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戦争編〜序章〜
第114話 さようならアイボー
しおりを挟むべナードが起こさないように大事に運ぶルナールを見て思ったことを、ポロリと口に出した。
魔導具で気絶した子供は電気が体に溜まっている為痺れるだろうに。
「そんなに相方が大事ですか」
そしてルナールを見てゾッとする。今にも腕に抱いた子供を殺しそうな目でこちらを睨んだからだ。
そ う 見 え る か ?
「…………(ヒクリ)」
思わず頬が引き攣る。
べナードは14年前からクアドラード王国で潜っている。
つまり、若い時のルナールを知っていたのだった。
「(こいつ、多少無駄を楽しむ心が生まれたかと思ったが)」
ギリ、と拳を握り締めている姿を見ているべナードは苦い顔したままであった。
「(全くそんなことは無さそうだな)」
グランドカジノ経営者は、無駄を楽しむ性質だ。
「おや。時期的にこれから再戦宣言でしょう。その子を殺さないので?」
「あ、出来る限り戦争始まるまで殺さないでくださいよ。私だけとは言えど契約もありますから」
間髪入れずに殺しを禁止した。
「今、こいつを殺しても無駄だろ。俺の苦労が無駄になる」
シュランゲの言葉にルナールが真顔で答える。
「こいつにはまだ仕事が残っている。こいつを、王城までおびき寄せる」
「……は?」
「クアドラード王国が猶予期間の間に降伏してくれりゃ、1番早い。他の奴らの準備は無駄になるが、消耗品は無駄にならないし何より俺が仕事が出来る人間だって評価に繋がる」
「そりゃまあそうですけど、それがこの子を王宮におびき寄せる事となんの関係があるんですか?」
「来たら俺かお前が反撃せざるを得ないだろう。その反撃で死んでくれりゃ脅しになる。それでも生きていればこいつの口から与えられる情報で、俺たちの準備の本気度が伝わる。クアドラードがこいつを仲間と疑うならそれでもいい、内輪揉めの潰し合いほど楽なもんは無い。それでこいつがこっち側に付くならそれはそれだろ」
災厄に好かれた少女はどちらに転んでもどう転んでも有利にしか動かない。とルナールは説明する。
「それに」
誰にも害されないように。守りながらルナールは告げる。
「無駄にされた分、こいつは絶望させてから殺す」
ルナールの全ての苦労の生き証人がリィンだけだった。だから、唯一の証人を最期まで使うのだった。
==========
「というわけで奴隷身分のお前らには命令されないように大人しくしてもらいます」
「はーい」
シュランゲはべナードの言葉に元気よく返事をする。
凄く普通に、そりゃ一般的な意味での普通に座っている元グルージャ君など見ないふりして。オイラ、別に奴隷身分じゃないんだけどネー。
「はぁ、ルナール殿にも困ったものですね」
「いやお前にも困ってるんだが」
べナードは深くため息を吐いた。
「当初の予定では私が疑惑の目を向けられるべきポジションでしょう。当然ボロは出しませんが。その分シュランゲさんとグーフォさんが動きやすくなり、国の中核に、と」
白蛇シュランゲと梟グーフォはクアドラード王国にとっても重要なポジションに着いている。
それは彼らが本命だったからだ。
「ところがどっこい、蓋を開けりゃ怪しい路線の私が生き残り」
「死んでませんよ」
「というかグーフォさんもですけど、貴方はより一層戦争中も残ってなきゃいけないタイプでしょう」
6人の内の4人は再戦宣言要員。2人は潜伏要員だった。
「大体、ローク・ファルシュ対策がまだ終わってないというのに」
「……おや、それなら私が打てますよ。対策」
「……はぁ??!??」
実はトリアングロ側の計画は細かいためガバも多い。
伝令が走り回り情報を調節し共有し、誰かが誰かのフォローに回ることも多かった。
ちなみに伝令は蛇サーペントの指示によって動いていた。
「ローク・ファルシュ殿の末娘、リアスティーン・ファルシュ嬢ですが。彼女は今辺境伯にいらっしゃいません。父親である彼も基本的に把握してない様ですので」
「お、おいおいおい。深窓の令嬢がどうしたって家から離れているんだ」
「それに関してはなんとも。まあ予想は出来ますが」
シュランゲはズズっと出された紅茶を飲む。
一息ついて再び話をし始めた。
「とにかく、べナード殿は1度国境の街のファルシュ辺境伯対策に寄るのでしょう。ハッタリでもなんでも良いので、ローク・ファルシュを脅す際にはこうお伝えください」
──娘さん、魔法はお上手ですが人を疑うのが下手ですね。
シュランゲは最初の約束の通り、リアスティーンが誰か、は言わないまま。
ルナールのやり口はまどろっこしいやり口だった。リィンは大人しくしていろ、と。庇護対象として牢屋の中で追い打ちをかけるものだった。
ルナールの予想通りリィンは魔法耐性に優れているのか魔導具を使って気絶させると起きるのも早いものだった。べナードがシュランゲと話をした数分の間に既に目が覚めていたからだ。
……これはあの場で殺さないのも分かるな。イレギュラーが起きやすい。
あとは知っての通り。リィンは手の平の上で踊った。
「さて、Fランク冒険者ライアーさん。ライアーの出番はお終いです。さっさと大人しく消えて貰いますよ」
「俺の軍服」
「少しは雑談を楽しむとか出来ないのかお前!」
出会ったばかりに比べ、扱い方は知っている。
どうやってかは知らないが警備の目をかいくぐり謁見の間に現れた少女は、ルナールを見てすぐにライアーであるということに気が付いた。
知らなければ、追いかけてこなければどれだけ救いになったことやら。
だが。少女は絶望した。
ルナールの思い描いた通りに。
==========
「──語る時間が無駄」
ズバッと言い切ったルナールに、ぶっちゃけそう来るだろうなって思っていつべナードはため息を吐いた。
「いや……まぁ……あれは一言で表せるような存在じゃないですね……」
「………そんなに厄介な子やったん?」
海蛇アダラが首を傾げる。ハハハと苦笑いしか浮かべないべナード。そもそも魔法職って時点で嫌悪感しか湧かない魔法アレルギーの猿シンミア。
「しかしあれが女狐……。うーん納得しますけど。というかあれからどうなったんですかね」
「くたばっては無いな」
手応えがなかったわけではないが仕留め損なった。
「どうなってもどうせ俺にはもう『どうでもいい』、目の前に来たら殺す。ただそれだけだ」
「(……あの時、自分が殺す、みたいな目をしておきながら)」
「ふふっ、うちはな、あんたみたいな分かりやすい子は好きやでぇ」
アダラが愉快そうに笑みを深める。全く気持ちが分からんな、とサーペントはそっぽ向いた。
「うちのヘビちゃんみたいに『片割れさえいればいい』って大事なもんわかりやすい子がいっとぉ好きやんなぁ」
「はっ、お前に好かれても」
「狐は評価があればええんやろ? 良かったやないの、あんたトリアングロの国民で。努力した分だけ、幹部に長く居られる。分かりやすくて不正が出来ひん仕組みや」
ただ、とアダラは言葉を続ける。
「あんた、うちらの中じゃ弱い方やってわかってるん? あんまり舐めた口抜かしとると、上から踏んずけられておじゃんになってまうで。今までの人生、ぜぇんぶ」
背筋がぞくりと震えた。
ルナールはアダラを横目で見ると腕を組み直す。
「──序列の下から殺されるんやのぉて、上から殺されるんも、頭を入れときぃや」
「ご丁寧に、どうも」
ルナールは鼻で笑う。
「肝に銘じて起きますよ」
これ以上無意味なやり取りを続ける気はサラサラない、と言わんばかりにルナールは受け取ってそのまま横に置いた。
「いい子やねぇ」
物分りが良くて上等。
それが演技だと分かっているが、アダラは素直さを見せてくれるならそれでいいのだ。
特にルナールは扱いやすい部類。
努力に評価を与えれば良いだけなのだから。
「はぁ~~~~? そこはファイトしろよお前ら! 娯楽万歳、楽しんで行け──なんでもないですよ」
「……お前、本当にカジノオーナー向いてるよな」
無駄を楽しむ性質は無意味な空間にピッタリだ。鹿の皮が剥がれたべナードにサーペントはため息を吐く。
ひと仕事終わった奴らは楽しそうだな。
ちなみにサーペントはこれから犬シアンと作戦の立て直しもあるので結構忙しいのだ。
「…………さて、ローク・ファルシュさんの件はどうなりますかな」
べナードは国境担当の蛙と鯉の現在を案じた。
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