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第14話 商人は、祝福を贈る
私はローデン・ベルク。
王都で商会を構える商人だ。
今―― ヴァルディス侯爵家の客間に通され、紅茶を前に座っている。
「この度は、残念でした」
そう口にした私に、 対面の彼女は、ほんの一瞬だけ目を細めてから、微笑んだ。
「……あら。『おめでとう』じゃなくて?」
エレノア・ヴァルディス。 この家の長女にして、次期侯爵。
そしてつい先日、 長年の婚約を――正式に解消したばかりの令嬢だ。
「そう言われると思いましたよ」
私は肩をすくめる。
「ですがね。商人としては残念なんです。ルーゼン家との取引は、今後少し面倒になる」
「ふふ。正直ね」
「ええ。ですが――」
私は、足元に置いていた箱を指先で叩いた。
「お持ちしたのは、お祝いの品です」
エレノア様は、驚いたように目を瞬かせる。
「まあ。本当に?」
「婚約破棄成立。そして、自由の回復。私ローデンとしては、祝わない理由がない」
そう言うと、彼女はくすっと笑った。
――ああ。 この笑顔だ。
昔から、変わらない。
幼い頃、露天の前で宝石の端切れを『星みたい』と言った少女は、 今もこうして、強さと優しさを同時に宿した笑みを浮かべている。
箱の中身は、派手なものではない。 淡い光を宿す宝石を使った、細工のブローチ。
「ヴァルディス家の紋章を少しだけ意識してあります。 ――今後、表に立つ機会が増えるでしょうから」
「ありがとう、ローデン。 本当に……あなたは昔から、気が利くわね」
「商人の美徳です」
軽口を返しながら、 私は内心で息をついた。
――やっとだ。
やっと、この方は 背中に乗るだけの荷物を降ろしたんだ。
しばらく世間話をしたあと、 エレノア様はふと、視線を落とした。
「ねえ、ローデン」
「はい」
「……実は、少し相談があって。いい?」
「ええ、もちろん」
「王子殿下――レオニス殿下に、 何か贈りたいと思っているの」
私は、表情に出さないよう注意しながら、 静かに頷く。
「お茶会に呼ばれたのだけれど、お世話になったし、その時に何かささやかなものを。あまり重くないものがいいわ」
なるほど。 秋季舞踏会でエスコートされていたという話は耳に入っているが、ただの昔馴染みの付き添いというわけではなさそうだ。
まだ、恋ではなさそうだが―― 意識していないわけでも、ない。
「殿下は、派手な贈り物を好まれる方ではありません」
私は即座に答えた。
「むしろ、意味のあるものを大切にされる。例えば……学園での共通の話題に関わるもの、など」
エレノア様は、少し考え込み、 それから小さく頷いた。
「やっぱり、あなたに相談して正解ね」
「光栄です」
その言葉を聞きながら、 私は頭の中で、天秤を動かしていた。
――ルーゼン家。
正直に言えば、 今後の付き合いは再考が必要だ。
当主と嫡男は信用できる。
だが、あの三男―― いや、もう言うまい。
商人は、感情で取引を切らない。 だが、信用を失った相手とは、未来を描かない。
そして何より。
この方が、もう―― 過去を振り返っていない。
「ローデン」
立ち上がる私に、 エレノア様が声をかけた。
「今日は、本当にありがとう」
「いえ。私は――」
私は一礼する。
「ただ、自分の大切だと思える縁を、大事にしているだけです」
廊下を歩きながら、 私は心の中で、確信していた。
この婚約破棄は終わりではない。 始まりだ。
私のお姫様は、 もう歩き出している――。
今―― ヴァルディス侯爵家の客間に通され、紅茶を前に座っている。
「この度は、残念でした」
そう口にした私に、 対面の彼女は、ほんの一瞬だけ目を細めてから、微笑んだ。
「……あら。『おめでとう』じゃなくて?」
エレノア・ヴァルディス。 この家の長女にして、次期侯爵。
そしてつい先日、 長年の婚約を――正式に解消したばかりの令嬢だ。
「そう言われると思いましたよ」
私は肩をすくめる。
「ですがね。商人としては残念なんです。ルーゼン家との取引は、今後少し面倒になる」
「ふふ。正直ね」
「ええ。ですが――」
私は、足元に置いていた箱を指先で叩いた。
「お持ちしたのは、お祝いの品です」
エレノア様は、驚いたように目を瞬かせる。
「まあ。本当に?」
「婚約破棄成立。そして、自由の回復。私ローデンとしては、祝わない理由がない」
そう言うと、彼女はくすっと笑った。
――ああ。 この笑顔だ。
昔から、変わらない。
幼い頃、露天の前で宝石の端切れを『星みたい』と言った少女は、 今もこうして、強さと優しさを同時に宿した笑みを浮かべている。
箱の中身は、派手なものではない。 淡い光を宿す宝石を使った、細工のブローチ。
「ヴァルディス家の紋章を少しだけ意識してあります。 ――今後、表に立つ機会が増えるでしょうから」
「ありがとう、ローデン。 本当に……あなたは昔から、気が利くわね」
「商人の美徳です」
軽口を返しながら、 私は内心で息をついた。
――やっとだ。
やっと、この方は 背中に乗るだけの荷物を降ろしたんだ。
しばらく世間話をしたあと、 エレノア様はふと、視線を落とした。
「ねえ、ローデン」
「はい」
「……実は、少し相談があって。いい?」
「ええ、もちろん」
「王子殿下――レオニス殿下に、 何か贈りたいと思っているの」
私は、表情に出さないよう注意しながら、 静かに頷く。
「お茶会に呼ばれたのだけれど、お世話になったし、その時に何かささやかなものを。あまり重くないものがいいわ」
なるほど。 秋季舞踏会でエスコートされていたという話は耳に入っているが、ただの昔馴染みの付き添いというわけではなさそうだ。
まだ、恋ではなさそうだが―― 意識していないわけでも、ない。
「殿下は、派手な贈り物を好まれる方ではありません」
私は即座に答えた。
「むしろ、意味のあるものを大切にされる。例えば……学園での共通の話題に関わるもの、など」
エレノア様は、少し考え込み、 それから小さく頷いた。
「やっぱり、あなたに相談して正解ね」
「光栄です」
その言葉を聞きながら、 私は頭の中で、天秤を動かしていた。
――ルーゼン家。
正直に言えば、 今後の付き合いは再考が必要だ。
当主と嫡男は信用できる。
だが、あの三男―― いや、もう言うまい。
商人は、感情で取引を切らない。 だが、信用を失った相手とは、未来を描かない。
そして何より。
この方が、もう―― 過去を振り返っていない。
「ローデン」
立ち上がる私に、 エレノア様が声をかけた。
「今日は、本当にありがとう」
「いえ。私は――」
私は一礼する。
「ただ、自分の大切だと思える縁を、大事にしているだけです」
廊下を歩きながら、 私は心の中で、確信していた。
この婚約破棄は終わりではない。 始まりだ。
私のお姫様は、 もう歩き出している――。
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