miwana

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孤高の犬

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人に従順で滅多に吠えないその犬は今、
己の欲望に飢えていた。


美味しい食べ物も
居心地の良い寝床も
優しい飼い主も
そして、
この気持ちを分かち合える仲間も

ここには1つもないというのに

欲望を求めて走っているのは
なぜか僕だけ。




サー・・・サー・・・サー・・・


微かに聞こえるせせらぎが
はるか向こうに山脈があることを
犬に気づかせた。


「きっと奥には誰かがいるはずだ。」


そう思った犬は、
本来出せるはずのないような鳴き声で
遠い山脈に向かって叫んだ。

しかし、そびえ立つ雄大なこの山たちは、ぷつんと音を遮ってしまった。


「僕はどれだけ頑張ってもただの犬だ」

 
そうして山に背を向けた瞬間、

近くを流れる川のせせらぎが
子供の泣き声に変わり、

青々しかった大草原から
枯れ木が生え始め

さっきまでの道は
殺伐とした林に変わってしまった。

「独りなんて怖くない。僕は大丈夫。」


そうしてふと、どうして僕は目の前の山脈を超えようとしなかったのか、と考えた。

それは、声を出すことで精一杯だったから。
走ることに疲れていたから。
独りでもいいやと諦めていたから。

いいや、違う。

「僕は、、」

僕は孤独になるしか道がなかった。
それが唯一僕にできることだったから。



しばらくして、前へと歩き始めた。

僕は人より敏感だから、
少しのことで怖気ずいてしまう。

ある日は遠くで狩りをする銃声が聞こえ、ある日は雷の音に身をすくめる。

またある日は、木の焼ける匂いが煙草の匂いと同化して、嫌な記憶が頭の中にフラッシュバックする。

そうした試練を乗り越え、
林を抜け出すと、すでに山の中だった。


再び聴こえる川のせせらぎに
これまで以上の安堵を感じ、
どこかで聞いた言葉を思い出す。


『木によって洗浄された川は、土で氾濫を防ぐ。

その木と土は川の水を吸収して息をする。』

犬は悟った。

どれか一つでも欠けてしまえば、あの
大草原も消滅してしまうのだろうか。


川か木か土か。
僕はどれかにしかなれない。

川か木か土か。
僕以外の誰かにしかなれない。


だから犬は、孤独の正体を恐れて
山に行かなかったのではないか。

大草原があの殺伐とした林に変わってしまったのは、全てを背負い込んだ犬の成れ果てなのではないだろうか。


僕は自分の人生を自分で決められない。


欲望を求めて生きずらさを感じ、
孤独に生きてきた人生。

人の目を気にして偽りの姿を演じ、
我慢することで愛してもらえると信じて生きた人生。



「滑稽だ。」


そう笑いながら僕は立った。

そうして呼吸を整えた後、
土の感触と水の流れに
身体の全神経を集中させる。

「あったかい。」




ハッ

目を開けると天井だった。
当たり前だ。

だって僕は人間なんだから。


涙も流せるだろう。
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