蝶の羽ばたきと魔王さま!

フィン

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どうか私の側に居ておくれ愛しい人よ

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バタフライエフェクト、それは蝶の羽ばたき。

ふとした行動が水面に穿たれた波紋の如く後々に大きな変化を与える事象のこと。

例えそれが蝶の微かな羽ばたきだとしてもそれは確かに世界すら変える出来事に他ならない。

――――今もあの時のことは不思議と良く覚えている。

ある日城に訳あって出仕することになった父親を見送りに門前まで母と手を繋ぎ屋敷を出た折りに射抜くような視線を感じ顔を上げたのだ。

蔦の絡んだ格子状の門の向こうに擦り傷だらけの肌とあばらが浮いた痩せっぽっちの身体をした小さな男の子が居た。

顔をそれまで一体何をしてきたのか、幾つもの乾いた泥の痕や黒い煤で汚したその男の子はなんだか今にも消え入りそうな酷く儚い弱々しい姿をしていた。
それでいて瞳だけは赤々と燃える火のように強い意志の光を持って相対する全てを私達を睨み付けていた。

何もかもに絶望し身の内に憤怒の焔に焼かれているような底なしの昏い瞳は幼い子供にはあまりにも不似合いで何故そこにその子がいるのだとかを考えるより先に身体が動いていた

母の手を振りほどき未だにその子に気づかずに馬車に乗りかけていた父親を通り過ぎ私は門に駆ける。

まさか見ていることに気づかれているとは思わなかったその子は思わずと言うように身を翻そうとしたが、それよりも早く私は格子の隙間に手を伸ばしその手を掴み逃げないでと叫ぶ。

「門から来たならお客様よね、どうして逃げるの。」

動揺し身を固めたその子を良いことに手を離すと私は間を隔てる門に目をやった。

もしかしたらこの重い門を開けられなくて中に入れないのかもしれないと。

「待ってね、今門を開けるから。」

一人で開けるには子供には重たい門を体を使い押し開けると混乱し掴まれたまま宙に浮いた手を所在なさげに持て余すその子は、私が近くに来たことで呆然としていた意識を呼び戻す

「――――僕を、見るなッ!!」

「、え?」

もとより青白い顔から血の気を無くし自分の両の目を手で覆うその子に私は首を傾げた。

「ねぇ、貴方はどうして目を隠したりするの?」

背後から漸く何事かあらんと両親が心配気に見ているのを察したが私はその時突然現れた来客の方に意識が向いていた。

蛇足になるがあの日まで私は門の向こうからやって来る人々は全て我が家への来客なのだと信じていた。

子供の理屈だから特に筋が通った意味合いはないが幼い私は門が開かれると現れる人々をしてそうと決めつけていたのである。

だから門の向こうに居たこの子も来客だと疑いもなく信じて言葉を投げ掛ける。

「目がどうかしたの、まさか目に怪我をしているの?」

「違う、ちがうッ!!」

けれど待っていたのは爆発するような堰を切ったような叫び

「僕が、化け物だからッおぞましい存在だから僕を見たものは僕の目を見たものは恐怖する!!」

そう強張った声音で言い募るその子に改めてまじまじと見詰めたあとに思わず首を傾げた。

痩せぎすでともすれば弱々しい姿からは化け物と言う言葉がどうしても結びつかず絵物語やお伽噺の化け物を想像してはより首を傾げずにはいられなかった。

――――どうみてもその子は人間にしか見えないのだ。

「貴方が化け物なら私は怪物かしら。」

だというのにその子が化け物だというのならば同じ形をした私は怪物かなにかだと心底から発した疑問を口にすれば、その子は息を飲み頑なに隠していた目を露にし私の肩を掴んだ。

「この目を見てもお前は僕をまだ人間だというのかッ!!」

急に近くなった顔に驚き背後から両親の息を詰まらせる音を聞きながら、しかし飛び込んで来たそれに私は目を奪われた。

「さっき遠くから見たときは気付かなかったけれど。」

その子の瞳は燃え上がる火を閉じ込めたような鮮やかな紅玉のそれだったから。

「貴方の目って宝石みたいで綺麗ね!!」

赤い目なんて初めて見たと興奮そのままに何度も綺麗と呟きその目を覗き込みながら、固まる男の子にお構い無しにはしゃいでいると傍観に徹していた父がそっと傍らにやって来て確かに見事な赤い目だと膝を折って目線を合わせ私の頭を撫で苦笑を溢した。

「我が娘はまだ幼く、故に見たままを口にする。」

許せよと私の反応に戸惑う男の子へ告げると父はややあって門の内側に誘った。

「その目ではさぞかし苦労をしただろう。」

此処にはその目が持つ《謂われ》を気にする輩はいない。

「だから安心してその身の強張りを解すと良い。」

父の言葉に男の子は信じられないものを見たようにその目を見張る。

「見れば泥だらけじゃないか、ベルンシュタインこの子を客人ようの浴室に連れていってやりなさい。」

「はい!」

「えっ、あ、待ってくれッ!!」

貴女達は、僕が恐しくはないのか?

戸惑い揺れる陽炎のような眼差しに私と父は顔を見合わせた

「恐くはないわ、だってやっぱり何度見ても貴方の目はきらきら輝く宝石みたいで綺麗だもの。」

私は男の子の手を取り確かめるように握り締める。

「それにお伽噺と貴方が同じ化け物だとは思えないわ。」

「と、まあ私も娘とは概ね同じ見解かな。」

穏やかに男の子の背を押し父は笑みを浮かべた。

「―――――ようこそゼーゲン・クロイツ王国、北方守護を仰せつかる辺境伯ユーヴェレン・フォン・シュバルツ家へ。」

シュバルツ家当主アハート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツがこの後の貴殿の身の安全を保証しよう。

その父の言葉が彼にとってどんな意味を持つのかを正確に読み取っていたのはきっと父と遠くから私達三人を和やかに見ていた母だけだった。

「ああ、それと今日は良く冷えるから肩まで湯に浸かりなさい。」

それに君は見たところ些か痩せすぎだ。

「なら沢山お食事を作りましょうか。」

貴方もベルもやれ本だやれ剣だとまともにナイフもスプーンも手に持たず食を疎かにするのだからと花が咲くように笑い母が手招きをする。

未だ成り行きについていけない男の子の手を引き私はそうだと勢い良く振り返る。

「貴方の名前を教えて。」

「名前は、」

男の子は何かを口にしかけやがて頭を振り名前は捨てたんだと落とすように言葉を静かに紡ぐ。

「ならその鮮やかな瞳からグラナートとでも呼ぼう。」

男の子のグラナートの俯いた頭を撫でて父が悪戯めいた笑みを浮かべる。

「その瞳がどんな闇をも照らす焔とならんことを祈って。」

そうしてこの日を持ってグラナートは私達の家族になった。




とまあなんでそんな古い記憶を振り返っているのかと言えば所謂走馬灯とか呼ばれるもののせいかもしれません。

「ベル、ベルッああ頼む私を置いて死なないでくれッ!!」

目の前と言うか真上からほたほたと涙を流す艶やかな黒髪にその石榴石の名もかくやという朱色の瞳をした退廃的な妖しい美貌を誇る麗人に遠退きかけた意識をぎりぎりで引き戻す

「まだ、死んどらんわ、瀕死なだけよ。」

それを言うだけで腹部からぬるりとした熱い何かが抜けていく。

「ベルッ!!」

横たわった私を彼が掻き抱いたことで私の腹に突き刺さるそれが目に入る。

出刃包丁やで奥さんもといグラナートよ。

そう私を御大層に腕に抱いて下さるこのご麗人はあの日痩せっぽっちの男の子だったグラナートなのである。

どんな劇的ビフォだとか突っ込んではいけない、突っ込みは私で間に合ってますお株取らないでーと乾いた笑みを浮かべる

然るべき栄養と適度な運動と乞うまままに与えられた勉学を糧に、グラナートは若木が日に何センチも伸びるが如しと言わんばかりにそりゃあもう目を見張りすきて目玉どこーと思わず言いたくなるぐらいの成長をしてくれちゃったのだ。

私と同じかそれより小さかった背は今では見上げるほどになり男の子が欲しかったんだと嬉々として父に鍛えられ身体はやや細身ながら均整の取れた体つきとなり乾いたスポンジが水を吸うように知識を蓄えた頭脳は通う学園では主席クラスだとか。

そこで終わらないのがグラナート。
天は二物も三物もグラナートに与えてくれました。

やや翳りのある切れ長の瞳に高い鼻梁と吐く息すら完璧かと言わんばかりのやや薄い唇がバランス良く収まった相貌は見るものに感嘆の息をつかせることだろう。

しかし常に浮かべる酷薄なまでに冷たい笑みと醸し出される威圧にも似た雰囲気と、何人も寄せ付けない振る舞いから彼は人にこう呼ばれる。

《ユーヴェレン・フォン・シュバルツの魔王》と。

最もグラナードを魔王と呼ぶにはもうひとつ理由がある。



「うん、何度見てもグラナートの目はきれい、ね。」

手を伸ばしグラナードの頬に触れ眦を撫でれば指先が流される涙で濡れるのが分かる。

「ベル、ベル何て言ったんだ?」

「きれいだって言ったのよ、その目が。」

くしゃりと顔を歪めグラナートが頬に触れていた手を握り締め不恰好に笑う。

「魔性のものしか持たぬ赤眼をそう喜ぶのは貴女だけだ。」

――――それこそがグラナートを魔王と呼ぶ理由。

この世界大まかに区分すると天にあると言う《神界》と地にある《魔界》と丁度真ん中に《人界》があるとされる。

古の時代神界におわす《神族》と魔界の《魔族》は人界を巻き込んでの世界を巡った覇権争いを起こした。

今でも教会や村の語り部に話を乞えばあたかもそれをみたように教えてくれるだろう。

神族と魔族の争いに巻き込まれた人界は被害甚だしく両者の戦いをこのまま見過ごせば人類は滅びるとして異世界から第三勢力を呼び込み争いを止めようとした。

第三勢力《勇者》の誕生である。

勇者の活躍は後に独立した英雄譚になるほど華々しくまたそれだけ長きに渡るので結果だけを要約すると神族を勇者は味方につけて魔界に討ち入り魔族を束ねる長を見事に成敗して勇者は見事長きに渡る両者の争いを収めた言うことらしい。

そこで終われば良かったのだが伝承には続きがある。

この時勇者は死力を尽くし多くの魔族を討ち取ったが魔族はあまりにも数が多くいかなる剛力無双の勇者とあっても全てを根絶することが出来なかった。

討ち洩らされた魔族は何時かの復讐を誓って雌伏の時を待ち人界に潜んでいると伝承ではそう語られる。

しかし人界に潜んだ魔族を見分けることは出来る。

――――何故なら魔族は皆《赤い目》をしているのだから。

赤い目は魔族だけの証とされ通常人間には現れない色彩と言うのがこの世界の常識だ。

勿論人間でも赤い色彩の瞳をしたものがいなかったわけではない。

だが勇者の英雄譚や伝承はあまりにも広くそして根深く浸透し全てはお伽噺の話と片付けられる現代でも、未だに赤い目を持つものは魔族だのなんだのと言われ忌避され或いは差別の対象とされている。

これがグラナートが魔王と呼ばれるもうひとつの理由だ。

(でも本当の魔王ならこんなに泣いたりなんかしない。)

段々と纏まりがなくなり覚束ない思考でグラナートを眺める

(そういやなんで私刺されたんだってか?)

この春からグラナートも通う王立のブルーメ学園の入学式に教室から講堂に向かう途中で名前を呼ばれて振り返ったら見知らぬ少女がぶつかり私を睨みつけて去っていったのだ。

そして辺りに響いた誰かの悲鳴と遠くから駆け来る見知った気配に困惑しやたらに熱い腹部に手をやり一瞬意識が飛んだ

未だに止まらぬ出血と青ざめたグラナードにもしかして此処で死ぬのかなと思う。

(グラナート、ああ嫌だな、彼を残して逝くのは。)

グラナート、ユーヴェレン・フォン・シュバルツの魔王、勇者、英雄譚、魔族の赤い目、痩せっぽっちの男の子―――――

目まぐるしく途切れ途切れに思考が、記憶が引っ掻き回されていく。

《――――グラナートって『花の誓い、石の囁き』のラスボスじゃなかったって?》

(そうそう攻略したくても絶対に出来ないキャラクターで巷の乙女を阿鼻叫喚の渦に叩き込んだことで騒がれた。)

パチリと頭の奥で欠けたピースの嵌まる音を最後に意識を私は手放した。




目を閉じたベルを血に濡れることも構わずに抱き上げグラナートは吼え立てる。

「死なせやしないッ死なせるものか!」

――――まだ彼女の心音は止まってはいない!!

「必ず助けて見せるあの日貴女が私を救ったようにッ!!」

その赤眼を燃えたぎる怒りと憎悪に染めながら未だ流れ続ける涙を拭うことなく叫ぶ彼は周りを取り囲む人だかりを睨む

赦しはしないと、まだこの人混みの中で様子を窺っているだろう彼女を刺した犯人に宣言するように。

「――――私は、決してこの憎しみを忘れはしないッ!!」




荒々しく憤怒に濡れた瞳にあれはだれだと誰かが後ずさる。

グラナート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツは本来如何なる状況下でも感情を顕にしないキャラクターだったはずだ

(なのにあれは誰、誰だというのよッ!?)

その赤眼故に王家に生まれながらも忌み子とされ物心つくと教会に捨てられた彼は狂信的な教会の信徒らに虐待され続け固く心を閉ざす。

しかしある日度重なる虐待と毒殺されかけたことで教会を逃げ出した彼は逃亡先で自分の一族に連なる貴族の親子が見せた愛情溢れるやりとりに彼が手にしたくとも手に出来なかった愛を平和をごく当たり前のごとく持ちうる有り様を見て出生を呪い王家に世界に復讐を誓ったのだ。

彼は貴族の子女に巧みに取り入り出生を利用して婿に収まると手に入れた身分を活用し彼が憎む王家に連なるものが多数通うこのブルーメ学園に転入し裏で学園の実権を握りながらヒロインが入学した年に国家転覆を謀る。

冷徹無慈悲の狡猾な魔性のグラナート。

彼はどのキャラクターの攻略ルートにも姿を見せないが彼の異母弟の王子とヒロインが交際すると王家の継承権を巡る形で表舞台に姿を現す。

その秘められた過去が明らかになるルート終盤では異母弟と真っ向から対決し生死を賭けた一騎討ちを行い異母弟を応援するヒロインを見て自らの望みが本当に欲しかったものが愛だったのだと悟りながら異母弟の剣によって命を落とすこととなる。

それが彼女が知っているグラナート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツだった。

しかしブルーメ学園に入学することが決まりそれとなくグラナートについて探りを入れた時に彼にまつわる設定が狂っていることに気がついた。

彼が取り入った貴族ユーヴェレン・フォン・シュバルツ家の子女はヒロインが入学する一年前に家族諸とも毒殺されていることになっていたが実際は生きて存在していた。

その上確かに彼はユーヴェレン・フォン・シュバルツの姓を名乗っているがそれは婿入りによるものではなく分家筋の養子として籍を入れられているからだという。

だがそれぐらいの設定の狂いは彼もどうにか攻略出来ないかと思案していた彼女にはむしろ丁度良かった。

だがひとつ気に入らないのが彼が分家筋の養子から本家預かりとして身を置くユーヴェレン・フォン・シュバルツ家の娘についてだった。

本来なら彼の許嫁であり死亡しているはずの女はどういう訳か彼に気に入られて大事にされていたのだ。

彼が欲しかったものを、言わば愛を手取り足取り与えるのはヒロインの役目だと言うのに。

なのにあの女がいては攻略に差し障ると一計を案じた彼女は手駒を使い舞台から退場させようとした。

(なのに、どうして上手く行かないの!?)

ぎしりと歯噛みしともすれば地団駄を踏みそうな衝動を抑え周りに合わせて怖がる素振りを見せれば傍らに居た幼なじみのキャラクターが気ぜわしげに彼女の名前を呼ぶ。

「シュトゥルムフート嬢、ご案じめさるな貴女は私がお守り致しますよ。」

「まあ、ならばどうか私の側から離れないで。」

私怖いわと唇を震わせ涙を滲ませれば幼なじみは気負うように彼女の肩を抱く。

大丈夫、まだ時間は山ほどあるのだから。

(そう急ぐことはないわよね、とりあえずは他の攻略キャラクターに出会ってから策を練りましょう。)

――――だって私がこの世界の《ヒロイン》なんだから。

そうこの世界のヒロインと自分を疑わない女はひっそりと笑みを浮かべた。





目が覚めて私は右手に違和感を感じた。

(見覚えのない部屋、でも消毒薬の匂いがするから病院かな)

酷く重たい頭をどうにか起こすとそこには泣き腫らしたような赤い目尻を隠すことなく私の手を握りながら眠るグラナートが居た。

(あらまあ、すっごい眉間のシワだこと。)

ピクリと目蓋が動きゆるやかに閉ざされていた鮮やかな焔のような朱色の瞳が覗く。

「もう、貴女は目覚めないかと思った。」

「そうしたいところだけど、貴方が心配すぎておちおち死んでなんかいられやしませんよ。」

ずっとあれから側に居たのだろう疲労の見えるグラナートにまだ眠っていたらと握られた手に左手を添えた。

「眠って、起きた時に今目覚めている貴女が夢だと思い知らされるのはごめんだ。」

「馬鹿なことを言わないでグラナート、夢なんかじゃないわ、私の手はちゃんと温かいでしょう?」

大丈夫、私は貴方を置いては逝ったりはしない。

真っ直ぐに視線を反らすことなく告げればグラナートは微かに口元を緩ませ息を吐き出した。

「ならせめてこうして側にいさせてくれ。」

「きちんとベッドに横になったほうがいいわ、椅子に座ったまま眠るのでは気は休まらないでしょう。」

「こうして自分の目が届く所に貴女がいるほうがよっぽど私の気は休まる。」

引く気はないらしい彼に心労をかけたのは私だと説得を諦め身体を横にずらし、彼が頭を預けられるスペースを開けると何を思ったのか掛けられた毛布を捲り滑り込むように身体を横たえる。

「ちょっ、流石に二人で寝るにはベッドが狭いしこの状況を見た人に誤解を招くわよグラナート!」

「誤解大いに結構、私の悪名で貴女に近づく輩が減るな。」

突っぱねようとも抱き込むように回された腕は意に介することなく丁度良い位置を見つけては拘束を強めてくる。

年若い男女の同衾は身分的にアウトだと口を開くより先に耳に飛び込んだのは震えるような声音。

「ベル、私はもう一人になるのは嫌だ。」

微かに身体を震わすグラナートに気づいてしまったらもう嫌だとは言えなかった。

声なく孤独に怯える何時かの痩せっぽっちの男の子にそっと身体の力を抜いて頭をその胸元に預ける。

見た目が思考が変わっても彼の中にはあの日の痩せっぽっちの男の子がいるのだと知ってしまったから。

やがて本当に疲れていたらしい彼は静かに眠りにつく。

その穏やかな寝顔を見ながら死の間際に思い出した記憶を整理し唇を噛み締める。

気狂いではなくこの記憶が正しいのであれば彼は罷り間違えれば死ぬ可能性がある。

(認められるはずがない、そんなことは!)

その存在を失えないと怯えるのは私も一緒だった。

「守るよ、この身の全てを賭けてでも。」

あの日彼の手を引いた時から彼は私の大切な家族になった。

――――家族をヒロインなんかに渡しはしない。

誓いを新たに私は一先ずはグラナートの眠りを守ろうと彼に毛布を掛け直すことにした。
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