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34話 俺、正体を見る

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 神秘的な空気が漂っている、そんな気がした。
 しかし姉ちゃんには拒否反応が現れたみたいで。

「ねぇネオ君。お姉ちゃん……」

 振り返ると、姉ちゃんの身体から黒いオーラが漏れ出ている。白目は真っ赤に変色し、黒目だった部分が徐々に黄色い目に変化していく。
 それに何だか胸が苦しそうで、抑えが効かないのか黒翼を大きく広げる。たいまつの明かりで壁に映されたのは、変貌した悪魔の影。
 サラッとした白銀の髪は意思のある蛇に姿を変え、白い柔肌は黒く変色し、もうこれは物語なんかで出てくる悪魔のそのものの姿だった。

「何ということだ」

 男は姉ちゃんの姿を見て驚愕している。
 それをよそに俺は姉ちゃんの側まで行くと、

「ネオ君、罠だったみたい。ここで偽りの姿、小さな嘘まですべてが見抜かれてしまう。あの女神の使者の力ね」
 
 女神像の前には祈りを捧げる女性の姿。
 司祭服を身に纏った彼女が立ち上がると、教会内は強い光が降り注ぐ。その光景を目にした教団の人たち――信者が女性に跪いたのだ。

「わたしは女神イザベルの使者――サラ・アルデンツィ。悪しき者たち、何用でここに?」
「俺たちを呼んだのはお前らだ。それに反イザベル教団の襲撃に遭ってな、そういった理由も詳しく教えてもらおうか」
「そうですか……残念なことにわたしが指示を出したわけではありません。ですので、悪しき者とわかった以上見逃すこともできない。この意味をおわかりで?」
「ああ、始末するってことか。だとしたらやってみろ。その女神イザベルの前で血を流すことが許されるのならな」

 さすがに信仰する女神イザベルの前で争うことはしないだろう。教会はどの時代でもどの場所でも神聖な場として大切にされてきた。
 そんな場所で血を流せばそれこそ信仰心を疑ってしまう、と思っていたが――。

「皆、悪しき者たちを捕らえよ」

 一斉に動き出す信者たち。
 足や腰に備え付けた短剣を抜き、ジワジワと俺たちに近づいてくる。
 ほんとこの世界の人間は武器が好きなようだ。
 と、いうより俺たちをここまで案内した男は……いないだと。どこかに隠れたか、それともまさか!

「やっぱ罠だった~」

 ユリアナは少し微笑んだあと、背後にある出口を指さした。
 
「そうでしょうね。さっきの男、教会から出て行ったわ」
「マジか……結局あいつどっち側なんだ?」
「状況からするに反イザベル派でしょうね」

 こうも冷静に話をしてるが、状況は少々――いや、かなりマズい状態に違いない。
 しかしこんなカルト教団にも信者がこんなにも多くいるとは。ちゃんとした宗教なら武器を持たず、争いの意思はもちろん他者を傷つけようとはしないはず。
 それが姉ちゃんのような悪魔であってもだ。
 まあ、悪さをしたらそりゃ仕方ないかもしれないが、今のところ俺たちは何一つ罪を犯していない。

「まずはあの悪魔をやっちまえ!」
「悪しき者に制裁を!」
「我が教団は女神の意思を!」

 今、逃げ出したところで無駄な足掻きだ。
 外に出れば、さらに手間がかかる。
 襲撃してきた連中が待ち伏せをしているかもしれない。だったらできるだけここでこいつらを無力化して早々に立ち去った方がいいかもしれない。

 てな感じで考えていると、姉ちゃんはパチンッと指を鳴らした。すると、近くまできていた信仰者が灰となり消え去ったのだ。
 燃えたわけでもない、一瞬で灰と化したのだ。
 床にはサラサラとした灰が散らばっている。

「ま、まさか……これほどとは」

 サラは姉ちゃんの力を目の当たりにし、一歩また一歩と後退りをする。
 まあ、力を見誤ったということだ。
 俺の姉ちゃんは綺麗で強い、それに色々とエッチだからな。

「始祖の魔王リリス――その名で間違いは……?」
「ええ、その通り。かつて彼の国で大災厄をもたらした始祖の魔王。生命を根絶やしにし、大天使すらも葬った」
「幾千年も前、天界を追放され堕天使となり憎悪の力でその界隈では帝王サタンの第一皇妃までの地位に着く。しかし帝王が他の悪魔と婚姻したことで関係が崩れ、帝王もろとも葬った、とおとぎ話には」
「謎の解説ありがとうね。けど、間違いが一つ。帝王サタンはただのお飾りに過ぎない。だからこそ目障りな玩具は葬っただけのこと」
「だったらそこの彼は何なのです! どう見ても――」

 姉ちゃんが人差し指を上に動かすと、サラの身体は宙に浮いた。
 そして開いた手を閉じると、苦しそうに首を抑えるもがき苦しんでいる。
 
「そこまでよ、灰になりたい?」
 
 額から汗を流し、必死に首を横に振るサラ。
 息ができないのか空中で足をバタバタさせている。

 それを見た姉ちゃんはサラを女神像の前まで投げ飛ばした。
 正直言ってもう姉ちゃんって何でもアリだよな。
 魔術とか剣術とか関係なく人を灰にするし、おまけに宙に浮かせて首を締め投げ飛ばすし、もういっそ異能と呼んだ方が正しいかもしれない。

 しかし姉ちゃんが始祖の魔王だと!?
 
 だったら殲滅剣は元々姉ちゃんの……いや、そんなはずはない。あれは自身の血と魂で創造した武器のはず。
 もし仮に本当に姉ちゃんが始祖の魔王なのだとしたら、とっくの前にこの世界には存在しないはず。自分の魂を犠牲にして殲滅剣を作り出したからだ。

 おまけに魔剣大会の時、確かに俺は自分のことを始祖の魔王だという女性と話した。
 名前は……名乗っていなかったが……。

 でもあの時、姉ちゃんは大蛇を相手にしていたはずだ。
 色々と説明がつかないことがまた出てきたな。
 それに学園長は姉ちゃんの本当の正体に気づいていないのか? もし気づいているならすでに魔王として魔国に君臨している――ああ、責務が嫌で逃げ出したって言ってたか。
 なら正体は知ってる感じか。

 俺の器の件もよくわからんままだし。
 ああもう頭がごちゃごちゃしてきた。

 サラはふらふらしてゆっくりと立ち上がる。

「ですが……リリスあなたは封印されたはず」
「所詮、人が張る結界などその程度。お姉ちゃんが天界を人をどれだけ憎んでいるか、知る由もないわね」
「お姉ちゃん……?」

 はい、早速姉ちゃんはやらかしました。
 格好をつけてるようだけど、今ので全部台無しだ。

「姉ちゃん。自分のこと『お姉ちゃん』って」
「仕方ないじゃない。ついつい癖で。これも全部ネオ君が悪いんだからね」
「え!? 俺が悪いの!? 責任転換もいいとこだよ」
「悪いのはネオ君なの!!」

 しかしふらついたサラが膝を着いたことで、信者たちは不安に駆られているようだった。女神イザベルの使者がこうも姉ちゃんに圧倒され、戦意喪失しているとそりゃ誰だって不安にもなるだろう。
 それにこんな状況でも手を差し伸べない女神という存在。
 結局は宗教は自己満足の世界だということだ。

「子羊よ、悪しき者を討つため力を求めるか?」

 ここは地下だというのにガラス張りの窓から教会に光が差し込む。その光を求めて信者は次々とそれに向かって歩き出したのだ。

「ああ、イザベル様!」
「救いの手が!」
「バカか? この狂信ども」

 教会に響く男の声。
 俺たちを襲撃したあの男――ケントの声だ。
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