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第十六話 とある伯爵夫人の独白
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ごきげんよう。私はレムレット伯爵の妻、ビズと申します。数年前まで、侯爵家で家庭教師を務めていました。
ええそう、皆さん思いますよね? エリシャ・エストルム様の家庭教師か……と。でも残念ながら違うのです。
現在王立のセントリュッツ学園の三年生であるエリシャ様、のご友人のウィーニー・マデアス侯爵令嬢の家庭教師をしておりました。お二人は幼少期からのご友人で、たまに一緒になって私の授業を受けてくださる時もありました。
この国の貴族たちは、学園に通う15の歳まで家庭教師に基礎的な学問や作法、魔法技術を習います。私はマナー担当の家庭教師でした。特別厳しいわけではありません。教え子に理解してもらえなければ意味がないので、ウィーニーさんには、わかりやすく、丁寧に教えていました。
厳しくない、といっても、職業柄、お嬢様方の所作には目が行ってしまうものです。
あれはそう、いつだったか……数年前の王宮のお茶会での出来事です。
「まあ、見て? 第二王子殿下のお連れ様、ずいぶんな格好をなさっているわ」
「あら、ほんとうね。とっても……ボリューミーなドレスをお召しだわ」
「スカートのフリルが流行っていたのはいつだったかしら」
「もうずいぶん経つわね」
第二王子殿下がお連れになった方のドレスが、この日一番の話題でした。
そして第二に、あら? エリシャ様はご一緒ではないの? ということでした。
会場にはエリシャ様もいらっしゃいましたが、婚約者である第二王子殿下がエスコートをしていなかったのです。
「まあ、見て? 婚約者にエスコートもしてもらえないのに王宮のパーティに出席するなんて」
「マナー違反ですわ」
そう、確かに、王宮のパーティでは夫婦同伴、もしくは婚約者同伴が鉄則です。婚約者が決まっていない若い人たちは参加すらできません。抜け穴が、あるにはあるのですが……なかなか難しいでしょう。
しかし、マナーの教師である私も、さすがに注意する気は起きませんでした。
婚約者がいながら他の女性を連れている第二王子殿下こそ、マナー違反だと思いましたから。
「エリシャ様」
「あ……レムレット伯爵夫人、ごきげんよう」
「ごきげんよう。相変わらず美しいカーテシーですね」
「……ふふっ、合格ですか?」
「もちろんです」
私は、婚約者から、ほかの女性をエスコートするという酷い辱めを受けている彼女の盾になれたら、と孤立しているエリシャ様に声を掛けました。
「ウィーニーさんもいらっしゃいますよ。美味しいケーキでも食べて待ちましょうか」
「っ、はい」
可愛らしい笑顔。
エリシャ様は容姿も良く、教育も申し分なく吸収していますし、魔法もお上手と聞いています。この妖精姫よりもあのオバケキノコがいいとおっしゃる方の感覚が理解できませんでした。
「エリシャ!」
「ウィーニー、ケンドット様」
「久しぶりですね、エリシャ嬢」
私の教え子ウィーニーさんは、10歳のときにデリンガー・ケンドット公爵子息様とご婚約なさっています。家同士の政略でのお見合いでしたが、お互い一目ぼれなさったとか。
「ねえ、あのピンクのキノコ、ピオミルさんよね?」
「え? キノコ? あー……ええ、そうね。キノコ……ふふっ……」
ドレスのフリルがもこもこしていて床から生えたキノコのようでしたので、私もオバケキノコと思いましたが、ウィーニーさんもそう思ったようです。
「それは?」
「これ? ラングドシャ。サクサクしていて美味しいわ」
「いいわね! いただいてくるわ」
「ええ」
このときは、私と夫であるレムレット伯爵、そしてウィーニーさんとケンドット公爵令息様、4人で美味しいものを堪能し、パーティを後にしました。オバケキノコと第二王子殿下のダンスはなかなか見物で、不貞というのも相まって、とてもとても注目を集めていました。……今思い出しても口の端が上がってしまいます。
それ以降も、王宮パーティではピンクのキノコと第二王子殿下が揃って出席しているのをよく見かけました。エリシャ様はいらっしゃいません。たまーにですが、エリシャ様はグイスト王弟殿下と一緒にいらして、マゴールパティシエのケーキを食べてとてもいい笑顔を浮かべていました。王族と出席すれば、冷たい目で見られませんものね。しかも王弟殿下のエスコートで参加するとは……むしろ尊敬の眼差しを集めていました。
エリシャ様と第二王子殿下の婚約は解消された。
妹のピオミルが第二王子殿下の新しい婚約者だ。
いろいろな噂がありましたが、確かピオミルさんという方は、ポジウム侯爵がお連れになった女性のお子さんで、籍も入れていないとエリシャ様に聞いたことがあります。その後、状況が変わったのでしょうか?
しかし、本日参加した園遊会でも、グイスト王弟殿下がピオミルさんに向かってエストルム姓を名乗るなとおっしゃっていたし、エリシャ様は王族席に上がったけれどピオミルさんは止められていた。つまり、まだ婚約は継続しているのでしょうし、ピオミルさんは侯爵令嬢ではないのでしょう。
以前は第二王子殿下の婚約者なのにエスコートしてもらえないエリシャ様を蔑む声が多かったですが、今では、マナーもなにもなっていないオバケキノコなピオミルさんに批判の声が集まりつつあります。
さて一体、第二王子殿下は何をお考えなのかしら。
王家は、どうするつもりなのかしら。
この国に暮らす貴族の一端として、行く末が心配です。
ええそう、皆さん思いますよね? エリシャ・エストルム様の家庭教師か……と。でも残念ながら違うのです。
現在王立のセントリュッツ学園の三年生であるエリシャ様、のご友人のウィーニー・マデアス侯爵令嬢の家庭教師をしておりました。お二人は幼少期からのご友人で、たまに一緒になって私の授業を受けてくださる時もありました。
この国の貴族たちは、学園に通う15の歳まで家庭教師に基礎的な学問や作法、魔法技術を習います。私はマナー担当の家庭教師でした。特別厳しいわけではありません。教え子に理解してもらえなければ意味がないので、ウィーニーさんには、わかりやすく、丁寧に教えていました。
厳しくない、といっても、職業柄、お嬢様方の所作には目が行ってしまうものです。
あれはそう、いつだったか……数年前の王宮のお茶会での出来事です。
「まあ、見て? 第二王子殿下のお連れ様、ずいぶんな格好をなさっているわ」
「あら、ほんとうね。とっても……ボリューミーなドレスをお召しだわ」
「スカートのフリルが流行っていたのはいつだったかしら」
「もうずいぶん経つわね」
第二王子殿下がお連れになった方のドレスが、この日一番の話題でした。
そして第二に、あら? エリシャ様はご一緒ではないの? ということでした。
会場にはエリシャ様もいらっしゃいましたが、婚約者である第二王子殿下がエスコートをしていなかったのです。
「まあ、見て? 婚約者にエスコートもしてもらえないのに王宮のパーティに出席するなんて」
「マナー違反ですわ」
そう、確かに、王宮のパーティでは夫婦同伴、もしくは婚約者同伴が鉄則です。婚約者が決まっていない若い人たちは参加すらできません。抜け穴が、あるにはあるのですが……なかなか難しいでしょう。
しかし、マナーの教師である私も、さすがに注意する気は起きませんでした。
婚約者がいながら他の女性を連れている第二王子殿下こそ、マナー違反だと思いましたから。
「エリシャ様」
「あ……レムレット伯爵夫人、ごきげんよう」
「ごきげんよう。相変わらず美しいカーテシーですね」
「……ふふっ、合格ですか?」
「もちろんです」
私は、婚約者から、ほかの女性をエスコートするという酷い辱めを受けている彼女の盾になれたら、と孤立しているエリシャ様に声を掛けました。
「ウィーニーさんもいらっしゃいますよ。美味しいケーキでも食べて待ちましょうか」
「っ、はい」
可愛らしい笑顔。
エリシャ様は容姿も良く、教育も申し分なく吸収していますし、魔法もお上手と聞いています。この妖精姫よりもあのオバケキノコがいいとおっしゃる方の感覚が理解できませんでした。
「エリシャ!」
「ウィーニー、ケンドット様」
「久しぶりですね、エリシャ嬢」
私の教え子ウィーニーさんは、10歳のときにデリンガー・ケンドット公爵子息様とご婚約なさっています。家同士の政略でのお見合いでしたが、お互い一目ぼれなさったとか。
「ねえ、あのピンクのキノコ、ピオミルさんよね?」
「え? キノコ? あー……ええ、そうね。キノコ……ふふっ……」
ドレスのフリルがもこもこしていて床から生えたキノコのようでしたので、私もオバケキノコと思いましたが、ウィーニーさんもそう思ったようです。
「それは?」
「これ? ラングドシャ。サクサクしていて美味しいわ」
「いいわね! いただいてくるわ」
「ええ」
このときは、私と夫であるレムレット伯爵、そしてウィーニーさんとケンドット公爵令息様、4人で美味しいものを堪能し、パーティを後にしました。オバケキノコと第二王子殿下のダンスはなかなか見物で、不貞というのも相まって、とてもとても注目を集めていました。……今思い出しても口の端が上がってしまいます。
それ以降も、王宮パーティではピンクのキノコと第二王子殿下が揃って出席しているのをよく見かけました。エリシャ様はいらっしゃいません。たまーにですが、エリシャ様はグイスト王弟殿下と一緒にいらして、マゴールパティシエのケーキを食べてとてもいい笑顔を浮かべていました。王族と出席すれば、冷たい目で見られませんものね。しかも王弟殿下のエスコートで参加するとは……むしろ尊敬の眼差しを集めていました。
エリシャ様と第二王子殿下の婚約は解消された。
妹のピオミルが第二王子殿下の新しい婚約者だ。
いろいろな噂がありましたが、確かピオミルさんという方は、ポジウム侯爵がお連れになった女性のお子さんで、籍も入れていないとエリシャ様に聞いたことがあります。その後、状況が変わったのでしょうか?
しかし、本日参加した園遊会でも、グイスト王弟殿下がピオミルさんに向かってエストルム姓を名乗るなとおっしゃっていたし、エリシャ様は王族席に上がったけれどピオミルさんは止められていた。つまり、まだ婚約は継続しているのでしょうし、ピオミルさんは侯爵令嬢ではないのでしょう。
以前は第二王子殿下の婚約者なのにエスコートしてもらえないエリシャ様を蔑む声が多かったですが、今では、マナーもなにもなっていないオバケキノコなピオミルさんに批判の声が集まりつつあります。
さて一体、第二王子殿下は何をお考えなのかしら。
王家は、どうするつもりなのかしら。
この国に暮らす貴族の一端として、行く末が心配です。
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