3 / 6
第3話 我慢の時
しおりを挟む
私はレオニス・アルバート・クラウゼル。
この国の第三王子として生まれ、王族としての責務を全うしてきた。
王位継承権は低いが、それゆえに比較的自由な立場にある。
エレノア・ヴァルディスとは、幼い頃から顔を合わせてきた。王族と高位貴族という立場上、公式の場で何度も会う機会があったからだ。
そして――私は、彼女のことが好きだ。
いつからか、はっきりとは覚えていない。
気づいたら、彼女の姿を目で追っている自分がいた。
彼女の銀に近い淡い金髪と、青灰色の瞳。背筋を伸ばした気品ある佇まい。
そして何より――その聡明さと、強さ。
「殿下、次の講義の時間ですが」
カイが声をかけてくる。
彼は私の幼馴染であり、近衛騎士。武闘派伯爵家の次男で、幼い頃から剣に親しんできた男だ。
「......ああ、わかっている」
私は廊下を歩きながら、先ほどの光景を思い返す。
エレノアが、フローラと楽しそうに話していた姿。
彼女は――本当に、ディートリヒのことを気にしていないようだった。
「殿下」
「なんだ」
「エレノア様、本当に平気そうでしたね」
「......ああ」
私は苦笑する。
「彼女は――婚約破棄を、むしろ望んでいるようだった」
「はい。領地経営の勉強の方が大事、と」
カイも笑う。
「らしいな」
「ですが......」
カイが、意味深に言う。
「殿下にとっては、好機では?」
「......カイ」
「いえ、事実を申し上げただけです」
彼はしれっと答える。
講義室に入ると、エレノアの姿が目に入る。
彼女はいつも通り、背筋を伸ばして座っている。その隣には侍女マルティナ。
そして――少し離れた窓際には、ディートリヒとリリアナ。
「ねえ、ディートリヒ様。この問題、教えてくださいな」
リリアナの甘い声。
「ああ、いいよリリアナ。もっとこっちに寄って?」
「うふふっ」
ディートリヒの軽薄な声。甲高いリリアナの声が耳につく。
周囲の生徒たちは、呆れた表情を浮かべている。だが、誰も止めない。
貴族社会とは、そういうものだ。表立って非難することはせず、ただ静かに距離を置く。そして――評価を、下げていく。
エレノアは、そのすべてを見ている。だが、気にした様子もない。
むしろ――彼女は、財政学の教科書を読みふけっていた。
講義が終わり、休憩時間。
私は、何気なくエレノアの近くを通りかかる。
「エレノア」
「......レオニス殿下」
彼女は丁寧に一礼する。
私たちは幼い頃から顔見知りだが、公の場ではエレノアは臣下として敬語を使う。
「最近、忙しそうだね」
私は、何気ない話題を振る。
「はい。領地の税制改革案を考えていまして」
彼女は目を輝かせて答える。
「北方交易の実例を参考に、新しい交易路を開拓できないかと」
「......そうか」
私は微笑む。
彼女のこういうところが、好きだ。
「無理はしないように」
「ありがとうございます。でも、これは無理じゃなくて――楽しいんです」
彼女はにっこり笑った。
その笑顔に、胸が高鳴る。
「そうか。なら、良かった」
それだけの会話。
だが――私には、それで十分だった。
私は、その場を離れる。
「......殿下」
カイが、小さく呟く。
「完全に、気づかれておりませんね」
「......わかっている」
私は苦笑した。
「彼女の頭の中は、領地経営のことでいっぱいだ」
「まだ言いますか」
カイは肩をすくめる。
「ですが、殿下。いつか――伝える時が来ますよ」
「......そうだといいが」
私は、エレノアの背中を見つめた。
彼女が、自由になる時。
その時――私は、想いを伝えられるだろうか。
この国の第三王子として生まれ、王族としての責務を全うしてきた。
王位継承権は低いが、それゆえに比較的自由な立場にある。
エレノア・ヴァルディスとは、幼い頃から顔を合わせてきた。王族と高位貴族という立場上、公式の場で何度も会う機会があったからだ。
そして――私は、彼女のことが好きだ。
いつからか、はっきりとは覚えていない。
気づいたら、彼女の姿を目で追っている自分がいた。
彼女の銀に近い淡い金髪と、青灰色の瞳。背筋を伸ばした気品ある佇まい。
そして何より――その聡明さと、強さ。
「殿下、次の講義の時間ですが」
カイが声をかけてくる。
彼は私の幼馴染であり、近衛騎士。武闘派伯爵家の次男で、幼い頃から剣に親しんできた男だ。
「......ああ、わかっている」
私は廊下を歩きながら、先ほどの光景を思い返す。
エレノアが、フローラと楽しそうに話していた姿。
彼女は――本当に、ディートリヒのことを気にしていないようだった。
「殿下」
「なんだ」
「エレノア様、本当に平気そうでしたね」
「......ああ」
私は苦笑する。
「彼女は――婚約破棄を、むしろ望んでいるようだった」
「はい。領地経営の勉強の方が大事、と」
カイも笑う。
「らしいな」
「ですが......」
カイが、意味深に言う。
「殿下にとっては、好機では?」
「......カイ」
「いえ、事実を申し上げただけです」
彼はしれっと答える。
講義室に入ると、エレノアの姿が目に入る。
彼女はいつも通り、背筋を伸ばして座っている。その隣には侍女マルティナ。
そして――少し離れた窓際には、ディートリヒとリリアナ。
「ねえ、ディートリヒ様。この問題、教えてくださいな」
リリアナの甘い声。
「ああ、いいよリリアナ。もっとこっちに寄って?」
「うふふっ」
ディートリヒの軽薄な声。甲高いリリアナの声が耳につく。
周囲の生徒たちは、呆れた表情を浮かべている。だが、誰も止めない。
貴族社会とは、そういうものだ。表立って非難することはせず、ただ静かに距離を置く。そして――評価を、下げていく。
エレノアは、そのすべてを見ている。だが、気にした様子もない。
むしろ――彼女は、財政学の教科書を読みふけっていた。
講義が終わり、休憩時間。
私は、何気なくエレノアの近くを通りかかる。
「エレノア」
「......レオニス殿下」
彼女は丁寧に一礼する。
私たちは幼い頃から顔見知りだが、公の場ではエレノアは臣下として敬語を使う。
「最近、忙しそうだね」
私は、何気ない話題を振る。
「はい。領地の税制改革案を考えていまして」
彼女は目を輝かせて答える。
「北方交易の実例を参考に、新しい交易路を開拓できないかと」
「......そうか」
私は微笑む。
彼女のこういうところが、好きだ。
「無理はしないように」
「ありがとうございます。でも、これは無理じゃなくて――楽しいんです」
彼女はにっこり笑った。
その笑顔に、胸が高鳴る。
「そうか。なら、良かった」
それだけの会話。
だが――私には、それで十分だった。
私は、その場を離れる。
「......殿下」
カイが、小さく呟く。
「完全に、気づかれておりませんね」
「......わかっている」
私は苦笑した。
「彼女の頭の中は、領地経営のことでいっぱいだ」
「まだ言いますか」
カイは肩をすくめる。
「ですが、殿下。いつか――伝える時が来ますよ」
「......そうだといいが」
私は、エレノアの背中を見つめた。
彼女が、自由になる時。
その時――私は、想いを伝えられるだろうか。
24
あなたにおすすめの小説
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
(完結)伯爵令嬢に婚約破棄した男性は、お目当ての彼女が着ている服の価値も分からないようです
泉花ゆき
恋愛
ある日のこと。
マリアンヌは婚約者であるビートから「派手に着飾ってばかりで財をひけらかす女はまっぴらだ」と婚約破棄をされた。
ビートは、マリアンヌに、ロコという娘を紹介する。
シンプルなワンピースをさらりと着ただけの豪商の娘だ。
ビートはロコへと結婚を申し込むのだそうだ。
しかし伯爵令嬢でありながら商品の目利きにも精通しているマリアンヌは首を傾げる。
ロコの着ているワンピース、それは仕立てこそシンプルなものの、生地と縫製は間違いなく極上で……つまりは、恐ろしく値の張っている服装だったからだ。
そうとも知らないビートは……
※ゆるゆる設定です
濡れ衣を着せてきた公爵令嬢は私の婚約者が欲しかったみたいですが、その人は婚約者ではありません……
もるだ
恋愛
パトリシア公爵令嬢はみんなから慕われる人気者。その裏の顔はとんでもないものだった。ブランシュの評価を落とすために周りを巻き込み、ついには流血騒ぎに……。そんなパトリシアの目的はブランシュの婚約者だった。だが、パトリシアが想いを寄せている男はブランシュの婚約者ではなく、同姓同名の別人で──。
私に婚約者がいたらしい
来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。
短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした
朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。
だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。
――私は静かに調べた。
夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。
嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。
王太子に婚約破棄されたけど、私は皇女。幸せになるのは私です。
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王太子に婚約破棄された令嬢リリベッタ。
「これで平民に落ちるのかしら?」――そんな周囲の声をよそに、本人は思い出した。
――わたし、皇女なんですけど?
叔父は帝国の皇帝。
昔のクーデターから逃れるため、一時期王国に亡命していた彼女は、
その見返りとして“王太子との婚約”を受け入れていただけだった。
一方的に婚約破棄されたのをきっかけに、
本来の立場――“帝国の皇女”として戻ることに決めました。
さようなら、情けない王太子。
これからは、自由に、愛されて、幸せになりますわ!
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
公爵令嬢ローズは悪役か?
瑞多美音
恋愛
「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」
公爵令嬢のローズは皇太子であるテオドール殿下に婚約解消を申し込まれた。
隣に令嬢をくっつけていなければそれなりの対応をしただろう。しかし、馬鹿にされて黙っているローズではない。目には目を歯には歯を。
「うちの影、優秀でしてよ?」
転ばぬ先の杖……ならぬ影。
婚約解消と貴族と平民と……どこでどう繋がっているかなんて誰にもわからないという話。
独自設定を含みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる