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33話 俺、目をつけられる
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逃げ出したのはよかったものの、ケントは油断していなかったのか、すぐさま追いかけてきた。
路地に逃げても家の屋根から屋根に飛び移り、俺たちの位置を確認しながら追ってくる。
あんな運動神経――身体能力を持たれちゃ逃げるなんて不可能だ。
「姉ちゃん時間稼ぎできないか?」
「魔術使ってもいいの?」
「ああ、この際だ構わない」
姉ちゃんは聞き取れない言語を使って詠唱する。
すると手のひらには黒い粒子が集まり、気味の悪いドロドロとした液体に姿を変えた。
「さあ抜け出せるか楽しみね。闇魔術《ヴェノム》」
ケントに向かって放つと――足元がみるみるうちに黒い液体に侵食されていく。それに足にもまとわり付くなんてまるで生き物みたいだ。
「クソ、イタッ動かない! こんな時に!」
激昂するケント。
足を取られ一歩も動けず。さらには足の一部が緑っぽく変色もしている。
《ヴェノム》ということは毒かなんかだ。状態異常の一種ということか。でも、姉ちゃんは魔術をエンチャントと言うんだな。
俺が学園で習ったのと全然違う。
「変わった魔術ね」
「そうかな? 人族は所詮真似ばかりする生き物。これが本来の、あなたたちが言う魔術よ」
姉ちゃんはユリアナにそう告げると、不敵な笑みを浮かべもう一度《ヴェノム》を放った。
自分が標的と勘違いしたユリアナは地面に塞ぎ込んだが、狙いは俺たちの追手の方だったようで――。
「チクショ!」
「ヤベ、足が痛い!」
追手の気配に気づかなかった。
姉ちゃんがいなかったらマジでやばかったかも。
でも卑怯にもほどがある。こいつら透明化の魔術を使ったあげく、気配を消す魔術まで。
やっぱり世界は広い、俺は感心していた。
人それぞれ得意な魔術があるようで、まだまだ俺が知らない魔術がこの世界には、山ほど存在するということに。
「ネオ君、あのケントって男そろそろ動き出すよ」
「そうだな、今のうちにさっさと移動しよう」
そしてこの場を走り去ろうとすると、ケントは言った。
「ネオ、それと《厄災》リリス。この仮は必ず返す」
いかにも悪役が言いそうな言葉だ。「仮は必ず返す」とか「覚えていろ」なんかはもう散々アニメやマンガで見たり聞いたりしてきた。
ほんっと悪役って色んな意味で単純だよな。
「勝手にしろよ。あ、でも先に言っておく。姉ちゃんと俺がお前なんかに捕まることは、神に誓ってもあり得ない」
「そうね、もし仮に捕まったとしてもあなた達に決して勝ち目はないわよ。だってお姉ちゃんぜんぜ~ん本気出してないもん」
「当たり前だ姉ちゃんが本気――って出してなかったの!? 魔剣大会の時も!?」
「うん、だってお姉ちゃん痛めつけたいと思った人にしか悪魔の力を使わないんだもん」
「だもん、じゃねぇよ。かわいこぶって。俺、決勝の時マジで姉ちゃんを心配したのに……だったら一人であの勇者ボコれたんじゃ?」
はい、今日もいつもの姉ちゃんでした。
日に日に明らかになる姉ちゃんの本当の姿と力。
もうどこまで本当か嘘なのやら。
あの時、魔王の器としてたまたま覚醒できたから、一応15歳以上が対象ぐらいの試合にはなったものの、そうじゃなかったら俗にいうスプラッター映画ような18歳以上対象の血みどろ試合を繰り広げていた可能性もあったわけだ。
ああ、ヤバい想像すると背筋がゾッとしてきた。
「ネオ、リリスさんも急ぐわよ」
ユリアナが和気藹々と話す俺と姉ちゃんを遮った。
路地を走りながら移動するも、周りには建物ばかりで人ひとり見かけない。
「この先の路地を抜けると歓楽街に着きます」
「よし、急いで人に紛れよう」
無事、暗い路地を抜け、荒くれ者が多く集まる歓楽街に出ると、そこは煌びやかな場所だった。
多くのギャンブル好きや美しい女性を求めて野郎どもは歓喜を上げている。一攫千金を狙い勝負をし、勝ったと歓喜を上げる者、はたまた負けたと落ち込み地面に横たわる者まで。そして自身の持て余した性欲を発散するためそういう店に通う者もいる。
そんな荒くれ者たちで賑わった歓楽街に身を隠してしまえば、さすがに追手のやつらもお手上げに違いないのだ。
「さてどこに身を隠すか……」
辺りを見渡すが、今のところ変わった様子はない。
「あの……ネオさんでお間違いは?」
肩を叩かれ、振り向くとそこには一人の痩せ細った男が立っていた。この男に関しては、さすがに姉ちゃんも気づけなかったようで驚いた様子を見せている。
しかしユリアナはその見た目から警戒態勢に入った。いつの間にか袖に隠し持っていたナイフを取り出すと、男の背後に回り込んで首元に当てる。
右手にはナイフ、左手には魔術を――小さな炎が浮かんでいる。ユリアナらしい戦闘スタイルだ。
「待て待て、ネオさんオレの話を」
「何だ? 言ってみろ」
「ネオさんに追手を差し向けたのは――反イザベル教団の者たちです。詳しい話をお望みでしたら、ぜひ我らの教会へ」
と、たった今、宗教勧誘を受けたわけだが、これはややこしい事態に巻き込まれてないか心配だ。
元は単にセレシアを探すといった目的でこの国にきたはずなのに。
「なあ、少し三人で話をさせてくれ」
男は頷いた後、キョロキョロと周囲を警戒している。他人から見れば挙動不審な危ないやつって思われても仕方のないほどキョロキョロしているのだ。
本当に警戒か? 何かしでかしたのか、あの男。
「姉ちゃんどう思う」
「結局はこのまま実のお姉さんを探しても時間がかかるから、いっそ内容次第では取引を持ちかけてみたら?」
「で、ユリアナの意見は」
「わたしもリリスさんに賛成よ。このまま三人で探しても埒が明かないから」
「だよな……ここは二人の意見を尊重しよう。ここまで付いてきてくれてるし」
俺は男に言った。
「教会まで案内してくれ」
「おっと意外な……てっきり拒まれるかと」
「正直に言うと迷ったが、そのイザベル教団というのも気になるしな」
「我々は大歓迎です。ささ、こちらへ」
男に案内されたのは、多くの客が出入りするカジノ。その入ってすぐ左に見える地下への階段。降りていくとそこには大きな扉があって、地下空間が広がっていた。
そして男が扉の前で謎の言葉を叫んだ。
「我、女神イザベル様を信仰する者なり。我、信仰者となりて女神様のお膝下への扉を開かれん」
すると扉には文字が刻まれゆっくりと開かれた。
先に見えるのは、人より数倍も大きな女神像、供物が置かれた祭壇、綺麗に縦横整頓された長椅子。その両サイドには、この暗い教会に明かりを灯すたいまつが備えられていた。
そう、ここが教会というわけだ。
路地に逃げても家の屋根から屋根に飛び移り、俺たちの位置を確認しながら追ってくる。
あんな運動神経――身体能力を持たれちゃ逃げるなんて不可能だ。
「姉ちゃん時間稼ぎできないか?」
「魔術使ってもいいの?」
「ああ、この際だ構わない」
姉ちゃんは聞き取れない言語を使って詠唱する。
すると手のひらには黒い粒子が集まり、気味の悪いドロドロとした液体に姿を変えた。
「さあ抜け出せるか楽しみね。闇魔術《ヴェノム》」
ケントに向かって放つと――足元がみるみるうちに黒い液体に侵食されていく。それに足にもまとわり付くなんてまるで生き物みたいだ。
「クソ、イタッ動かない! こんな時に!」
激昂するケント。
足を取られ一歩も動けず。さらには足の一部が緑っぽく変色もしている。
《ヴェノム》ということは毒かなんかだ。状態異常の一種ということか。でも、姉ちゃんは魔術をエンチャントと言うんだな。
俺が学園で習ったのと全然違う。
「変わった魔術ね」
「そうかな? 人族は所詮真似ばかりする生き物。これが本来の、あなたたちが言う魔術よ」
姉ちゃんはユリアナにそう告げると、不敵な笑みを浮かべもう一度《ヴェノム》を放った。
自分が標的と勘違いしたユリアナは地面に塞ぎ込んだが、狙いは俺たちの追手の方だったようで――。
「チクショ!」
「ヤベ、足が痛い!」
追手の気配に気づかなかった。
姉ちゃんがいなかったらマジでやばかったかも。
でも卑怯にもほどがある。こいつら透明化の魔術を使ったあげく、気配を消す魔術まで。
やっぱり世界は広い、俺は感心していた。
人それぞれ得意な魔術があるようで、まだまだ俺が知らない魔術がこの世界には、山ほど存在するということに。
「ネオ君、あのケントって男そろそろ動き出すよ」
「そうだな、今のうちにさっさと移動しよう」
そしてこの場を走り去ろうとすると、ケントは言った。
「ネオ、それと《厄災》リリス。この仮は必ず返す」
いかにも悪役が言いそうな言葉だ。「仮は必ず返す」とか「覚えていろ」なんかはもう散々アニメやマンガで見たり聞いたりしてきた。
ほんっと悪役って色んな意味で単純だよな。
「勝手にしろよ。あ、でも先に言っておく。姉ちゃんと俺がお前なんかに捕まることは、神に誓ってもあり得ない」
「そうね、もし仮に捕まったとしてもあなた達に決して勝ち目はないわよ。だってお姉ちゃんぜんぜ~ん本気出してないもん」
「当たり前だ姉ちゃんが本気――って出してなかったの!? 魔剣大会の時も!?」
「うん、だってお姉ちゃん痛めつけたいと思った人にしか悪魔の力を使わないんだもん」
「だもん、じゃねぇよ。かわいこぶって。俺、決勝の時マジで姉ちゃんを心配したのに……だったら一人であの勇者ボコれたんじゃ?」
はい、今日もいつもの姉ちゃんでした。
日に日に明らかになる姉ちゃんの本当の姿と力。
もうどこまで本当か嘘なのやら。
あの時、魔王の器としてたまたま覚醒できたから、一応15歳以上が対象ぐらいの試合にはなったものの、そうじゃなかったら俗にいうスプラッター映画ような18歳以上対象の血みどろ試合を繰り広げていた可能性もあったわけだ。
ああ、ヤバい想像すると背筋がゾッとしてきた。
「ネオ、リリスさんも急ぐわよ」
ユリアナが和気藹々と話す俺と姉ちゃんを遮った。
路地を走りながら移動するも、周りには建物ばかりで人ひとり見かけない。
「この先の路地を抜けると歓楽街に着きます」
「よし、急いで人に紛れよう」
無事、暗い路地を抜け、荒くれ者が多く集まる歓楽街に出ると、そこは煌びやかな場所だった。
多くのギャンブル好きや美しい女性を求めて野郎どもは歓喜を上げている。一攫千金を狙い勝負をし、勝ったと歓喜を上げる者、はたまた負けたと落ち込み地面に横たわる者まで。そして自身の持て余した性欲を発散するためそういう店に通う者もいる。
そんな荒くれ者たちで賑わった歓楽街に身を隠してしまえば、さすがに追手のやつらもお手上げに違いないのだ。
「さてどこに身を隠すか……」
辺りを見渡すが、今のところ変わった様子はない。
「あの……ネオさんでお間違いは?」
肩を叩かれ、振り向くとそこには一人の痩せ細った男が立っていた。この男に関しては、さすがに姉ちゃんも気づけなかったようで驚いた様子を見せている。
しかしユリアナはその見た目から警戒態勢に入った。いつの間にか袖に隠し持っていたナイフを取り出すと、男の背後に回り込んで首元に当てる。
右手にはナイフ、左手には魔術を――小さな炎が浮かんでいる。ユリアナらしい戦闘スタイルだ。
「待て待て、ネオさんオレの話を」
「何だ? 言ってみろ」
「ネオさんに追手を差し向けたのは――反イザベル教団の者たちです。詳しい話をお望みでしたら、ぜひ我らの教会へ」
と、たった今、宗教勧誘を受けたわけだが、これはややこしい事態に巻き込まれてないか心配だ。
元は単にセレシアを探すといった目的でこの国にきたはずなのに。
「なあ、少し三人で話をさせてくれ」
男は頷いた後、キョロキョロと周囲を警戒している。他人から見れば挙動不審な危ないやつって思われても仕方のないほどキョロキョロしているのだ。
本当に警戒か? 何かしでかしたのか、あの男。
「姉ちゃんどう思う」
「結局はこのまま実のお姉さんを探しても時間がかかるから、いっそ内容次第では取引を持ちかけてみたら?」
「で、ユリアナの意見は」
「わたしもリリスさんに賛成よ。このまま三人で探しても埒が明かないから」
「だよな……ここは二人の意見を尊重しよう。ここまで付いてきてくれてるし」
俺は男に言った。
「教会まで案内してくれ」
「おっと意外な……てっきり拒まれるかと」
「正直に言うと迷ったが、そのイザベル教団というのも気になるしな」
「我々は大歓迎です。ささ、こちらへ」
男に案内されたのは、多くの客が出入りするカジノ。その入ってすぐ左に見える地下への階段。降りていくとそこには大きな扉があって、地下空間が広がっていた。
そして男が扉の前で謎の言葉を叫んだ。
「我、女神イザベル様を信仰する者なり。我、信仰者となりて女神様のお膝下への扉を開かれん」
すると扉には文字が刻まれゆっくりと開かれた。
先に見えるのは、人より数倍も大きな女神像、供物が置かれた祭壇、綺麗に縦横整頓された長椅子。その両サイドには、この暗い教会に明かりを灯すたいまつが備えられていた。
そう、ここが教会というわけだ。
応援ありがとうございます!
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