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第5話 沈黙する第三王子
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私はレオニス・アルバート・クラウゼル。
今日も、エレノアのことを遠くから見守っている。
「ストーカーと見紛うような怪しい行動を取っている殿下、本日の予定ですが」
カイが、執務室に移動しながらスケジュールを読み上げる。
「午前は政務、午後は剣術訓練、夕刻には兄王子殿下との会食です」
「......わかった」
私は、書類に目を通しながら答える。
だが――頭の中は、エレノアのことでいっぱいだった。
「殿下」
「なんだ」
「また、エレノア様のことをお考えですね」
カイが、静かに指摘する。
私は苦笑した。
「......わかるか」
「はい。殿下のお顔に出ております」
「そうか」
「というか、窓の外の、遠くに豆粒のように見えるエレノア様をガン見しているので」
私は書類を置いた。
「カイ、俺は――どうすればいいと思う」
「殿下のお気持ちを、お伝えになればいいのでは」
「だが――」
私は迷う。
「今、彼女に想いを伝えれば、周囲は『王子が、浮気された令嬢に同情している』と見るだろう」
「まあ......そういう見方もできますね」
「それは、彼女にとって屈辱だろう」
エレノアは強い。誰よりも、誇り高い。
「ですが、殿下」
カイが、真剣な表情で言う。
「エレノア様は、殿下のお気持ちにまったく気づいておられません」
「......わかっている」
「このまま何もしなければ――」
「わかっている!」
私は、少し声を荒げてしまった。
カイは、黙って私を見つめる。
「......すまない」
「いえ」
彼は首を振る。
「殿下のお気持ちは、理解しております」
「......ありがとう」
私は立ち上がる。
「剣術訓練に、行こうか」
「はい」
訓練場で、カイと向き合う。
「......手加減は不要だ」
「いいんですね?」
カイの剣が、鋭く迫る。私は、それを受け止める。
金属音が響く。
だが――頭の中はやはりエレノアのことでいっぱいだった。
数日前のことーー
今でもはっきり覚えている。
学園の中庭は、午後の陽射しに満ちていた。 石畳の間から伸びる草の匂いと、噴水の水音。 私は、ただ一人、書類を確認しながら歩いていた。
その時―― 視界の端に、見慣れた銀色の髪が映った。
エレノアだ。
彼女は私を見つけると、わずかに表情を和らげ、 こちらへ一歩、踏み出した。
「レオニスでん――」
その瞬間。
彼女の足が、石畳のわずかな段差に引っかかった。
「――っ」
体が前へ傾く。
考えるより先に、体が動いていた。 私は反射的に、一歩踏み出し、手を伸ばす。
だが―― 指先が、空を切った。
触れない距離。
ほんの一歩。 だが、決定的な一歩。
(……触れてはいけない)
頭の中で、理性が叫ぶ。 王族として。 そして、彼女の婚約者が別にいる今、 私は“中立”でなければならない。
伸ばした手をどうするべきか、 一瞬、迷った。
その間に―― エレノアは自力で踏ん張った。
「……大丈夫、です」
何事もなかったかのように、そう言って立ち直る。 いつもの、強く、静かな彼女。
私は、行き場を失った手を、ゆっくりと下ろした。
「怪我は……」
「ありません。ありがとうございます、殿下」
殿下。
その呼び方が、少しだけ胸に刺さる。
あの時、もし。 もし、ほんの少しだけ理性を手放していたら。
彼女を支えることができただろうか。 それとも―― 越えてはいけない線を、越えてしまっていただろうか。
私は何も言わず、ただ頷いた。
噴水の水音が、やけに大きく聞こえた。
あの一歩分の距離は、 触れられなかった手は――
きっと、 私が彼女を想っている証だったのだと思う。
「殿下っ!」
カイの声で、我に返る。
「......すまない」
「回想が長すぎですよ、隙だらけです」
カイは剣を下ろし、私を見つめる。
「殿下。秋季舞踏会まで、あと少しです」
「......ああ」
「その時――動かれますか」
「......わからない」
私は正直に答えた。
「だが――彼女が、自由になった時。その時は――」
「はい」
カイは、静かに頷いた。
「ご決断、お待ちしております」
今日も、エレノアのことを遠くから見守っている。
「ストーカーと見紛うような怪しい行動を取っている殿下、本日の予定ですが」
カイが、執務室に移動しながらスケジュールを読み上げる。
「午前は政務、午後は剣術訓練、夕刻には兄王子殿下との会食です」
「......わかった」
私は、書類に目を通しながら答える。
だが――頭の中は、エレノアのことでいっぱいだった。
「殿下」
「なんだ」
「また、エレノア様のことをお考えですね」
カイが、静かに指摘する。
私は苦笑した。
「......わかるか」
「はい。殿下のお顔に出ております」
「そうか」
「というか、窓の外の、遠くに豆粒のように見えるエレノア様をガン見しているので」
私は書類を置いた。
「カイ、俺は――どうすればいいと思う」
「殿下のお気持ちを、お伝えになればいいのでは」
「だが――」
私は迷う。
「今、彼女に想いを伝えれば、周囲は『王子が、浮気された令嬢に同情している』と見るだろう」
「まあ......そういう見方もできますね」
「それは、彼女にとって屈辱だろう」
エレノアは強い。誰よりも、誇り高い。
「ですが、殿下」
カイが、真剣な表情で言う。
「エレノア様は、殿下のお気持ちにまったく気づいておられません」
「......わかっている」
「このまま何もしなければ――」
「わかっている!」
私は、少し声を荒げてしまった。
カイは、黙って私を見つめる。
「......すまない」
「いえ」
彼は首を振る。
「殿下のお気持ちは、理解しております」
「......ありがとう」
私は立ち上がる。
「剣術訓練に、行こうか」
「はい」
訓練場で、カイと向き合う。
「......手加減は不要だ」
「いいんですね?」
カイの剣が、鋭く迫る。私は、それを受け止める。
金属音が響く。
だが――頭の中はやはりエレノアのことでいっぱいだった。
数日前のことーー
今でもはっきり覚えている。
学園の中庭は、午後の陽射しに満ちていた。 石畳の間から伸びる草の匂いと、噴水の水音。 私は、ただ一人、書類を確認しながら歩いていた。
その時―― 視界の端に、見慣れた銀色の髪が映った。
エレノアだ。
彼女は私を見つけると、わずかに表情を和らげ、 こちらへ一歩、踏み出した。
「レオニスでん――」
その瞬間。
彼女の足が、石畳のわずかな段差に引っかかった。
「――っ」
体が前へ傾く。
考えるより先に、体が動いていた。 私は反射的に、一歩踏み出し、手を伸ばす。
だが―― 指先が、空を切った。
触れない距離。
ほんの一歩。 だが、決定的な一歩。
(……触れてはいけない)
頭の中で、理性が叫ぶ。 王族として。 そして、彼女の婚約者が別にいる今、 私は“中立”でなければならない。
伸ばした手をどうするべきか、 一瞬、迷った。
その間に―― エレノアは自力で踏ん張った。
「……大丈夫、です」
何事もなかったかのように、そう言って立ち直る。 いつもの、強く、静かな彼女。
私は、行き場を失った手を、ゆっくりと下ろした。
「怪我は……」
「ありません。ありがとうございます、殿下」
殿下。
その呼び方が、少しだけ胸に刺さる。
あの時、もし。 もし、ほんの少しだけ理性を手放していたら。
彼女を支えることができただろうか。 それとも―― 越えてはいけない線を、越えてしまっていただろうか。
私は何も言わず、ただ頷いた。
噴水の水音が、やけに大きく聞こえた。
あの一歩分の距離は、 触れられなかった手は――
きっと、 私が彼女を想っている証だったのだと思う。
「殿下っ!」
カイの声で、我に返る。
「......すまない」
「回想が長すぎですよ、隙だらけです」
カイは剣を下ろし、私を見つめる。
「殿下。秋季舞踏会まで、あと少しです」
「......ああ」
「その時――動かれますか」
「......わからない」
私は正直に答えた。
「だが――彼女が、自由になった時。その時は――」
「はい」
カイは、静かに頷いた。
「ご決断、お待ちしております」
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