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戦争編〜序章〜

第113話 ライアー(下)

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 王都に向かう旅路でクアドラードアドベンチャートーナメントの話が出た。

 道中、クライシス・元グルージャの存在を知りとても動揺したライアーだったが、こちらの面識が無い以上あちらにも無い為下手に接触をせずに静観する形で様子見となった。

 小娘がぶりっ子消費しながら情報を得ている中、気になるワードが飛んできていた。

「第2王子が?」

 ルナールは別に戦争前の作戦の全てを知っている訳ではない。
 だが、お互いの連携を取る必要があるミッションなどを熟す為に仕方なく協力する場合がある。

 伝令からの情報などを考えて、察せるところはある。

 確か王都にずっと拠点を構えている鹿が第2王子の話を集めていたな、と。
 そもそも王子王女は邪魔な存在だ。敵対国の超重要人物。確か従弟である元ルナールによれば王女は全て居なくなったと聞く。……まあ第1王子と同じように海を挟んで外国に留学していれば手が出せない訳だが。

 再戦の予定時間まで猶予は少ない為、今更ライアーが情報を得たとしてやれることは少ない。
 自分の任務も完璧に熟せていない中、他の奴らまで手が回るか。

 連携はとんでもなく苦手だった。





「──狐の疑惑がある貴様らを、第2王子誘拐の疑いで拘束させてもらう」

 容疑を掛けられた順番、ライアーは思考が止まった。

「(第2、王子!?)」

 トリアングロ王国の幹部としては心当たりが無い訳では無い。絶対これ鹿の仕業だな!? 確信した。
 それはそうとして狐の疑惑にたどり着くってどういうことだ。

 ライアーの頭の中はぐるぐると無意味な思考回路に染まる。

「いや、は、え、どういうことだ?」

 狐だとバレた? いやボロは出てない筈だ。それに王都に来てからはまだ何もしていない。夜の活動をしたくとも連日の冒険者大会と人の目、そして地理の把握、魔法を必要とする土地柄により阻まれていた。
 疑われる要素など全くなかった。
 『王都に住んでいた(※ただしどちらの国とは言わない)』と言った以上土地勘が無ければ疑われるため、冒険者ギルドに向かうのも移動するにも『リィンの自由にさせている』スタンスで大人しくしていた。

 街の外には結界で記録されるため早々出られないことを考え、本当に真っ白と言ってもおかしくなかった。

 どうして、なぜ。バレたか?

「──おいこら開けろやオラー! てめぇ私ぞ誰か知らぬな!? 知らぬな! グリーン子爵ぞ呼べ! 今すぐ呼ぶしろ! 早急そうきゅう早急さっきゅうにナーウッッ!」
「俺より動揺しているやつがいると落ち着く……」

 クアドラードの狐が騒いでいる姿を見て心からの本音が零れた。

「ライアーよく落ち着くが可能ですね!」
「いやこれでも激しく動揺している。圧倒的に意味がわからん。ただお前の動揺っぷりを見ていると段々落ち着いてきた」
「意味ぞわからぬ」
「ほら、俺らの周りには真偽に関しておあつらえ向きの冒険者がいるし、やってねぇことをとやかく言われても魔法でどうにかなるだろ?」

 よく考えればこの国で狐と疑われる心当たりがあるのは自分だけではなくリィンもだということに気付く。

 逆に王宮に少しとはいえ入り込めたことを前向きに考えようとライアーはくつろぎ油断させる方向に出た。
 荷物検査も牢屋を分けることもしない、さらに言えば手枷を付けるなどの拘束をしない。そんなずさんな状況下、いざとなればリィンを使いトリアングロに逃亡出来る。焦る方が無駄だ。

──コンコン

 響くノックの音にライアーは顔を上げる。
 そして入ってきた尋問官は退出をした。

 心当たりが、あるようなないような。
 顔が知られているとは思わないがクアドラード王国内で裏切り者の処刑をしてきた自分だ。魔法で何かしら、などあるかもしれない。潜入をしている以上、完全に何もしてないとは言えない。
 あと、もしかするとクアドラード内部に潜んでいる幹部の可能性もある。ライアーは無難な反応を返した。


 尋問は続く。
 交渉はリィンが前に出る、という今までの習慣が幸をなしてクアドラード王国側同士で勝手に潰し合いをしてくれている。


「──やはりキミ達はトリアングロの手の者のようだな」

 唸るような低い声で大臣が告げる。

「ダクアで起こったスタンピード。丁度キミ達も居合わせた。そしてそこには、女狐という仮面を被った魔法職も居たという」
「……は、いや待つ。いや本格的に子爵ぞよぶして」
「更に。トリアングロには狐の名を持つ幹部がいる」

 俺だな。

スパイカラスの名を出したのがその証拠だろ? トリアングロの狐め」

 俺だなぁ。

「ぴぁぎょあ!!??? いーーーーー!!!」
「言葉を忘れた魔物・・が喚きよる……」
「せめて魔族と言うすてライアー!?」

 疑いの目は自分より向けられるべき怪しい奴がいた。ライアーは完全に冷静さを取り戻している。

「……大臣サンよォ。コイツが第2王子サマを殺してもいいってのか?」
「ライアー私ぞ黒幕に仕立て上げるすて楽しい????」
「めっっっっっっっっちゃ楽しい」

 めっっっっっっっっちゃ手っ取り早い。
 自分は運が良いのだと、トリアングロの狐は改めて考えた。


 リィンから見れば、だらだらと何も考えて無いように見えたかもしれない。むしろそう見えるようにした。
 自分の『スパイであるそういうところ』は見せたくない。




 100点満点中60点の合格ラインしか越えられてないが、ルナールはスタンピードを起こしたあとに行う任務が二択あった。王都に向かうか、ファルシュ領に向かうか。
 一つ、王都での再戦宣下。

 そしてもう一つ。

「ファルシュ領の領主様のお子さん」

 クアドラード王国最大のジョーカー。ローク・ファルシュを押さえ込む為に、弱点を探るか、だ。

 伝令からの情報で『ローク・ファルシュ人間味が出た』と聞いた。20年以上も前の面影を全く知らないため、あまりしっくり来なかったがわざわざ伝令が走って持ってきた情報という事は重要な事なのだろう。

 ローク・ファルシュは厄介だ。

 ルナールが、というよりトリアングロ王国も考えているローク・ファルシュ無力化の策は、情報を踏まえて一つ。『人質を取る』という事。

「…………………………おま、お前はまじか」

 だからこんなばったりファルシュ娘との伝手が出来ると言う幸運、普通驚くに決まっている。……残念なことにライアーの手を弄り回している金髪もファルシュ娘だ。


「……は!」

 えっ、ということは俺の過去最悪の疫病神はコイツで幸運の女神もコイツってことか?

「お前本当にふざけんなよ」
「唐突な罵倒やめてくれませぬ?」

 本当に巫山戯るな。女神に謝れ。




「──いるじゃなきですか! 奴隷! 戦闘も出来て、品格ぞあって、死んでも心ぞ痛くない奴隷!」

 その時、奴隷制度を思い出して頭を抱えた。




「とても複雑なんですけどどういう神経してるんですか?」
「ほほっ、想像外で正直ドン引きですな」
「お前の神経を疑う。本当に疑う。この世の全てに謝れ。どうするんだこれ」

 カジノに向かう人間の内半数がトリアングロ王国所属なんだが。

「あーー嫌だ、本当に行きたくねえ、死ぬほど嫌だ。あーー帰りてえ。一切の嘘偽り無くペインの目の前でも言ってやる、めちゃくちゃ帰りてぇ」

 グランドカジノといえば鹿の幹部であるべナードの根城だと言うことは流石に潜入している中では常識的な知識だ。
 つまり奴がこの状況を見たら確実にパニックに陥るだろう。グリーン子爵がいる限り『トリアングロ側に寝返ったクアドラード国民』という説は出ないだろうが、シュランゲが奴隷堕ちしたことはどうせ知られている。

 せめて五分五分ではなく割合が変われば精神的に楽なのだが。

「あれ、クライちゃん。ペイン達は?」
「(ブンブン)」
「ふぅん」

 誰 が 増 や せ と 言 っ た 。

 死ぬほど帰りたくて仕方がない。ライアーは頭を抱える。
 再戦宣言予定まで時間も無い。本当に、ここでバレたら今までの全てが無駄になる。

 グリーン子爵が抜けた以上、これでリィンを囲んでいるのはトリアングロ幹部という事になった。これは、傍から見れば確実にトリアングロ側の少女の図にしか見えない。




「ようこそ新たなお客様。私はこのカジノのオーナーをしております、レヒト・ヘレティックと申します」

 この男の視点では、完全に味方に見えてしまう。



「ね、それよりもっと面白き賭けとか無いです?」
「おや。例えばどのような?」
「ん~、例えるなれば。そうですね」

 まずい。瞬時に察した。

「命、とか?」
「ッッ!」
「だって最高にスリルでは無きですか? あぁ、20年前を見るしたかったものです」

 下手に口を漏らすな、最後の最後でヘマをするな。
 ライアーは焦りながら届かない祈りをべナードに向ける。まぁ、祈りなんて無意味なものだが。

「命を賭けるなら、魔法より刃ですぞね……」
「──いやお前ただ黒幕殴りたいだけだろ」

 ……多少怪しまれても今までのキャラ設定を無駄にさせない。

 思わずツッコミを入れた、という体で情報を渡す。『こいつは戦争を起こそうとしている側の人間ではない』と。ここでは他の貴族の目もあるため力技で止めることは出来ない。


 あとは水を得た魚……鹿の手の平の上だった。
 胡散臭さは隠せないが、リィンは『味方自分』がいることもあって油断をしていた。



「ライアー、後で覚悟すておいて」
「嫌だ。普通に断る」

 ぼやぼやと会話をしながら廊下を進む。
 リィンの少し後ろを進むライアーは人の気配が無くなるのを待った。

「悪きと思ってる?」
「思ってる思ってる。……実際無意味な演技だったんだし別にいいじゃねぇか」

 ライアーの視界にはリィンの背中が見える。気付いてないのだろうが腰のリボンに着けられた魔導具が視界に入っていた。

 遠距離操作型なのだろう。
 自分に『伝令』が接触しなかったことを考えるとべナードが発動スイッチを持っている可能性が高かった。

「おっさん!」
「チッ、地獄耳め」

 そう呟いた瞬間、爆ぜるようなバチッとした音が耳に入り混んだ。

 リィンの体が崩れ落ちる。


 ライアーはその手を伸ばし、リィンの腰を掴んだ。
 地面に倒れる前に、体が痛まぬように。咄嗟の行動。


「……お前、何してるんだ」
「衝撃で起きたら困るだろう。こいつならやりかねん」
「これ本当になんなんだよ……」

 俺にも分からん。
 ライアーはリィンを大事に大事に抱き上げて、そう言った。
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