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10.同郷人《幕間➁》
「──なぁんてね。まだ追放されたと聞かないものね。あ、触ってごめん」
「!?!!」
離された手を、急いで胸元に引き戻す。心臓はバクバクと大きな音を立てたままだ。
「追、放?」
「ううん。変なことを言ったから、忘れて?」
"忘れて"と言われたけど、そう簡単に無視できない。
皇妃エリザが追放される未来を知っている?
あてずっぽうかも知れない。もしくはエリザを追放させようと画策してる対抗勢力の人? でももしかしたら。
この人まさか。
「──てんせい、しゃ?」
ぽろりとこぼれ出た言葉に、今度は相手が目を見開いた。
「いま、"転生者"って言った?」
「──!」
「ひょっとしてお仲間? きみもそうなのか? あ、じゃあ、もしかすると本当に──」
疑問から結論までの時間が短い!
急に近づいた美顔が、耳元で声を落とした。
「本物の、エリザ?」
「!!!」
反応してしまった。失敗した! これじゃ答えたも同然じゃない。
「ち、違います。私が皇妃様なわけないです」
ぶんぶんと首を横に振ったら。
「僕は"皇妃"とまでは言ってないよ」
(私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!)
「そっかぁ。うわあ、なんか……、うわああ、感動だなぁ……。イラスト通りの美人だ。顔ちっさ。僕はエリザのファンなんだよ」
「えっ」
「それで冒険者になって、聖地巡礼でここまで来てたんだけど」
「せいちじゅんれい」
「あ、この世界の聖地じゃないよ。小説の、『冷酷皇帝の最愛妃』の聖地」
信者だ、彼。
そして間違いなく、仲間だ。どこの誰とは知れないけど、同郷の。
仲間──!
「私、転生仲間に会ったの初めてです」
「僕も」
嬉しそうに青年が笑う。
「ふふっ。『冷酷皇帝の最愛妃』に首を傾げなかったなんて、やっぱりそうなんだね」
(あそこからワンチャン、すっとぼけるルートあった?)
私が目を丸くしていると、野太い声が割って入った。
「ごほん、ごほん。そこで話し込まれると営業妨害なんだが」
「きゃ、すみません」
宿屋のおじさんがいつの間にかジト目だ。
さもありなん。カウンター前占拠してたもの。
「うちは定食屋も兼ねてるから、何なら食事をしながら話すといい」
おじさんが脇の飲食スペースを指さした。
宿屋の構造は一階が食堂、上の階が宿泊施設になっていることが多い。こんな部分もファンタジー小説通りで感心したけど、この宿も例にもれず、同じ仕組みだった。
青年が頷く。
「そうしよう。修道院や尼僧院は、パッサパサの黒パンに薄いスープが出れば良い方だから、ここでお腹を満たしておくといいよ。同郷のよしみで、僕が持つからさ」
「え、そんなわけには」
「いいから、いいから。奢らせて? あ、名前も知らない相手からの誘いは嫌だよね。僕はリヒト。きみは──エリザということで大丈夫?」
名前を聞いても情報に結びつかない。
リヒト。主要キャラにいなかったと思うのは、私の記憶力の問題だろうか。
(でもこんな美形、絶対主役級だと思うんだけど。絵師さんかなり気合入れて描いてるよね)
然るべき格好をしたら、きっと映える。とても秀麗な顔立ちで、モデル顔負けの細マッチョだ。
「ここでエリザと呼ばれるのはちょっと……。エリとでも呼んでください」
「OK!」
テーブル席に座り、おすすめ料理をいくつか頼んだリヒトは、私の視線に気づいて勝手に答えてきた。
「"誰?"って顔してるけど、リヒトはモブだから、知らないよね」
「嘘。こんなにイケメンなのに」
「イケメン? 嬉しいなあ! エリちゃんにそう思ってもらえるなんて」
「エリちゃん」
「そのほうが、"皇妃様"からかけ離れていいだろ?」
そういわれると何も言えない。確かに"エリ"だけより、"ちゃん付け"のほうが格段に結び付けにくくなるけれど。
(陽の者だ。軽い人だ。総員臨戦態勢に入れ! 私の交流相手になかったタイプ)
初対面で"ちゃん付け"してくる男の人に免疫ない。
迂闊に同席したことに少しだけビクビクしつつ、彼のことを何も知らないせいだと尋ねてみる。
(元の世界の話したいし、この世界の情報も欲しい。リヒトさんは信者で詳しそうだもの。それにしても)
「男性で女性向け小説に沼ってるなんて、珍しいですね」
聖地巡礼までするなんて。この街、どんなエピソードに登場してたんだろ。あまり覚えてない私は、淡泊な読者だ。
「うち妹がいてね。あ、前世だよ。その妹が『冷酷皇帝の最愛妃』にハマって、読め読めってうるさく押し付けて来たんだよね。懐かしいなぁ」
妹さんを思い出しているのか、遠くを見る彼の眼差しに、私も郷愁を掻き立てられた。
「妹さんがきっかけなんですね」
「そう。で、リヒトは続編登場のちょい役冒険者」
「!? 『冷酷皇帝の最愛妃』、続編があるんですか?」
私、読めてない。あ、本編寝落ちで溺死したから?
「え? 続編未読? シュテファンとアンネが結ばれた後、再び波乱の展開が起こるんだよ。一巻の敵が貴族なら、二巻の敵はヨソの国。国外追放されたエリザが敵国シルムに亡命して、シルム王と結託、悪女として返り咲く逆襲編!」
「……! すごいですね……!」
エリザにそんな胆力が!
悲劇の深窓令嬢だとばかり思ってたけど、いろいろ募らせていたらしい。
シルムと言えば、何かとうちの国を狙ってくる魔術国家だ。かの国がメクレン領を唆し、あわや反乱となりかけたことは、記憶に新しい。
(敵対する国に渡って、逆襲を試みるなんて……)
「すごいだろう? そのエリザがすごく健気でセクシーで、読者時代、応援してたわけ」
「復讐目当てなのに、健気?」
(セクシー要素も謎だけど)
「エリザが闇落ちした理由は、皇帝シュテファンへ恋慕が原因だからね。一途さが可愛いな、と」
(闇落ち……??)
「!?!!」
離された手を、急いで胸元に引き戻す。心臓はバクバクと大きな音を立てたままだ。
「追、放?」
「ううん。変なことを言ったから、忘れて?」
"忘れて"と言われたけど、そう簡単に無視できない。
皇妃エリザが追放される未来を知っている?
あてずっぽうかも知れない。もしくはエリザを追放させようと画策してる対抗勢力の人? でももしかしたら。
この人まさか。
「──てんせい、しゃ?」
ぽろりとこぼれ出た言葉に、今度は相手が目を見開いた。
「いま、"転生者"って言った?」
「──!」
「ひょっとしてお仲間? きみもそうなのか? あ、じゃあ、もしかすると本当に──」
疑問から結論までの時間が短い!
急に近づいた美顔が、耳元で声を落とした。
「本物の、エリザ?」
「!!!」
反応してしまった。失敗した! これじゃ答えたも同然じゃない。
「ち、違います。私が皇妃様なわけないです」
ぶんぶんと首を横に振ったら。
「僕は"皇妃"とまでは言ってないよ」
(私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!)
「そっかぁ。うわあ、なんか……、うわああ、感動だなぁ……。イラスト通りの美人だ。顔ちっさ。僕はエリザのファンなんだよ」
「えっ」
「それで冒険者になって、聖地巡礼でここまで来てたんだけど」
「せいちじゅんれい」
「あ、この世界の聖地じゃないよ。小説の、『冷酷皇帝の最愛妃』の聖地」
信者だ、彼。
そして間違いなく、仲間だ。どこの誰とは知れないけど、同郷の。
仲間──!
「私、転生仲間に会ったの初めてです」
「僕も」
嬉しそうに青年が笑う。
「ふふっ。『冷酷皇帝の最愛妃』に首を傾げなかったなんて、やっぱりそうなんだね」
(あそこからワンチャン、すっとぼけるルートあった?)
私が目を丸くしていると、野太い声が割って入った。
「ごほん、ごほん。そこで話し込まれると営業妨害なんだが」
「きゃ、すみません」
宿屋のおじさんがいつの間にかジト目だ。
さもありなん。カウンター前占拠してたもの。
「うちは定食屋も兼ねてるから、何なら食事をしながら話すといい」
おじさんが脇の飲食スペースを指さした。
宿屋の構造は一階が食堂、上の階が宿泊施設になっていることが多い。こんな部分もファンタジー小説通りで感心したけど、この宿も例にもれず、同じ仕組みだった。
青年が頷く。
「そうしよう。修道院や尼僧院は、パッサパサの黒パンに薄いスープが出れば良い方だから、ここでお腹を満たしておくといいよ。同郷のよしみで、僕が持つからさ」
「え、そんなわけには」
「いいから、いいから。奢らせて? あ、名前も知らない相手からの誘いは嫌だよね。僕はリヒト。きみは──エリザということで大丈夫?」
名前を聞いても情報に結びつかない。
リヒト。主要キャラにいなかったと思うのは、私の記憶力の問題だろうか。
(でもこんな美形、絶対主役級だと思うんだけど。絵師さんかなり気合入れて描いてるよね)
然るべき格好をしたら、きっと映える。とても秀麗な顔立ちで、モデル顔負けの細マッチョだ。
「ここでエリザと呼ばれるのはちょっと……。エリとでも呼んでください」
「OK!」
テーブル席に座り、おすすめ料理をいくつか頼んだリヒトは、私の視線に気づいて勝手に答えてきた。
「"誰?"って顔してるけど、リヒトはモブだから、知らないよね」
「嘘。こんなにイケメンなのに」
「イケメン? 嬉しいなあ! エリちゃんにそう思ってもらえるなんて」
「エリちゃん」
「そのほうが、"皇妃様"からかけ離れていいだろ?」
そういわれると何も言えない。確かに"エリ"だけより、"ちゃん付け"のほうが格段に結び付けにくくなるけれど。
(陽の者だ。軽い人だ。総員臨戦態勢に入れ! 私の交流相手になかったタイプ)
初対面で"ちゃん付け"してくる男の人に免疫ない。
迂闊に同席したことに少しだけビクビクしつつ、彼のことを何も知らないせいだと尋ねてみる。
(元の世界の話したいし、この世界の情報も欲しい。リヒトさんは信者で詳しそうだもの。それにしても)
「男性で女性向け小説に沼ってるなんて、珍しいですね」
聖地巡礼までするなんて。この街、どんなエピソードに登場してたんだろ。あまり覚えてない私は、淡泊な読者だ。
「うち妹がいてね。あ、前世だよ。その妹が『冷酷皇帝の最愛妃』にハマって、読め読めってうるさく押し付けて来たんだよね。懐かしいなぁ」
妹さんを思い出しているのか、遠くを見る彼の眼差しに、私も郷愁を掻き立てられた。
「妹さんがきっかけなんですね」
「そう。で、リヒトは続編登場のちょい役冒険者」
「!? 『冷酷皇帝の最愛妃』、続編があるんですか?」
私、読めてない。あ、本編寝落ちで溺死したから?
「え? 続編未読? シュテファンとアンネが結ばれた後、再び波乱の展開が起こるんだよ。一巻の敵が貴族なら、二巻の敵はヨソの国。国外追放されたエリザが敵国シルムに亡命して、シルム王と結託、悪女として返り咲く逆襲編!」
「……! すごいですね……!」
エリザにそんな胆力が!
悲劇の深窓令嬢だとばかり思ってたけど、いろいろ募らせていたらしい。
シルムと言えば、何かとうちの国を狙ってくる魔術国家だ。かの国がメクレン領を唆し、あわや反乱となりかけたことは、記憶に新しい。
(敵対する国に渡って、逆襲を試みるなんて……)
「すごいだろう? そのエリザがすごく健気でセクシーで、読者時代、応援してたわけ」
「復讐目当てなのに、健気?」
(セクシー要素も謎だけど)
「エリザが闇落ちした理由は、皇帝シュテファンへ恋慕が原因だからね。一途さが可愛いな、と」
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