災害の損害を早く埋めることが出来そうです。殿下のお力添えを賜り、父も大喜びですわ」

 フィーネが華やかな笑みを咲かせる。

 バルクホルン侯爵領は、畜産で名を馳せた土地だった。
 災害の影響は大きかったが、生産品に付加価値をつけたことで、新たなブランドを誕生させるに至った。
 評判は上々。新しい主力商品として、注目されている。

「幸運の女神を自ら手放してしまったカルシュ伯爵家は、深く悔いていることでしょう」

 ヴォルフラムが言うと、フィーネは首を傾げた。

「さあ、どうでしょうか。カルシュ夫人はじめ、あの家の方たちは、私が意見を述べることを良しとしませんでしたから」

(気づかないまま、突如訪れた不幸を嘆くだけではないかしら)

 だがもう、フィーネには関係のない話だ。
 視野の狭い、かりそめの姑との縁は切れた。ずっと婚約者に向き合わなかった、パウルとも。

 大勢の人々に祝福され、フィーネは翌年、王弟ヴォルフラム・クヴァントのもとに嫁ぐ。
 リヴァの実のかすは、後に堆肥としての利用も開始され……、クヴァント領とバルクホルン領は"豊穣の地"として、広く世間に知られることになったが。

 カルシュ家の面々がフィーネの活躍を知ったのは、伯爵家没落後の話である。
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