婚約破棄を認めて差し上げるわ ~淑女を辞めたら、幸せが訪れました

みこと。

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君に求婚したいんだ! 転生ヘタレ王子は悪役令嬢に愛を告げ…られるか?

6.ダリルが大概クズだった

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 きっぱりと、シンシア嬢が言い切る。
 途端に、ダリル殿とジュディ嬢がワッと喜びあった。

(後半の言葉はたぶん、聞いてないな)

 シェル侯爵家の有責だ、とシンシア嬢は言ったんだが。
 おそらく多額の慰謝料が発生する。
 縁組に関する、シェル家の契約違反だ。
 
「残念です、ダリル様。あなた様の今後を思うとお気の毒ではありますが、ご自分で選ばれた道なので、頑張ってくださいませ」

「は? 何の事だ」

 間の抜けた声を出すダリル殿の横で、ジュディ嬢が急にイキリ出す。

「なんですか、シンシア様! ダリル様にも、何かするおつもりなの!? いくら公爵令嬢でも、そんなの許されませんから」

「私が何かしなくても。果たして今後、ダリル様の居場所が侯爵家にありますでしょうか? 家は、ご長男が継がれるのでしょう」

「そ、う、だが?」

「ではあなた様は? ジュディ様の男爵家には、ご嫡男がいらっしゃいますよ」

 はっとしたように、ダリル殿が固まる。

(嘘だろう、ダリル殿。まさか考えてなかったのか?)

 クラム公爵家に婿入りした場合、女公爵の夫としての生活が保障されていた。
 だが、その人生は自ら手放した。

 シンシア嬢がなおも言葉を続ける。

「それに我が家からも、正式に抗議させていただきます。シェル侯爵は、勝手に婚約を破棄したあなた様を、そのまま家に置かれるかしら?」

「そ、それは、もちろん……。父上は息子に理解のある方だから……」

「この騒ぎは、伯父上のお耳にも入るでしょう。伯父上から、侯爵家へのお叱りもあるはずです。家同士のパワーバランス、今後の段取り、すべてをふいにしたわけですから。まさか私の伯父上が……、クラム公爵家の後見が、国王陛下だということ、お忘れではないですよね?」

 ダリル殿から、ガーンという効果音が聞こえた気がした。

 そうなのだ。シンシア嬢の伯父とは、僕の父。アバローニ国王だったりする。
 つまり彼女とは、イトコ同士の間柄。

「よくて幽閉。もしくは除籍からの平民落ち。かてを得るために、力仕事などの労働に従事することになるかも。大丈夫、船乗りなど、稼ぎは良いそうですよ?」

 港の屈強な男性たちは、ずいぶんと荒い。
 貴族子息の扱いなど知らないから、乱暴するか、別の方向で可愛がるか。下手したら身ぎれいなうちに、どこかに売り飛ばされてしまう可能性もある。

 僕と同じ想像を、ダリル殿もしたのだろう。青くなったダリル殿の隣から、ジュディ嬢が数歩、後ずさる。

「えっ、ダリル様、おうち追い出されちゃうの? うちは無理ですよ」
「ジュディ? ──っ! 誰が男爵家なんかの世話になるか」
「男爵家なんか? ひどいッ、ダリル様。"身分なんか関係なく、お前が大切だ"って言ってくださったくせに」
「お、お前こそ。俺の金と地位が目当てだったんだろう」
「そんな! 私はただ……、なんでも任せておけって言うから……。ちょっといろいろ買って貰ったり、庇っていただいただけで……」

 ジュディ嬢がその瞳に、涙を浮かべ始める。お得意のお家芸だ。
 ダリル殿が苦々しく舌打ちした。

「ちっ。おいシンシア。貴様の目論見通りだ! 喜べ、婚約破棄を取り消してやる。俺を婿にするといい」

(うぉ──い???)
 あまりに虫の良い、そんなダリル殿の言葉に思わずりそうになる。

「お断りです」

 シンシア嬢が即座に拒絶した。ほっ。
(だよな? 元鞘も円満解決かもしんないけど、こんな反省も謝罪もない男、受け入れようとしたら逆に止めるよ)

「なにっ!?」

(いや、意外でもなんでもないから。そこでなんで驚くかな)

「あなたはもうりません。婚約破棄は成立しました。私がクラム家の総意ですから。大体、私に対して敵意を抱いてるような方と、一緒に過ごせるものですか。いつ寝首をかかれることか。恐ろしい」

「きっ……さま……! 後悔するぞ! 大体今夜のことで、貴様の悪辣さは貴族間に知れ渡った! 俺以外の誰が、お前なんかと結婚するというんだ!」

「悪辣、とは何のことです」

「ジュディを虐め倒したこと。それに大勢の前で、男をやり込めようとする、卑劣さだ!」

 大勢の前で、婚約破棄を始めたのは誰だったのか。

(あーあーあー、このまま出番がなければいいと思ってたのに) 

 ダリル殿がクズ過ぎて、これ以上、シンシア嬢に不要な傷を負わせたくない。

 "彼女は強い。だから平気だろう"。そう判断出来るかもしれない。

 だけどいくら強くても。不当に貶められると疲弊する。
 瑕疵かしのない彼女が、晒し者にされるいわれもないはずだ。

 余計なお世話かも知れないけど。
 僕は見てしまった。何度も自分を奮い立たせようと、手に力を込めているシンシア嬢を。


「さすがに……、割って入っても良いだろうか」

 そう言いながら騒ぎの場に歩んだ僕に、たくさんの視線が注がれた。
 シンシア嬢がすっと脇に避け、下げる頭に軽く手をあげて返す。

 出ちゃったからには。
 "ヒーロー"だとか、そんなことは関係なく、僕は僕に出来ることをしようと思う。
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