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第6話 壊れゆく均衡
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季節は秋へと移り変わろうとしていた。
学園では、恒例の秋季舞踏会の準備が始まっている。
「エレノア様、ドレスの仮合わせの予定ですが」
マルティナが、スケジュール帳を確認する。
「ええ、明日の午後ね」
私は頷く。
秋季舞踏会は、学園最大の公式行事の一つ。王族、貴族が一堂に会する場であり、婚約者同士で出席するのが慣例だ。
「......ディートリヒ様からは、何か?」
マルティナが、慎重に尋ねる。
「いいえ、何も」
私は淡々と答える。
本来であれば、婚約者である彼から、エスコートの申し出があるはず。だが――今年は、何も言ってこない。
「......やはり」
マルティナの表情が、わずかに曇る。
「大丈夫よ、マルティナ。むしろ、これで婚約破棄が正式になるわ。『義務を怠った』という項目も追加ね」
「お嬢様......」
「嬉しいことじゃない」
私はにっこり笑う。
「これで、もっと勉強に集中できるわ」
マルティナは、深くため息をついた。
「......お嬢様は、本当に......」
その日の夕刻。予想していたことが、現実となった。
「エレノア」
ディートリヒが、私を呼び止める。
「何かしら」
「秋季舞踏会のことなんだが」
彼は、少しだけ言いづらそうに視線を逸らす。
「......俺、リリアナと出席しようと思うんだ」
――来た!
私は内心でガッツポーズをする。
もちろん、顔には出さないで応える。
「そう」
「リリアナが、どうしても一緒に出たいって言ってて」
「構わないわ」
私は、穏やかに微笑む。
「あなたの判断を尊重します」
ディートリヒは、ほっとした表情を浮かべる。
「そうか、ありがとう。やっぱりエレノアは理解があるな」
――理解? 違うわ。単に興味がないだけ。
「......お前も、来るよな?」
「ええもちろん。公式行事ですから」
こちらの顔色を窺っているディートリヒ。わざわざ確認するということは、そろそろ婚約破棄を言い出すのかしら?
「では、失礼します」
私はそう言って、その場を離れた。
マルティナが、呆れた声で囁く。
「......あの方は、一線を越えましたね。公式行事に浮気相手を連れて行くだなんて」
「ええ、そうね」
私は嬉しそうに答える。
「これで、正式に婚約破棄できるわ」
「お嬢様......嬉しそうですね」
「だって、嬉しいもの」
私は笑う。
「これで、もっと領地経営の勉強に集中できる」
マルティナは、苦笑した。
「......本当に、お嬢様らしいです」
その夜。私は父の書斎を訪ねた。
「お父様」
「エレノア。どうした」
父――アルベルト・ヴァルディス侯爵は、書類から顔を上げる。
「秋季舞踏会のことで、ご報告が」
「......ディートリヒのことか」
父は、すべてを察したように言う。
「はい」
私は、淡々と事実を報告する。
ディートリヒが、リリアナと舞踏会に出席すること。婚約者である私を、公の場で無視すること。
「......そうか」
父は、深くため息をついた。
「すまない、エレノア。私の再婚が、こんな事態を招いてしまった」
「いいえ、父上」
私は首を振る。
「むしろ、感謝しています」
「......え?」
父が、驚いた顔をする。
「だって、これでディートリヒとの婚約を解消でます」
私はにっこり笑う。
「正直、あの婚約は面倒でした。彼、領地経営の話をしても『難しい』って逃げるんです」
父は、一瞬呆然として――それから、笑い出した。
「......お前は、本当に......」
「侯爵家の長女ですから」
私は胸を張る。
父は、私を見つめる。
「......わかった。秋季舞踏会の後、正式に対処する」
「ありがとうございます」
私は一礼し、書斎を後にした。
廊下を歩きながら、ふと窓の外を見る。
月が、美しく輝いていた。
――もうすぐ、すべてが終わる。
そして、新しい何かが、始まるのだろう。
楽しみだ。
学園では、恒例の秋季舞踏会の準備が始まっている。
「エレノア様、ドレスの仮合わせの予定ですが」
マルティナが、スケジュール帳を確認する。
「ええ、明日の午後ね」
私は頷く。
秋季舞踏会は、学園最大の公式行事の一つ。王族、貴族が一堂に会する場であり、婚約者同士で出席するのが慣例だ。
「......ディートリヒ様からは、何か?」
マルティナが、慎重に尋ねる。
「いいえ、何も」
私は淡々と答える。
本来であれば、婚約者である彼から、エスコートの申し出があるはず。だが――今年は、何も言ってこない。
「......やはり」
マルティナの表情が、わずかに曇る。
「大丈夫よ、マルティナ。むしろ、これで婚約破棄が正式になるわ。『義務を怠った』という項目も追加ね」
「お嬢様......」
「嬉しいことじゃない」
私はにっこり笑う。
「これで、もっと勉強に集中できるわ」
マルティナは、深くため息をついた。
「......お嬢様は、本当に......」
その日の夕刻。予想していたことが、現実となった。
「エレノア」
ディートリヒが、私を呼び止める。
「何かしら」
「秋季舞踏会のことなんだが」
彼は、少しだけ言いづらそうに視線を逸らす。
「......俺、リリアナと出席しようと思うんだ」
――来た!
私は内心でガッツポーズをする。
もちろん、顔には出さないで応える。
「そう」
「リリアナが、どうしても一緒に出たいって言ってて」
「構わないわ」
私は、穏やかに微笑む。
「あなたの判断を尊重します」
ディートリヒは、ほっとした表情を浮かべる。
「そうか、ありがとう。やっぱりエレノアは理解があるな」
――理解? 違うわ。単に興味がないだけ。
「......お前も、来るよな?」
「ええもちろん。公式行事ですから」
こちらの顔色を窺っているディートリヒ。わざわざ確認するということは、そろそろ婚約破棄を言い出すのかしら?
「では、失礼します」
私はそう言って、その場を離れた。
マルティナが、呆れた声で囁く。
「......あの方は、一線を越えましたね。公式行事に浮気相手を連れて行くだなんて」
「ええ、そうね」
私は嬉しそうに答える。
「これで、正式に婚約破棄できるわ」
「お嬢様......嬉しそうですね」
「だって、嬉しいもの」
私は笑う。
「これで、もっと領地経営の勉強に集中できる」
マルティナは、苦笑した。
「......本当に、お嬢様らしいです」
その夜。私は父の書斎を訪ねた。
「お父様」
「エレノア。どうした」
父――アルベルト・ヴァルディス侯爵は、書類から顔を上げる。
「秋季舞踏会のことで、ご報告が」
「......ディートリヒのことか」
父は、すべてを察したように言う。
「はい」
私は、淡々と事実を報告する。
ディートリヒが、リリアナと舞踏会に出席すること。婚約者である私を、公の場で無視すること。
「......そうか」
父は、深くため息をついた。
「すまない、エレノア。私の再婚が、こんな事態を招いてしまった」
「いいえ、父上」
私は首を振る。
「むしろ、感謝しています」
「......え?」
父が、驚いた顔をする。
「だって、これでディートリヒとの婚約を解消でます」
私はにっこり笑う。
「正直、あの婚約は面倒でした。彼、領地経営の話をしても『難しい』って逃げるんです」
父は、一瞬呆然として――それから、笑い出した。
「......お前は、本当に......」
「侯爵家の長女ですから」
私は胸を張る。
父は、私を見つめる。
「......わかった。秋季舞踏会の後、正式に対処する」
「ありがとうございます」
私は一礼し、書斎を後にした。
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月が、美しく輝いていた。
――もうすぐ、すべてが終わる。
そして、新しい何かが、始まるのだろう。
楽しみだ。
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