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1.不貞のうわさ
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「スザンナはどこだ!」
凄まじい剣幕で帰宅した主人に、ロッキム伯爵邸の召使いたちは震えあがった。
「旦那様、いかがなさいましたか?」
主人の外套を受け取りながら、執事が恐る恐る尋ねる。
「あの悪妻め、俺との契約を破りやがった! 嫁いで一年で浮気とは呆れる」
「う、浮気でございますか。まさか」
思わぬ言葉を聞いたように、執事が目を白黒させる。その態度もアーノルドの癇に障った。
「お前の把握不足だぞ! 馴染みの酒場で友人から聞いた。"スザンナ・ロッキム伯爵夫人は夫ではない、若い男を連れ歩いている。行く先々でふたりを見かける"とな! すでに貴族間に広まっているらしい。俺の顔に泥を塗りやがって」
伯爵家当主とは思えぬ口の悪さで、アーノルド・ロッキムは猛り狂っている。
「で、どこだ!」
「奥様なら、いつも通り"離れ"にいらっしゃいますが……」
「すぐに呼──。いや、俺が行こう。下手に言い訳を用意されると面倒だ」
鼻息荒く、アーノルドは離れへと向かう。
伯爵家の脇にある離れは、こじんまりとした家屋だ。
伯爵夫人の住まいとしては格式が足りないが、それも契約結婚の条項に含まれているため、文句は言わせない。
アーノルド・ロッキム伯爵は一年前に妻を迎えた。
男盛りの三十歳。まだまだ遊び足りないのに、引退した両親が「早く身を固めろ」とうるさいため、形だけの結婚をしたのだ。彼らを黙らせるのが目的で。
──逆らわないお飾りの妻を置こう。
実家の力は弱い方が良い。妻の支援がなくても、豊かな伯爵家は困らない。
格下の家から、大人しく従順な若い娘を選ぶぞ。──
そんな条件を美辞麗句で包み、両親にも話すと、ほどなくマーレ子爵家の娘を勧められた。
子爵家は新商品を開発し、それに伴う事業の出資者を求めているらしい。
婚家として多額の資金を融通すれば、大きな権利を得られるだろうという話だ。
(ふっ、父上も耄碌されたな。下位貴族の事業如き、たかが知れている。やはり田舎暮らしが続くと、勘が鈍るものらしい)
取り立てて興味はないが、子爵の娘は"美人"だと伝え聞く。
辺境の領地のゆえ、王都には滅多に顔を見せず、アーノルド自身も会ったことがないが。花盛りの適齢期だという。
弱小貴族の、若い娘。条件に合う。
(たまには親の機嫌も取っておくか。自分で言うのも何だが俺はモテる。マーレ家は、この縁談を光栄に思うはずだ)
確固たる自信を持ち、アーノルドは子爵家に釣書を送り、娘を寄こしたら事業にも金を出すと言い添えた。
目論見通り、あっという間に話がまとまり、子爵家からは新婦が到着する。
期待の美女に胸躍らせたアーノルドだったが、屋敷に来た新妻をひとめ見て、途端に興味を失った。
やってきた子爵家のスザンナは、ろくにオシャレも知らない田舎娘で、ぱっとしない容姿に、焼けた肌。頬には雀斑が散る芋臭で、色気とは無縁。
全く掻き立てられない。詐欺と言って良いレベルだ。
(噂を盛りまくったな……)
大方、娘の縁談をよくするため、子爵家が美貌の嘘をでっち上げたのだろう。絵姿とも全然違っている。
王都の美女たちを見慣れたアーノルドの目には、"外れクジ"にしか映らなかった。
騙された、という気持ちが先に立ち、苛立つままに契約結婚を突き付けた。
「お前を愛するつもりはない。三年経ったら離婚だ。俺の遊びに口出しは無用。だがもし"独り寝が寂しいから"と言って浮気をしたら、即座に身ひとつで放り出す。離れを与えてやるから、目立たぬようにそこで暮らせ」
一方的に宣言して、その場で強引に魔法契約を成立させた。
娘が何か言っていたが、耳を貸す気はない。
三年の猶予を設けたのは、血統を維持するための制度に基づく。この国では、三年経っても妊娠しなかった場合、なんの支障なく離縁が出来た。その間に、別の妻を見繕うことも可能だろう。
(すぐ返品しないだけマシだと感謝して貰いたいくらいだ。大人しくしていれば、三年は食わせてやるのだから)
即刻送り返したいのは山々だが、そんなことをしたら父親がまたうるさい。引退したとはいえ、ロッキム前伯爵は国王とも旧知の仲。厄介な影響力が残っている。
形式上は娶ったが。
子爵家に約束の資金を出す気が失せたアーノルドは、勝手に話を反故にした。時々届く手紙は、完全に無視している。
向こうが先に嘘をついたのだから、応じる必要はないだろう。
(ちっ。あんな女を妻として連れ歩いたら、色男の名折れだ)
アーノルドは、新妻を離れに押し込み、世間には病気だと言い訳して、挙式も披露宴もないまま一年を過ごした。
そんな状態での浮気発覚。相手の男とやらは、間違いなく自分ではない。
慰謝料を請求し、スザンナは家から叩き出してやる。
アーノルドは乱暴にドアを開け、妻の部屋に怒鳴り込んだ。
凄まじい剣幕で帰宅した主人に、ロッキム伯爵邸の召使いたちは震えあがった。
「旦那様、いかがなさいましたか?」
主人の外套を受け取りながら、執事が恐る恐る尋ねる。
「あの悪妻め、俺との契約を破りやがった! 嫁いで一年で浮気とは呆れる」
「う、浮気でございますか。まさか」
思わぬ言葉を聞いたように、執事が目を白黒させる。その態度もアーノルドの癇に障った。
「お前の把握不足だぞ! 馴染みの酒場で友人から聞いた。"スザンナ・ロッキム伯爵夫人は夫ではない、若い男を連れ歩いている。行く先々でふたりを見かける"とな! すでに貴族間に広まっているらしい。俺の顔に泥を塗りやがって」
伯爵家当主とは思えぬ口の悪さで、アーノルド・ロッキムは猛り狂っている。
「で、どこだ!」
「奥様なら、いつも通り"離れ"にいらっしゃいますが……」
「すぐに呼──。いや、俺が行こう。下手に言い訳を用意されると面倒だ」
鼻息荒く、アーノルドは離れへと向かう。
伯爵家の脇にある離れは、こじんまりとした家屋だ。
伯爵夫人の住まいとしては格式が足りないが、それも契約結婚の条項に含まれているため、文句は言わせない。
アーノルド・ロッキム伯爵は一年前に妻を迎えた。
男盛りの三十歳。まだまだ遊び足りないのに、引退した両親が「早く身を固めろ」とうるさいため、形だけの結婚をしたのだ。彼らを黙らせるのが目的で。
──逆らわないお飾りの妻を置こう。
実家の力は弱い方が良い。妻の支援がなくても、豊かな伯爵家は困らない。
格下の家から、大人しく従順な若い娘を選ぶぞ。──
そんな条件を美辞麗句で包み、両親にも話すと、ほどなくマーレ子爵家の娘を勧められた。
子爵家は新商品を開発し、それに伴う事業の出資者を求めているらしい。
婚家として多額の資金を融通すれば、大きな権利を得られるだろうという話だ。
(ふっ、父上も耄碌されたな。下位貴族の事業如き、たかが知れている。やはり田舎暮らしが続くと、勘が鈍るものらしい)
取り立てて興味はないが、子爵の娘は"美人"だと伝え聞く。
辺境の領地のゆえ、王都には滅多に顔を見せず、アーノルド自身も会ったことがないが。花盛りの適齢期だという。
弱小貴族の、若い娘。条件に合う。
(たまには親の機嫌も取っておくか。自分で言うのも何だが俺はモテる。マーレ家は、この縁談を光栄に思うはずだ)
確固たる自信を持ち、アーノルドは子爵家に釣書を送り、娘を寄こしたら事業にも金を出すと言い添えた。
目論見通り、あっという間に話がまとまり、子爵家からは新婦が到着する。
期待の美女に胸躍らせたアーノルドだったが、屋敷に来た新妻をひとめ見て、途端に興味を失った。
やってきた子爵家のスザンナは、ろくにオシャレも知らない田舎娘で、ぱっとしない容姿に、焼けた肌。頬には雀斑が散る芋臭で、色気とは無縁。
全く掻き立てられない。詐欺と言って良いレベルだ。
(噂を盛りまくったな……)
大方、娘の縁談をよくするため、子爵家が美貌の嘘をでっち上げたのだろう。絵姿とも全然違っている。
王都の美女たちを見慣れたアーノルドの目には、"外れクジ"にしか映らなかった。
騙された、という気持ちが先に立ち、苛立つままに契約結婚を突き付けた。
「お前を愛するつもりはない。三年経ったら離婚だ。俺の遊びに口出しは無用。だがもし"独り寝が寂しいから"と言って浮気をしたら、即座に身ひとつで放り出す。離れを与えてやるから、目立たぬようにそこで暮らせ」
一方的に宣言して、その場で強引に魔法契約を成立させた。
娘が何か言っていたが、耳を貸す気はない。
三年の猶予を設けたのは、血統を維持するための制度に基づく。この国では、三年経っても妊娠しなかった場合、なんの支障なく離縁が出来た。その間に、別の妻を見繕うことも可能だろう。
(すぐ返品しないだけマシだと感謝して貰いたいくらいだ。大人しくしていれば、三年は食わせてやるのだから)
即刻送り返したいのは山々だが、そんなことをしたら父親がまたうるさい。引退したとはいえ、ロッキム前伯爵は国王とも旧知の仲。厄介な影響力が残っている。
形式上は娶ったが。
子爵家に約束の資金を出す気が失せたアーノルドは、勝手に話を反故にした。時々届く手紙は、完全に無視している。
向こうが先に嘘をついたのだから、応じる必要はないだろう。
(ちっ。あんな女を妻として連れ歩いたら、色男の名折れだ)
アーノルドは、新妻を離れに押し込み、世間には病気だと言い訳して、挙式も披露宴もないまま一年を過ごした。
そんな状態での浮気発覚。相手の男とやらは、間違いなく自分ではない。
慰謝料を請求し、スザンナは家から叩き出してやる。
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