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戦争編〜第四章〜
第178話 嵐の前の静けさは静寂ではない
しおりを挟むクアドラードには悪魔がいる。
トリアングロ王国の砦にいる誰かがそう呟いた。
突然だった。
連合軍の小部隊をまとめる大尉が瀕死の状態で戻されたのは。
「黒い、悪夢だ……!」
大尉が震える声でそう言った。
その姿は片足が砕かれており、もう二度と歩くことは許されないだろう。片目も潰されてあった。片腕は焼きただれていた。その恐怖を伝える口だけは、呪詛を聞く耳だけは、無事だった。
「ただ目的もなく、何を問うまでもなく、喜ぶように拷問をかける姿が……! 目に焼き付いて離れない……っ!」
イカれてる。
何かの情報を聞き出す素振りがない。ただ純粋な興味と好奇心で、悪夢を見た。
ただの少年だった。
その悪夢に出会ったのは前線に出ている者だけではなかった。砦の中にいる雑用、指揮官、食糧を届けに来た配給部隊の下っ端、給仕、身分も性別も様々。一人一人、ご丁寧に、死にかけで戻ってくる。
「次は誰なんだ」
「戦いに無関係の者まで」
「内通者がいるのか?」
たった一日で起こった不穏な気配は砦中を覆い尽くした。なぜなら、身分も性別も様々だから。
最初の犠牲者で、悪夢を広めた大尉はその日、舌を噛み切ってこの世から逃げ出した。
悪魔の暮らす地獄から。
「…………なぁ、知ってるか? 人間の爪って再生するらしいぜ。本当かな。生え変わったら見せに来いよ」
どこの誰かは知らないが、どうぞ恐怖を広めてくれ。
「(俺はファルシュ辺境伯みたいに強くないから、こっち方面でやるしかねぇんだよ……。悪いな)」
一思いに死ねたらどれだけ幸せだろうか。
悪魔は碧眼の目を細めて笑いながら狂人を演じた。
==========
トリアングロ王国王城。特別室。
先程までリィンの尋問……とも言えない話をしていたサーペントが報告をあげたあと向かったのはルナールの元だった。
「入るぞルナール」
「あぁ」
個室で書類処理をしていたルナールは顔を上げサーペントを見上げる。
「休憩も兼ねて雑談でもしよう」
「……? あ、ぁ、構わないが」
違和感を抱いたがルナールは探れるほど甘くはないだろうという判断をし、書類を机に置いた。
「悪いな、書類仕事をさせてしまって。普段ならやらないだろう」
「まぁ、向いてない事は確かだ」
文字を睨み続けていたルナールはシワのよった眉間を揉みほぐす。
普段行う任務の系統は、速度を利用した伝令や隠蔽工作、そして暗殺など、実働の裏方が多い。
わかりやすい評価に繋がらないとは言えど、既に幹部の座。生き残るだけで評価だ。
「だが、俺はここから……」
「そうだな。実働が出来ない以上書類しか仕事は無いわけだが」
サーペントが口を噤む。
「(それに……嫌な予感もする……)」
特に、この王城に問題のリィン顔面いる以上。本当か嘘かはさておき、一応は敵の目的であるルナールを出すわけにはいかない。
サーペントのこの考えは絶対である。利用出来るかもしれない存在の交渉条件になる男だ。
ルナールの感じ取った違和感の正体はこれだった。ルナールが部屋に未だ居る理由は、情報では無い、価値だ。それをサーペント達は隠している。
「そういえば」
サーペントのその言葉にルナールは顔を顰めた。
「……。おい、なんだその顔は」
「いや、……はぁ、本当に……。なんでもない」
苦虫を噛み潰したような表情で言葉を濁すが、諦めたようにため息を吐いた後ルナールは首を振った。
「で、なんて言いかけた?」
「あぁ、2回ほどあったローク・ファルシュの魔法について話を聞きたい」
半月前と1週間ほど前。
突如降り注いだ魔法。潜入しているグーフォからの情報で発動者は割り出せたのだが、詳細は不明。
一番近くにいるのに分からないのだから、別の観点から探るしかない。
王城に幹部が多いため、被害を少なくすることは簡単に出来るのだが、その為だけに幹部を待機させると砦の防衛が危うくなりかねない。攻め手が緩むのも難点だ。
あの無差別固定砲台め。トリアングロ国内には足を踏み入れない事だけが救いだ。
「……なぜ俺に?」
「心当たりがあるんだろう? 無い、とは言わせないからな」
サーペントは足を組んでルナールを見た。
心当たりが無いという訳では無いが、ローク・ファルシュの魔法が分からない、とルナールが考え込む姿をサーペントは黙って観察する。
「(四属性の地属性の魔法だと言うのは分かる……。だが魔封じが着いた状態で発動出来るとは思えない。野生の魔物も、魔法が封じられるからとトリアングロに寄り付かなくなったって言うのに)」
記憶の中の魔法を呼び起こす。
「(魔石の魔力を抑圧するもの、だったな。人の体の魔石にも有効だし、実際クアドラード王城の牢屋でも同じような魔導具が使われた時何も出来ないと……。あぁでも)」
一筋の光を見た。
「(魔法ならとりあえず聞いときゃわかるか……)リィン、ファルシュ辺境伯の……──」
魔法について知ってることは無いか、お前ファルシュ領出身だっただろ。
声に出すはずだった疑問が空を切る。
脳内に留まったその言葉の意味を理解する。
「……ルナール、お前」
今、誰に聞こうとした? この場に居ない誰に?
ルナールは、心に降って湧いたソレを理解途端は腹を抱えて笑った。
「……!? お、おい」
「あーっはっはっはっ! ほんっっとにふざけやがってあの馬鹿!!!!」
ルナールは吐き捨てた。
これまでの鬱憤も、何もかも捨てるように。
「…………サーペント」
「分かっていると思うがルナール。お前がリィンとかいうやつに絆されたら、いやトリアングロを裏切ったら。お前、自分のやってきたこと全部無駄になるからな」
「──当然だ、分かっている」
ルナールは頷いた。
今まで築き上げてきた功績や評価が、何より努力が全て無意味と化すこと。それは無駄な努力を一番嫌うルナールは理解している。
スタンピードをひっくり返されたあの瞬間、今思い出しても腸が煮えくり返る。
「悪ィがライアーが出た。魔法に関してはさっぱり分からない」
ルナールは『だが』と続けた。
「リィンなら絶対知っている」
「……ほう?」
「あいつがスタンピードで使った魔法……。そっくりだ」
ルナールは笑顔を浮かべた。
「──ここにいるんだろう、リィンが」
「……。」
「サーペント、だから俺がこの部屋にいるんだろ。あいつに会わないように」
サーペントは思わず押し黙った。
反応を間違えた、と確信した。どこで気付かれたのか分からないが。
「プライドが高いからな、絶対俺の命を狙ってる。諦めが悪いのもあって、意地でも辿り着くだろうと思っていた」
「…………ルナール」
「サーペント、油断するな」
ルナールは一息吐き、未だに混乱しているであろうサーペントを見た。
その落ち着きに釣られるようにサーペントも落ち着きを取り戻す。
「よく読めたな」
「あぁ……扱い方は知っているんでな」
「はー……余計なことはするなよ。必ず部屋にいろ」
サーペントは部屋を退出する前にひとつ問いかける。
「──明日辺りに、降りそうか?」
窓の外を眺めて言う。空には曇り空。下では正門から入ってきたであろう積荷が次々と下ろされていた。
「あぁ、降りそうだな」
曇り空を背景に、部屋の中でルナールが空も見ずにそう言った。
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