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プロローグ
第1話 リィンの誕生
しおりを挟む春が深くなり、空に虹がかかり始める。ツバメがチュンチュンと囀り、うららかな陽気が眠気を誘う。
ここはクアドラード王国。
隣国のトリアングロ王国との国境に位置する辺境伯邸に、とある美少女が居た。
日傘の陰の中、その少女はお菓子を摘む。
睫毛を伏せて甘いお菓子を眺める瞳は黒く、それとは対称的に髪色は明るい金。金を練りこんだような細く柔らかな髪はふわりと風に拐われた。
その美少女の先には男女の双子が稽古をしていた。
キィンキィンと金属のぶつかる音がする。ああ、決着が付いたようだ。
男の喉元に突き付けられた刃を、女はスッと腰に戻した。男の持っていた剣はどうやら植え込みの方へ飛ばされた様だ。
少女はクイッと甘い紅茶で喉を潤した。
「リー、一緒にどう?」
「リアスティーン、貴女も混ざりましょう?」
笑みを浮かべながら2人が日傘の中に入り込む。
少女と同じ金髪の男は額の汗を拭うと微笑む。艶の輝く黒髪の女は優しい笑みを浮かべて、少女の肌を撫で髪を撫でる。
優しい手つきに心地よくなった美少女は思わず目を細めた。平和でのどかな貴族のアフタヌーン。男は机の上にあった果実をひょいと口に放り込ん──
「──確保ッ!」
両端から覗き込んでいた双子がか弱く可憐で小さな美少女の両腕を掴んだ。別名捕獲。逃げ出さないためにですね分かりたくありませんでしたが分かります。
「チィッ!」
貴族の淑女とは思えないほどの大きな舌打ちをして双子を動かした人物を睨みあげる。
「リアスティーン、そろそろ病弱な深窓の令嬢でパーティを断るのに限界な時期がやってきたよ」
金髪の髪を風にさらわせながら、彼らの父親であるローク・ファルシュが現れた。
どうも、そんな美少女こと私、名前はリアスティーン・ファルシュ。転生者である。
転生者である、と言っても私は転生時の記憶はあっても前世の記憶はない。前世が女であるのか男であるのかおかまであるのか、死因は他殺か自殺か事故死か、とんと見当もつかぬ。
多分思考回路の中で自然と出てきた言葉から察するに日本人だったのだろう。
そんな私が生まれたこの世界はファンタジー!
大陸と呼ぶには小さいけれど島と呼ぶには少し大きい。私はそんな海に囲まれた場所に生まれた。レーン島は2つの国で成り立っている。片方はもちろん私が今いる国であるクアドラード王国。ちなみに二国は停戦中。
クアドラード王国は気候と土地に恵まれた為、農耕が盛んに行われている国だ。
前世の知識がないとは言え、自我が早々に成立してる今世は順風満帆な道を歩いていた。
立つことや歩くこと、走ること。運動面に関しては体の使い方を知っていたので同学年では誰よりも早かっただろう。勉強面でもそうだ。数字とかベリーベリーイージーでこれは私の時代が来た! と思ったし、きっと神様が前世で苦労したから優しくしてくれたのだと思う。そんなイージーモードの人生を送る私。
本当に非常に優秀だったのだ。
ただ。
そう、本当にただ。
超優秀な私の唯一の弱点とも言えること。
「嫌ぞりッ! 私のキャラぞずっと固定資産すて引きこもりゅ!」
────喋ること以外は……!
「うん、深窓の令嬢キャラのまま家に居たいんだね。……却下に決まってるだろう」
「ぴぎゃん!」
言葉が分からないんです!
転生者(自覚)の私の1番の問題点はこの国及び世界の言語を習得するスピードが他と比べて圧倒的に遅いと言うこと……!
だってしょうがないじゃない。
日本語覚えた人間が英語覚えようったってそう簡単に行かないし舌が回らないでしょ。
学ぶ機会が無かったから?
いいえ、そんなことはない。ファルシュ家は辺境伯ということもあり文学も物理も魔法も全てビシバシと鍛えあげられました。
魔法? ありますよ。エルフ? いますとも!
そんなファンタジーな世界に転生したってコミュニケーション能力はどうともならない。世知辛い限りです。魔法、我ながら結構使えるのになぁ。
「くたばれハゲクソ親父ッ!」
「なんでキミは罵倒だけ流暢なんだい」
ご都合主義の言語補正はなかった様です。
転生者の私が言語を上手く扱えなくてもゲロ甘家族が甘やかしてくれたしコミュニケーションは取れた。
貴族の娘としていつかは結婚しなければならない。と言うか私は婚約者すらいない。このポンコツ言語が貴族として全ての足を引っ張っていたのだ。
国境の辺境伯だから中央にいる貴族と関わりが少ないこと、長女、長男の2人が学園を卒業し王都の騎士団に入ってること、それから私が末っ子三女であること。
そして私が他の家と交流しない理由をお父様が全てを『病弱だから』と誤魔化してくれていたこと。
それがこの14年間の全てだ。
「君は後1年で15歳。その意味がわかるね?」
……。
私はそっと顔を横に逸らした。
前世がどうだったか分からないが、この国の貴族には専用の教育機関がある。
6歳から12歳までが幼少学部。
12歳から15歳までが中等学部。
そして15歳から18歳までが高等学部。
幼少学部と中等学部はぶっちゃけ家で勉強してもいい。歴史だったりマナーだったり。
実際私も家庭教師を招いて勉強していた。異世界の勉強、簡単のようで難しい。地名とかね、歴史の人物とかね。……舌が、回らないんです。
話を戻そう。
高等学部は主に魔法だったり剣技だったりと実技メインで学んでいく。そしてそれとは別にメインに置いているのは『人脈』だ。うん、つまり高等学部は義務教育となる。
異世界事情~~~~~~~!
これが貴族社会の避けられない点か……。よし。
「逃げるしようぞ」
「ダメだ──ってほんとに逃げたなあの子!」
必殺、〝瞬間移動魔法〟
視界の中なら魔力使えば移動出来るんで! 拘束なんてあってない様なもの……!
パッパッと瞬間的にコマ送りみたいに景色が変わっていく。
「ウィリアム! レイラ!」
「牽制と捕縛をお願いね、ウィル。──〝身体強化〟〝脚力〟」
「〝デント〟」
突然現れた穴に足元を取られる。その瞬間姉さんが得意の身体強化魔法で黒いポニーテール振り乱しながら肉薄した。ヤバっ。
「〝ロックウォール〟〝4連〟」
生えてきたのは土壁。
ああ、視界を封じ込められた。
「捕まえたわ、私の可愛い妹」
姉さんは私をぎゅっと抱き締めて……。
訂正。──ギュッと関節締めて意識を落とした。
==========
「いや私ぞ家族誠に激しく酷くなきですか???」
宿屋のベッドの上で首を捻った。
そして現在に戻るってわけだ。
意識を落とす魔法なんていくつもあるって言うのに物理で来られると対処がしにくい。流石停戦中の国境を守る辺境伯の子だよね。
あれから、気付いたら宿屋に居た。
時刻は夜の鐘も既になり終わったであろう真っ暗闇。街灯もない異世界の夜は非常に暗い。ちなみに朝と昼と夜の鐘が鳴るとは言え、それは庶民の話であり1時間単位に区切られた時間は存在する。時計クソほど高いんだけどね。私が持ってた懐中時計はいつの間にか無くなっていた。
ちなみに服もやっすい服に着替えさせられていた。
何が目的なんだ……!
ベッドをバンと叩けばポケットからカサッと紙が擦れる様な音がした。
「ん?」
ポケットに手を突っ込むと案の定なにかのメモらしきものが。
えーっとなになに?
『やっほー愛する我が娘よ
キミは気絶したら長いから伝えることは手紙で失礼するよ。まず、キミの持ち物は全て奪い取った。今の格好は庶民の着る平均的な服装だ。左のポケットにはお金が入ってる。キミの暫くの活動資金だ。
さて、本題に入ろう。
キミには冒険者になってもらいます。もちろん、所持金から登録費は払ってね。
目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること。
キミが居る場所はお隣のグリーン領。そこなら比較的治安もいいし上手く立ち回れるだろう。冒険者として街の中の依頼を達成しながら他人とコミュニケーションを取りなさい
追記。外壁の外に出る時は必ず戦闘のできる大人と共に出る事』
即火中~!
私の手の中には魔法で燃やされた紙の残骸があった。
あ、やばい、胃がキリキリしてきた。
お金、ひとまず貰えるだけありがたい。えっと、お金の価値観を確か昔計算した気がするんだけど。どれくらいだったかな。
えーっと。
白金貨……1千万円
大金貨……100万円
金貨……1万円
銀貨……1000円
銅貨……100円
そう、確かこのくらい。これがこの世界の金の価値観だ。
そして問題の所持金。とりあえず左ポケットを探って金額を確認する。
銅色に、銅色に、銀色に、金色と見せかけた銅色に……銅色……銅色……。
……。
……銅貨5枚に銀貨1枚???? Wny???
つまり私の所持金は1500円しかないというわけだ。
ホントに最低限しか持たせてないし明日から速攻冒険者登録して仕事しなきゃ生きられない……。たった1日もサボれない。私のサボり癖知ってるな。いや、まじかあの親父。娘に対して容赦無さすぎじゃない?
あぁ、胃が。胃が。
こんな胃痛は転生して自分の国が停戦中とは言え戦争してる最中でしかも領地が国境だってわかった瞬間以来だ。背水の陣が過ぎる。
「すぅ……」
大きく息を吸い込む。
クアドラード王国のファルシュ辺境伯の第三女。リアスティーン・ファルシュ。
──改めまして、ただのリィン。
明日から、お隣の領地で身分を隠しながら冒険者になります。
そう、冒険者いう名の、言語不自由卒業の旅なのです。
「人生ってクソぞーーーーーー!!!」
「嬢ちゃんうるせぇよッ!」
隣の部屋から苦情が来たので黙ります。
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