円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。

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9.自称脇役《幕間①》

 "引きこもり"を……、ううん、エリザの場合は"箱入り"ね。
 "箱入り"を舐めてたわ……!
 エリザは基本、公爵邸と皇宮以外、ろくに外歩きしてなかったものね……!
 たまの外出も馬車で送迎だった。
 当然、方向感覚なんて育ってないわけで、私に関しては──。

(クークルマップがないと、何もわからない!)

 私は地図を手に、天を仰いでいた。

 なんてことなの。スマホのない異世界転生、全然無理。地図があっても私は一体どこにいるのか、点滅して教えて欲しい。
 勢いよく離婚届おいて出てきたものの、目当ての土地まで移動できない情弱な妊婦、爆誕!
 赤ちゃんより方向音痴が生まれてしまった。
 おまけにつわりでガタゴト道の乗合馬車に揺られると……うぷっっ。もうダメ!

 何度目かの途中下車を繰り返し、すっかり予定も目的地も遠いものになってしまって絶望してる現代人inエリザがここに。しくしく。

 いいわよね、小説とか。
 数行飛ばせば、赤ちゃん生まれてます、もう数年経ちました、元気に育ってますって書けるんだものね。
 だから移動中の妊婦の苦労なんて、ないも等しいわけで……、ううううっ。
 無理。今夜はこの街で宿をとろう。

 帝都からいくぶん離れた街の片隅で、私は宿の看板を見上げた。

 エリザ・ライザー。小説の冷遇妃に転生して一年。
 初夜に私と"子づくりしない"と言った皇帝シュテファンとの間に新しい命を授かり、でも彼との契約違反が怖くて逃げだした、慎ましやかな脇役が私。

 夫シュテファンの遠征中に家出したので、特に追っ手(?)とかはない模様。
 この時間差を利用して、出来るだけ遠くに行方を晦まそうと、変装してとにかく先を急いでる。

 変装といっても服を平民用にかえ、髪を切ってスカーフで隠してるショボいものだけど。
 だって妊娠で皮膚が敏感になったのか、買った髪染めが合わなかったから。
 この世界の染め粉がどんなものかよく知らないし、胎児への影響を危惧して無理するまいと、ひとまずド派手なスカーフで頭を覆っている。
 銀髪をキッチリしまい込んでいるので今のところ注目されてない、と思う。


「えっ、空き部屋がないんですか?」

 宿屋のカウンターで一泊を願い出たところ、にべもなく断られてしまった。

「空き部屋じゃなく、泊めてあげれる部屋がないんだよ」
「?」

 宿のおじさんが申し訳なさそうに言う。

「"どんなトラブルがあるかわからないので、女性のひとり客は泊めるな"というのが、組合長からのお達しでね。俺たちも困ってるんだ」

 なんでも、旅人を装って宿に侵入した女性が、泊り客相手に勝手に春を売る商いをしたらしく。
 その客の中に、貴族の子息がいたことから大問題に発展。とばっちりで商業組合が責任を取らされそうになったらしい。

(何それ……)

 愕然とする。どう考えても、悪いのは貴族のバカ息子じゃない。
 女性のひとり旅こそ宿を必要としてるのに、迷惑この上ないんですが。

「まあ、しばらくしたら禁も解けると思うんだけどね」

「そうですか……」

 しばらくしたらと言われても、今日困る。

 "他にどこか泊まれるところは?"
 そう尋ねようとした途端、後ろから別の声が話し掛けてきた。

「女性で宿を必要としてるなら、尼僧院で受け入れてくれるよ」

「!」

 驚いて振り返ると人懐っこそうな笑みを浮かべた、同い年くらいの青年が立っていた。
 明るい髪は無造作に跳ね、けれど顔立ちはなかなかないレベルで極上に整っている。シャープな輪郭に切れ長な目、優美な鼻筋に形の良い口元。鋭さのある造形なのに甘やかな印象を受けるのは、緑の瞳が愛嬌に満ちているからだろう。
 シュテファンとは系統違いの美形だ。

「尼僧院は寄付無しでも平気、でも寄付をしたら喜ばれるよ。食事は期待できないけど、夜露はしのげるから。──あ、突然ごめんね。話が聞こえたからさ」

 "驚かせた?"と物柔らかに聞く彼は、旅装をしていた。
 宿を求めて、ここに来た客らしい。

「す、すみません。邪魔になってますね、私」

 カウンター前を陣取ってたことに気づき、横に避ける。

(そっか、尼僧院。って、どこ? また地図とにらめっこなの?)

 辟易したところで、青年が言った。

「場所が不明なら、案内しようか?」
「えっ」
「男は中に入れないけど、門のところまでなら。依頼のついでだし」

 言って彼は、手に提げてる薬草をたばを見せる。それに帯剣してる。

(……依頼? まさか)
「もしかして、冒険者さんですか!?」
 っああああ! 初めて見た。冒険者! ファンタジーでよく聞く職業ナンバーワン! ロマンス小説の世界にもあったんだ。

「駆け出しだけどね」

 肯定とともに、肩をすくめる。
 二十くらいで駆け出しなんて、厳しい世界なのかな。それとも見た目より若いとか。
 でも上背や胸板はしっかりあり、少年のそれとは異なる、大人の男性という気がする。

「きみはあまり世慣れてないみたいだけど、どこかのご令嬢?」
「!!」

 私の中で警鐘が鳴る。鋭い人だ。誤魔化さなきゃ。
 令嬢どころか皇妃がひとりでいるなんて知れたら、何が起こるかわからない。

「令嬢だなんて、そんなわけないじゃないですか。そう見えたなら光栄ですけど」

 まだ人妻だし、令嬢ではなく奥方だ。嘘はいてないわ。

 身にまとう古着のスカートを示して見せる、と、ふいに手を取られた。

「こんなに綺麗な指をしてるのに?」
「──っっ」

 エリザの手は労働知らずで白く柔らかなうえ、爪先まできちんと手入れされている。
(しまったぁぁぁぁ)

「それに隠してるつもりのその髪色も、珍しい銀色」

(ど、ど、ど、どうしよう)

 冷や汗が滝のように吹き出して来た。けれど硬直する身体と頭からは、言い訳ひとつ出てこない。
 相手の視線が鋭さを帯び、私の心臓は悪いほうに乱れる。

「銀髪なんてまるで……、"エリザ"みたいだね」
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