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プロローグ

第4話 魔物の電池は魔石

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 コイツなんもしてねぇな。

 兎討伐の休憩中にふとそんなことを思ったお腹の空いた午後。

「はい、ライアー先生!」
「はいなんでしょうリィンさん」

 元気良く手を上げた私にライアーは指さした。人を指さすんじゃない。

「魔物と獣の違うは何ですか?」

 コテンと小首を傾げると、ライアーはよっこいしょと言いながら草原に座り込んだ。おっさん臭い座り方だ。

「魔石の有無」
「単純」
「それ以外説明のしようが無いだろ……」

 貴族の勉強は市民が必要とする勉強とは違う。沢山ある言語を勉強したり、数字を勉強したり。
 要するに一般常識は圧倒的に足りてないってわけだ。

「魔石っていうのが何に使われてるのかは知ってるな? ……知ってるよな?」
「まどーぐ!」
「安心した」

 魔石は電池だ。生活のほとんどに魔導具を使う。私の屋敷にも魔導具がある。明かりとかお風呂とか冷蔵庫とか。色んなものに使われてある。生活必需品だ。

「魔石には色があるな?」
「た、ぶん?」
「はーー。そっからか」

 地面に置いていたスライムの魔石を手に取った。

「ほら、水属性の魔石。これもって魔法使ってみろよ」

 コロンと手のひらの上に転がされる魔石。
 水属性の魔石。と言われたそれは淡い水の色をしていた。

「すぅ……」

 手のひらに乗せたまま呪文を想起した。

 〝ウォーターボール〟

 いつも通りの魔法を使うも、球体が上手く保てずパンッと小粒の水球になって飛散する。
 魔石の補助で属性魔法の強化ができるのか……!

──パリン

 魔法が発動した瞬間、魔石はキラキラとした砂に変わった。それは風に溶けるように輝きながら空へ巡っていく。

「はわぁ……」

 綺麗だ。
 今まで見てきた景色の中で1番綺麗だ。

「消耗品なのですね」
「世間知らずにも程があるだろ……」

 多分メイドさん達はそんなことに気付かせない天才なんだと思うんだ。陰の者だね。

「ライアー、ライアー、これ、属性は種族別ぞ?」

 わー! と興奮しながら近付くとライアーは距離を取ってブツブツ呟く。内容が『ぞってなんだ』とか、私の発言を噛み砕いて取り込んでるところなのは気付かない振りをしておく。

「スライムは基本水属性。ま、種族に依存するな。時々変異種が現れて、スライムでも火属性の魔石とか取れるらしいが」
「スライム自体の種族ぞ派生すた、というわけでは無きです?」
「……。あぁ、種族進化か。それとはまた話は別」

 種族進化……!
 また知らない単語だ。

 勉強不足が身に染みて分かる。貴族としての勉強は歴史や文化や文字が多いから! (2回目)
 そう、決して。日常生活の会話ですら手こずって市民一般常識にまで手が回らなかったとか。そんなことはない。
 うん、無いのだ。私が無いって言ったら無い。

「ちなみに無色透明の魔石はハズレだからな」
「ハズレ?」
「なんにも使えないからハズレ。冒険者の中ではクズ魔石って言われてる。回収したら一応銅貨1枚でギルドが買い取ってくれるぜ」

 ライアーは腰に下げた袋から携帯食を取り出して食べ始めたので私もスススと寄ってねだってみる。
 無言で口を開けたら嫌そうな顔をして、私と携帯食の距離を離した。なんて畜生な!

「ケチ!」
「ハッ、言ってろ小娘。欲しけりゃ自力で奪うんだな」
「誰か助けるしてーーーーッ! おっさんに犯すされるーーーッ!」
「おい! おいやめろ! ほんとやめろ洒落になんねぇ!」

 遠くで荷物を運んでる冒険者らしき姿が街の外壁に向かって歩いてみたのでその方向に向かって叫んでみた。叩かれた。

 なるほど、普通の冒険者は陽がまだ高い状態で仕事を終わらせるのか。

「おーーい! さーーすーーがーーにーー!」

 遠くの冒険者が大声で叫ぶ。
 距離のせいで霞む声が聞こえた。

「未成年はーー! どうかと思うぞーーーー!」
「趣味じゃねぇよクソバカリック!!!」

 隣からの飛び出た大変に失礼な大声のせいで耳が痛い。

 じー。
 じぃーー。

「……。おい、視線がうるせぇ」
「知る合う?」
「知り合いな、知り合い。あいつらここ唯一のクラン組んでんだよ。つーかこんな田舎町じゃ冒険者はほぼほぼ知り合いだろ」

 踵を返して背を向けた冒険者の2人組を指さして言う。

 ほほう、クランとな。なるほどクランね。うんうん。うん。

「……クランとは何事ぞ?」
「おまっ、どんだけ世間知らずなんだよ」

 大変に面目ねぇ。
 ライアーはため息を吐いて説明をし始めた。

「クランってのは冒険者同士のグループだ。例えば採取をメインに活動したい冒険者が集まって、その日空いてる奴とパーティを組む。Cランク以上の冒険者限定クランとか、ランク規制掛けてる奴らは戦闘メインだな」

 ふむふむ。
 重きを置いてる活動に合わせたクランでパーティを組むのね。パーティ、組みやすくなるわけだ。

「興味無きぞ……」
「まぁパーティやクランって言ったって冒険者ギルドの正式なグループってわけじゃねェから、俺はソロが気楽だな。朝の鐘で活動し始めんの馬鹿らしいし」

 わっかるー。
 鐘の音で目が覚めるなら兎も角、朝日と共に活動し始めるのは大変に馬鹿らしい。怠惰で行こうよ怠惰で。堕落しようじゃない!

 時間にそこまで執着しなくても良い貴族に生まれて良かった。今は庶民だけど!

 だけど問題は大人がいないと外に出られないということ。参った。ほんとに参った。

「さて、嬢ちゃんよ」
「……はい?」
「依頼には報酬を。貸しには恩を。それは正当な取引だよな?」

 悪い大人がゲスの様な顔で私を見下ろす。
 ニヤリと悪質な笑みを浮かべたソイツは、あと数時間で陽も落ちるだろう人気の少なくなる森を指さした。

「身体で返してもらうぜ」

 ゴクリと息を飲んだ。





 〝エアスラッシュ〟……!

 頭の中で唱えた魔法名が目標となる枝にヒットする。
 ボトリと落ちて来たのは果実。

「いやー、楽勝楽勝。夕暮れの実の採取は魔法職が居るに限るな」

 森に入ってしばらく着いていくと、枝の先に果実が付いたポールハンガーの様な形をした樹だった。葉っぱはない。
 このおっさんは枝を切って果実を落とせという簡単な使命を出したあと、樹にもたれかかって寛ぎ始めた。

 陽も傾き空がオレンジに染まっている。
 落ちて来た果実を手にする。ごつりと硬い。果実というより殻の様だ。重さもある。

 染め上げられた空と同じ色をしたソレを私は──。

「くたばれッ!」

 ぶん投げた。もちろん寛いでらっしゃるおっさんに。

 ゴッツーン、と私の頭と同じくらいのサイズ感をした最早砲弾と言っても過言ではないソレが綺麗に命中した。ヒュウ、流石私!

「おっ……前……ッ! 何してくれてんだクソガキ!」
「落ちるした物くらい拾うしろおっさん!」

 実を落として拾って仕舞って。
 そんな魔力も体力も使う作業を私1人が全てやっていたけど、3回目で堪忍袋の緒を引きちぎった。未成年の美少女に何させてんねん。

 おっさんはビキビキと血管を浮き出しながら立ち上がって私を見下ろした。

「は~~? 周囲の警戒してやってる俺に向かって何言ってやがんだ魔法職さんよぉ?」
「その魔法職の投石程度避ける不可の貴様如きがどの口ほざくすてるぞ? 前衛職さん?」

 上からの威圧感に対抗するように腕を組んで顎をしゃくる。

 一触即発とはまさにこの事。
 大人げないおっさんのために同じ土俵に下がった私が更に言葉を重ねようとしたその時。

 バキッ。

 木の折れる音。
 影が、体を飲み込む。

「…………」
「…………」

 お互い無言で見つめ合って、横からの死の匂いに同時に振り向いた。

「グルルルルルル……ッ!」

 涎を垂らした灰色の鱗をお持ちのトカゲみたいな。

「ぴっ」

 その捕食者は大口を開けて被食者を、つまり私達に牙を向けた……!

「ぴぎゃああああああッッッ!!!!」

 脱兎──!
 蛇に睨まれた蛙、鷹の前の雉、鼠の猫にあう。
 荷物なんて何も持たずその場から爆速で走り出した。別名逃げ出したとも言える。

「あばばばばば、ま、おっさ、おっさんアレ何事ぞ!?」
「喋んな逃げるのに集中しろ!」

 雄叫びを上げながら追い掛けてくる魔物。雄叫びを上がら逃げる私。

 いやあれが獣であってたまるか。
 どう考えてもドラゴンとかそういう類いだけど!?

 おっさんは剣を振るうことなく片手に持って私のスピードと並んで逃げている。

 やばい! 食べられる!
 本能的に感じて理性でも同じ判断を出した。ワンアウトです! スリーアウトにならないだけマシだと冷静に考えた。嘘だちっとも冷静じゃない。

「ふぎゃあああああああッッ!」

 やめろやめろぉ! 来るなぁ!
 横にいるおっさんを食べろ!

「悲鳴の途中で悪いがアイツはワイバーンだ!」
「うぎにゃあ!?」

 ツーアウトです。現状を教えて貰っても絶望感が増しただけだった。

 ……いや本気で勘弁して!

 すたこらさっさ、と言いたいところだけどライアーも私も脇目も方角も何も気にかける事が出来ないレベルで全力疾走している。
 『地獄の家庭内訓練~永遠の愛おに~』のおかげで体力はもっとある筈なのに、緊張で心拍数が上がっているからか激しく息が切れ始めた。

「こにょっ!」

 私は大口開けるワイバーンに向かって無言でファイアボールを叩き込んだ。

「おまッ」

 首根っこ引っ掴まれて逃げる一択に戻される。

「何故邪魔ぞする!?」
「魔法耐性が高ぇんだよ! 逆上するだ……け………………」

 ──森を抜けると、そこはワイバーンの巣でした。(賢者タイム)

 スリーアウト。チェンジです。

 後方に怒るトカゲ野郎。前方に3匹は確実にいる。
 ハハハ、と乾いた声をあげたライアーが言った。

「二手に別れよう。お前右、俺は左な。それじゃ、健闘を祈る」
「逃がすなるかてめぇ!」

 ハッと正気に戻って逃げ出すおっさんの服を掴む。
 囮にする気だな、囮に!

 再び走り出した私たちをソレらは追い掛けて来る。空から、地面から。

「ぷぎゃああああ来るな来るな来るなーーーー!」
「くそったれッッッお前のせいで巻き込まれたッッッ!」
「はーーーー!?」

 このおっさんを戦闘不能状態に陥らせて餌にする方が生き延びれる気がする……!
 私確かに運は悪いけどこの現状は流石に私のせいとは言えないのでは。というか。

「殿は任せるしたッッ!」

 〝瞬間移動魔法〟
 魔力は体力も同然。視界内の移動だとしてもめちゃくちゃ疲れることには変わりないのだが標的をおっさんに移せばお釣りが来る!

「ハハハハハハハハ」
「ぴぇっ!?」

 爆速で追いかけて来た。普通、瞬間移動魔法に脚力で追い付く!?
 必死の形相のおっさんに追いかけられる美少女。うーん、退場です。

「ハハハ、俺とお前は一蓮托生だろ相棒。──ここまで来たら1人だけで逃がすかよ」
「最後ぞ本音ですよね!!」

 分かる。お互いにお互いを犠牲にしたいし自分だけでも助かりたいよね。
 そうはさせるか。

「ガアアアアアッッ!」

「ぴぎゃああああああ!」
「おわああああ!?」

 目の前の男と争ってる暇は無いんだった──!


 ==========



「つ、疲れるした……」
「つ、疲れた……」

 とっぷりと陽が暮れた夜中。街に入るための門で息を切らしながらギルドカードを提示する。

「遅いお帰りだな。迷子にでもなったのか?」
「ワイバブッ」
「あァ、まぁな」

 門番の質問に答えようとしたらライアーが口を塞いだので何も喋れなくなる。噛んでやろうか。

「モゴモゴ(何故止めるぞ)」
「……(今言うとすぐ寝れなくなるぞ)」
「……。」

 今すぐ寝たい。

 だろ? と言いたげな顔と眠そうな目で訴えてくる。夕方から全力疾走で逃げ惑ってたんだから、ぶっちゃけ早く寝たい。
 ワイバーン、多分討伐推奨冒険者ランク高いはず。だってあんなに怖かったもん。

「そういやライアー、その子は?」
「リリーフィアちゃんにパーティ押し付けられた」
「子守り……」
「もうツッコミもめんどくせぇ……宿に戻る……」
「おー、お疲れ」

 ライアーの後ろからぴょこっと顔を出して門番さんに笑顔を見せる。

「私リィン! よろしくです。言語不自由です、許すしてっ」

 門番とのコミュニケーションは必要不可欠。
 私は愛嬌を振りまくよ。

 あーー。疲れた。
 それにしたって私が冒険者向いてないことがよく分かる1日だった。魔物怖い。どこが弱点とか、分からないもん。
 未知で未知で意味不明。

 分からないからすごく怖かった。

「ライアー、本日はありがとうござりますた」
「なんも収穫無かったけどな」

 それじゃあまた会いませんように。
 そう思いながらペコッと頭を下げて宿へ向かう。もう眠い。疲れた。

「……。」
「…………。」

 未だに横を並行して歩く無言のライアーから距離を離すように早足で歩く。
 対抗する様に速くなった。

 角を右に曲がり、まだ進む。
 横には変わらずおっさん。

「…………着いてくんじゃねぇよ無一文」
「自意識過剰にも程ぞあるですよ?」

 イラッ。

 トコトコと歩く速度をまだ上げる。

「チッ、大体お前はなんなんだよ! 可愛い顔しておきながらクッソ口と性格悪いし知識なんもねぇしなんで今まで生きてこれたんだ!? 突然どっかから現れたわけじゃあるまいし!」
「は!? 性根が顔面に現れるした貴方に言うされたくは無きですね! 前衛職なら前衛職らしく殿でもすれば良きですたのに!」
「俺には秘策があったんだよ秘策が! お前がいるせいで使えなかった秘策が!」
「ほー! それはお伺いしたきですねぇ!」
「ソロ冒険者の手の内誰が明かすか!」

 ドスドスと走りながら左に曲がる。近所迷惑ものともせず、大声で言い争いながら宿へ向かう。

「「ーーーーッッ」」

 バンッと宿の扉を開けたら隣にいる男に声を上げた。

「何故着いてくるぞ!」
「なんで着いてくんだ!」

「あんたら近所迷惑だよ。……と、昨日と同じ部屋でいいかい。丁度隣同士だしね」

 深夜まで起きている宿のおばちゃんが私達を見てそう言ったので理解する。理解してしまう。
 私とおっさんは互いに目を見開いて顔を度突合せた。



「「──隣の部屋!?」」
「近所迷惑だって言ってんだい! 黙って寝な!」
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