婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳

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第3話 我慢の時

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私はレオニス・アルバート・クラウゼル。
この国の第三王子として生まれ、王族としての責務を全うしてきた。

王位継承権は低いが、それゆえに比較的自由な立場にある。

エレノア・ヴァルディスとは、幼い頃から顔を合わせてきた。王族と高位貴族という立場上、公式の場で何度も会う機会があったからだ。

そして――私は、彼女のことが好きだ。

いつからか、はっきりとは覚えていない。
気づいたら、彼女の姿を目で追っている自分がいた。
彼女の銀に近い淡い金髪と、青灰色の瞳。背筋を伸ばした気品ある佇まい。
そして何より――その聡明さと、強さ。


「殿下、次の講義の時間ですが」

カイが声をかけてくる。
彼は私の幼馴染であり、近衛騎士。武闘派伯爵家の次男で、幼い頃から剣に親しんできた男だ。

「......ああ、わかっている」

私は廊下を歩きながら、先ほどの光景を思い返す。
エレノアが、フローラと楽しそうに話していた姿。
彼女は――本当に、ディートリヒのことを気にしていないようだった。

「殿下」
「なんだ」
「エレノア様、本当に平気そうでしたね」
「......ああ」

私は苦笑する。

「彼女は――婚約破棄を、むしろ望んでいるようだった」
「はい。領地経営の勉強の方が大事、と」

カイも笑う。

「らしいな」
「ですが......」

カイが、意味深に言う。

「殿下にとっては、好機では?」
「......カイ」
「いえ、事実を申し上げただけです」

彼はしれっと答える。

講義室に入ると、エレノアの姿が目に入る。
彼女はいつも通り、背筋を伸ばして座っている。その隣には侍女マルティナ。
そして――少し離れた窓際には、ディートリヒとリリアナ。

「ねえ、ディートリヒ様。この問題、教えてくださいな」

リリアナの甘い声。

「ああ、いいよリリアナ。もっとこっちに寄って?」
「うふふっ」

ディートリヒの軽薄な声。甲高いリリアナの声が耳につく。

周囲の生徒たちは、呆れた表情を浮かべている。だが、誰も止めない。
貴族社会とは、そういうものだ。表立って非難することはせず、ただ静かに距離を置く。そして――評価を、下げていく。

エレノアは、そのすべてを見ている。だが、気にした様子もない。

むしろ――彼女は、財政学の教科書を読みふけっていた。


講義が終わり、休憩時間。
私は、何気なくエレノアの近くを通りかかる。

「エレノア」
「......レオニス殿下」

彼女は丁寧に一礼する。
私たちは幼い頃から顔見知りだが、公の場ではエレノアは臣下として敬語を使う。

「最近、忙しそうだね」

私は、何気ない話題を振る。

「はい。領地の税制改革案を考えていまして」

彼女は目を輝かせて答える。

「北方交易の実例を参考に、新しい交易路を開拓できないかと」
「......そうか」

私は微笑む。
彼女のこういうところが、好きだ。

「無理はしないように」
「ありがとうございます。でも、これは無理じゃなくて――楽しいんです」

彼女はにっこり笑った。
その笑顔に、胸が高鳴る。

「そうか。なら、良かった」

それだけの会話。
だが――私には、それで十分だった。
私は、その場を離れる。

「......殿下」

カイが、小さく呟く。

「完全に、気づかれておりませんね」
「......わかっている」

私は苦笑した。

「彼女の頭の中は、領地経営のことでいっぱいだ」
「まだ言いますか」

カイは肩をすくめる。

「ですが、殿下。いつか――伝える時が来ますよ」
「......そうだといいが」

私は、エレノアの背中を見つめた。

彼女が、自由になる時。
その時――私は、想いを伝えられるだろうか。
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