婚約破棄を認めて差し上げるわ ~淑女を辞めたら、幸せが訪れました

みこと。

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婚約破棄を認めて差し上げるわ ~淑女を辞めたら、幸せが訪れました

3.望み望まれた相手と

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「映像を、記録?」

 はっ、とした。
 そうだ、学園には映像記録がある。それを使えば、私が何もしていないことが証明される。

 殿下が諭すように、ジュディ様にお返事されている。

「うん、そう。貴族子女が通う学園だからね。警備体制も万全だし、万一に備え、各所に魔道具が置かれている。映像記録装置も、その一環だ」

「へえ! そんなのがあるんですね?」

「あるんだよ。僕が作って、取り入れて貰った。入学時に説明があっただろう? 教師に相談していれば、すぐに検証してくれていたはずだ」

(怒って、らっしゃる?)
 殿下の声が一段低くなったことに気づいた者は、果たしてこの場に何人いるのか。ジュディ様に至っては、「説明なんてあったかなぁ」なんて、のんきに首をかしげている。

「つまりキミの周囲で起こった事件も、すべて記録されている。どうかな、今この場で確認することも可能だよ。装置導入の責任者として、僕は端末も権限も持っているから」

「えっ」

「パーティーを中断するのも心苦しいけど、この騒ぎでもう中断されてるし。皆も気になっているだろうから、真実をつまびらかにするのは有りだろう。キミやシンシア嬢のためだ。良いね?」

「……あっ……」

「少し照明を借りるよ」

 そう言って殿下は、装身具を取り外して操作され、演出用の照明装置に映像を投影された。
 空間に再現されたのは、学園生活の日常。そしてあっさりと、ジュディ様の記録が暴かれる。

 教室移動は彼女が話を聞いていなかっただけだし、食堂も勝手に転んでいる。
 持ち物や階段に至っては、私のいない場所で自作自演。

(呆れた……。これを"虐め"だと言って、私を糾弾したの?)

 会場全体が見守る中、殿下が映像を止めた。

「虐めは見受けられない。どうやら全部、キミの勘違いのようだけど?」

 対するジュディ様は俯いて「あ、」とも「う、」とも声にならない呟きを漏らしている。
 かと思うと、がばっと顔をあげて、明るく言い放った。

「ごめんなさーい、シンシア様ぁ。ジュディ誤解してましたぁ」

(はああ? なに、まさか。謝ったからこれで終わり、とでもいうつもり?)

 あっけにとられた私より先に、殿下が彼女を封じた。

「よく確かめもせず卒業生たちの記念すべき場で騒ぎを大きくしたこと、しっかり絞られると良い。もし"勘違い"ではなく"悪意"が確認された場合は、然るべき処分が待っているから、自分の身で責任をとるように」

「へあっ?」

 その言葉に含まれた意味を、私は正しく理解した。
 殿下が発明した品の中には、確か嘘を見抜く魔道具もあったはず。
 これは……、おそらく悪意が発見されますわね。悪意、作為、故意。そんな動機しかありませんもの。

 間髪入れず、殿下は厳しい表情かおでダリル様に向き直った。

「そしてダリル・シェル侯爵令息。キミの責任はもっと重い。高位貴族である以上、己のしたことはわかっているね?」

「そ、んな……。そんなつもりじゃなかったんです、エリオット殿下。どうぞ父や陛下におしを──」

「執り成しなら、キミが傷つけたシンシア嬢に頼むべきだろう」

 ダリル様が急に私を見て、その口もとに無理やり卑屈な笑みを浮かべる。
 そのくせ、出た言葉は傲慢だった。

「シ、シンシア。頼む、軽い冗談だって分かってるだろ? 笑って許せてこそ、度量の広い女だぞ」

「狭くて結構です。笑って許すなど、ありえませんから」

 謝罪でも聞けるかと思ったら、がっかりだわ。
 断ったら、あっさり悪態に代わる。

「く! このアバズレめ! 氷のように冷たい貴様を、愛する男は誰もいない! この先も独り寂しく生きていけばいいっ」

 ええ、ええ。なんとでもおっしゃって。
 意に染まない男性の機嫌をとって生きていくより、独りのほうがよっぽど気楽よ。クラム公爵領は私がしっかり守るわ! 跡継ぎのことは……、また後で考えるっ。


 ダリル様からの心無い言葉に傷つきながら、私が無理やり自分を鼓舞した時。
 思いがけない言葉が耳朶じだを打った。


「そうだろうか。シンシア嬢の魅力は留まるところを知らず、いつだって輝いている。僕もこの後、彼女の夫候補に名乗り出る予定だけど、果たして相手にして貰えるかどうか。──競争相手が、多そうだろう?」


(え……? えええ、いまなんと。なんとおっしゃったのですか、エリオット殿下!)

 今こそ欲しい。殿下の映像記録装置。この場面を何度でも繰り返して、そうしたら私はきっと、独り身でも、ずっと幸せに生きていける。


 そんな白昼夢を見始めた私は、ジュディ様の高い声で現実に呼び戻された。

「エリオット様には、もっと相応しい相手がいますわ! 例えば愛らしくて従順な、私みたいな──」
「殿下はシンシアに騙されているんです! 外面ソトヅラだけはいいヤツなんで!」


「いい加減、聞き苦しい! 警備兵。ダリル殿とジュディ嬢が退場だ。ふたりにはパーティーを台無しにした責任も問いたいから、案内する場所を間違えないように」

 今度こそ。目に見えて殿下がお怒りだった。
 普段柔らかな空気を纏われている殿下が、毅然として命じられると凄みと迫力がある。

 弾かれたように駆け付けた警備兵が、騒ぐダリル様とジュディ様をあっという間に扉向こうに連れ出した。
 あんなに悩まされた相手が、拍子抜けするくらい簡単に視界から消え、私は安堵の息を吐く。
 
(お味方くださった……! 私の窮地に、私を信じて)

 胸の内に感動と、熱い思いが広がる。

「あの……、エリオット殿下……。助けてくださり有難うございました」

 進み出た私に、殿下が急にソワソワと動揺される。

「ああっ、いや、こちらこそ、差し出がましいことをしてしまって」

 殿下はいつも、私にとても優しい。

「いいえ。すごく心強くて、とても救われました」

 だから、誤解しそうになる。
 この方の思いを、私にくださるのではないかと。

 社交が苦手だからと、数々の縁談をお断りされているのは、私の席を残しておいてくださるのではないかと──。

(ふふ、私もダリル様を責めれたものではないわね。心を捧げる相手が、別にいるのだから)

 わかっている。貴族の関係は政治的判断。
 個人の意向は含まれない。


「そ、それは良かった。あっ、えと、さっきの言葉は、その」

(ああ、やっぱり)

 重い鉛が、身体の奥にズドンと沈む。
 浮かれた気持ちは、ここでおしまい。

「わかっております。彼らをらしめるため、おっしゃってくださったのでしょう。でなければ、殿下が私の夫候補になってくださるなんてこと──」

「あっ、いや、あれは本気で──」

「!!」


 え。


 ええ。


 ええええええええ?!

 

 意味を理解した時、全身が爆発したかと思った。
 いまの私はきっと、すごく真っ赤だ。
 けど私以上に赤くなられているのが、目の前の殿下で。

 彼は真剣な目で私を捉えて、告白をくれた。


「シンシア嬢さえ迷惑でなければ。正式に求婚させて貰っても良いだろうか。僕は次男だし、陛下もお許しくださると思う。ずっとキミを見ていた。呆れられるかもしれないけど、キミのことで心の中がいっぱいだった」

(ほんとに? 私のことを思ってくださってたの)

 だから、卒業してからも「困ることはないか」といつも気に掛けてくださってたの? 
 確かに伯父様はエリオット殿下に甘いから、殿下が望めば大抵のことは叶えられるはずだ。
 じゃあ──。もしかして私は、この先の人生を、殿下と一緒に歩いていける?

 私は息をするのもやっとの中、つっかえつっかえ、気持ちを吐露する。

「嬉しい、です……。私がイトコのお兄様に、エリオット殿下に憧れてたこと、お気づきでしたか? でも殿下はいずれ、公爵位と家系を授かるお方だから……」

 王家の男子は後継者以外、いち家系を授かり、臣籍降下するのがならい。
 おひとりで爵位と領地を継承される殿下が、クラム家に婿入りなんてしてくださるはずないと思っていた。
 でもそれは、私の勝手な推測で。

「僕が賜る領地を調整して貰えば、クラム公爵家が大きくなり過ぎることはない。家格の釣り合う次男ということでダリル殿が選ばれたなら、僕にもチャンスを与えて欲しい」

 金色の目が、私を射貫く。
 誰よりも大好きな殿下の、真摯な眼差しを、私はいま、独り占めしていた。

「はい。はい殿下。お申し込みを、喜んでお待ち申し上げております」

 私が淑女じゃなくても。悪役でも。
 大切にしてくれる人が、ここにいた!




《シンシア視点》完
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